自転車
カラカラカラカラ……
古いマウンテンバイクの車輪を鳴らし、少年は坂道を駆け下りた。
傾きかけたオレンジ色の日の光を受け、彼の金の髪は優しく輝く。
海に面した高台の、小さな墓地を後にして。
彼の墓地に、両親と叔母が「いない」ことは知っている。
約2年前、遠く離れたギリシャの地で、両親と叔母は亡くなった。
しかし、彼は……草薙大和は両親の死に顔を見ていない。
殺された叔母の、死に目にもあっていない。
その亡骸がどうなったのか……その事実すら、自分は知らない。
それでも、彼は暇を見つけて許可を得ては、墓参りに訪れる。
祈りをささげるべき相手が、この場にいないということを解ってはいるけれど。
カラカラカラカラ……
寮への帰り道、同年代の少年とすれ違う。
その中の1人に突然肩をたたかれ、突然声をかけてきた。
「草薙じゃん! すげぇ久しぶり!」
昔の……中学時代のクラスメートだった。
「あ……」
一瞬、大和はためらった。大和のそんな様子に気づくことなく、少年は親しげに声をかける。
「突然転校しやがって! このへんに住んでんのか? 今高校どこだよ!」
「……えっと」
言葉を濁す大和に、少年は続けた。
「まぁいいや。オレ、アドレス変えてないから後で連絡くれよ。んで、今度また遊びに行こうぜ!」
中学時代は確かに彼と、カラオケに行ったりゲーセンに行ったり……そういう生活が「あたりまえ」だったことを思い出す。
少年たちを見送り、彼は唇を噛み締め、再び自転車にまたがった。
カラカラカラカラ……
「おかえり。……なんかあった?」
門限ギリギリで寮の門をくぐり、中に入ったところで1人の少女が待ち構えていた。
「いや……別に何も」
大和は苦笑を浮かべ、少女……沙保に首を横に振る。
「それで、そっちは? どうしたの?」
「いや、ちょっと改良プランで相談したいことがあって……」
少女は鞄からプラスチック・ケースを取り出し、大きな紙……図面を広げ始める。
「今度の相手とレギュレーション考えると、マシンガン必須なわけなんだけど……ちょっと機動力に不安があるの。……個人的に肩の装甲削ってブースター3つ追加したいんだけど、操縦するあんたの意見をききたいなー……と」
「……鏡子は?」
「あの子は当てにならないもの……「質問が専門的過ぎて、オペレーターの自分には解らない」って」
まぁ、普通はそうだよな……と、大和は思う。2年前の自分が今の質問を受けたなら、間違いなく理解不能だ。
「……3つは肉体的負荷がきつすぎる気がするから、ブースターは2つにして、あとはバーニアの出力で補助すれば、なんとかなるんじゃないかな?」
「ふんふん……なるほど。了解」
沙保は、満足そうに図面をたたむ。
「そろそろ夕食だけど、一緒に行かない? 鏡子も誘って」
「……いいよ。ちょっと部屋に戻るけど」
……それじゃ、10分後に。そう言って大和は手をふり、沙保と別れた。
連合軍極東支部PBD開発専門校所属、パイロット訓練生草薙大和。
同級生たちが歩んでいるあの平和な世界とは縁遠い、最新のテクノロジーと各国の利権、陰謀と生死が身近な世界に生きる。
それが、今の自分。