09:熊
森の奥からドドッドドッと大きな馬の足音のような音が聞こえてくる。リズムからすると四足歩行の動物か。おっちゃんのいう通りなにかでかい物が近寄って来ているようだ。さて今のうちに……
「ドロー!」
光の中から新たに現れたカードを手に取る。やっぱりレアはなかった。必要そうなものだけ抜き取りデッキにしまう。
「来るぞ!」
おっちゃんが叫ぶと木をなぎ倒しながら巨大な熊が現れた。熊っていっても体長5mは優に超えてる巨大熊なんだけど…
「こっちの熊ってでっかいんだなぁ」
「4本腕!?」
「4本腕?」
「めちゃくちゃやばいってことだ!」
後できいたところによると魔物は魔力の強さによって肉体が変わっていくらしく、熊は強いやつほど巨大化して腕が増えていくんだそうな。通常の熊は3級の魔石らしいが4本腕となると2級になるらしい。そして依頼のランクも通常の熊が銀3つなのに対し4本腕となると銀7つ以上に跳ね上がる。しかも通常は4人以上のパーティーを組んでの討伐が普通であって、たとえ銀7以上のハンターでも単独での討伐なんてのは実例がないんだとか。
「103セット!」
No103C:土石投射 石の礫を発射する。
目の前にとがった石が現れる。迫ってくる熊に対して思わず発射と念じてしまう。ある程度大きな岩になったが速度がその分遅くなったせいか熊は岩をかわしてしまう。畜生こいつ熊のくせに素早い! 熊の分際でサイドステップとかなにそれこわい。そのまま熊はまっすぐこちらに向かってくる。あれ、これやばくね?
熊が左手2本を振り上げてこちらを殴ろうとしたそのとき、熊の目に矢がささ……らなかった。カツンって普通にはじかれました。おいこいつロボじゃねえのか!? 目に刺さらないって生き物としておかしいだろ!?
これも後から聞いたところによると強い魔物は強力な魔力のフィールドを持っているらしくよっぽど強い攻撃じゃない限り弾かれてしまうんだそうだ。Iフィールドか!?
矢を受けて注意がそれたためいったん下がって間合いを取る。熊は矢をうったおっちゃんに狙いを定めて襲いかかっていた。おっちゃんは矢を連射して対抗するが熊の方と言えば全く回避も防御もすることなく矢を気にせずに一直線におっちゃんへ向かう。
「ぬお!」
熊の右フックをおっちゃんは右に転がってなんとかかわそうとする。しかし上の腕はかわしたが下の腕がかすったらしくそれだけでおっちゃんは吹き飛んだ。
「ぐはっ!」
転がりながら木にぶつかりようやくおっちゃんは止まった。こうなったら節約とか言ってる場合じゃない。アレをつかうしかない。
「109セット!」
No109C:対象拘束 対象を動けなくする。
おっちゃんにとどめを刺そうとしていた熊がたって腕を振りかぶったまま急に動きを止める。必死に動こうとしても全く動けない熊。それをみて何が起こってるかわからないおっちゃんは頭に?マークを浮かべている。そして俺は熊に向けてカードを向けた。
「ナンバー48セット!」
No048UC:単体即死 対象を死亡させる。
「ガウン!?」
ズズン。声にならない声を上げ熊は倒れた。ほんとに死んじゃうんだ。これがほんとの必殺技ってやつか。ガードしてたら体力ゲージが削れるとかそういうレベルじゃなくてほんとに必ず殺す正真正銘の必殺。しかし今の俺にとって1枚しかないとっておきの隠し球だったのにさっそく使ってしまうことになるとは…
「おっちゃんだいじょうぶか?」
「おう、なんとかな。所で今のはなんだ?そいつ倒れたけどもうだいじょうぶなのか?」
「ああ、もう死んでるよ。今のは相手を問答無用で殺す魔法」
「なんなんだそれは……とんでもねえ魔法があるな。そんなの聞いたことも無いぞ」
「おっちゃん怪我は?」
「ああ、脇にカスったくらいだ。止血するから手かしてくれ」
「ちょっとまって、展開」
「ナンバー36セット」
No036UC:応急手当 ある程度の怪我を治す。
そういうとおっちゃんは光に包まれ傷が跡形もなく消え去った。
「すげえなこれは。もうお前なんでも有りだな」
「すまんなおっちゃん。最初から即死魔法つかっておけばよかったんだが……俺がケチったせいで怪我させちまったな。申し訳ない」
「助かったんだし別にいいってことよ。使うの躊躇するってことはとっておきだったんだろ? 俺だって魔法の矢を持ってたら同じように使うの躊躇したかもしれん」
そういいながらおっちゃんはガッハッハと豪快に笑った。やはりこの世界は厳しい。躊躇したり迷ったりすると即命に関わることになる。今回はいい教訓になった。俺はどんな時も切り札を持っておき、尚かつそれを使った後の隠しのとっておきを準備することにしている。切り札が通じなかった場合に全く対処ができなくなる可能性があるからだ。それにそうしておけば万が一こっちの切り札を知られていた場合にも対処ができる。まぁ地球じゃ対戦ゲームくらいにしか使い道のなかった持論だが…まぁいくつものPG言語を扱えるのもその一環といえば一環かもしれないが。
「しかしこの熊どうやってもってかえろう」
「一応バラして魔石だけでもとっていこう」
「こいつはどこが売れるの?」
「肉も毛皮も爪も全部売れるぜ。なにしろ4本腕の素材なんて滅多にお目にかかれないからな。どれも高く売れるはずだ」
「そいえばなんかいいのがあったな。おっちゃんとりあえず魔石だけとっといて」
「どうするんだ?」
「なんかなんでも収納できる魔法があった気がする」
「そんな便利な魔法まであるのか……」
そういいながらおっちゃんは熊を捌いていく。死ぬとバリアっぽいのはなくなるようだ。熊の魔石はどうやら心臓のあたりにあるみたいだ。
「こいつはでけぇ」
そういっておっちゃんは直径30cmはある巨大な赤く光る玉を取り出した。
「そいつが魔石ってやつか」
「あぁこんなでかくて質のいいやつは滅多にお目にかかれない」
魔石は魔力が多い程、石の発色が濃いらしい。この石は真っ赤に輝いている。
「さてそれじゃ、ナンバー98セット!」
No098C:次元収納 異次元に物体を収納、取り出しができる。収納数は無限。生物は不可。中は時間のすすみが遅いためほとんど劣化しない。
目の前に黒い穴ができた。
「なんだこの黒いのは?」
「ここに生き物以外なんでも収納できるらしいよ」
「はぁー便利だなぁ」
しかしここで困った問題が。熊が重すぎて黒い穴まで持ち上げることができない。
「どうする?細かくバラすか?」
「いや、ちょっとまって他になんか探してみる」
そして俺はリングデッキをくるくる回す。おっいいのがあった。
「125セット!」
No125C:対象浮遊 対象を浮かせる。
熊がゆっくりと宙に浮きはじめた。そのまま押して黒い穴に押し込めた。熊は黒い穴に触れた瞬間に光となって消えてしまった。
「これどうやって取り出すんだ?」
「収納カードは被ってもう1枚あったからこいつは一端閉じて向こうでとりだすよ」
これ収納カードは偶数枚もってないと入れたまま取り出せないことになりそうだ。3回のドローでかぶって2枚あるからでやすいカードなんだろうが一応気をつけておこう。
「おっちゃん他にあぶないのはもういないよね?」
「今のところはだいじょうぶだな。そうそうあんなのが何匹も出てこられたらたまらんぞ」
「おっちゃん一睡もできてないだろ?今のうちに寝ておけば?」
「あぁすまんがさすがにちょっと疲れたんで少し寝かしてもらうわ」
時計をみると今はまだ午前3時過ぎ。日の出が5時過ぎくらいだったからちょっとは寝られるはずだ。
そうして俺の波乱の初クエストの夜は終わりを告げるのだった。