57:黒き狼
「先生!!」
先生とシロが急に目の前から消えてしまった。
「危ないところだったが、まぁなんとかうまくいったか。あんなに喧嘩っ早いとはおもわなかったぜ。ヴィーのやつも気の毒になぁ、かばう暇もなかったぜ」
「お前先生に何をした!!」
一人ぶつくさ言っている男に叫ぶ。きっとこいつが先生に何かしたんだ。
「ああん? あいつの弟子か? 残念ながらあいつはもうここにいない。俺のスキルで消してやったからな」
「嘘だ!! 先生がお前なんかに殺されるはずない!!」
「誰も殺したなんていってねえだろ? 消してやったんだよ。まっどこに行ったかは俺も知らんのだがな」
消した? 殺していない? つまりまだ先生は生きているってことだ。なら大丈夫だ。先生なら自力で戻ってこれる。今考えるべきは俺一人でお姉ちゃん達を守ることだ。敵わない相手からは逃げろって言われてる。でも俺以外の人は動けないみたいだから、今は俺が戦うしかない。大事な人達を守る為なら絶対負けちゃいけないんだ!
「おっ? このガキやる気か? ガキに用は無いんだがなぁ。俺が用があるのはそっちの奴隷のほうだ」
そういって男はアイリ姉ちゃん達を見る。
「奴隷ってのはなぁ、普通生きる望みも気力も何にもない、まさに死んだ目ってやつをしてんだ。だがお前らは違う。お前らは生きる希望に満ちた目をしてやがる。そんな奴隷がいるわけがねえ。一体何があるんだお前らには? そんなに大事にされてたのかあの男に?」
そういいながら男はじりじりと近寄ってくる。
「お姉ちゃん達に近寄るな!!」
そういって俺は男に斬りかかったが、あっさりと弾かれて蹴り飛ばされた。
「ガフッ」
「コウちゃん!!」
「ガキに用はねえっつったろ。さぁお嬢ちゃん達、楽しませてくれよ。その希望に満ちた目が絶望に変わる瞬間を見せてくれ。俺はその瞬間を見るのがこの上も無く好きでたまらないんだ!!」
ぐっ……苦しい。蹴られたおなかが痛い。でもこんなところで寝転んでいる場合じゃない。俺は男なんだ。師匠の……先生の弟子なんだ。こんなことで終わってたまるか。先生の訓練はもっと厳しかった!! メリル師匠の訓練なんて思い出しただけで震えが止まらないくらいだ!! それに比べればこんな痛みなんて無いも同じだ!!
俺はかろうじて立ち上がり、気力と魔力を体にためていく。さっき先生がやってた、足に気力をためて間合いをつめる歩法。俺にはまだ神気は使えないけど気力は使える。踏み込みに使えばいつもより早くなるはずだ。そして大事なのは負けるかっていう気持ちだって先生は言ってた。今持てる俺の全力であいつを倒す!!
「うああああ!!」
俺は気力を足に使った踏み込みで一気に間合いを詰めて斬りかかった。
「おっ?」
キンという剣がぶつかる甲高い音が鳴り響いた後に、俺はすぐに屈む。頭上を男の蹴り足が通り過ぎていくのを感じながら、俺はすぐに踏み込んで斬りかかった。背中を向けた男は背後に剣を回し、まるで背中にも目があるかのように俺の剣を防がれた。
「あぶねえあぶねえ。ガキの癖に中々やるじゃねえか」
すぐに振り向いた男と再び対峙する。男が遊んでいるのが分かる。ふざけてるけどこいつ強い! あんな大きな剣をまるで木の棒みたいに軽々と振りまわしている。俺はこの男に勝てるのか?
剣を振りかぶり逆袈裟に斬りかかる。男はまるで遊んでいるかのように軽々と剣を避け続ける。
「どうしたどうした。そんなものか?」
完全に遊ばれてる。悔しいが今の俺じゃこんな相手にすら勝つどころか、本気を出させることもできない。でも先生が言ったことを思い出す。優先順位が大事だっていってた。今回の場合、この男に勝つことが理想だが今の俺じゃそれは不可能だ。ならどうするか? 先生は勝てない時は逃げろっていってたけど、お姉ちゃん達がいる以上逃げるわけにはいかない。なら第二の目標はこいつに勝てる先生が返ってくるまで時間を稼ぐことだ。
師匠はもう1人の男と戦闘中だし、レアン師匠達もお姉ちゃん達みたいに動けないみたいだ。なら動ける俺が頑張るしかない。例え遊ばれててもいい。悔しいと思う前に今は先生が返ってくるのを待つだけだ。あっでも師匠が言ってたな。最初から勝てないと思って戦うのはすでに負けているって。どんな状況でも勝つ気で挑まないと勝負するだけ無駄だと。なら俺は……こいつに勝つ!!
「今度はこっちからいくぞ」
大きな剣を振りかざして男が襲ってくる。俺よりも重いんじゃないかと思われる大きな剣だ。そんなものをまともに受け止められる訳も無い。俺はミル師匠に教わったやりかたで、一瞬だけ相手の剣を当て、力を受け流すように剣を誘導し、同時に体を反対に入れ替えるように移動させる。
「おっ?」
避けた後、すぐさま攻撃に転じる。大きな剣は威力はあるが、その分攻撃後の隙が大きい。師匠達に大きな武器を使う人はいないけど、一度先生が大きな木の棒で戦ってくれたことがある。なんでもオーガがそんなような武器を持ってるからその時の為に慣れといたほうがいいって話だった。でもあれは棒じゃなくて木その物だと思うんだ。先生は俺の為を思ってやってくれてるからそんなことは言えなかったけど、正直な話手加減されていてもあの時は本当に死ぬかと思った。でも死ぬ思いをしただけのことはあった。その経験が今俺の中で生きてる。実際は相手をしてくれた先生ではなく、大きな得物を持った力押しの相手に対する捌き方を教えてくれたミル師匠のお陰だ。
ミル師匠は力よりもそれを利用するような技術を教えてくれた。相手の重心の崩し方や自身の移動の仕方まで様々だ。いろんな人からいろんなことを学んでいるから最初は混乱もしたけど今はもう慣れた。
隙だと思って斬りかかろうとしたが、嫌な予感がしてその場で止まる。すると目の前を巨大な剣が通過していった。
「ほう、よくかわしたな」
にやりと笑う男に俺は底知れぬ恐怖を感じた。誘われた!? たぶん袈裟切りの後、俺に剣をいなされたフリをしてそのまま横に剣を薙ぎ、体ごと一回転させてきたんだ。あのまま斬りに行ってたら真っ二つにされていただろう。
俺は怖いのをねじ伏せて先手を取る。低い体勢のまま踏み込み足を狙う。師匠の話だと背が低いものは剣で狙いにくいらしい。それは剣術が自身と同じ身長の相手が立っている状態を相手にすることが前提にあるからで、自分より小さすぎる相手までは考えていないからだと師匠は言う。
「小さい相手がより低く構えて突進すれば大抵の相手は対処できんよ」
師匠の言葉を思い出しながら俺は地面すれすれから男の足を横薙ぎにした。とった! と思うと同時にガキンという鈍い音がして剣が防がれた。
「なっ!?」
男は剣を地面に刺して防いでいた。驚いて一瞬止まってしまった俺を男は容赦なく蹴り飛ばした。
「ガハッ!」
咄嗟に後ろに飛んで衝撃を逃がしたが、それでもかなり痛かった。口の中に土と血の味が広がるのが分かる。
「中々良い攻撃だったがまだ甘いな」
剣を肩に担いだ男は笑いながらこちらを見ている。腰から下にも平気で剣を振り下ろすそれは、おおよそ正統な剣術とは程遠い。そして容赦なく足を使ってくる。こいつ……傭兵だ!!
◆
「いいか、コウ。ハンターなら戦う相手は魔物や魔獣の場合が多いが、普段はそれより恐ろしい相手と戦うことが多い」
「魔物より恐ろしい相手?」
「人だ」
「人のが魔獣より恐ろしいの?」
「一部の魔物を除けば魔物や魔獣は頭を使ってくることは殆ど無い。本能のままに襲ってくるからな。でも人は違う。相手は頭を使ってくるし、仲間の振りして平気で騙してきたりする。単純に力押しで勝てないんだ。どうだ? やっかいだろ?」
朝練の休憩中の師匠の言葉に俺は静かに頷いた。
「力で勝てない相手には頭を使う。これは人が生き延びる為にしてきたことであり、人が生き延びてきた原点でもある。弱いからこそ考える。人を超える生物が多い中で、そうすることでなんとか力の弱い人族でも今まで滅びずに生き延びてこられたんだ」
確かに人族を超える生き物は沢山いる。むしろ人族より弱い生き物を数えたほうが早いくらいだ。
「弱いからこそ武器を持つ、魔法を使う、武器、防具を作る、群れで戦う。こうしたことを同時に行うことで漸く魔物達と戦うことが出来るようになったわけだ。が、人が相手の場合、強さ的には魔物程の差はないが、相手も同じように頭を使ってくる。集団で襲うのは狼なんかも一緒だが、それぞれが武器や道具を使ったり、ひょっとしたら人質を取ったりしてくるかもしれない」
確かに魔物は人質なんて取らないだろう。そう考えると人というのがどれだけ恐ろしいか、考えるだけで怖くなってきた。
「つまり単純に力だけが強さ、怖さという訳じゃないってことだ」
「わかった」
「後は人と戦う時に考えることだが……大きく分けていくつか種類がある。前衛ということで考えると、まずは俺達みたいなハンタータイプ。基本的に魔獣を相手にすることを主に置いた戦いをする。これは前衛も後衛も同じだが、完全に魔獣特化というわけじゃなく、ある程度は人を相手にもする。依頼で護衛なんかもするからな。でも基本は魔獣なんかを相手にするから集団戦が基本だ。そして技術よりもスキルや身体能力に頼った戦いをすることが多い。だからハンターは基本的に才能がないやつはなれない」
ふんふん、と俺は頷いた。たしか先生もお姉ちゃん達と会う前は護衛なんかをしてきたって言ってた。
「才能っていってもハンターになる前にあるかないかなんてわかるの?」
「ハンターになって生き延びられたら才能があったってことさ」
そんなのでいいのかな。それって才能がなかったって分かった時は死んだ時なんじゃ……。
「ああ、言い方が悪かったな。才能がないやつはなれないんじゃなくて、誰でもハンターにはなれるけど、才能がないやつは生き延びられない」
やっぱりか!! つまり今ハンターの人は最低限なにかしらの才能があるってことか。
「次に騎士タイプ。一応、元は俺もそうなんだが俺はちょっと毛色が違う感じだな。騎士より前はハンターだったし。
騎士タイプは主に正統な剣術や槍術なんかを修めていることが多い。そして何より違うのはハンターよりも対人戦闘の方に重点を置いているってことだな。騎士達が使う剣術はそもそも人を相手にするために作られたものだから対人戦闘はかなり強いぞ。正当な剣術が多いから隙がない。単純な剣の技量でいえば一番上だな。
だがその分融通が利かないやつが多い。だから戦ったことがない魔物みたいに、自分の予想がつかない相手は苦手だろう。稀にどんな相手だろうが圧倒する化物みたいなやつもいるが、そんなやつは滅多にいない」
師匠が騎士? 騎士ってのを見たことが無いからよくわからない。
「最後に対人戦闘で最も気をつけなければならないのが、傭兵だ」
「傭兵?」
「基本戦場を渡り歩くような奴らだからな。あいつらは勝つためには手段を選ばない。砂を目にかけたり石を蹴り飛ばしたりなんて朝飯前だ」
「それずるくない?」
「戦場に決まり事なんてないんだ。卑怯でもなんでもないさ。食らった方が悪い」
そう言い切る師匠だが、それでも俺は納得出来なかった。
「コウは子供とはいえ狼族だからな。誇りがあるんだろう」
そう言って話に入ってきたのはレアン師匠だ。
「ああ、確かに獣人族はそういうことは大嫌いだよな。昔、卑怯なことは大嫌いだっていって魔物相手に罠もなにもなく、真正面から突貫していった狼族のやつ見たことある」
それはどうなんだろう……。
「獣人族ってひとくくりにしないでよ!! そんな単純なのは狼族くらいで猫族や狐族は罠とか大好きだよ」
「フン、戦士としての誇りはないのか」
「何も考えない脳筋と一緒にしないでくれるかな」
「ああん?」
「うん?」
レアン師匠とミル師匠が額をぶつけ合ってにらみ合っている。しばらくしたらまた喧嘩が始まるだろう。レアン師匠が朝練に加わってから、朝よく見かける光景になった。慣れている為、師匠はそれを無視して話を続けてくれた。
「さっきも言ったけど戦う相手で一番気をつけなきゃいけないのは傭兵だ。あいつ等は騎士よりもさらに対人戦闘に特化してる。人を殺す為だけの技術を磨いてきてるんだ。しかも命をかけた戦場を渡り歩いてるから相当修羅場を潜ってきてる。今のコウじゃ到底勝てないだろうから見たら逃げろよ?」
「師匠なら勝てる?」
「俺を倒したきゃ鋼殻竜でも連れてくるんだな!!」
自信満々に師匠が言う。
「師匠は怖いものはないの?」
「俺が怖いと、勝てないと思ったのは後にも先にも2人だけだ」
「誰?」
「嫁と旦那だ」
そう言って笑いながら師匠は頭を撫でてくれた。先生が強いのは知ってるけど嫁って誰だろう? 師匠より強いってそんな人いるんだな。会ったら一度戦ってもらおう!!
◆
俺は師匠との会話を思い出していた。傭兵は型にはまらないから何をしてくるかわからない。戦うことになったら逃げろとも言われたな。でも逃げる訳にはいかない。考えろ。弱い奴は考えることが一番の、そして唯一の武器なんだから。
口から流れ出る血を拭いながら立ち上がる。まだ体は動く。これぐらいならなんともない。レアン師匠の一撃の方が遥かに痛かった!!
レアン師匠は手加減が下手だ。そのせいで朝練の時に一度本当に死にかけたことがある。その時はアイリ姉ちゃんのお陰でなんとか助かったが、先生が怒ってレアン師匠をぶん殴って吹き飛ばした。先生が怒ったのを見たのはあれが初めてだったけど、何をしても効かないレアン師匠を一撃で沈めた先生は俺なんかじゃ想像も出来ない強さだ。
その後レアン師匠に謝られたけど、先生に殴られたのに何故かレアン師匠は嬉しそうだった。「儀式の時より遥かに強かった」と言って笑っていた。レアン師匠は何かの病気だろうか?
とにかくあの時のレアン師匠の一撃に比べればこんなの痛くも痒くもない。ガクガクと震える膝を抑え付けて相手を見据える。まともにやってもダメだ。でも相手は百戦錬磨の傭兵、奇襲も難しいだろう。なら俺しかできないような戦いならどうだろう? 俺しか出来ない戦い方。俺には師匠のような剣技もなければレアン師匠のような怪力もない。ミル師匠のような速度もなければ先生のような出鱈目さもない。でも全部を少しづつ使うことが出来る。俺の手持ちはそれだけだ。たぶんこいつには獣化が一番有効だと思うけど、先生から獣化はまだ使うなって言われてるから使えない。勝てないと分かっていても手持ちの武器だけでなんとかしなければいけないのが戦いだ。これで何とかするしかない。
「まだまだ元気なようだな」
そう言って男は剣を振りかぶって斬りかかってきた。先程と同じように剣を受け流す。男は同じように回転しようとしたが、俺は相手の受け流した後、同じように回転して剣をそのまま相手目掛けて投げつけた。一瞬こちらの姿を見失うその隙を狙った攻撃だ。しかも剣を手放すという行為に男も相当焦ったようだが、すんでの所でかわされてしまった。しかし回転中に背後から投擲された剣をかわした男はさすがにバランスを崩した。俺はその一瞬の隙を待っていた。
男は体勢を崩しながらもそのまま回転して剣を振るってきた。懐に飛び込んだ俺は襲いかかる剣の根元を光る爪で防ぎつつ更に距離を縮めた。
爪装術。レアン師匠に習った狼族が使える戦闘技術。気力を腕に纏い、それを武器にして戦う技だ。形は個人によって違い、ある程度は自分で形を決めることができる。しかし、普通は最初に作った時に作られた形こそ、その人にとっての最適の形になるらしい。俺の爪装術の形は白く光る4本の爪。一般的な爪装術の形らしく、形そのものは珍しいものではないそうだ。
だけど俺は先生に言われて爪装術を色々と改良した。レアン師匠に見せたらそれはもう驚いていた。あり得ないと。覚えたてでまだあまり強度はないけど、それでも力のかからない剣の根元くらいなら抑えることはできる。俺は回転する剣を左の爪で抑えつつ右の爪で男に襲いかかった。男は体勢を崩しながらも俺の腕を蹴って爪を避けた。受け身を取るために何の躊躇も無く剣を手放す辺り、並みの剣士ではない。
男は地面に転がって一瞬で体勢を立て直すが、すでに俺は男に向かって踏み込んでいた。
「ちいっ!」
男は腰からナイフを取り出して俺の爪を受け止める。ナイフは1本。だが俺の爪は両手にある! 受け止められた反対の爪で襲うが、男は無理に爪を受け止めずに間合いを離した。だけどそれも計算のうちだ。俺のとっておき! 俺は左手の爪をそのまま発射した。
さすがの男もそれは予想していなかったらしく、同時に襲いかかる4本の爪のうちの1本が男の腹の横をかすめていった。師匠の使う魔導拳の応用で俺は爪装術の爪を切り離して飛ばすことが出来る。あまり距離は出ないが奇襲に使うならうってつけだって言われたのでずっと練習していたのだ。しかも爪は飛ばしてもすぐにまた作ることができる。ここぞという時に使えと言われたけど、ばれたあとも相手にこう言う手があるぞと思わせることができるだけで、優位に戦えるって先生にも師匠にも褒めてもらえた俺のとっておき。
「糞が……痛えじゃねえかこの糞ガキが!!」
今までの余裕が嘘のように男は激怒した。冷静さを欠いた方が負けるって先生がいつも言ってた。だからどんな時も冷静に戦えと。相手が怒っていようが関係ない。むしろ怒らせろって。俺は先生や師匠達の教え通り戦えている! その一瞬の油断。男はなんのためらいもなく手に持っていた唯一の武器のナイフを投げた。ただ投げただけなら避けられた。だがその一言によって俺は一瞬動きが止まってしまった。
「よけたら後ろの女が死ぬぞ」
顔の横を通るそのナイフを俺は爪装術の無い左腕で受け止めた。
「ぐっ!?」
痛みに思わず声が漏れる。だがそれは次の瞬間、さらに大きな痛みによって打ち消された。
「がっ」
ナイフが刺さった一瞬の隙に踏みこまれた男によって腹をけり上げられた。浮きあがった俺に容赦なく拳が襲いかかる。正確に鼻を打ち抜かれて俺は吹き飛んだ。痛い。体中が痛い。師匠達との訓練のように厳しくても感じる優しさのようなものを何一つ感じない、感じるのはただ相手を殺すという殺意のみ。体はまだ動く、でも震えて動かない。これが恐怖。俺はこのままだと殺される。本能が逃げろと叫ぶ。でもそんなことを男が許すはずもなかった。
「この糞ガキが!! 俺に傷を付けやがって!!」
男は地面に転がる俺を容赦なく蹴り続ける。腹を、背中を顔を蹴られ続けた。
「もうやめてえ!!」
「コウちゃん!!」
遠くからお姉ちゃん達の声が聞こえる。でも、もうあまり耳も聞こえない。怖い、でも俺が負けたらお姉ちゃん達が殺される。俺が守らなきゃ……。
「……く……ん……ら」
「あぁ? 今更命乞いか?」
男に胸倉を掴まれて持ちあげられる。俺は男の顔に手を添えた。そして最後の力を振り絞った。
「がはっ!」
男が俺を落として倒れた。出来た……爆振機雷掌。先生の技だ。威力は程遠い、でも出来た。
「てめえ……なにしやがった!!」
鼻血を流しながら男が叫ぶ。でも俺はもう声を出す力も無い。
「ぶっ殺してやる糞ガキが!」
大きな剣を持って男が近づいてくる。もう動けない。もう俺じゃお姉ちゃん達を守れない。そう思うと涙がこぼれてきた。先生……会ったことないけど、きっとお父さんてこんな感じなんだろうって思ってた。ごめん先生、俺じゃ無理だったよ。
「た…けて…ししょ……」
誰かお姉ちゃんを助けて。
「たす……て、せ…せい」
もう殆どでない声であの人を呼ぶ。会いたいよ。助けて。お姉ちゃん達を助けて。
「助けてお父さん!!」
「死ねや糞がふっ」
剣を振りかぶった男が吹っ飛んでいった。
「うちの子になにしてんだ糞が」
どうしようもなく憧れた背中。その背中がこちらを振り向くとそこには会いたくて、会いたくて仕方なかった人の顔があった。




