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ワールドオーダー  作者: 河和時久
パトリア編
42/70

41:帰路

 俺達を乗せた馬車は一路、北へと向かった。天気も良いので俺は馬車の荷台の屋根の上に乗っていた。ちなみに森までは道らしきものが一応ある。奴隷商人が乗る馬車が移動を繰り返した結果できたものなのか、それともそれ以前からあるものなのかはわからない。全く道のない草原というわけではないので安心した。亜人との交流が全くないのなら道なんてものがそもそもない可能性があったからだ。

 

 ただ、10年前までは普通に交流があったという話なので、ひょっとしたらその頃にできた道なのかもしれない。ただし道といっても舗装されているわけでもないので、馬車は非常に揺れる。サスペンションがあるわけでもないので、椅子のようなものに座るタイプの馬車だと尻が痛いどころじゃなくなっていたかもしれない。

 

 バランスを取る訓練がてら、俺は馬車の屋根の上で仁王立ちをしていた。今までの戦闘で重心、バランスというのは戦闘において非常に重要だと感じたのだ。どんなときでも体勢を崩さないようにできないものかと考える。たとえばプラモデルなんかを立たせるにはどうしたらいいか? 色々と方法があるが、体の中に芯を通し、それを地面に突き刺せば一番安定するだろう。それを実際に人間でやることができないだろうか? 地球にいたときは無理だったが、今なら気も魔力も使える。それを使えば実際に焼き魚のように口から尻まで貫通した棒を突っ込むなんてマネをしなくても芯を通すことはできるはずだ。

 

 俺は気力と魔力を使い、体の中心を通る軸のようなものをイメージする。それと同時に脹脛ふくらはぎ辺りから地面に杭を指したようなイメージを持つ。最初は不安定だったが次第に揺れる馬車の上でも軸がぶれることなく、バランスを崩さないでずっと立っていられるようになった。今度はその状態で歩いてみることにする。やはり最初はふらついたが、すぐにバランスを崩さなくなった。しかし、全く転ぶこともできないのは逆にまずいので、転べなくなるのではなく、あくまで重心を安定させるという行為に重点を置いた。森が見える頃には揺れる馬車の上で蹴りを放ってもバランスを崩さなくなっていた。まぁ、多対一の戦いで足技は隙を作るだけなので、あまり使うことはないかもしれないが。

 

 バランスを鍛えると同時に気力の特訓も行った。気を広げるのは非常に難しいが集めるのはそれほど難しくない。手にどんどん集め圧縮し、それを爆発させるようにはじけさせたりと色々な実験を行った。頭上で気を爆発させるとかなりの衝撃波が発生して驚いたが、それでもバランスを崩すことはなかった。特訓の成果がすでに現れているようだ。馬車の皆は驚いていたようだが。

 

 森に着くとちょうどお昼頃だった。十六夜だけじゃなく、荷台の皆は寝ているようだった。

 

「森についたよ。みんなおきろー」


 俺は屋根から降り、皆を起こす。目をこすりながらもみんな馬車から降りてきた。その後、馬車から馬を切り離し馬達を逃がす。残った荷台はここではさすがに目立ってしまうので森の中に入れて隠すことにした。俺は荷台を持ち上げて森の中へと運ぶ。すると昨日購入した奴隷達が驚いた顔をして固まっている。

 

「な、なんて力……ご主人様はすごいお力をお持ちなのですね」


「馬鹿力ですわね」


 アムルルとメリルが感嘆したようにつぶやく。

 

「旦那は大人が10人近く入ってる鉄の牢屋を軽々と持ち上げてたくらいだからなぁ」


 呆れたような口調で、思い出したように語るドクを尻目に俺は森の入り口を少し入ったところに荷台を置く。ここなら森の外に放置されているよりは、遥かに目立たないだろう。

 

 馬車を置いた後、まだ眠そうにふらふらしている十六夜を背負子しょいこに座らせ、ロープで落ちないように固定してから背負う。十六夜とは背中合わせになる形だ。十六夜はまだ眠いのかうつらうつらとしていて、背負われていると気づいていない。闇の妖精族の女性はとことん日中に弱いということなのだろう。お昼過ぎとはいえ昨日オークションで起きていたのが不思議なくらいだ。

 

 十六夜を背負う俺を見て「いいにゃあ」とマオちゃんが呟くのが聞こえた。背負子を3段や4段にできればみんなを背負って歩くことも可能だが、さすがにそんなもの作っている暇はないので子供達には我慢してもらおう。疲れたり怪我でもしたら抱っこしていくが。

 

 そして俺達は森の奥へと入っていった。

 

 

 

 道なき道を進むのは体力をかなり消耗する。しかし、幼くても獣人は非常に体力があり、しかも森に慣れているためか3時間以上歩いているが、子供達は全く疲れたそぶりを見せない。それどころか元気が有り余っているようで、蝶を見つけたマオちゃんが追っかけて走り出したり、美味しそうな木の実があるからとコウが木に登ったりと、諌めるのが大変なくらいだった。問題は1人だけだ。

 

「はぁはぁ」


 息を切らして死にそうになっているのはメリルだ。ただでさえ体力がないのに、体が小さく歩幅も短いため、人の何倍も歩かなければいけないのだ。面倒なので十六夜と一緒に背負子に括り付けておいた。

 

 

 この森は魔物や魔獣が結構いるはずだが、シロがいるせいか一向にそれらが現れることはなかった。ちなみに魔物は魔力から生まれた生き物で、魔獣は通常の獣が魔力によって変質した物らしい。魔獣は変化後もそれまでの生活を続けることが多いので、必要がなくても普通に餌としての食事もするのだとか。ただ、普通の人にはどっちも変わらないので呼び方は人それぞれごっちゃになっているそうだ。

 

「お腹すいたにゃ……」


 マオちゃんがお腹を触りながら呟く。今日は昼食を取っていない。朝を食べ過ぎたせいか、みんなあまりお腹がすいていないということだったので今日は朝と夕方の2食にしたのだ。

 

「もうちょっとがんばってね」


 そう励ましながら俺達はさらに奥へと足を運んだ。夏といっても森の中は木陰が多くかなり涼しい。日中でも平地よりは気温により体力を奪われることは少ない。しかし、さすがに獣道ですらない、草木が覆い尽くした場所を切り開きながら歩くのは体力を消耗する。チートな体力になっている俺はまだしも、亜人であるとはいっても女子供では辛いだろう。さすがにみんなのペースが落ちてきたが、それでも歩みを止めることはなかった。


 夕方になり、まだ日が落ちていないが森の中の若干開けた場所を見つけたので、そこで今日は休むことにする。背負子を下ろすと寝ていた十六夜とメリルが目を覚ました。

 

「ん……はっ!! ここは!? 私は一体……」


「おはよう。といっても、もう夕方だけど」


「あ、主殿!?」


 何が起きたか分かっていない十六夜に説明すると、恥ずかしそうに謝られた。

 

「申し訳ない!! まさか主君に担がれて運ばれるとは……配下としてあるまじき行い。一生の不覚です」


 そういって十六夜は落ち込んでしまった。

 

「日中が苦手なんだから仕方ないだろ。それに夜の見張りをしてくれればいいよ」


 そういって俺は野営の準備に入る。コンビニで大量に買ったビニールシートを敷くことで、地面に直接座らなくてすむ。なんか気分はお花見だ。

 

「そういえば、森の野営なんて以前おっちゃんと一緒にゴブリンと戦ったとき以来だな」


「おっちゃんて誰だ?」


 思わず呟いた独り言にドクが反応する。

 

「俺が世話になったおっちゃんだ。たしか二射のロキっていったら結構有名なハンターだって聞いたぞ」


「二射のロキ!? そりゃ又すげえ有名どころだしてきたな。ハンターじゃなくても知ってるくらい超有名人じゃねえか」


 どうやら本当におっちゃんは有名人だったようだ。隣国にすら知れ渡っているとは思わなかった。飛竜を落としたという伝説もだが、余興でやった林檎ミリャ落としというのが有名なんだそうだ。なんでも100m離れた場所に立てた杭の上に拳大の林檎を置き、それに連続3射してすべて命中させたのだと。すごいのは3個の林檎ではなく、1個にすべて命中させたことだ。一発目があたった場合、林檎はもちろん動いて落ちる。落下中の林檎に2射目があたり、さらに地面に落ちて転がった林檎に3射目があたるという神業だったそうだ。その伝説、絶対尾ヒレついてるだろ!! なんで林檎割れないんだよ!? しかも2射のロキなのに3射してるじゃねーか!!

 

 全く当てにならない伝説を聞きながら俺達は夕食を終えた。ちなみに奴隷達の首輪はすでに外してある。偽物の首輪もすべて回収済みだ。アイリは返却を断ったが、街に入るときに又渡すからといって納得させた。

 

 ミルの話ではこのまま2日程北に向かうと緑猫族の村があるという話だ。まずはそこを目指すとして、周りの地形についても聞いておく。すると村の西のほうに川があるという話がでてきた。アムルルがつかまったのが川といっていたので、土の妖精族の村は案外近くにあるのかもしれない。実は川がたくさんあるなんていうオチでなければだが。緑猫族はその川を渡ることはないそうなので、土の妖精族との遭遇情報がないのなら土の妖精族は川向こうにいる可能性が高い。しかし、東に狼族の村があるという以上、このまま西に進むのもはばかられる。とりあえず緑猫族の村に行った後は、川の近辺を調査することにしよう。

 

 夜、十六夜に見張りを頼み寝ることにした。シロは以前聞いたら寝る必要は特にないけど、寝ることで魔力消費を抑えることができるとのことだったので、とりあえずいつもどおり外に出て寝てもらう。

 

 この世界の夜は早い。街の酒場なんかは遅くまで開いているが、普通の村なんかでは夕食が終わったら大体すぐ寝てしまう。時間でいえば20時より前だ。地球なら最近は子供でも起きている時間だ。普通なら半日も険しい森を移動なんてすればすぐに眠くなるものだが、チートな体力のおかげか全く疲れていない俺は眠くならず、そのまま夜中まで起きて魔力と気力の操作練習をしていた。昼間の移動中ずっと俺に背負われていたおかげでほとんど疲労していないメリルと十六夜は、そんな俺の特訓を物珍しげにじっと観察していた。

 

(何の媒体もなく魔力をあそこまで細かく制御できるなんて……あれが私にも可能な技術だとしたら、杖がなくても自由に魔法が使えるようになりますわね)

 

(主殿は一体どれだけ規格外なのだ……気力と魔力を同時に操作するなんて、おじい様にだってできないのに)

 

 なんて2人が思っているとも知らず、俺はただ無心に特訓に集中していた。魔力と気力を同時に操作できるようになったのはつい最近だ。同時に発動するとどうなるのかを試してみたかったからだ。結果は特に何も起こらなかった。ただ混ざり合うような感じになるだけで特に変化は感じられなかった。それぞれをもっと圧縮して高密度にしてみたらどうなるかを現在実験中。ちなみに操作するときに実は全く同時には行っていない。魔力、気力、魔力、気力のようにかなり細かく順番に操作を繰り返していた。しかし、先ほどどちらかを先に圧縮した後に同じくらいまでもう1つを上げるほうが手っ取り早くて簡単なことに気がついた。バランスの調整が難しくなるが。

 

 俺は右手に魔力を高圧縮し、その後に魔力をキープしたまま同じように気力を圧縮した。するとそれまではただ交じり合っていただけに感じたものが一気に一体化したような感じがした後、うっすらと光りが滲み出した。そして恐らく魔力と気力が同じくらいの圧縮率になったくらいで光が一段と増して輝きだした。

 

「な、なんですの一体!?」


 メリルが腕で顔を隠し、光をさえぎりながら叫ぶ。叫び声を聞いて寝ていたドクが起きてきた。子供達は昼間がよほど疲れたのか寝たままのようだ。

 

「一体全体なんだってんだこりゃ!?」


 ドクが起きぬけに叫ぶ。俺は魔力、気力の力を同じように霧散させていく。すると光はどんどん暗くなり、一定以上圧縮を解いたところで光は消えてしまった。やはり両方がある一定レベル以上の力を持っていないとこの発光現象は起きないようだ。

 

「主殿、今のは一体?」


「ああ、魔力と気力を同時に高めた場合の実験」


 驚いた顔で問いかけてくる十六夜にそう答えた。

 

「ど、同時にですか……」


「この男……ありえませんわ」

 

「ほれみろ、やっぱり旦那は化物じゃねえか」


 後でドクは殴るとしても、どうやら普通はこんなことはできないようだ。オリジナル技術だとしたら嬉しい。やはり異世界らしく厨二病チックな名前を付けたいところだ。何がいいだろうか。

 

 鬼、いや普通に居そうだし……竜、やっぱり普通に居そうだ……神、はさすがにそうそう居ないだろう。よし、神の気で神気しんきと命名しよう。まだどんな効果は分からないが。しかし扱うにしても今はまだ準備にどうしても時間がかかってしまう。片方を上げてからもう片方を上げるからだ。両方同時に上げることができるようにしないと、とっさに使うのは難しいだろう。まぁ今のところ目くらましとか照明くらいにしか使い道がないんだが。

 

 しかし、厨二病といえばやっぱり必殺技だよな。昼間試してた爆殺用の技にも名前を付けておきたいよなぁ。爆殺なんたらにするべきか、もうちょっと捻るべきか。爆熱にしちゃうと手を光らせないといけなくなっちゃうしなぁ。

 結局その日は眠りにつくまでかっこよさげな必殺技の名前を考えていた。さすがにこれ以上実験を続けると子供達が起きるかもしれないからね。ちなみにカードは用を足す振りをして木に隠れてこっそりと引いておいた。

 

 

 翌朝、相変わらず十六夜は明け方は眠そうにしている。十六夜が眠ってしまう前に皆で朝食を取り、そのまま北へと向かって歩き出す。ちなみに出発前にもう十六夜とメリルは背負い済みだ。十六夜はかなり渋っていたが眠さが勝ったようだ。メリルに至っては

 

「このわたくしを背負えるなんて光栄でしょう?」


 なんてほざいていたので

 

「なんだ、また空飛びたいのかお前は」

 

 というと怯える小動物のようにビクビクとその場で震えだしてしまったので、そのまま背負子に縛り付けた。さすがにこんなに木の多い場所でムーンサルトフリーフォールは危ないからやめておいた。マオちゃん達がまた強請ねだるといけないからね。

 

 

 

 

 森の中を順調に進んでいくと途中から山のように坂道になってきた。ここは森といっても平坦ではなく、木々に覆われた複数の山が重なっているような場所のようだ。つまり、山になっているところもあれば、その隙間の盆地のようになっている場所もある。現在向かっている緑猫族の村はそこまで高くはないが、山を1つ超えた先にあるそうだ。俺達は一先ず山の頂上を目指すこととなった。

 

 昼食も取らずに俺達は山を登り続けた。ミルの話だとこの山の頂上付近は木もなく、大きく開けていてとても景色がいいそうなので、そこで昼食をとる事にしたのだ。正午を少し回ったころにやっと頂上についた。確かに大きく空けていて花畑や池のようなものも見える。それを見た女の子達から感嘆の声が漏れる。俺は魔力感知を使用して辺り一体を調べてみる。とりあえずこの付近に強い魔力を持ったやつは居ないようだ。

 

 俺達はそこでゆっくりと昼食を取り、しばしの休憩を楽しんだ。ちなみに十六夜は寝っぱなしだ。2食しか食べないので燃費がいいといえばいいのだろうか。半日寝っぱなしで夜も運動とかしてなさそうなんだけど。

 

 昼食も終わりそろそろ出発しようとしたところで、シロが起き上がり一方向をずっと睨んで唸りだした。

 

「どうしたシロ?」


 そう聞きながらシロの見ている方向を見ると、なにかを引きずるような音が聞こえてくる。何かが俺達の進行方向から山を登ってきている。そう直感した俺は皆を集めた。ドクが剣を構え、ミルがミク達を後ろにかばう。

 


「トカゲ?」


 山の反対側から現れたのは銀色に輝くトカゲだった。何だトカゲかと思ったがどうにもおかしい。なんで結構離れているはずなのにトカゲと分かるのか? どんどん近寄ってくるにつれてその理由が明らかになる。頭が俺の目線より高い位置にある。180以上の俺の目線よりも、腹を地面に擦りながらうつ伏せのような姿勢で歩いてくる相手の方がだ。コモドドラゴンだったか? アレに似ている。大きさとか色とか色々と突っ込みどころはあるが。

 

「ド、ドラグラガルト!? 最悪だ……」

 

 ドクが搾り出すように呟く。ドラグラガルトとは銀5ランクに相当する魔獣で、その銀の鱗はあらゆる攻撃をはじき返すそうだ。物理無効に魔法無効とか無敵じゃねえか!! それでなんで銀ランクだよと問い詰めると、どうやら分かりやすい弱点があるんだそうだ。

 

「あいつは熱さに弱いんだ」


 つまり火の魔法は直接は効かないが、その熱で蒸し焼きなりなんなりにして焼き殺すのが一般的なのだそうだ。後、熱を帯びるとその鱗は柔らかく変質するらしく、熱した後なら斬ることができる。つまり倒すには火を使える魔導師が必要ということだ。通常最低3人は欲しいといわれるが、魔導師さえ居れば比較的容易に倒せるので銀5ランクなんだとか。しかしそれは逆を言えば火を使える魔導師がいない場合は、ほぼ無敵ということになる。

 

「火の魔法使える人~?」


 皆に聞いてみるが予想通り誰も反応しなかった。メリルは杖があれば使えるんだろうが。

 

「あれって凶暴?」


「ものすっごく凶暴。しかもあんなでかいの見たことねえ」


 ドクが肩を落としながら答える。通常はアレの半分以下の大きさらしい。それが銀5ランクなのだからあそこまで大きいと銀5どころではなさそうだ。逃げるか? いや、例え逃げられたとしても、さすがにそんなやつが近くにいると分かっている場所で安心して寝られないだろう。あんまり生態系に影響がでるような殺しはしたくないんだけど、襲われたのなら仕方がない。排除しておこう。カードを使えば簡単に殺せるがここは昨日作った技を実験してからにしよう。効かなかったらカードを使えばいい。即死カードを使えば一撃必殺だ。でもなるべくならカードは温存しておきたい。百貨店の性能を考慮すると例えいらないカードでも手持ちがあればあるだけ旅が楽になるからだ。それにカードがいつでも使えるとは限らない。カードを使わない戦闘経験を今のうちに上げておきたい。特に今回のように相手が1匹で、子供達に被害が行かないようにできる時には。


「どうするんだ旦那? あいつ剣も何も効かないぜ?」


「なんとかしてみるよ。ドクは子供達を頼む」


 そういって俺はトカゲに向かって歩いていく。こちらに気づいているのかトカゲは走ってこちらに向かってきている。巨体の割りに結構足が速いようだ。俺はまず実験のため魔力をためてトカゲに飛ばしてみた。

 

「魔導拳!!」


 右手だけを相手に突き出して叫ぶ。魔力塊はトカゲに命中したが何事もなかったかのようにトカゲはこちらに向かってくる。薄々効果がないことは気づいていたのでショックはない。魔力から生まれた生き物にただの魔力が通じるはずがないのだ。

 

 ならばと俺は走り出しホルスターからトンファーを抜き出す。首をもたげて噛み付いてくるトカゲの頭を左にかわし、全力で下から顎を叩き上げた。トカゲの巨体が浮き上がり、その大きな体が尻尾以外ほぼ垂直に立ち上がった。その瞬間トカゲの横まで走り、トカゲの尻尾の付け根を後ろから思いっきり左のトンファーで殴った。するとトカゲはきれいに半回転し、地響きと共に背中からその場に落ちて仰向けに転がった。鱗のような部分が重いのか、トカゲはジタバタするが一向に起き上がれない。俺はトカゲの腹の横に立ち、右手のトンファーを思いっきり叩き付けた。

 

「ちっさすがに硬いな」


 鈍い金属音が鳴り響く。鱗には少しへこんだような後がついたがほとんど傷もなかった。今の俺の力で殴ってほぼ無傷とか、一体どんだけ硬いんだと呆れた。外がだめなら内側しかない。俺は右手のトンファーを真上に放り投げた。そして右手を上げたまま手のひらに気力を限界まで圧縮した。

 

「爆振!!」


 そしてそのままトカゲの腹に手を当て、気を内部で爆発させる。

 

「機雷掌!!」


 鈍い音がトカゲの体内で響く。その一瞬後、ホースから勢い良く放水される水のようにトカゲの口から血が吹き出した。トカゲはそれでもまだ生きており、苦しそうに手足を動かしていたが、その動きもだんだんとなくなり、ついには動かなくなった。右手を伸ばすと頭上に投げたトンファーがピタリと手に収まった。そのまま両手のトンファーをくるくると回してホルスターにしまう。

 

 決まった……決まってしまった。トンファーが手に収まったのは全くの偶然だった。受け止められずに「なんで上投げたんだよ」ってツッコミをしてもらおうと思っていたのだが、思いの他うまくいってしまった。偶然て怖い。

 

 ちなみにこの技の名前は昨日の夜、寝ながら考えたやつだ。語感が気にいっただけで特に深い意味などない。ずいぶん昔に似たような名前の技がゲームにあった気がするけど気にしてはいけない。しかし、やはり必殺技は叫ぶべきだな。叫ぶことにより威力が上がる気がする。要は気持ちの問題だ。まぁ次回使うときは名前が違うかもしれないが。

 

 そんなことを考えながら後ろを振り向くと、唖然として固まっているドクと年長組、そして目を輝かせて見ている子供達がいた。


「旦那、今のは一体……」


「奥義、爆振機雷掌だ!!」


 俺は自信満々に腕を組み、のけぞりながら仁王立ちでそう言い切った。流派も何もないのになぜか奥義。突っ込みどころ満載だ。しかし誰も真実を知らないので突っ込めないという。

 

「奥義……」


 ゴクリとドクが唾を飲む音が聞こえる。恐らく、自分が戦ったときにもし今のを使われていたらと考えたのだろう。もちろん当時の俺にそんな技術などなかったので無理だったけど。この技術の恐ろしいところは、たとえ素手であっても触れてさえいれば、例え相手が鎧を着込んでいようとも問答無用で殺せるということだ。それがたとえ魔物であってもだ。まぁ素早い相手には難しいだろうけど。

 後、半殺しにして無力化というのが難しい。先ほどの戦闘では容赦なく全力で叩き込んだが、人間相手では手加減が必要なことも多々出てくるだろう。気力の調整によって手加減をして、半殺し程度に抑えるくらいの技術を身につけておきたいものだ。まぁ対人戦闘なら魔力のほう使えば手っ取り早いんだけど。

 

「あの硬い鱗でもお構いなしとか、とんでもない技だな。旦那の流派は素手での技が多いのか? 俺との戦いでの投げ技なんかもそうだったけど、見たことない技ばっかりだぜ」


 ドクが呆れたような口調で呟く。


「人は武器を持って生まれてくる訳じゃないんだ、だったら素手の技から覚えるのが道理だろう? 殺し合いの最中に武器がなくなりました、魔力がなくなりました、だから許してくださいなんて通じるとは思えんからな」


「まぁ普通は武器が無くなったら逃げの一手なんだけどな。でもたしかに言われてみればその通りだな」


 恐らくこの世界ならではの事情なんだろう。地球との違い、それは魔物や魔獣といった素手では相手できないような脅威が、極身近な場所に存在しているということだ。そんな生活の中でわざわざ対人戦闘用の素手の技を練る余裕等ないだろう。そんな暇があったら剣なり槍なりを鍛えるほうが魔物対策にも対人戦闘にも流用できてお得だからだ。故に人相手に特化した投げ技なんてものはあまり発展しなかったのだろう。まぁ戦争が頻繁に起こっているようなところならあるのかもしれないが。


「それよりこのトカゲどうしようか?」


「こんな完全な状態の皮なんて見たことないぞ。むしろそのせいで皮すら剥げないな」


 通常このトカゲは熱によってしか倒せない。つまり必然的に素材として出回る皮は熱で変形、変色した物となる。それが全く熱を帯びていない完全な状態であるせいで、その皮を裂くことができず、魔石すら取り出すことができないのだ。火の魔道具で熱しながらならできるかもしれないが、恐らく温度が足りないだろう。


 仕方なく俺はトカゲをそのまましまうことにした。

 

「98セット」


No098C:次元収納 


 一瞬にして消え去ったトカゲに周りは目を丸くする。

 

「な、何だ今の!?」


「な、何ですの今の魔法は!? 空間歪曲? 転送魔法? いえ、そのような揺らぎは感じませんでしたわ。一体……」


 特にドクとメリルの反応が大きいようだ。俺はぶつぶつと顎に手を当てて考え込むメリルを持ち上げて、寝ている十六夜の上に乗せて背負子を背負う。

 

「じゃあ出発するよー」


「ちょっと!? 今の説明してほしいですわ!!」


「ここは邪魔な木がないから全力で上に放り投げれるなぁ」

 

 そういうとメリルはとたんにおとなしくなった。どうやらプルプルと生まれたての小鹿のように震えている。完全にトラウマになっているようだ。



 面倒なのでシカトしてそのまま出発した。背中でなにやらメリルが色々と煩かったが放っておいたら、いつの間にか静かになっていた。結局トカゲ以降、その日は危険な生物に遭遇することはなかった。

 

 夕食後、今日は気の圧縮ではなく展開を特訓することにした。その間もメリルがずっとあの魔法はなんだと煩いが秘密で押し通している。

 

「ばくしんきらいこー!!」


「違うよこうだよ、ばくしんきらいしょー!!」

 

 焚き火の向こう側でウィルとコウが2人でなにやら遊んでいる。歳の近い同じ狼族、そして同じ男ということもあってこの2人は特に仲がよくなったようだ。2人で俺のやっていた奥義のマネをしているのをフェリア達が微笑ましそうに見ている。ファリムはウィルをコウに取られたように感じているのかちょっとむくれているようだ。

 

 そんな姿を横目に俺は気力展開をしていた。一応毎日やっているが、現在の段階でもやっと半径1m程の範囲展開が限界だ。とりあえず手が届く範囲は分かるようになった。

 

 俺は胡坐をかいた状態で小さな石を拾い、目を瞑って上に放り投げる。気の範囲内に入った石は分かった瞬間手を伸ばすがつかむことができなかった。目を開けていればできることができない。それは人間の目が、高速で動く物体を目で捉えた場合、脳は自身の経験から自動的にその物体の軌道予測を行う。それができることで初めてプロ野球選手等が150kmを超える球を打つことができるわけだ。目を瞑っている場合それができない。ゆえに暗闇や、後ろからくる攻撃等、見えない攻撃を見ないで迎撃するというのは非常に難しいのだ。しかし、攻撃の場合必ず自分にむかってくると考えれば、自ずと軌道はわかるはずだ。検知範囲限界が1mという現在の狭い範囲では感知してから行動して間に合うとは思えないが、範囲を広げることができればなんとか避けることくらいはできるようになるはずだ。とりあえずの目標は無意識に10mくらいの範囲をカバーできるようになることだ。それくらいあれば銃でもないかぎり反応くらいはできるだろう。

 

 その後、夜遅くにまたも隠れてカードを引きながら、眠るまでずっと流派の名前を考えていた。しかし、適当につけた必殺技の名前がコウ達に浸透してしまった以上、変えるわけにはいかなくなってしまった。もっとかっこいい名前を考えておくべきだったな。流派名は同じ過ちを繰り返さないようにもっとかっこい名前を考えよう。

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