20:美
セーヴェルの街をプラプラと歩く。至る所から金属を叩くような音が聞こえてくる。鉱山が近いせいか、どうやらここは工業都市のようだ。武器屋、防具屋がいくつも立ち並んでいる。いくらなんでもライバル店多すぎだろ! 談合とかしてんじゃねえの?
そう黒い考えをしつつ商店街を歩く。どうみても焼き鳥という屋台があったのでそこで10本程買った。味も鶏と同じようだ。ただタレがなく塩だけなのでタレ好きとしてはちょっと味が物足りない。
そのまま食べながらまた歩き始めると前方の武器屋らしき店の前でシェルムとソフィアが2人で武器を眺めていた。近づくとシェルムが気づきまた叫びそうになったので焼き鳥を1本その口に突っ込んだ。
「あん……ふぉ!? ふぁいふんふぉふぉ!?」
口に突っ込んだままでもしゃべるのは止めないようだ。
「2人は買い物か?」
「はい、お金が入ったらどれを買おうかと悩んでたところなんです」
いつも通りソフィアがおっとりとした感じで言う。オーガ討伐していない仲間にも金は分けるのか……いいやつだなぁ。
「あんたいきなりなにすんのよ! あら?これおいしいわね。もう1本ちょうだい」
そういってシェルムは俺から焼き鳥をもう1本奪っていった。
「はい」
俺はソフィアにも焼き鳥を1本差し出した。
「え? あ、ありがとうございます」
「フェルカ達は一緒じゃないのか?」
「なんかあっちの店で斧と剣みてるわよ」
やはり店毎に色々品揃えが違うようだ。
「シェルムは魔法の矢でも買うのか?」
「そうね。金貨20枚もあれば魔法の矢だって買えるわね……でもそんなの普段使えないのよねぇ」
そう言いながらシェルムは焼き鳥を頬張っている。
「ソフィアは杖でも買うのか?」
普段ソフィアは身長くらいある、先端に赤い宝石の付いた杖を持っている。結構高そうな杖だ。
魔導師は魔石を加工した宝玉を先端に埋め込んだ杖なんかをよく使っている。それで魔法の威力を増幅する。と、以前ロリが言っていた。
「いえ、私にはこの杖でも分不相応ですから、他の物にしようと思ってます」
やはり結構いい物らしい。しかしこういうアナログな武器屋とか地球ではお目にかかれないからたくさんあると興奮するな。
「よう、お姉ちゃん達かわいいね~どう?俺達と遊ばない?」
そうしてるとどこからともなく、漫画やドラマでしかみたことがないような、テンプレな台詞を言いながら、ハンターというよりは盗賊といったほうが近いチンピラ達3人が現れた。
「間に合ってるからいいわ」
「そんなこと言わないでさぁ」
そんなやりとりをしてる最中も、俺は普通に焼き鳥を頬張りながら武器を眺めていた。剣も結構いいよね。一応飾りに持っておこうかなぁ。等と考えていると
「あんたもいい加減助けなさいよ!」
シェルムに怒られた。
「いや、邪魔しちゃ悪いかなぁと」
「なんでよ!」
「軟派から生まれる恋が有るかも知れない!」
「相手見てから言いなさいよ! こんな盗賊の下っ端にしか見えないやつらと私が釣り合うとでも思ってんの?」
酷い言いぐさだ。まぁ見た目は確かにその通りだが、本人の目の前で言うのはどうかと思うぞ。
「誰が盗賊の下っ端だ! てめえら、黙って聞いてりゃ言いたいこといいやがって!」
「らって俺なんも言ってないじゃん」
全く酷い言いがかりだ。盗賊とは思っていたけど。
「何よ、やろうっての?」
「だからお前も煽るんじゃない。まぁここは焼き鳥でも食ってお互い落ち着け」
そう言って焼き鳥を1本チンピラに差し出す。
「うるせえ!」
バシッっと手を払われて焼き鳥が地面に落ちた。その瞬間、ドゴッという鈍い音と共にチンピラが空を舞った。
「え?」
残り2人のチンピラとシェルムは何が起こったかわからず唖然としている。
「食い物を粗末にするな糞野郎。殺すぞ」
俺が目にもとまらぬ速度で蹴り上げたのだった。かつて外人がこういっていたことがある「日本人は何してもほとんど怒らないが、唯一食べ物の事に関しては激怒する」と。飽食の時代と言われてるが、俺は食べ物を大事にしなさいと祖父母にきつく教えられて育ってきたので、非常にその辺りは五月蠅い。食事を勧められても食べられないなら食べる前に断るべきだ。残すのなら最初から食べるな!っというのが俺の持論だ。それを腐ってるならまだしもまだ食べられる物を捨てるなんてとんでもない。
食べるために生き物を殺したのならその責任は取らなければならない。それは全て食べるという行為だ。だから俺はお店で出た物は決して残さない。
「これ持ってて」
俺は焼き鳥をシェルムに渡すと、飛んでいったチンピラを髪の毛を引きずって元の場所に連れてきた。
「てめえ!やりやがったな!」
唐突に起きた出来事に凍ったように固まっていた残り2人のチンピラが、やっと氷が溶けたかのように動き出し剣を抜いた。
「お前らは伝説の英雄にでも護られてんのか?」
「は?」
「それとも……」
俺はもう1人のチンピラの懐に素早く入り込んだ。そして再びチンピラの1人が空を舞った。
「楽園にでも住んでんのか?」
生涯に一度は言ってみたい台詞No3の台詞をついに言うことができた。しかしマジ切れしている俺はその喜びをあまり感じなかった。
「ひいぃ」
最後の1人は腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。
「ソフィアこいつに水ぶっかけて」
そういって最初に蹴り飛ばしたチンピラに水を掛けて起こして貰う。
「う、うぅ」
チンピラが目を覚ました。髪を掴んで顔の前に落ちた焼き鳥を差し出す。
「お前が落としたんだ。お前が責任もって食え」
「て、てめえ!」
反抗しようとしたので腹に膝蹴りを入れる。
「ごふっ……」
「食べられるように腹の中の物全部出してやろうか? はらわたごと……」
チンピラは怯えたように首を振る。
「お前には選択肢が2つある。1つはこれを食べる。もう1つは食べないで死ぬ。どちらか選べ」
「た、食べます!」
そういってチンピラは砂だらけの焼き鳥を食べた。程なくして完食した。
「そう、それでいい。今回はこれで許すけど、次食い物を粗末に扱ったら……」
俺は地面に落ちているチンピラが持っていた剣を拾い上げる。それをみてチンピラ達が息を飲む。そして剣の腹をつまみ、柄を曲げるとパキンっという音と共に剣が割り箸を割るように柄の根元からまっぷたつに折れた。
「お前達が運ばれる先が、ベッドの上から棺桶の中にランクアップすることになる。わかったか?」
「はいぃ!!」
そういってチンピラ達は気絶した仲間を連れて去っていった。俺は剣を捨てパンパンと手を払い、俺はシェルムから焼き鳥を受け取り再び食べ始めた。
「全く食い物を粗末にする馬鹿が多すぎる」
こんな事で本当に殺すつもりなどないが、これだけ脅しておけば、あいつらも少しは食べ物について意識するだろう。
「あんた変なとこで真面目なのね」
「別に無理に落とした物を食べろって言ってる訳じゃないんだよ。いらないならいらないって言えばいいだけなのに、わざとダメにしたのならそれは責任をとらなきゃならん。それが他人から差し出された物なら尚更だ」
「殺されたくないから、肝に銘じておくわ。っていうかあんた怒るとこそこなの!? 普通こういう時はかわいい女の子を護るためだとか、俺の女に手を出すなとかそういうのじゃないの!?」
「?」
「首傾げて不思議そうな顔すんな!!」
俺は繰り出されるシェルムの連続パンチをかわし続ける。
「どうどう、落ち着け」
「私は馬か!」
「シェルっ落ち着いて!」
ソフィアに押さえられて漸く止まった。
「たしかにシェルムが美少女なのは認める。ただそれで護るとかそういう話には繋がらんと思うんだが」
「む、ま、まぁ確かに私は美少女だけど……」
シェルムは顔を赤らめて照れている。自分でかわいいと言っておきながら人に言われると照れるのか。よくわからん生き物だな。それに言いたい所はそこじゃない。
「キッドさん、マギサちゃんにも同じ様なこといってませんでした?」
「あれが正真正銘の美少女だ」
「じゃあシェルは?」
「……少女だな」
「美はどこいったんだこらあ!」
「シェル落ち着いて、弓はまずいわ!」
「どいてソフィー! そいつ殺せない!!」
弓を取り出して俺を撃とうとするシェルムをソフィアが賢明に止める。ソフィアは煽ってるのか天然なのか判断が付かないな。
「それにしてもあいつらも馬鹿だな。オーガを倒したシェルム達に喧嘩を売るなんて」
俺はあからさまに話題を変える。店先にいてそれを聞いていた武器屋の店員が反応した。
「嬢ちゃん達がオーガを倒したってのかい?」
「え? えぇそうよ。もうバシーっとズバーっとやっちゃったんだから!」
シェルムがいつも通り調子良さそうに言う。計画通り! 俺はそのとき新世界の神になった。
ほどなくしてフェルカ達がきて合流した。日も暮れてきたので、俺はシェルムに撃たれる前にそそくさと宿へと帰った。全くあの女はピーキー過ぎて困る。




