01:はじまりは突然に
「なにしてんだろうな俺……」
森の中で複数の狼のような動物に周りを囲まれながら、俺は誰にともなくぼやいていた。
転勤して引っ越しをしてその買い物を終えて家に入ったところまでは覚えている。家に入ったら森の中だった。
何をいっているかわからないだろう? だいじょうぶ、俺もそうだ。両手にいっぱいの荷物、背にはリュックにやはり大量の荷物を抱えたまま俺は呆然と森に立ちつくしていた。後ろ見ると扉はもう無かった。閉めなければ帰れたのだろうか。そんなことを思いつつ俺は辺りを見回した。
木、木、木、木しかない。木を隠すなら森とはよくいったものだ。これだけ木があれば1本の木を見つけるなんて無理だろう。
「しかし、どうしたものか」
そのまま立っていても仕方ないのでとりあえず歩き出…すその前に荷物を確認する。こんな森なら熊とかでてきてもおかしくない。リュックに入っていたサバイバルナイフを取り出しベルトに挟む。熊は臆病なので大きい鈴なんかをならして歩けば気づいて先に逃げてくれるときいたことがあるがそんなもの持っていないからしょうがない。こんなナイフ1本で勝てる気はしないがないよりマシだろう。たしかにキャンプに行くときのためにかったナイフだがまさかこんなに早々に出番があるなんて夢にも思わなかった……っていうか買った帰りに使うとかなにそれこわい。
「しかしどんだけ深い森なんだここは。青木ヶ原の樹海かここは! まだ昼のはずなのに薄暗いってなんだよ!」
もちろん樹海なんていったことないんですけどね。樹海どころか富士山にすら登ったことはない。そのまま歩き続けて2時間。やはり周りは木しかなかった。
「広いとかっていうレベルじゃねぇ……これはマジで洒落にならん」
これはもしかしなくても遭難ですか? ソーナンス! どんどん壊れていく自分が分かる。少し開けた場所があったのでそこで腰を下ろし休憩することにした。不思議なことに2時間も目一杯の荷物を持ったまま森を歩いたにしては全く疲れていなかった。
「いったいどこなんだろうなここ」
忘れていたがポケットに入れていた携帯を思い出し確認してみる。案の定圏外でしたとさ。携帯のGPSも通信エラーだと…… 今の日本でGPS認識できない場所とかあんのか? 一瞬考えてはいけないことが頭をよぎる。だめだ!それは考えちゃダメだ! しかしその考えはあっけなく覆されることとなる。
「グルルル」
響くようなうなり声に顔あげると周りを狼のような犬のような動物に囲まれていた。まだ分からない。俺が知らないだけで日本にいる動物かもしれないじゃないか! なんて思っていた時期が私にもありました。
うん、うすうす感づいてはいたんだ。ここは地球じゃないんじゃないかって。だってさ、この狼っぽいやつ。体毛が緑色なんだ……。こんな色した犬っぽい哺乳類なんざ少なくとも俺は知らん! サバイバルナイフを抜き取り、俺は狼?達と対峙した。そこで冒頭のような事になるわけである。
狼達は徐々に間合いを詰めてくる。数は見えるだけで8匹。おそらく見えない位置にもいるだろう。
狼は群れで生きる生き物だ。狩りも集団で行う。よく1匹狼なんて言葉が孤高のかっこいい存在の代名詞のようにつかわれるが実際は1匹狼っていうのは群れからはぐれて、ただ後は死ぬのを待つだけの存在だったりする。
なんて余計なことを考えている時、左から1匹飛びかかってきた。普通なら食いつかれているであろうタイミングだった。しかしとっさに振った左手の裏拳が偶然狼の顔面にヒットした。ゴキン!
「ギャウン!」
狼はそのまま空中で回転した後、転がっていった。すぐに右を向き他の狼を警戒する。なんだ今の威力。初めての感触だが分かる。今のは相手の骨が砕ける感触だ。別に武術もなにもやっていない俺があんなことできるわけがない。これは何かしらの補正が体にかかっているということか? あっけなく仲間を1匹失ったことにより狼達はかなり警戒をしているようだ。
大きめの木を背にし狼達に対してナイフを構える。ほんの数秒が数十分にも感じる時間の中で唐突にそれは終わりを告げた。
ドスッ
右にいた狼の頭に何かが刺さっていた。突如倒れた仲間に狼達は驚きそのまま逃げていった。
「おい、兄ちゃんだいじょうぶか?」
森の奥から弓をもって現れたのは髭もじゃのおっさんだった。狼達より先にあっていたら間違いなく熊と間違えていたであろう。
「ええ、なんとか大丈夫です。ご助力感謝します」
お礼をいいつつ警戒は怠らない。このおっさんが盗賊の類ではないという保証はない。
「しかし兄ちゃんこんな森の奥でいったいなにしてんだ?ハンターにしては妙な服きてるし…」
「えぇ、来たくて来たわけじゃないんですけどね。むしろどうしてここにいるのか俺が聞きたいですよ」
おっちゃんは怪訝そうな顔でこちらをみている。俺だってこんなこというやつがいたら危なすぎて近寄らない。
「しかしフォレストウルフ相手にナイフ1本でよくやるな。無茶にも程があるぞ」
そういいながらおっちゃんは自身の倒した狼を担いだ。
「やりたくてやったわけじゃないんですけどね。あっ狼いります?助けてくれたお礼に良かったらあそこに転がってるのお譲りしますよ」
そういって俺は最初に倒した狼の死体を指さした。
「おっいいのかい兄ちゃん? こいつの毛皮は銀貨3枚にはなるぜ?」
「代わりといっちゃなんですが今晩泊めてもらえませんか? 金もなければ行く宛もないんですよ」
「なんか色々込み入った事情がありそうだな」
「いっても信じないと思いますよ。むしろ俺が信じたくない」
「わかった。ついてきな」
なにがわかったんだよ! っと突っ込みたかったが我慢した。なんかいい人そうだ。
「しっかしこれ何で倒したんだ? 傷が全くないぞ」
「え? 普通に殴ってですけど?」
「……兄ちゃんどんな腕力してんだよ」
おっちゃんは心底あきれたような顔でこちらを見ていた。
おっちゃんについて歩くこと1時間。ようやく森を抜け村のようなところについた。
「よお、ロキ、今日は大量のようだな。ところで後の兄ちゃんはだれだ? 黒髪黒目なんてめずらしいな」
「なんか森で迷子になってたんで連れてきた。別に悪いやつじゃなさそうだが村長のとこつれていってくる」
村の中を歩くと村中の視線が俺に集まってきているようだ。やはり余所者はめずらしいのだろうか。
「村長いるかい?」
村の中央から少し奥にいった場所に周りより大きな家がある。そこにおっちゃんは自分の家のように上がり込んでいった。
「なんじゃいロキ。ミリーならきとらんぞ」
「違う、森で拾ったやつを連れてきた」
俺は拾われたのか。このやたらと長い白い髭を生やしたじいさんが村長らしい。
「初めまして。城戸英次といいます」
両手に荷物を持ったままなのでそのままお辞儀をした。
「わしはここマルクート村の村長をしておるナトリフじゃ」
どうやらここはマルクート村というらしい。うん、やっぱり地球じゃなさそうだ。
おっちゃんと村長の口の動きをみているとどうやらしゃべっている言葉と意味が違って聞こえているようで口の動きとあっていない。
「それでおまえさんはいったい森でなにをしておったのじゃ?」
そう聞いてくる村長は表情は笑っているようだが目が全く笑っていない。
「わかりました。信じてもらえるかはわかりませんが俺に起こったできごとを話します」
そうして俺は自分に起こったことを包み隠さず話した。
「異世界のう……」
やめて!かわいそうな子見るような目でみないで!
「今度は俺の方からききたいんですけど日本、アメリカ、イギリス、中国、このどれか聞いたことありますか?」
「どれも初めて聞くのう。何かの名前かの?」
「俺の世界にある有名な国の名前です」
どうやら完全に異世界確定らしい。
「そうだ、こういう物みたことあります?」
そういって俺は携帯電話を見せた。
「むう、なんじゃこれは?魔道具か? こんな綺麗な絵はみたことがない」
「おうすげえなこれ。どんな画家が描いたんだこれ?」
待ち受けはさっき森で取った写真だ。
「これは俺達の世界での通信器具です。これで遠く離れた人と会話ができるんです」
「通信用の魔法具のようなものか…それにしてもこんな小型のものは今の技術ではありえないのう」
どうやら通信にはかなり大きめの魔道具が必要らしい。
「信じてもらえたようでなによりです。それで今後の事を決めるにしてもどこか長期で泊まるところを紹介していただけるとうれしいんですが。まぁ私無一文なんですけどね」
「ならしばらく家に泊まっていけばいいぜ。身の振り方はゆっくり考えていけばいいぜキッド」
「おおっおっちゃんいいやつだな!っていうかキッドで俺のことか!」
見ず知らずの赤の他人を家に泊めるとかどんな神だこのおっちゃんは。
「しかし異世界の話は他人にはせんほうがいいじゃろ。何があるかわからんしな」
「わかりました。それじゃ日本ていう他の国からきたとだけいっときます」
それなら特に嘘をいってるわけじゃないから辻褄が合わないことをいって困るということもないだろう。
「じゃあさっそく家に行くか。村長またな」
そういって俺達はおっちゃんの家へと向かった。
「ナリア帰ったぞー」
「お帰りなさいあなた。あら、お客様かしら?」
そう言って出迎えてくれたのは色白で金髪でおっぱいボーンな美人でした。
「ああ、しばらく家で面倒見ることになったキッドだ」
「城戸英司だよ! もうキッドでいいよ! 初めまして城戸英司ですがたった今キッドになりました。しばらくの間よろしくお願いします」
「まぁまぁご丁寧に。何にもないところですがごゆっくりしていって下さい」
「こんな美人の嫁さんがいるなんて……おっちゃん死ねばいいのに」
「うおい、さらっととんでもないこといいやがったなおまえ」
美人の奥さんはあらあらといいながら頬に手を当てて笑っている。ちくしょう髭もじゃのくせにこんな美人もらいやがって。
「部屋はダグの部屋が空いてるからそこをつかってもらうか。ついてきな部屋に案内してやる」
そういって2階に上がっていくおっちゃんについていく。
「ここの部屋を好きに使え。ただし隣は娘の部屋だ。手だしたら…どうなるかわかってるよな?」
「恩人の娘さんに手なんか出すわけないだろ。それに俺どっちかっていうと3次元より2次元のが好きだし」
「2次元てなんだ?」
「絵に描いた美少女のことだよ」
そういいつつ部屋に入っていく俺を微妙な顔をしておっちゃんは見送った。
「どっこいせっと」
そういってベッドに倒れ込む。使ってない部屋なのにちゃんと掃除が行き届いてる。あんな美人でおっとりしててよく気の付く嫁とか都市伝説でしかいないと思ってたよ。
「はぁこれからどうするかなぁ」
ようやくゆっくりできる状況になり今までのこととこれからのことを冷静に考えてみる。元々家族もいなければ恋人も友人もいない。ネットゲームでの知り合いならいっぱいいたがリアルであったことはない。
仕事上での付き合いは普通にあるがあくまで仕事上での付き合いだけだ。あれ? おれボッチじゃね? 冷静に自分のことを振り返るととても悲しくなった。
地球についての未練を考えてみる。ずっと読んでる連載漫画の続きともうすぐでる大作RPGの続編は気がかりだな。貯金も1千万以上はあったはずだ。趣味がゲームのボッチは金が貯まるんだよ!畜生。どうせなら全部使ってから来たかった。
地球についてはこれくらいにしてこの世界について考えてみる。まずはこの世界についての情報が必要だ。ゲームや小説みたいにやっぱり冒険者だとか傭兵だとかそんな職業があるんだろうか。しかし30歳で冒険者デビューとか高校デビューどころじゃない場違い感があるな。しかもこっち命かかってるし!
こっちの世界じゃプログラムとか全く役に立たなそうだよなぁ。
元々俺は零細企業のSEだった。開発責任者とは名ばかりで設計からコーディングまで全部やらされていた。CでもJAVAでもVBでもCOBOLでもなんでもこいだった。そのせいであらゆる仕事が俺に来て大変だった。そして今回の出来事はこの業界にありがちの出向という名の派遣で別の会社にいくことになった矢先の出来事だった。
明らかに修羅場に送られて行くであろうことがわかっていたのでこれは運がよかったのか悪かったのか。そんなことを考えていると扉をノックする音が聞こえた。
「キッドさん夕食の準備ができましたよ」
どうやら結構長い時間考え込んでいたようだ。
「わかりました。すぐ行きます」
そう答え俺はひとまず考えるのをやめ一階に向かった。