後編
翌日の空は澄み切った青が広がり、まさに宴をするにはもってこいの日和となった。
王宮内の広間には既にこの国の重役達が立ち並んでいる。その後ろに並びながら、俺は違和感を覚えた。
通年の"桜花祭"なら重役のみならず、国内の名門貴族を始め近隣諸国の名だたる貴族達が集まる。それが何故だか今回、広間に居るのは重役達だけなのだ。
(巫女姫が来るからか……?)
"言の葉の巫女姫"と呼ばれ崇められる一方、あの小さな少女はその力を恐れられている為にあの塔に隔離されている。 言葉に宿る"力"を自在に操ることができるという彼女がその口を閉ざしたのは、物心付いて間もなく起きた事件からだという。それからずっと、彼女は塔の外にある世界も知らず生きてきたのだ。
あの塔に入り、彼女に謁見することを許されたのはほんの一握り。それが今、この広間に集まっている面々だった。
「国王様、ならびに姫君様のおなりです」
高らかに宣言された言葉に重役達の顔に緊張が走る。次いで王族だけが使うことを許されている赤い扉が開き、ベールで顔を隠した長身の男性とその後ろからいつもと同じ白い衣を身に纏った姫が入ってきた。
その姿が見えるや否や、皆一斉に膝を付き頭を垂れる。暫くして衣擦れの音が目の前の玉座の位置で止まった。
「面を上げよ」
厳かな声が広間に響き渡るのを合図に、俺達は膝は付いたまま顔を上げた。次いで重役達が次々に祝いの言葉を述べ始める。
国王に声をかけるなどできない俺はただ目を伏せていたが、不意に視線を感じ軽く目を上げた。
見ていたのはやっぱり彼女で、俺と目が合うと少し微笑んだ。けれど国王の側にいるせいか、どこかその表情は固い。
「巫女姫の護衛をしておるのはそなたであったか?」
「……! はっ!」
唐突に声をかけられ、俺は慌てて居住まいを正す。ベールに隠れて表情までは分からないが、国王が真っ直ぐに俺を見ているのが分かった。
「皆、立つが良い」
国王の言葉に皆一斉に立ち上がる。それと同時に重役達は俺の前を空けるようにサッと左右に分かれて立った。
「……巫女姫よ」
俺から反らされた国王の視線は彼女へと移る。その視線を受けた彼女はゆっくりと進み出てきた。
立ち止まったのは丁度俺の五歩先。一呼吸置いて顔を上げた彼女はにっこりと微笑んだ。
『……徳克』
初めて彼女が自らの唇で紡ぐ声を聞いた。そしてそれは俺の名であり、呼ばれた瞬間に得も言われぬ感覚に陥った。
『私を……殺しなさい』
一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。だが、考えるより先に体は動いていた。
腰に指していた剣に伸びた手は迷いなくそれを抜き、彼女に切っ先を向ける。同時に足も迷うことなく彼女に向かって駆け出していた。
「結……!!」
吸い込まれるように切っ先は彼女の胸を貫いた。俺の意志とは関係なく、彼女の言葉通り彼女を殺す、そのために。
「結!!」
一度だけ教えてくれた彼女の本当の名。名前は一番短い"呪"だからと教えてくれたその日から呼んだことはなかったのだけど。
久しぶりに彼女自身の名呼びながら、グラリと揺らいだ彼女の体を慌てて抱き留めた。
「結、しっかりしろ! なんで……なんでこんな……!」
真っ白だったはずの彼女の衣が俺の剣が刺さったところから見る見るうちに赤く染まっていく。 少しでもその血を止めたくて無駄だと思いつつも袖口で押さえようとした俺の手に、彼女の震える手がそっと重なった。
「結……ごめ……」
『忘れ……て……』
謝る俺の口元にもう一方の手を伸ばし、彼女は苦しい息の中微笑んだ。
『私のこと……忘れて……』
だんだんと温もりが薄れていく彼女の手が頬に触れる。その手は俺の涙を拭おうとしているようだった。
『徳克……好きよ……ずっと……』
「ゆ……い……」
ゆっくりと閉じていく瞼。それはどちらが先だったのか、俺は彼女を抱えたまま意識を手放していた。
幾度目かの春の訪れを桜の花が告げている。
王宮の庭でぼんやりと空を眺めていると、背後からパカン、と小気味の良い音と共に誰かが俺を殴った。
「ってぇ!!」
「こんなところで何してるのよ?」
疼く頭をさすりながら振り返ると、そこには下女の百合が仁王立ちで俺を見下ろしていた。
「いてぇよ。本で殴らないでくれ」
「ここで油売ってた方が悪い」
百合が手にしているのは分厚い一冊の本。最近書庫を片づけていると言ってたから、その書庫にあった内の一冊なのだろう。
「だからって殴んなくても……」
「いいからさっさと行きなさい。もう鍛錬場に行く刻限でしょ?」
「わっ、やべ。ありがと、百合!」
言われて見れば頭上にあった日が既に傾き始めている。それに気付いて、百合への挨拶もそこそこに俺は慌てて駆け出した。
鍛錬場への近道を行こうと庭園を抜けた先、前方に見えた古びた塔の姿に俺の足は何故か止まってしまった。
(なんだ……?)
普段は通らない道。だから塔の存在は知っていたものの、近付いた覚えはなかった。
けれど確かに感じた胸の痛みはどこか懐かしささえ感じさせた。
ふと足下に風に揺られながら咲く小さな花を見つけた。懸命に咲く白い花にギュッと胸が締め付けられるような気がした。
膝を付き、伸ばした手に花弁が触れる。その途端、俺の頬を涙が伝った。
『好きよ……ずっと……』
誰の声なのかはまるで分からない。けれど頬を撫でる風に紛れて、確かにそう聞こえた気がした。
【End】
はじめましての方もお久しぶりの方も、どうも音猫です(笑)
久しぶりに書きました
自分の中では長いです←
一生懸命短くしようとした結果がこれです
うん、文章力不足☆
気力があったら番外編として視点を変えて書くかもしれません
書けないかもしれないけど……
また次回機会がありましたらばお読みいただけると嬉しいです
ありがとうございました