-1-
ブヲォォォォォォォン……。
小型のトラックが排気ガスを撒き散らしながら交差点を通過していく。
道ゆく人々の歩みも軽やかで、人通りの多さも相まってとても活気が溢れているように見える。
近くに中学校と高校が隣接して存在しており、また小学校もそこから少し離れた場所にあるため、若く明るい声がこの交差点に響き渡ることが多いのだ。
決して大きな町というわけではない。
だが、ここは駅まで続くメインストリートへの入り口にあたる交差点になっていて、それなりの交通量を誇る。
朝もやの残るこんな早い時間でさえ、通勤・通学する人々の往来は激しく、お喋りをしながら登校する学生たちの笑い声が騒々しいほどにこだましていた。
とはいえ、この活気づいた状態がいつでも見られるわけではない。
登校時間を過ぎた午前中から下校時間を迎えるまでの真っ昼間ともなると、明るい声を響かせる学生たちの姿はパッタリと途絶える。
車の交通量はそれなりに多いままではあるのだが、歩みゆく人影はやはり少ない時間帯となってしまう。
そして夕方になればまた学校帰りの学生たちで賑わい、夜には会社帰りのサラリーマンがほろ酔い気味で通過して賑わう。
そういった慌ただしい風景もまた、時間とともに変わりゆく。夜中になれば同じ場所だというのが嘘のように静まり返るのだ。
このように時間によって辺りの雰囲気が大きく変わるところも、交差点の面白さと言えるだろう。
☆☆☆☆☆
「ごめん、亜沙美! 待った!?」
髪を頭の両側で束ねた制服姿の女の子が、小走りでこちらに向かって走ってくる。交差点の角には同じ制服を着た女の子が立っていた。
どうやらふたりは高校生のようだが、制服はセーラー服タイプになっている。
一般的にセーラー服は中学校に多く、高校では珍しいという話を聞いたことがあるが、このふたりの通う高校は隣接する中学校からのエスカレーター式になっているため、そのまま中等部と同じ制服のデザインになっているのだそうだ。
数年前までは細部が違うデザインになっていたが、利便性を考慮し、今ではまったく同じデザインに統一されたらしい。確か校章だけが違っているという話だっただろうか。
スカーフの色で学年の違いがわかるようになっているのも、若干オシャレな部分と考えられなくもない。男子生徒のほうはいわゆる詰め襟の学ランで、オシャレとは無縁のようだが。
さて、その小走りの少女は横断歩道を通り抜け、交差点に立つ少女のもとまで駆け寄ってくる。
「待った? じゃないよ~、理乃! もう遅刻ぎりぎりだよ~?」
亜沙美と呼ばれた少女は、軽く怒った感じで言った。しかしその表情には、ま、いつものことだけどね、といった諦めの色が見て取れる。
髪は肩までかからないくらいの長さで切り揃えられ、先端は軽く外側に向けて跳ねさせてある。つやのある黒髪が朝のまだ涼しい微かな風になびいていた。
「まぁ、走れば余裕だって。大丈夫大丈夫!」
とくに悪びれた様子もなく言ってのける、理乃と呼ばれた少女。
身振りが大げさで、動くたびに頭の両側に束ねた髪が大きく揺れる。左右に束ねている髪の量も随分と多めで、あまり激しく動きすぎると顔にぶつかって痛いのではないかと思うほどだ。
「むぅ~。私が運動音痴なの知ってるでしょ~!」
走らなければならないことに不満な様子で、亜沙美は理乃に向かって文句の声を飛ばす。
一方の理乃はというと、
「体鍛えなさいって。ほら、行くよ!」
と、親友の手を無理矢理つかんで走り始めた。
亜沙美が引っ張られて走り出すと、理乃はすぐに手を離し、走るペースを少し上げる。
「あっ、ちょっと待ってよ~! 理乃は陸上やってるからいいけど、私は普通の女の子なんだから。私だけ遅刻になったら理乃のせいだからね~!」
「知らない~♪ 頑張って走りな~!」
「うう~。もう息が……。待ってよぉ~……」
遅刻ぎりぎりでも絶対に喋ることはやめずに、騒がしく走っていくふたりの女子高生。
先を行く理乃のほうも、決して親友を置いてけぼりにはせず、たまに後ろを向いて様子を見ながら走っている。
遅刻を免れることよりも、友人との時間のほうが大切だと考えているのだろう。
毎朝繰り返されるコントのようなやり取り(と言ったら本人たちに失礼だろうか?)を聞きながら一日が始まる。それが、最近の私の日常となっていた。
☆☆☆☆☆
おっと、自己紹介が遅れてしまったようだな。すまなかった。
私はミラー、鏡だ。
なに? よくわからない?
……ほら、交差点に設置してあって、曲がり角の先を見通すためのカーブミラー、あれだよ、あれ。
……ん? なんでミラーが喋っているのかって?
いや、べつに本当に喋っているというわけではないのだが。しかし意思というか意識というか、そういうものは持っていてな。色々と思い浮かべ、考えたりはできるというわけだ。
どうして意思を持つようになったのかは、よく覚えてない。気がついたら、そうだったのだ。
もちろん私は鏡だから、動いたり、喋ったり、ましてや踊ったりすることもできない。
ただひたすら、鏡に映る目の前の交差点の様子を見続けるだけだ。
私の設置してある場所について、もう少し詳しく語っておこうか。
この町の中心的な役割を担っているJRの駅から、南北に続くメインストリートがある。そこを南下して五分ほど歩くと十字路にあたるのだが、私はその場所に立っている。
道は正確に東西南北に延びていて、北側に歩いていけば先ほど話したJRの駅がある。
どうやら駅前の商店街はなかなかの賑わいを見せているようで、買い物のために行き来する人々も、よくこの交差点を通過していく。
交差点から西側に歩けば、県立の高校が建っている。ついさっきまで明るい声を響かせていた女子高生ふたり組は、その学校の生徒なのだろう。そのすぐ横の敷地には中等部の校舎もあるはずだ。
交差点の南東側には百円ショップがあり、その店の若き店長は、よく私の周囲の掃除もしてくれている。
なお私は、その百円ショップがある南東側の角に設置されている。
さらに交差点の南西側にはファーストフード店もあり、夕方には学生たちの騒ぐ声が絶えない。
ここは、そんな場所だ。
「こら、悠! 走らないの!」
不意に、凛とした女性の声が響いた。
ちょろちょろと走り回る、悠と呼ばれた男の子の後ろから、買い物袋を両手に持った母親が、少々荷物に重心を取られふらふらしながらも小走りでやってくる。
駅前にあるメインストリートは商店街になっていて様々な店舗が軒を連ねている。この女性もその辺りで買い物をしてきた帰りなのだろう。
もしくは、商店街の先には小さめながらデパートもあったはずだから、そちらを利用してきたのかもしれない。
ともかく、駅へと向かう北側以外の三方向にはそれぞれ住宅地や団地などがあるため、とくに夕方ともなると、買い物に向かう主婦たちがここをよく通るのだ。
交差点で知り合いとばったり一緒になり、いつまで続くのだろうと思うほどにぺちゃくちゃとお喋りしている光景も、よく見かける場面だ。そんな会話も、ここから動けない私にとっては貴重な情報源になるのだが。
ただ、通行人の邪魔になっていることも多々あり、もう少しだけでも周囲に気を配ってほしいものだと常々考えている。
「お母さん、アイス食べたい~」
親子は交差点を渡り終え、私のすぐそばの道を通っていた。
買い物袋を持っている手を引っ張りながら駄々をこねる悠に、母親は少し困ったような笑顔を向けている。
「昨日も食べたでしょ~? 今日は駄目よ。ほら、ヨーグルト買ってあるから。ね? 今日のデザートは果物がいっぱい入ったフルーツヨーグルトよ!」
その母親は右手に下げた袋を軽く持ち上げる仕草を見せて、興味を別の方向に逸らす。
悠のほうも、美味しいデザートさえ食べられればいいのだろう、
「わ~い! 苺も入れてね~!」
ぱっと笑顔を明るく輝かせて喜んでいた。
子供の無邪気な笑顔というのは、いつ見てもまぶしいものだ。
「はいはい。今日の食事は豪勢だから、期待してね」
好奇心がフルーツヨーグルトに向かった悠は、おとなしくお母さんの横について歩き始めた。
ずっと交差点で見続けていると、毎日のように通る人の顔や名前を覚えるようになる。今通った親子もそうだ。
いつもならば、もう少し遅めの夕方に通るはずなのだが、今日は珍しくお昼過ぎのこの時間に通っていった。
両手に下げていた袋を見る限り、買い物してきた量も多かったようだし、豪勢な食事という話も出ていたことから考えれば、家族の誰か――おそらく父親あたりの誕生日だとか、そういった感じなのだろう。
手をつないで遠ざかっていく親子の後ろ姿が、歩道の奥へと静かに消えてゆく。
その姿が見えなくなるまで、悠の明るい声は私のもとにまで届いていた。
「ワン! ワン!」
おっと、ふと足もと(支柱の根もとのことだが、一応私は人間と同じような意思を持っている身なので、足もと、と表現させてもらおう)に注意を向けると、大型犬が私に向かって吠えていた。
「これこれ、ローズ。幸せくんに吠えては、バチが当たるぞ」
首輪につながるリードを手に持った老人が優しく諭す。
こちらもまた常連の通行人だ。
ローズと呼ばれた犬は、立派な茶色がかった毛並みが素晴らしいゴールデンレトリバーで、名前から察するにメスなのだろう。心なしか顔つきも女性らしい優しさを持っているように見える。
老人のほうは、確か敬蔵という名だったな。
歳は定年を向かえてから早や数年、といった感じだろうか。顔には深いしシワが刻まれていて、眉毛も髪の毛も真っ白に変わっている。
しかし、足腰はとても健康らしく、毎日のようにここまで歩いて来ては、私に話しかけてくれるのだ。散歩が日課になっているため、足腰が鍛えられているのだろう。
敬蔵は、長年連れ添ったお婆さんとともに、よくここの交差点に通っていた。
ふたり揃ってベンチに座り、ローズを傍らに従えながら仲良く話すのが、その頃の日常だった。
だが、いつからだっただろうか、しばらくのあいだ、ぱったりと姿を見せなくなった時期があった。
それから数週間近く経って交差点に現れた敬蔵は、心ここにあらずといった表情で、お婆さんが亡くなってしまったことを、聞き取れないくらいの小さな声で私に報告してくれた。
そのときは今にも崩れてしまいそうなほど弱々しく見えた敬蔵だったが……ようやく立ち直ることができたようだ。
「幸せくんよ……。今日もご苦労様。キミがこうしてここに立っているだけで、多くの人が救われているんだよ」
そう言って、私にそっと触れる。
ただの鉄でできているだけの私の体――支柱の部分に、優しい温もりが伝わってくるように感じられた。
幸せくん。
それは私につけられた呼び名だった。
少々恥ずかしい気もするが、紛れもなく私のことだ。
そう呼ばれるようになったのは、果たしていつからだっただろう……。
もうかなり昔のことになるはずだが……。
そうだ。あれはまだ、ここに立てられるよりもずっと前、私が別の場所に設置されていた頃のことだったな……。




