第1話 冬眠休みが欲しい、そう願ったら宿題を出されました①
「さむ~い」
リビーは冷たくなった指先に息を吹きかけた。
ホッカイロは忘れたし、お気に入りの手袋は昨夜燃やしてしまった。
それをリビングで目撃した母親は呆れ返って言った。
「また失敗!?人間の学校に転校したらどう?手袋一つ魔法で洗えないなんて!毎日、毎日失敗ばっかり。パパの血が濃いのよ。魔法使いは諦めなさい」
ソファに座って新聞を広げていた父親は、居心地悪そうに顔を伏せた。
「いやっ!絶対にママと同じ魔法使いになるの!」
リビーがきっぱり言い切ると父親が顔を上げて加勢した。
「もう少し様子を見よう。まだ一年生だよ」
「あなたは、いっつも甘いんだから!今年で十六なのに、まだ空も飛べないんですよ」
それを聞くと、父親も流石に困った顔をして上目遣いで母親を見た。
「空が飛べない?」
「ええ。箒に乗れないんですよ。今のままじゃ何もかも絶望的ですよ」
リビーは両親の会話を静かに聞いていたが、バツが悪くなって部屋に戻った。
昨夜の出来事を思い出して、リビーは顔をしかめた。
「だって、飛べないんだから仕方ないでしょ」
一生懸命息を吹きかけても、指先はアイスクリームのように冷たくなった。
冬の風が、びゅうびゅう吹いて心まで冷たくなった。
「いやな北風!」
リビーは、登校中の人間たちに聞こえないよう慎重に呟いた。
人間の女の子たちが通う高校は、魔法野丘のすぐ下にある。
紺色のマントを頭から被っているので姿は見えないが、声は隠せない。
昨夜遅くまで課題をしていたせいで、リビーは朝から眠くてしょうがなかった。
「冬眠休みもあればいいのに」
冬休みはまだ先だ。
下駄箱に着くと、ちょうど予鈴が鳴った。
「わっ、大変!一時間目は魔法薬の授業なのに!エレン先生に怒られる!」
上履きに右手を伸ばした時、リビーは、くしゃくしゃに丸まった紙に気が付いた。
(えっ、何これ、ゴミ?)
そのまま捨ててしまえば良かったと後悔したのは広げた後だ。
【冬眠休みの宿題を出します】
雑な太字は、赤いインクで書かれていた。
「これ、私宛て?何だか本物の血みたいで不気味。冬眠休みの宿題って何?どうして、私の願い事を知ってるの?訳が分からない。でも、それより授業!」
本鈴が鳴るまでに席に着いていなければ、後ろに立たされる。
リビーは先週二回も立たされて恥ずかしい思いをした。
「男子にも笑われた!もうあんな思いはたくさん!」
ローファーを脱いで上履きを履くと、右足の裏に鋭い痛みが走った。
「いたっ!」
リビーが慌てて上履きをひっくり返すと、金色の物体が一粒こぼれ落ちた。
(えっ、これって砂金?)
リビーは目を見張って拾い上げた。
「間違いなく砂金!一体誰がこんな事をしたの?まさか悪戯?」
リビーは一センチほどの小さな砂金だけ右ポケットに入れると、皺くちゃになった紙を律儀に丸め直した。
その時、遂に本鈴が鳴った。
「うわーん!何で一年教室が三階なの!?普通は一階じゃない?」
目の前にあったゴミ箱に丸めた紙を放り投げると、今度は上履きの中をちゃんと確かめて足を突っ込んだ。
冷え切った上履きのせいで、リビーは思わず身震いした。
「足指までさむ~い。こんな時、三階まで飛べたらいいのに。皆、飛べるのに、どうして私だけ……」
凹む暇もなく無情なチャイムは鳴り続ける。
七回目のチャイムが鳴った時、立たされる覚悟を決めたが、要らぬ覚悟に終わった。
突如、二階の廊下に赤い文字が浮かび上がったのだ。
リビーは咄嗟に足を止めて凝視した。
【こうかい、しませんか?】
突然現れた不思議な一文を読んで、リビーは目が点になった。
「えっ?今度は何?どうして平仮名?航海と後悔、どっち?」
リビーは初め戸惑ったが、はっと気づいた。
「この文字、さっきと同じ筆跡!一体誰の悪戯?」
リビーが首を傾げた時、ポケットに入れた砂金が、ぱあああっと光って廊下が真っ青な海に変わった。
リビーは杖を取り出そうと慌てたが、時すでに遅し!
残念ながら間に合わなかった。
「どうしよう!魔法野丘学園の七不思議に捕まっちゃった!」
辺り一面、真っ白い霧に覆われて、気付けば大きな岩の上に立っていた。
バシャンっバシャンっと水の跳ねる音が聞こえて、リビーははっとした。
周囲を見渡すと、赤い大口を開けたサメたちが岩を取り囲んで笑っていた。
「ひっ!」
リビーは慌てて悲鳴を呑み込んだが、バサッバサッと羽の音が聞こえて上を向くと、何十羽ものハゲタカが輪を描くように飛んでいた。
ハゲタカたちは鋭い目で、サメとリビーを交互に見ていた。
おこぼれを狙っているのだ。
「いややあ!助けてーー!」
こらえきれなくなって、リビーは悲鳴を上げた。
その時、海上に真っ白いボートが現れた。
それと同時に深い霧が晴れて、サメもハゲタカも消えていた。
「思い出した!魔法使いは、休みが欲しいって簡単に言っちゃいけないんだった。無理矢理休みを取らされるから」
リビーはボートに乗り込む事に決めたが、恐怖が去ってほっとした途端に膝がガクガク震えて、へたりと座り込んだ。
「食べられなくて本当に良かった……」
リビーは幸運に感謝したが、暫く動けなかった。




