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巻き戻りの公爵令嬢は宰相の未来を救う  作者: カーネーション


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第二十話『剣の傷』

 ヴァルディスの胸元が、服の上からでもわかるほど光っている。エリミーナは見覚えのある光に目を凝らした。


 覚えているのは母の手にあった時か、ヴァルディスを思い自分の手にあった時か。ただ懐かしく、母に包まれているような安心感があった。


 ヴァルディスは服の釦を外した。そして、前合わせを開いた時、眩い光が辺りを照らした。


 エリミーナは目を瞑った。瞼の裏でもいくらか光が通る。


 しばらくして、瞼の裏も暗くなった。何度か瞬きをして、ヴァルディスの手の中に握られた金の短剣を見た。


「あなたからもらった、この命を分け与えます」


 エリミーナは必死に首を振った。


「分けるなんてとんでもありません。私はあなたを救いたくて、命を差し上げたのです」

「私もあなたを助けたいのです」


 エリミーナの病の理由は、本人が一番わかっていた。ヴァルディスに命を与えたからだ。あの時のエリミーナは、己の死など考えなかった。ヴァルディスがいない世界で、生きていく理由もなかったからだ。


「何もすべてあげるわけではありません。同じくらい生きて、一緒に朽ちていきたいのです」


 ヴァルディスの笑顔につい肯定しそうになるが、必死に首を振った。自分が生きるために、他の者の命を犠牲にする気はない。まして、ヴァルディスからもらう気などなれない。


「あなたが目の前で力尽きていくのを私に見せるのですか? そんな苦しみを私に味わわせようと言うのですか?」


 ヴァルディスはエリミーナの手を取り、金色の短剣を握らせた。手の中の重みは、何としてもエリミーナを死なせないというヴァルディスの気持ちを表していた。


「あなたがいなくなっても、私はずっとあなたを探し続けるでしょう。たったひとりであなたを思い続けるはずです」


 ヴァルディスにそんなことはさせたくない。それでも、簡単には受け入れられなかった。


 短剣から手を離して押し返そうとするが、体が前のめりになった。上体を支える力が残っていなかった。


 エリミーナの体勢が崩れそうになると、ヴァルディスの腕に受け止められた。


「ヴァルディス……」


 息が詰まって、苦しくなってきた。目を開けているのが辛い。


「エリミーナ!」


 切羽詰まった声に、力を振り絞って見上げた。ヴァルディスは顔を赤くしていた。奥歯を噛み締めて、涙を流している。


 ――こんな悲しい顔はさせたくなかったのに。


 エリミーナは「申し訳ありません」と何度も唱えた。ヴァルディスは悲しげに首を振る。


「手遅れになる前に、早く!」


 エリミーナにはもはや抗う力も残っていなかった。剣の切っ先を胸元に向けて、柄を握らされた。その手にヴァルディスの手が重なる。


 剣の先端が押されると衣服を割いて、深く突き刺さった。刃が体の中に入っていく感覚はあった。痛みはなかった。刺さった部分に熱が注ぎ込まれていくようだった。


 やがて、刺さっていた剣の刃が薄く消えていった。柄まで消えてしまうと、掴んでいた感触も無くなった。


 みるみるうちに、エリミーナの細い手首や腕の肉付きが戻ってきた。痩せていた頬も赤みを帯びて、膨らみを取り戻した。弱り切った重い体が、簡単に動かせる。


 指輪が外れてしまうほど痩せていた指に筋肉が戻ってきた。ヴァルディスの涙を拭うために動かした。


「ヴァルディス」


 呼ぶ声も吐息にならずに、はっきりと出せた。エリミーナだけが時を遡っていくようだった。


 熱い目から涙がこぼれ落ちて、それをヴァルディスの指が受け止めてくれる。


「エリミーナ、愛している」


 ヴァルディスは己の命を半分削っても、エリミーナに分け与えてくれた。言葉としても嬉しかったが、行動に示してくれることが何よりの喜びだった。


 もうこれからは、ヴァルディスの思いを疑うことはない。自分を卑下することもやめる。


 ――私はヴァルディスに愛されていて、何より自分自身も愛している。蔑む必要はない。


「あら、これは」


 エリミーナはヴァルディスの前開きから覗くものに目を瞠った。手を伸ばして触れる。ヴァルディスも己の胸元を見下ろした。そこには薄いながらも傷が残っていた。あまりに薄くて痣にも見える。


 エリミーナは予感があり、自分の服の襟を引っ張って胸元を確かめた。


 そこにはヴァルディスと同じく、剣の傷が残っていた。エリミーナは傷を前に無邪気に笑った。


「私にも同じ傷が残っています。おそろいですね!」


 淑女ならば、傷が残って悲しみに打ちひしがれるかもしれないが、エリミーナは何も悲観しなかった。愛している人と対のような傷が自分の中に残されたことが嬉しい。


 ヴァルディスに見せようとしきりに胸元を近づける。それなのに、「やめてください」と強い抵抗にあった。


 しかも、いつもは冷静沈着な宰相が首元まで真っ赤にしていたことは、エリミーナしか知り得ない事実だった。

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