第十七話『断罪』
ヴァルディスが執務室にて書類の整理を終えた時、多くの足音が近づいてきた。激しい音を立てて扉が開く。
騎士を引き連れた王太子が現れて、ヴァルディスは重い腰を上げた。ここ最近になって再び登用された文官が、王太子の後ろについた。
執務室にいた文官たちは王太子の持つ威厳に萎縮したようで、壁際に逃げる。庶民的な慣習を忘れずに、目線を下に落としている。その中で冷静に王太子一行を出迎えたのは、ヴァルディスだけだった。
「騎士まで引き連れて、どういったご用でしょう? 見ての通り、忙しくしていまして……」
「これを見よ。お前の悪行の証拠だ」
王太子が差し出してきたのは、一通の書簡だった。ヴァルディスは広げて、ざっと目を通した。
商人による禁制品の取り引きを見逃す代わりに、金品を差し出せという文面だった。ヴァルディスの名は記されていないが、国の紋章が描かれている。
「これだけではない」と帳簿を投げつけてきた。取り引きしていた商人を尋問したところ、帳簿の存在を話したらしい。商人が命の保証として持っていたものだ。
帳簿に記された金品が、ヴァルディスの屋敷の倉庫から出てきたという。
証拠がすべて、ヴァルディスの罪を示している。
「さあ、どう申し開きをする?」
王太子は勝ち誇った顔をした。ヴァルディスは動揺もなく、ただ整然としていた。深く息を吐いて、眼鏡の位置を正した。
「ここではなく、場所を変えませんか? 国王陛下にも私の申し開きを聞いていただきたく存じます」
ヴァルディスの提案に、王太子は鼻で笑う。
「時間稼ぎなどしても無駄だ。お前は投獄される……」
「最後になるかもしれませんし、王妃殿下には挨拶をしたいのです」
王妃はヴァルディスの母の姉に当たる。つまり叔母だった。ヴァルディスが宰相に就いて、王族の血縁である事実を利用したことは今までなかった。
それほどまでにヴァルディスが追い込まれていると、王太子が考えてもおかしくはない。
「確かに、国王陛下の御前で、改めて断罪するのは面白そうだ」
王太子は笑みを浮かべて、意のままに騎士を動かした。ヴァルディスは両腕を取ろうとする騎士を手で制すと、自らの足で執務室を後にした。
◆
王太子と証人の文官はヴァルディスより前に、謁見の間に入った。大方の説明が済むと、ヴァルディスの入場が認められた。両側には逃げ道を断つように、騎士がついた。
玉座の前には国王だけではなく、王妃の姿もあった。
国王の許しがあるまで、ヴァルディスは俯いていた。やがて命令を受けて、顔を上げた。国王はヴァルディスを見下ろすと、咳払いをする。
「王太子より報告を受けたが、すべて事実か?」
「事実かどうか、私自身が説明いたします。それを」
ヴァルディスは王太子に向けて、帳簿と書簡を渡すように言った。王と王妃の手前、断ることもできまい。王太子は、ぞんざいに投げつけるように渡してきた。
ヴァルディスは特に気にした様子もなく、帳簿の初めの頁を開いた。日付の箇所を指で叩く。
「これによると、帳簿をつけ始めたのは半年前です。その前の日に、執務室から書簡を出したとされています。しかし、この書簡はどう考えても変です」
書簡を指で摘むと、材質を確かめるように擦った。ヴァルディスは書簡を国王に差し出したが、それを受け取ったのは王妃の方だった。王妃は眉をひそめて、書簡を汚らわしそうに見た。
「これのどこが変なのか、説明せよ」
甥だろうが、罪人を見るように厳しく睨みつける。王太子は自分が追い込まれたように怯えて、体を縮こませていた。
「一ヶ月前に、執務室にあるすべての紙とインクは、もっと安く、品質の良いものに変えました。この書簡は半年前に書いたとされているのに、材質が今のものです。半年前のようにインクも色褪せておりません。それと――」
帳簿の字を上から下まで指でなぞる。今度は王太子に顔を向けた。
「ここにある金品が、私の屋敷の倉庫で見つかったとか」
「そうだ」
「いつ私の家を確かめたのですか? そのような知らせは家の者からも来ておりませんが」
「それは……」
王太子は口ごもった。図星だからだろう。ヴァルディスは、ここぞとばかりに畳み掛ける。
「もしや現在、倉庫を探っているのでしょうか。そのため、王太子殿下はしきりに謁見の間の入り口を確かめておられる。報告を待っているのでしょう」
「そ、そのようなことはない」
言葉では否定しておきながら、もう一度、入り口を見ている。その時、騎士の名が呼ばれた。現れた騎士に王太子は気力を取り戻したようだ。
「ご報告いたします」
騎士が伝えたのは、ヴァルディスに向けてだった。
「金品を積んだ荷馬車が発見されました。荷馬車が出発したのは、この者が所有する倉庫からでした」
騎士が“この者”と示したのは、証人の文官だった。話を聞いた王太子は完全に勢いを削がれて、目を見開いた。己の目の前で起きていることが、信じられないのかもしれない。
「もし荷馬車にある金品が帳簿に載っていたものなら、不正を行っていたのは私ではなく、この者でしょう。そして、この者は半年前まで文官でした。一度、辞めさせましたが、また文官として戻ってきました。王太子殿下の強い後押しで、再登用されたのです」
顔色を無くした文官は、その場に跪いて許しを請いた。「私は命令に従ったまでです!」と王太子の方を見ていた。誰が命じたのかは明らかだった。
国王は文官を連れて行かせると、王太子を見下ろした。
「ラディミール。お前にはすべて与えてきたつもりだ。しかしこれほどまで愚かだとは思わなかった」
「ち、父上!」
国王は呆れ果てたように玉座に腰を下ろして、頭を抱えた。その代わりに立ち上がったのは王妃だった。王太子は威厳に押されて、一歩退いた。
「宰相、なぜお前は、王太子の策略に気づいたのだ?」
「そうです! なぜ、あの文官を探ったのか! 荷馬車を見つけたのか、すべては嵌めるためのこいつの策略です!」
ヴァルディスは王太子の糾弾にも取り乱さなかった。代わりに、ある書簡を王妃に差し出した。王太子は横から奪い取って、内容を確かめる。書簡を持つ手は震えて、顔は赤く染まった。
「ここまで愚かだったのか、あの女は!」
王太子は書簡を床に投げつけた。ヴァルディスは拾い上げると、再び王妃に差し出した。
王妃は眉を顰めて、その書簡を読み進めた。次第に、王太子がしたように持つ手が震えてくる。忌々しげに書簡を捨てると、王太子を睨みつけた。
「愚かなのはお前だ、ラディミール。我が子としても、此度のことで愛想が尽きた」
「そんな、母上!」
王太子は王族の誇りを捨て、涙を浮かべた。王妃が駄目ならばと、父王に縋るような目を向けた。
「余も、こやつにこれ以上の温情をかけるつもりはない。一度ならず二度までも、過ちを犯した」
「父上!」
「下がれ、お前の処遇は改めて伝える。それまでこやつの身柄を拘束せよ」
王太子は抵抗したが、国王の命により、騎士に両脇を抱えられて連れて行かれた。国王は「余は疲れた」と謁見の間を後にした。残ったのはヴァルディスと王妃だけとなった。
「ヴァルディス、話がある」
王妃はヴァルディスにそう言った。




