第十二話『二度目の婚約破棄』
日程通りにきっかりと運命の日はやってきた。ヴァルディスから事前に手紙が来て、思い出の庭園へと向かった。
ガゼボから見える景色は、ちょうど冬へ変わっていく過程だった。やがて木々から葉はすべて抜け落ちて、そのうちに雪が積もるだろう。季節が一周するまで、婚約は続かなかった。
景色に目をやっていたが、エリミーナの意識はヴァルディスへ向いていた。二人とも椅子に座ろうとはしなかった。どちらも黙り込んだまま、時だけが過ぎていく。
夢の中では、この場所で婚約解消を言い渡される。ヴァルディスの口から直接伝えられるはずだった。
納得できる説明はなかった。それでも、二人の関係は終わる。エリミーナは結局、自分ではどうすることもできなかった。黙って婚約解消を受け入れるしかなかった。
もう一度、同じ光景を見るかもしれないと思うだけで、恐ろしい。自分なりに考えて頑張ってはみたものの、それが結果に影響したかどうかはヴァルディス次第だ。
休暇だと聞いていた。マントは纏っていなかった。貴族服は黒を基調にしていて、宰相よりは高貴な主人を思わせる。
しかし服装が違うことが何の希望になるのだろう。婚約破棄が覆されると思いこむのは、単なる気休めにしかならないのではないか。
ヴァルディスは息を吸って大きく吐き出した後、真剣な顔をエリミーナに向けた。
眼鏡の奥の目が伏せられる。眉間に深いシワを刻んだ。
「私はここで、あなたに婚約破棄を言い渡しました」
エリミーナは思わず、「えっ?」と声が出た。まるでヴァルディスが一度、夢でも見てきたような口ぶりをしている。驚いて固まるエリミーナをよそに、ヴァルディスは話を続けた。
「あなたは私に聞きましたね、『これまで、私に心を寄せてくださったことはありますか?』と」
あの時を思い出して、エリミーナは目の前が滲んでいくのがわかった。許容を超えた涙がどんどん筋になって、下に流れていった。
どうにか縋り付きたくて、たずねた言葉だった。祈りにも似た言葉がヴァルディスに届くことを信じた。
「正直、一度目の私は、あなたに心を寄せていたことに気づきませんでした。牢獄に入れられて、最後にあなたに会えた時、ようやく自分の気持ちに気づいたのです」
ヴァルディスの瞳が揺らいで潤んで見えた。瞬きを数回すれば涙が零れそうだ。エリミーナは自ら近づいた。早くたずねたかった。
「ヴァルディス様のですか?」
「そうです」
ヴァルディスはエリミーナに腕を回して、抱き締めた。固い胸板に顔がちょうど当たる。
「絶対に婚約破棄はしません」
はっきりと告げられて、エリミーナは顔を歪めて泣いた。もはや、淑女の泣き方ではない。むせび泣くというのが正しい。
「わ、わたし、こわくて、この日が、来なければ、いいと、ずっと、思っていて……」
ヴァルディスの温かな手がエリミーナの頭を撫でてくる。それでも涙は止まらない。ますますひどくなる。言葉にもならなくて、子供のように泣き出した。
エリミーナがこのように感情をあらわにして泣いたのは、初めてだった。予知夢でも、こんなひどい泣き方はしていない。エリミーナが落ち着くまで、ヴァルディスは受け止めてくれた。
ようやく泣き止んで、手布で顔を拭く。二人で並んで椅子に座った。
「一度目とはまったく違う展開になりましたね」
ヴァルディスが笑った。エリミーナは今さら「一度目」という表現が引っかかった。
「一度目というより、あれは予知夢のようなものでは?」
「いや、あれは私たちの間に実際に起きたことです」
「そ、そんな……」
夢だと思っていたから、エリミーナの心は耐え切れていた。
夢でなく、実際に起きたこと。そう考えると、ヴァルディスは死ぬ寸前まで拷問を受けたことになる。エリミーナは金持ちの後妻となり、病で亡くなった。自分の不幸よりも、どうしたってヴァルディスの最期が気になった。
「ヴァルディス様は、あのまま死を迎えたのですか?」
「いえ。牢獄で死んだのは変わりませんが、あなたが渡してくれた短剣で自らを刺しました」
エリミーナは口元を両手で押さえて、悲鳴を上げるのを堪えた。自死を選んだことが衝撃だった。確かに予知夢では短剣を渡していたが、疑問が残る。
――私はあの短剣をどうやって用意したのだろう?
答えを考えようとすると、頭に鈍い痛みを感じた。鐘の音が耳元を巡る。頭を抱えて俯くエリミーナを、横から腕が支えた。
「大丈夫ですか? 一度に色々話すものではありませんね」
「そんなことはありません。いずれは知らなくてはならないことですから」
それが遅いか早いかは、エリミーナは気にしなかった。
「私との婚約を続けることに、後悔はありませんか?」
ヴァルディスは首を振ると、「ありません」と言い切った。
「今、私とあなたはこうして生きています。これから私の身に起きることも知っています。だからこそ、私はエリミーナ殿とは離れない。そう決めたのです」
エリミーナが一番、聞きたかった言葉だった。泣き腫らした顔に笑みを浮かべる。
「そのような考えに至った理由を話してもいいですか?」
エリミーナが反対する必要もなかった。「どうぞお話ください」と続きを促した。




