第十一話『企みと決意』
街のオーダーメイド店でドレスを注文してから、王城へと向かった。無防備にも執務室の入り口は開け放たれていた。文官たちが書類をまとめて運び出したりしている。
ヴァルディスも率先して、その作業に加わっていた。
「エリミーナ殿、いらしたのですね」
エリミーナの存在に気づくと、手を止めて近づいてくる。
「何をされているのですか?」
ヴァルディスは「失礼」と断ってから手を添えて、耳元で囁いてくる。
「これは今、執務室の備品を整理しているのです。安価で質の良いものを視察先で見つけたので、そちらに切り替えようかと。まあ、私の周辺だけですが」
紙やインクの取り引き先は代々決まっていたはずだ。しかし、競争がないせいで怠慢になり、品質が粗悪になりつつあった。取り引き先を切り替えるしかなかったと、ヴァルディスは言う。
最後に「内密に願います」と言われて、エリミーナは頷いた。
備品の入れ替えが終わると、休憩時間になった。運び出された古い紙やインクは、他の部署に回されるようだ。
ヴァルディスとエリミーナは中庭に移動した。長椅子に隣り合って座る。洗った手布と、新しく刺繍した手布を重ねて渡した。
ヴァルディスは受け取った手布を広げて、「これは馬ですか」と聞いてきた。
二頭の馬は親子を表している。馬の足元には、庭園に咲いた薔薇も小さく刺繍した。針を刺す時に、ヴァルディスの母の刺繍を参考にした。
「ヴァルディス様のお母様には遠く及びませんが、心を込めて縫いました」
ヴァルディスは馬の刺繍を指で撫でると、笑顔を見せた。
「素敵なものをありがとうございます。私はこういうものには頭が回らなくて、花ぐらいしか」
ヴァルディスから渡されたのは、清潔な手布と、バスケットに飾られた花だった。丸みを帯びた配置で花が刺さっていて、何とも可愛らしい。今日は菫色のドレスだったので、手に取っても浮かずに済んだ。
「いえ、素敵です。お部屋に飾りますね」
しばらく花の匂いをかいで幸せに浸っていたが、ずっとそうしてはいられなかった。ここに来た目的がもう一つあったからだ。
ズラナを呼んでバスケットを預けると、代わりに手紙を受け取った。それをヴァルディスに差し出すと「何でしょう」とたずねてきた。
「親友だったフィオラからの手紙です。どうしてもヴァルディス様に読んでいただきたくて」
ヴァルディスは不思議そうな顔をして手紙を開くと、文章を目で追っていく。眼鏡の奥の目が見開かれるのを、エリミーナは黙って眺めていた。
読み終えたのか、手紙を持つ手が下りていく。
「なるほど。最近の殿下は大人しくしていたようですが、こんなことを企んでいたのですね」
「他の貴族を使って国王陛下に上奏なんて、ヴァルディス様の立場が危うくなるのでは?」
「無傷ではいられないでしょうが、受けて立ちます。うるさい周りを黙らせるために、いくらか王太子側の文官を入れてもいいかもしれません」
なぜだか、ヴァルディスの表情は柔らかい。まったく危機感が無さそうで、エリミーナの方が心配する始末だ。胸の前で手を組んで俯いていると、ヴァルディスの両手が包みこんだ。
「エリミーナ殿。私のために心を砕いてくれて、礼を言います。でも、本当に心配は無用です。私はもう、手放さないと決めたので」
――手放さない、とはどういう意味?
聞こうと思ったところで辺りに風が巡る。葉がエリミーナの肩に落ちると、ヴァルディスが摘んで捨てた。ドレスにヴァルディスの指が触れただけで、エリミーナは顔が熱くなった。
変だと思われたくなくて、「あの、変なことは考えていません、ただほんの少しでも触れただけで、喜ばしくて顔が熱くなるのです!」と言い訳を連ねる。慌てるエリミーナをよそに、ヴァルディスは肩を震わせて笑った。
「そのような顔は、私以外には絶対に見せないように」
そのような顔と言われても、エリミーナにはわからない。「どんな顔ですか」と問うと、ヴァルディスは笑うのをいったんやめた。真剣な眼差しで、エリミーナの顔に近づいてくる。引き寄せれば、口づけができそうな距離まで来た。
しかもエリミーナの両手は、ヴァルディスの片手で握られたまま。これ以上は鼻息を荒くしないようにと、唇を固く閉じた。
「顔が真っ赤で、とても……」
その声は中庭に駆け込んできた文官によって途切れた。
「王太子殿下が参られました!」
「わかりました、すぐに行きます」
ヴァルディスは宰相の顔つきに戻すと、長椅子から腰を上げた。エリミーナはヴァルディスの背中を見送りながらも、不安な気持ちを抑えきれなかった。
気になるからといってついて行くのは、ヴァルディスに迷惑がかかる。王太子がエリミーナを見つけて、静観してくれるとは思えない。絶対に突っかかってくるだろう。
そのことを考えると、結果は別の機会に聞くのが良さそうだ。
しかし、予想に反して、事の顛末はヴァルディスからではなく、フィオラからの手紙で知った。王太子は計画通りに上奏し、宰相補佐に自分の息がかかった者を送り込んだという。
そんなことまで報告してくるのは、余程、自慢話がしたいのだろう。ただ彼女の誤算は、エリミーナが王太子に対して何の感情も残していないことだ。王太子がどれだけフィオラに力を注いでも、傷つくこともない。
ただもう少しで二度目の婚約破棄の日がやってくる。そのことだけがエリミーナには気がかりだった。




