第十話『元親友からの手紙』
二度目の婚約破棄の日時が迫る中、エリミーナはどうすれば良いのか、進むべき道を見失っていた。手紙を書いて接触しても、肝心のヴァルディスの想いが見えなかった。
それなら、どうするのか。ヴァルディスに面と向かって『私のこと、どう思ってますか?』とは聞けそうにはない。手紙で聞くのも躊躇う。他の誰かを利用して、愛情を試すようなこともしたくない。
エリミーナは絵画を表に戻して、溜め息を吐いた。文机に頬杖を突く。
こういう時、相談できる者がいない。近い者と言ったら侍女のズラナだが、それは選択肢に入れたくない。
侍女の多くは、義母の息がかかっていた。屋敷の人事を取り決めるのは、領主の奥方の仕事だ。そのため、父もエリミーナも口出しができない。
もしズラナに話せば、義母に筒抜けになるだろう。
悩むだけ悩んでやろうと開き直っていた時、ズラナが二通の手紙を渡しに来た。一通目はヴァルディスからのものだったが、もう一方の手紙は読まずに「暖炉へ」と言い渡した。
定期的に送られてくるのは、フィオラの贖罪の手紙とやらだ。
一度、目を通したときには、謝罪するように見えて、寛大な心で許せと書いていた。もちろん、許すわけもない。ズラナに言って暖炉の炭にしてもらった。
フィオラは侯爵家の生まれで、公爵家のエリミーナとは身分も対等ではなかった。
それでも、フィオラはとっつきやすく、初めて会った時から話し方が砕けていた。それをエリミーナは好感が持てると勘違いした。本当はただ礼儀を知らないだけであったのに。
自分を公女ではなく、一人の少女として見てくれた。とうとう自分も親友を得たのだと、勘違いしていた。
フィオラは隠れて王太子と関係を持ち、その間もエリミーナの親友として我儘放題だった。ねだられて与えた装飾品や服は、数え切れない。
命令を受けたズラナがフィオラの手紙を持っていこうとする。エリミーナは「ちょっと待って」と制した。
フィオラは浅はかなところがあった。予知夢によれば、王太子はヴァルディスを嵌めるために前々から計画していたようだ。本人も「彼女を苦痛から解放できるのはこの俺だ」と言っていた。その計画の詳細をフィオラは知らないのだろうか。
ズラナから手紙を受け取って封を開けると、ざっと読んだ。大体、中身は一緒だった。
本を読まない、勉強が嫌いだったフィオラも、少しは字が上達したようだ。誰か別の人に書かせていたりしてと、疑いたくなる。フィオラならば、しかねない。
エリミーナは羽根ペンを取った。『あなたも大変だったのね』と慮りつつ、『宰相のヴァルディス様と婚約したの』と自慢話を全開させた。
フィオラが食いついてくれれば、これ以上のとっておきの自慢話を書いてくるはずだ。
自分がどれだけ王太子に愛されたか、その上、身を滅ぼしたのか。そんな自分を王太子は未だに慕ってくれて、一刻も早く修道院から出そうとしてくれている。さあ、羨ましいでしょうと言わんばかりに。
その計画についても、フィオラがうっかり言ってくれることを期待する。
最後まで書き上げると「できるだけ早急に送って」と、そばに控えていたズラナに手紙を渡した。
◆
フィオラからの返事はすぐに届いた。ぎっしりと書かれた自慢話を流し読みする。時折、エリミーナには申し訳ないことをしたわとしつつ、王太子との蜜月を事細かに綴った。
三枚目に差し掛かったところで、王太子と未だに続くやりとりについて書かれていた。秘密を黙っておけないのが、フィオラの悪い点でもあり、良い点でもあった。
『計画は順調だと聞いていたのに、最近ではあなたの婚約者、宰相が邪魔してきているそうよ。文官を身分に関係なく登用したり、王太子殿下の接触が無いように細かく監視しているらしいわ。ついには、殿下の署名だけでは書類が通らないようにしたの。ねえ、エリミーナからも言ってくれないかしら。殿下を困らせないでって』
王太子はかなり焦っているらしい。フィオラに愚痴を零したところで、どうなるわけでもないだろうに。
『身分に関係なく登用したことを問題にして、国王陛下に訴えるつもりよ。この度のことで貴族たちも宰相に不満を持っているから、大変なことになるのではないかしら。それともっととっておきな話があるの……』
生き生きと書かれた文字に辟易したが、有益な情報なのは変わらない。破り捨てるのはやめて、封筒の中にしまった。明日、ヴァルディスに会う予定だったので、これを持っていくつもりだ。
ズラナが彫刻のように微動だにしていなかったので、声をかけた。
「いずれ来るときのために、戦闘服を用意してほしいの」
「戦闘服……ですか?」
「ヴァルディス様と一緒に戦えるように、強くなりたいの」
ズラナとすればよくわからないだろうが、本気で話している。
――私には何にも似合わないと思っていた。だから、すべてを人任せにしてきた。
クローゼットを開けてみても淡い色合いのドレスしか入っていない。体の線がはっきり出て、何者にも染まらない黒のドレスが着たい。背中や肩を出して、ショールで隠すような大人っぽいドレスを着たい。
恥ずかしくなりながら、ズラナに要望を伝えた。彫刻のような佇まいの侍女は、相変わらず感情表現が乏しかった。
「やっぱり、駄目?」
「いいえ、腕が鳴ると思っただけですわ」
エリミーナはズラナの顔に驚きを隠せなかった。あのズラナが口元だけではあっても、微笑んでいたからだ。




