アンドロイドに欲しい熱はない【2000文字】
「カヨに任せたから」
恋人が最期に遺したのは、恋人に見た目がそっくりなアンドロイドだった。
「カヨ、今日の夕飯はロールキャベツですよ。真っ直ぐ帰ってきてくださいね」
「呼び捨てしないでって、何回も言ってるわよねっ?」
ユウの手を払い、カヨはキッと睨んだ。
「マスターのご指示で、あなたを恋人のように扱うと仰せつかっています」
「あなたは私の恋人じゃないし、マスターは今、私でしょ!?」
「いえ、僕のマスターはあなたの恋人の『ユウ』さんです」
「…もう、いいっ」
カヨは玄関に向かって、ズカズカ歩いていく。
「カヨ、お弁当を」
「いらないわ!」
ピシャリとドアを閉めて、カヨは出勤していってしまった。
ユウは取り残された玄関で、弁当の包みを持っていた。
「マスター、僕は今日もお役に立てませんでした」
『ユウ』はよく笑う人だった。
そして、カヨはもっと笑う人だった。
「カヨ、疲れているなら肩をお揉みしますよ」
「…名前で呼ぶなって言ってんでしょ」
ユウを見るカヨは、いつも厳しい顔をしていた。
「カヨの好きな豆大福も買ってありますよ」
「…大福は、もらう」
「はい。お持ちしますね」
ユウは、家庭用生活支援ロボットだ。
家事全般から、家の人間のご機嫌取りまで、忠実に仕事をこなす。
駅前にある和菓子屋の豆大福を持って戻ると、カヨの顔はもっと険しくなった。
「…いらない」
「これはカヨの好きなものですよね?」
「そうだけど、…それはユウが好きだったやつだからいい」
「でしたら、お召し上がりになった方が」
「いいの!いらない!」
さっきまで隙間ほど開いていた心が、ピシャリと閉まったことがユウにはわかった。
「かしこまりました」
豆大福を元の場所に戻そうとして、一回立ち止まった。
「カヨ、僕明日メンテナンスに行きますので、日中家を空けます」
「…そう」
「カヨは帰ってくる前には戻りますので」
「いいわよ、別に」
「いえ。お帰りなさいと言いたいので」
ユウはこういう時、キッパリ言い切る。
カヨはそれにいつも上手く反応ができない。
「…あっそ。好きにしたらいいわよ」
「はい。帰ってきます」
ユウは『ユウ』に似ていない無機質な笑顔で、そう答えた。
「お帰りなさい、カヨ」
いつものように出迎えたユウに、カヨはこの世の終わりのような顔をした。
みるみるうちに顔色まで悪くなっていく。
「なんで…」
「どうかしましたか、カヨ」
「どうしてその声で喋るのよ…っ!」
肩で息をしながら、カヨは玄関のドアに凭れかかった。
まるで、ユウから逃げるようだった。
「本日はメンテナンスに行って、声を変えてきました」
「だから…っ」
「やっとマスターの声に近いパーツが手に入ったので、交換していただきました」
「その声で喋られたらっ…!」
血の気がないカヨの顔を見て、ユウは手を伸ばした。
「カヨ?具合でも悪いですか?」
その偽物の手がカヨに届くことはなかった。
「来ないでよ、バケモノっ…!」
そこに静寂が訪れるのは、すぐのことだった。
カヨは川沿いまで、かなぐり捨てるように走っていた。
夜はまだ寒い。
そこは生前『ユウ』とよく来ていたデートコースだった。
『ユウ』は、最期までカヨのことが心配だった。
だから、アンドロイドをカヨに託した。
「カヨ、ここにいたんですね。今日は冷えるから家に帰りましょう」
有能なアンドロイドは、簡単にカヨの居場所を探して出してしまう。
「どうして…」
「僕はカヨのいる場所は、すぐわかります」
「どうして、その声にしたの…っ!」
カヨは、ユウの体を殴るように拳を突き当てた。
「その声にしたら、『ユウ』の声が思い出せなくなるじゃないっ!」
「カヨ」
「名前で呼ばれたらっ、『ユウ』に呼ばれていた全部が、上塗りされていくみたい…っ」
「…カヨ」
「そうやって、あなたはユウじゃないのに『ユウ』だから、私の覚えている『ユウ』がどんどん消えていって…、嫌よ、『ユウ』のこと忘れたくないのにっ」
カヨは額をユウの胸に擦り付けて、泣き始めた。
爪を立てそうなしがみつき方で、カヨの言葉は後から後から止まらなかった。
「名前を呼ばれるたびに、『ユウ』の声が掻き消されていく…」
「…」
「顔も、あなたの顔ばかり見るから、写真の『ユウ』が本物じゃないみたいになってっ」
「…」
「本当はもっと笑っていたのに、そうなはずなのにっ、あなたの無表情に『ユウ』が重なってぼけていっちゃう…!」
「…カヨ」
「豆大福はっ、『ユウ』がこっそり看護師さんに隠れて最後に食べていたやつなのっ」
「カヨ」
「あなたなんて欲しくなかった!私には『ユウ』だけで良かったのにっ!」
泣き崩れるカヨを、ユウは躊躇いながら抱き留めた。
そっと、指先の熱が伝わるようで。
壊れ物を触るように。
それが『ユウ』と同じで、余計に腹立たしい。
「…なんであなたまでこんな子供体温なのよ」
「マスターがマスターの平熱で設定したので」
「…相変わらず、変な所こだわってるのね。ユウは」
カヨは呆れ笑いと涙を、零し終えた。
了
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