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96.幾千の星々の中で ― 人類を描く長き映画

かつて——

混元の頂に立ち、崩れ落ちる銀河を砂粒のように見下ろしていた。

時も空間も存在しない「滅輪牢」をただ一人で貫いたこともある。


それなのに——

今この瞬間ほど、自分が「小さな存在」だと感じたことはない。


敵が怖いのではない。


ただの……一本のフィルムのせいだ。



---


この映写室は、宇宙の虚空に浮かぶ水晶の球体。

万界招魂塔で砕かれた「記憶結晶」から、俺自身が構築したもの。

本来は——各種族の戦術を分析するためだった。


それなのに……雷夢妃らい・むんひが、こっそり入れていた。

人類古代の映画。



---


俺は、二人の妻の間に座る。

右腕は龍香絶美りゅう・こうぜつびの肩に添え、

左手は雷夢妃の冷たい指先をそっと握る。


三人寄り添う。

九尾星獣の毛で編まれた長椅子は、月光のように肌へと溶ける。


周囲は360度の曲面スクリーン。

星晶ガラスでできており、映像だけでなく、記憶、感情、そして——

過去の匂いまでも再現する。



---


スクリーンに映るのは——


> 冷戦時代の地球。

地下壕で震える子どもたち。

死んだ子を抱く母親。

爆弾から家族を守るため、自らを盾にする父。

涙で別れる恋人たち。

「来世で、また会おう」と。





---


俺は眉をひそめる。

怒りでも、不快でもない。ただ——理解できない。


> 「争い、痛み、犠牲… 面白くもない。」





---


龍香絶美はすぐに答えない。

ただ、静かに俺の肩に頭を預けた。

瞳には爆発する都市が映っている。


> 「これは映画じゃない。記録なの。

いくつかの星では、記憶を映像にして遺しているのよ。」





---


雷夢妃は画面から目を離さず、ささやいた。


> 「苦しくても……誰かのために生きる姿は、

心に響く。」





---


俺は言葉を失う。

胸の中で、何かがゆっくりと引き裂かれる。


画面には、血だらけの兵士が映る。

命尽きる前に、レンガの欠片へ——

**「愛してる」**と自分の血で書き残した。


俺は二人を強く抱き寄せた。

この腕だけは、宇宙の崩壊さえも拒むように。



---


> 「こんな小さな想いが…人間を滅びから救ったのか。」




俺は、独り言のようにつぶやく。


龍香絶美は見上げ、悪戯っぽく笑った。


> 「でも結局、戦いのほうが好きなんでしょ?」





---


俺は額に軽くキスする。


> 「違う。

愛する人のためなら……人間の一生を千年分でも観られる。」





---


それきり、誰も何も言わない。


スクリーンの光が三人の顔を照らす。

そこに、戦神はいない。

魔王もいない。

王女もいない。


ただの——三つの魂。

寄り添いながら、遥か彼方の記憶を見守っていた。

触れることもできず。

でも、別れのキスには胸が締めつけられる。



---


ひとすじの嗚咽がこぼれる。


顔を向けると——

雷夢妃が泣いていた。

宇宙の花から滑り落ちる露のように、静かに頬を伝って。


> 「ごめんなさい…」




> 「何が?」




> 「皆を……助けられなかった。」





---


俺は彼女の胸元に手を置く。

温もりが指先に伝わる。

鼓動が早い。——生きてる、ここにいる。


耳元に口を寄せて、ささやく。


> 「全宇宙を救える者などいない。

でも、お前は……俺を救ってくれた。」





---


二人とも、何も言わなかった。

空気すら、止まったようだった。


俺は雷夢妃の涙の痕に唇を重ねた。

塩の味と、銀花の香りが混ざる。



---


気づけば、龍香絶美が膝の上に座っていた。

後ろから俺の首に腕をまわし、髪からは雪に溶ける月光のような香り。


> 「ねえ…映画を『観る』より、

一緒に『新しい映画』を作らない?」





---


俺は笑う。答えは返さない。


左腕は雷夢妃を包み、

右手は、そっと龍香絶美の腰へ滑り込む。


呼吸の震え、

体温の差、

指先に映る、女の輪郭。



---


スクリーンはまだ動いていた。

だが、もう誰も見ていない。


宇宙は、愛に引かれるように銀光を放ち始める。

無数の星が近づいてくる。——感情の重力に。



---


最初のキスは、彼女の鎖骨のくぼみに。

舌先で脈をなぞる。——これは戦いの鼓動ではない。愛の証。


雷夢妃も顔を上げ、そっと俺の顎を持ち上げた。

柔らかな唇が重なる。


二人が交互に俺を奪う。

無重力の中の連奏。

湿って、熱く、喘ぎは音楽となる。



---


服が一枚、また一枚と舞い落ちる。

音もなく、まるで星の花びら。


肌と肌が触れ合う。急がない。

まるで永遠の記憶を刻むように——静かに。



---


俺は、二人の妻の間に横たわる。


片方の乳房は胸に押し当てられ、硬くなった乳首が骨に触れる。

もう片方の太腿は、俺の脚を巻き、濡れていた。——夜の泉のように。



---


> 「子どもが……欲しいの。」




雷夢妃が囁いた。


> 「この宇宙で?」




> 「戦争も涙もない。

この静寂の中で、

人間らしい生き方を教えてあげたいの。」





---


俺は答えない。代わりに——身体で返す。


深く突き刺すたび、

彼女たちの喘ぎと俺の吐息が、過去の亡霊を祓っていく。


かつて滅ぼした命、流した血。

その記憶に、

今——俺は、愛で償う。



---


耳元に、心音が響く。

誰のものか、もうわからない。

たぶん、三人分。


この宇宙の中心で——


ただ、愛している。

あるものは、ただの食事だと思っていた。


けれど──それは、血と骨髄と魂の奥から震えを引き出す、<ruby>始原<rt>しげん</rt></ruby>の火だった。



---


「ただ、温かい食事を作ってやりたかっただけだ。」


そう思っていた。


混沌の火神の髄液、流星の卵殻、古代星精の骸に生えた霊光草──

万界の神材から抽出された“宇宙の<ruby>粹<rt>すい</rt></ruby>”。


その〈スープ〉を鍋に注いだとき、俺は忘れていた。


――ここは、第九異層空間。


あらゆる物質が“魂”へと直結する界。


そして彼女たち、神体を持つふたりにとっては──


その一粒一粒の魔力が、<ruby>導<rt>みちび</rt></ruby>きとなる。


愛へ。 欲へ。 …そして、還るべき記憶へ。



---


最初に反応したのは──

ロン・フーガン・ジュエミ、美しき神姫。


彼女はピクリと肩を震わせ、手で胸元を押さえた。


頬は紅蓮の如く染まり、瞳は淡い熱に潤んでいた。


「ちょっ…ちょっと、これ…千年分の生力霊素、入ってない?」


俺は星果を切っていたナイフを止めずに答える。


「うん。…昔、星乙女たちが霊脈を再生するために飲んでたもの。」


「ちょっと強すぎたかもね。」


「ちょっと!?」

彼女の声がかすれる。まるで銀河の霧を含んだ風のように。


「あと少しで…火精霊になって燃え尽きるところだったわ…っ」


背後で、ロイ・モンニの息が漏れる。

身体を抱きしめるように震えていたが──唇には微かな笑み。


「ねえ…これ、体の奥で、何かが燃えてるの…」



---


その熱は、ただの性ではない。


それは──忘れかけていた“人間”の感覚。


失われた、<ruby>記憶<rt>きおく</rt></ruby>の断片。



---


「少し…修練してくる。」


俺は立ち上がった。だが、三歩も歩けず──


──ふわっ


目の前にロン・フーガンが立ち塞がる。

髪が揺れ、瞳が星屑のように煌めいていた。


「…逃げるつもり? 私たちを残して?」


ロイの声が後ろから囁くように届く。


「修練なんて要らない…今は、ただ一緒にいてほしいの…」



---


…もう、逃げられない。


いや、逃げたくもなかった。


俺は二人を腕に抱き寄せる。

温度。鼓動。吐息。

髪の匂い、肌の輝き、そして──愛の<ruby>衝動<rt>しょうどう</rt></ruby>。


「そうか。なら…覚悟しておけよ。」


俺は二人の額にそっと口づけた。


「今夜、この部屋の光で銀河が霞んでも──後悔するな。」



---


ふふっと、二人は笑う。誰も否定しない。


部屋の空間が歪む。


外から見ると、虚無花宮殿は淡い紫の光に包まれ──

内から見ると、星々がゆっくりと流れ始める。


まるで…感情が宇宙の流速を変えていくかのように。



---


俺たちは、服を脱がなかった。


服の方が、雪のように──静かに、消えていった。


裸の身体が現れる。それは淫ではなく──神々の儀式。


〈神鎧〉を脱ぎ捨て、“人”へ戻るための。



---


俺は中央。

左にはロイ・モンニ──その髪が胸にふわりと落ちる。


右からはロン・フーガンが耳元に口づけをして、囁いた。


「貴方の料理を食べるたびに…初めて貴方を愛した時を思い出すの。」



---


答える代わりに、俺は唇と舌を使った。


胸元に──背骨に──腹の奥に。


神力を流し込みながら、彼女たちの肌に“愛”の文字を刻む。



---


最初に声を漏らしたのは、ロイだった。


「や、やだ…もう…無理…っ」


指が濡れた谷間を滑り込む。

そこは、もう震えていた。


まるで…今、銀河が産声をあげようとしているかのように。



---


俺は、ゆっくりと──中へ。


慌てず、焦らず。

一挙手一投足が時空の奔流を開く。


吐息、熱、震え。

それぞれが、一つの宇宙を創り出していく。



---


ロン・フーガンは黙っていない。


彼女は俺の後ろに座り、唇を俺の首筋、胸、腹へ滑らせた後──

俺が“触れていた”その場所へと、顔を沈める。


──ちゅ…


唇が、濡れた愛の雫を啜る。


彼女の手はロイの胸へと伸び──

硬く尖った先端を優しくなぞる。


ロイは肩を噛みしめ、甘く震えた。



---


「お前たち…そんなことを…ッ!」


声が上ずる。

俺の中の魔力が、渦となって巻き上がる。


肉体の全てが、星塵のように光を放つ。



---


そして──


魂が、ひとつになった。


鼓動が重なり、呼吸が交差し、熱が、燃え上がる。


それは、ただの交わりではない。


それは──融合。


三柱の神魂が、<ruby>一元<rt>いちげん</rt></ruby>に還る瞬間。



---


絶頂の瞬間、我らは互いの名を呼び──


そして、涙した。



---


そのとき、俺は理解した。


神ですら──愛することがある。


全宇宙を持ちながら、一つの指先に震える理由を。



---


やがて…


三人は寄り添い、沈黙した。


光は穏やかに落ち着き──

まるで太古天河から流れる月の絹のよう。



---


「…まるで別の人生を覗いたみたい。」


ロン・フーガンが呟く。


「そこには争いも、神も、魔も、なかった。

ただ、一つの部屋。温かい食事。…そして、あなたの瞳。」


ロイが続ける。



---


俺は何も言わなかった。


だが、わかっていた。


その人生は──存在しない。


だが、せめてこの夜だけでも…

触れることは、できる。


触れ合い、記憶し、願うことはできるのだ。


永遠に続かぬとしても──


今だけは。

人は言う——

神格に達した魂は、夢すらも異界となる。

幻ではない。

もう一つの人生——もう一つの魂の記憶。


その夜、

ふたりの妻と融合したあの瞬間の後、

俺は…落ちた。


静寂の中へ。

星もない。魔もない。神の声すら聞こえぬ。

ただの——安らぎ。



---


目を開けた。

聞こえたのは…鶏の声。


玉座もなければ、神衣もない。

そこには、木の床、粗い竹の布団。

そして…彼女。


龍香絶美りゅうこうぜつび——

髪を結ばず、火を起こし、湯を沸かしていた。


この夢の中で、

彼女は俺の「妻」だった。

ただの…人間の。



---


> 「起きて。朝よ。」

「畑に遅れるわよ、あなた。」




彼女が振り返る。

目が…月のように穏やかだった。


その笑みには神気もなければ、霊圧もない。

ただ…愛。

ただの…暮らしの中の愛。



---


戸を開ける。

朝の冷気、藁の香り、土の匂い。

鍋から漂う豆粥の湯気。


戸惑っていると、背後から別の声が——


> 「またサボったの?姉さんに全部やらせて。」




振り向けば、雷夢妃らいむひ

こちらも…俺の「妻」。

いや、妹嫁。

同じ屋根の下で生きる、もう一人の女性。



---


ふたりは草の籠を持ち、着古した灰布の衣で近づく。

誰も俺を「神」とは呼ばない。

誰も跪かない。


ただ…

目が、温かい。


俺は…困惑した。



---


> 「具合悪いの?」

「熱ないけど、ぼんやりしてるわよ。」




> 「また王様の夢でも見た?」

「毎日毎日、空想ばかりね〜」




笑った。

反論は…しなかった。


なぜなら、言えないからだ。

「実は俺は神で、お前たちは元々俺の妻で…

 別の宇宙で、俺の呼吸だけで星々が砕ける」とか——


言えるわけがない。



---


それでも——

この夢は、もしかすると、現実より…本物だった。



---


畑へ向かう。

剣も、魔力も、神威もなし。


俺は土を耕し、汗を流す。

ふたりは雑草を抜き、種を撒き、水を運ぶ。


ただの…人間の営み。

だが——そこに、真の「愛」があった。



---


昼、草煮と焼き魚の質素な食卓。

だが、笑い声は絶えない。


木陰で寝転ぶと、龍香絶美が腕枕に頬を乗せた。


> 「あなた、初めて嫁いだ日——

 家の敷居でつまずいたの、覚えてる?」




> 「あれはわざとだ。」




> 「え?」




> 「忘れられないように。」




彼女は顔を赤らめ、胸を軽く叩く。


> 「バカ…」





---


夜、雨が静かに降る。


宮殿もなければ、結界もない。

ただ、藁の屋根と古い毛布。


それでも、

三人で——寄り添った。



---


灯りが消え、

首筋に温もりが触れた。


背後から、雷夢妃の腕が回される。

胸が俺の背に当たる。熱く、柔らかく——


> 「…起きてる?」




振り返る。

暗闇の中、目が輝く。

髪をかき上げられ、鎖骨に軽いキス。


> 「今日…心臓の鼓動が速くて。」

「理由は分からない。でもあなたに触れると、身体が…熱くなるの。」





---


何も言わず、

彼女を強く抱き寄せた。


龍香絶美も寝返り、俺の胸へ腕を回す。



---


その瞬間、

俺の心は崩れた。


唇が触れる。

首筋を滑り、胸へ。


これは欲ではない。

記憶だった。

肌に宿る愛の記憶。



---


ふたりの体温が絡み合う。


技などいらない。

魔術も、神力もない。

ただ…肌と、唇と、鼓動だけ。


雨の音のように、静かで温かく——



---


彼女の頬に涙が。


> 「…なぜか分からないけど、

 この感覚…前にもあった気がする。」




> 「あなたと夫婦だった記憶。

 一度死に、再び宇宙で溶け合った記憶——」





---


俺は言葉を失う。


だが、感じていた。

この夢の奥に…

もうひとつの魂が目覚めている。



---


やがて、

光が差し込んだ。


それは太陽の光ではない。

霊光——魂の輝き。



---


目を開けた。


戻っていた。

虚空華殿の寝室。

腕の中には、あのふたり。


裸のまま、光の粒に包まれ、

まるで今、再び「生まれた」かのように。



---


> 「…俺は、もう一つの人生を生きていた。」

「神でもなく、魔でもない。——ただの、人間として。」




ふたりは目を開き、頷く。


> 「私も夢を見た。」

「木の家。木陰。雨の音…そして、あなた。」




> 「畑を耕し、野菜を育てる人。」

「けれど、誰よりも私たちを…愛してくれる夫。」



---


強く抱きしめた。


> 「たぶん…それこそが、俺たちの“本当”の姿だ。」

「力を捨て、宇宙を捨て、

 それでも俺は——あなたたちを愛していた。」

人は言う——

「霊体が神域に至れば、夢は幻ではなくなる。

それは…もう一つの次元。もう一つの命。」


あの夜——

霊力が二人の妻と交わり、私は静かに眠りへと落ちていった。

星もない、術もない、魔も神もいない。

ただ——


安らぎ。



---


夜明け前。鶏の鳴き声が微かに聞こえる。


私は——

宇宙の王ではなかった。

神衣も玉座もなかった。


ただ、古びた木の床。

硬い竹の畳。

そして傍に——彼女がいた。


ロン・コウ・スイビ。

白銀の髪、背に垂れ、火を起こし水を沸かしている。

この夢の中で——彼女は「妻」。

ただの、人間の妻だった。



---


「起きて、あなた。朝よ。

早く田んぼに行かないと…遅れちゃう。」


振り返るその笑顔。

月初めの細月のように、柔らかくて——優しかった。



---


私は、呆然とした。

なぜなら、その笑顔には威圧も、神の気配もなかったから。

ただ——愛する者の眼差しだった。



---


庭に出ると、空気は冷たく、土と藁の香り、

炊きたての豆粥の湯気が鼻をくすぐった。


その時——

井戸の向こうから、もう一つの声がした。


「またサボってるの?お姉さまに全部任せて。」


ライ・モウ・ジ。

こちらも——妻。妹。そして、共に暮らす女。



---


二人の女——

一人は色褪せた灰色の着物、もう一人は髪を丁寧に編み、野草の入った籠を抱えて。

誰も「神」とは呼ばない。

誰も跪かない。


ただ、あたたかな目があった。



---


「大丈夫?ぼんやりしてるわよ。」

「また皇帝になる夢でも見たんでしょ?」

「毎日おかしな夢ばっか。」


私は笑った。否定せずに。

だって——どう言えばいい?


本当に神だと?

彼女たちが、異世界で自分の妻だったと?

一呼吸で星を砕く存在だったと?



---


いや。

こここそが夢。

でも——たぶん、本当でもある。



---


私は、彼女たちと畑へ向かう。

剣も術もない。

ただ、鍬と汗。土と光。


彼女たちは草を刈り、種を蒔き、水を運ぶ。

私は地を耕す。手が痛い。

でも——


生きていると、初めて思った。



---


昼。

茹で野菜と干し魚の粗末な食卓。

でも、笑い声が溢れていた。


木陰で横になると、ロン・コウ・スイビが隣に寝そべる。

頭を私の腕に預けて。



---


「最初に嫁いだ日のこと、覚えてる?」

「あなた、玄関でこけたのよ。」


「わざとだよ。」


「え、なんで?」


「君に、ずっと覚えてもらうために。」


彼女は頬を赤らめ、胸を軽く叩いた。


「ばか…。」



---


夜。雨が細かく降る。


宮殿などない。

あるのは、藁屋根と風灯と、古びた布団。


でも、三人で身を寄せ合った。

まるで子どもたちのように。



---


灯りが消えたとき、

背中に温もりを感じた。


ライ・モウ・ジの腕が、私の腰を抱く。

その胸が、熱を帯びて背に触れる。


「…起きてる?」

彼女の声が、雨よりも柔らかかった。


私は振り返った。

その目は、夜の中で光っていた。


「今日、なんだか…ずっと心臓がドキドキしてて。」

「あなたに触れただけで…体が熱くなるの。」



---


私は、何も言わず彼女を抱いた。

ロン・コウ・スイビが向きを変え、私を挟むように手を伸ばす。



---


そして——私は、抗えなかった。


キスをした。

唇から首、そして胸へ。


それは、欲ではなく——

肌で記憶を繋ぎ直す「愛」だった。



---


三人は絡み合った。


神ではなく、ただの人として。

激しくも技巧もない。

ただ、肌と唇と鼓動が、藁屋根を打つ雨音のように——


穏やかで、温かくて、永遠だった。



---


彼女は、私の腕の中で泣いた。


「なぜかわからないけど…この感覚、覚えてる気がするの。」

「昔…夫婦だったような…命を捧げ合ったような…」

「宇宙の中で、溶け合ったような——」



---


私は、何も言わなかった。


でも、わかっていた。


あの夢は…夢ではない。



---


そして、私は——光を見た。

灯火ではない。

それは、霊光だった。



---


私は目を開けた。


虚空華殿の寝室。

二人の妻が、裸のまま腕の中に眠っている。

まるで、再誕を果たした聖女のように。



---


私は囁いた。


「私は…君たちと、別の人生を生きてきた。」

「神でも、魔でもなく——ただの、人間として。」



---


「私も、見たわ。」

ロン・コウ・スイビの声が夢のように揺れる。

「木の家。木陰の昼寝。雨の季節。」



---


「そして…」

ライ・モウ・ジが続く。

「畑を耕し、野菜を植える、でも…私たちを命よりも愛する夫。」



---


私は、彼女たちを強く抱いた。


「それこそが…私たちの本当の姿かもしれない。」

「力を捨てても、宇宙を捨てても——」

「私はただ、君たちを愛した一人の男だった。」



---


だがその時——

西の空が、割れた。


黒く、深く、渦を巻く亀裂。

時の裏側に通じる、裂け目。



---


私は立ち上がった。

衣も剣も持たず。

ただ、彼女たちの手を握り、裂け目を見つめた。



---


「呼んでいる。」

「敵ではない…私自身の一部だ。」

「忘れていた、“もう一つの私”。」



---


「行けば、戻れないわ…」

「あるいは、戻っても…もう“あなた”じゃないかも。」



---


私は振り返り、彼女たちの目を見た。


「もし帰れなければ…生きてほしい。君たちの強さで。」

「もし帰っても、“私”じゃなくなっていたら——」

「それでも愛したことを、覚えていてほしい。」



---


別れの言葉はいらない。


私は、手を放した。


一歩、引いた。


そして——


飛び込んだ。



---


光が爆ぜた。

宮殿が揺れた。

ロン・コウ・スイビとライ・モウ・ジが叫び、手を伸ばす——


だが、もう遅かった。



---


光に包まれながら、私は聞いた。

二人の声。


呼ばれていたのは、神の名ではなかった。


あの世の、あの名——


> 「…ランクン。」(郎君)


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