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87.雷善長夢 ― 千年の悪夢、再び甦る

もう、私は肉体を持たぬ。

私は――ただ、天と地の狭間を流れる“永遠”だった。

私と、四人の妻。

生と死、愛と絶望のすべてを越え、ついに辿り着いたこの場所。

ここは法すら意味を失い、“真実の魂”のみが存在を許される、不滅の境域。


ヴァンリン広場――

九天で最も濃密な霊気が渦巻く、神域の中心。


足元には、まるで光の蛇のように絡みつく無数の道則。

空には、九色の光輪が破れ、天の円蓋が砕け落ちる。


私が最上の階段を踏みしめたその瞬間──

全天界が、息を呑んだ。


古の神が、手を掲げる。

声は封じられた古琴のように、万年の孤独を孕み震えていた。


> 「龍魂を抱く者よ……輪廻を破壊せし者……歓迎しよう。」




私は答えない。

ただ、彼女たち四人を見る。


もう、言葉では足りない。

彼女たちの美しさは、“外見”では語れぬ。

これは、魂が愛と修練を極めた者だけが持つ“神の気配”──“神韻”。


趙玉チョウ・ギョク──

その目は古き月、王朝の威光すら震える冷艶。


劉情児リュウ・ジョウニ──

春先の花びらのような微笑の裏に、千年の哀愁が宿る。


小舞シャオ・ウー──

炎のような娘、欲望と生の本能を隠さない、灼熱の女。


朱香鈴シュ・コウレイ──

神なき深淵のような瞳、唇が触れるたびに、魂を喰われそうになる。


私は、彼女たちを“顔”で愛したのではない。

地獄を共に越え、死体の隣で眠り、ただ雨の夜に黙って肩を寄せ合った──

あの、瞬間たちこそが、すべてだった。



---


私は、掌をかざす。


四本の首飾りが浮かぶ。

それぞれ、百年の血と情が結晶化した、唯一無二の魔具。


> 「これが、最後の契約だ。

妻として、ではない。

運命そのものとして──融合する。」




趙玉は、ただ黙って受け取った。

唇を噛み、声を発さぬまま──

けれど、私は見た。

あの冷徹な月が、初めて涙した瞬間を。


それは、別れではなく、“完成”の涙だった。


劉情児は、そっと手を差し出す。囁くように。


> 「この瞬間を……ずっと夢に見ていました……あの日、あなたが毒矢から私を救った、その日から……」




私は彼女の胸元にかける。

その手は冷たいが、心は──熱かった。


小舞が笑う。私の首を引き寄せ、囁く。


> 「この首飾りをかけたら……天界でも、あなたを“食べて”いいの?」




私は答えない。

ただ彼女に首飾りをかけ、耳元で言う。


「次の戦いで、勝てたらな。」


最後に、朱香鈴。

闇のように静かに立ち尽くし、目を閉じたまま。


> 「この血を……あなたの血に混ぜて……永遠に……」




彼女の首元にかけた瞬間、私は闇に引き込まれるような錯覚を覚えた。



---


その時だった。


最後の首飾りが胸に触れた瞬間──

天地が震えた。


揺れたのは、大地ではない。

天の法則──天道そのもの。


四人の身体が光を放ち、四つの神流が一つの海へと還る。

それは眩しさではなく、“温もり”。

冬の空室に灯る、古灯のような光。


私は、半歩下がる。


そして、見た。

新たなる存在──


彼女の髪は銀河、星屑が流れ落ちる。

瞳は深淵、だが奥底で宝石が揺れていた。

その肌は霊気を放ち、万星すら彼女の足元で震えていた。


沈黙。


古神たちは目を見開き、

天神王が呟く。


> 「これは……天界史上、かつて存在しなかった“新たなる神魂体”……」





---


私は、歩を進める。

指先が震える。

心の奥底から、名もなき感情が滲む。


私は彼女の肩に触れる。

“新たなる彼女”──

だが、見知らぬ存在ではない。


私は囁く。


> 「これからの君の名は──“龍香りゅうか 絶美ぜつび”。」




彼女は、目を開く。


その眼差しは天を裂くが、まるで愛の後の朝のように柔らかい。

言葉は発さない。

だが──私の心の中に、四つの声が重なる。


> 「わたしはここにいる。」

「わたしたちは共にある。」

「抱いてもいいよ、四人まとめて──」

「あなたは、もう二度と孤独じゃない。」





---


空が震える。


“無限なる恋縁──神心連結の究極体”

(ムゲンナル・レンエン──シンシンレンケツ・キュウキョクタイ)


この力に、私は戦慄する。


私が息を吸えば、彼女も共に吸い──

私が想えば、彼女も共に震える。


私が武を繰り出せば──

彼女がその感情、記憶、愛情をもって“共鳴”する。


我らはもう、“二”ではない──

“一体”なのだ。



---


私は、そっと彼女の胸に触れる。

首飾りが輝き、私の鼓動と完全に一致していた。


私は尋ねる。


> 「このまま……キスしたら。

四人は感じ取れるのか?」




彼女は微笑む。


それは氷を溶かす泉。

傾きかけた月の微笑み。


> 「あなたに……その覚悟、ある?」




私は答えない。

ただ、唇を重ねた。


その瞬間──


天界が、息を止めた。


そして、私は知った。

これからのすべてのキス、

すべての交わり、

すべての欲望と熱情──


その一つ一つが、四人すべてに“共有”されるのだ。

嫉妬も、不安も、もう存在しない。

ただ、“永遠の昇華”だけがある。



---


遠く、天界の筆が歴史を刻み始める。


> 「天龍──第一龍魂神。」

「龍香 絶美──四魂融合の神后。」

「連体戦神形態──天道をも挑む唯一の夫婦融合体。」




──だが、誰も知らなかった。


その瞬間。

第十二層の天──その奥、暗黒の中で。


“何か”が……目を覚ました。


つづく。


私たちが融合の儀を終えた直後──

ヴァンリン広場を静かに撫でる風が吹いた。


淡い月桂樹の香りが肌をかすめ、

絹のような光の中から、

一人の天女が歩み出る。


その衣は風と舞い、

その眼差しは、朝靄の森を透かす陽光のようだった。


> 「私はシキ・ウン。新神の任命儀を司る天女です。」




彼女が一礼した瞬間、

千の天使が一斉に息を飲むような静けさが降りた。


たとえ一介の天女であれ──

その身からは、古の神界の霊気が満ちていた。


> 「天龍様。そして、神妃・龍香絶美様──

お迎えできること、誠に光栄です。」




俺は彼女に視線を向けた。

鋭くはないが、それだけで彼女が半歩退いた。


──威圧したつもりはない。

ただ、俺たちの気息がもはや神の法すら凌駕していたのだ。


> 「聞いている。」




俺の声は低く、

雲層を這う雷のように、静かに空を震わせた。


その手は、いまだ龍香絶美の手を強く握ったまま。

彼女の肌は玉のごとく、温かく、揺るぎない。


──まるで、前世からの誓いのように。



---


シキ・ウンは手を差し出し、

その掌から、一枚の生きた地図が浮かび上がった。


三層の世界が水墨画のように漂い、空中に展開される。


> 「神界は三界に分かれています。」




> 「天境──神族が住まう、あらゆる霊法と道理の集う場所。

凡界──人間が生き、死に、輪廻を繰り返す、あなた方のかつての故郷。

アスラ界(魔境)──憎しみと欲望が渦巻く深淵。

かつて何度も天境を飲み込もうとした場所。」




彼女の視線が遠方をかすめた。

そこには、深紅の炎が地平を這い、

幾万年も眠った血が沸き返るような景色があった。


> 「私たち──新神も古神も、生きるためではなく…

三界の均衡を、守るために在るのです。」





---


その言葉が終わるや否や、

空が震え、雲が真っ二つに裂けた。


中心から、七色の蓮華が降りてくる。


金光を帯び、万古の鐘が鳴り響く中──

蓮の上に、**玉皇上帝ギョクコウジョウテイ**が姿を現した。


白銀の髪は凍てつく雪の結晶。

その眼は、未だ天地も知らぬ虚無の深さを宿していた。


> 「貴様が──天龍か。」




その声は大きくなかった。

だが一言一言が空を貫き、万象の魂へ深く突き刺さる。


> 「黒龍を討ち、五神封印を破り、第一神妃を創りし者──

未だ若き神なれど、功は天を越え、心は動かず。

…重用に値する。」




俺は膝をつかない。

ただ、胸に手を置き、もう一方の手で龍香絶美の手を握り続けた。


我々は最高礼式をもって応じた。

だが、頭は下げぬ。


──尊敬はあれど、服従はない。


> 「我が求めるは、栄誉に非ず。

運命が、彼女と三界を縛らぬこと──

それだけだ。」




玉皇は静かに頷いた。

老いてはいても、時代に遅れた者ではない。


彼の眼が俺と彼女を見るその先には──

神界の運命すら変わる兆しが、見えていたのだろう。


> 「汝ら二柱に、天馬衛軍の馬官を授ける。

小さき位、されど、三界の霊気を繋ぐ動脈なり。

全ての変動は、そこより始まる。」





---


シキ・ウンが微笑む。

風が衣を巻き、彼女の姿は霧のように揺れた。


> 「馬官とは、霊馬を操る者──

空間と時間の狭間に棲む神獣たちを導く力。

それは、強き意志と道力を持つ新神にしかできません。」




俺は龍香絶美の手を少しだけ強く握る。

彼女は何も言わない。


だが──

その微笑は、闇夜に煌めく玉光のようだった。


気高く、清らかに。

決して、膝を屈さぬ。


> 「……良いだろう。」

俺は短く頷いた。




> 「霊馬は運命の道理に沿って駆ける。

それを制すれば──

我らは、どんな場所でも…すぐに辿り着ける。」





---


俺は台へと足を踏み出した。


遠くから、一頭の霊馬が駆けてくる。

白銀の毛並み、金の鬣、

鼻からは銀煙を吹き、

その蹄は道理の波紋を起こす音を響かせていた。


龍香絶美もまた、己の霊馬へ歩み寄る。

その馬は漆黒──墨夜の如く、

眼は赤き琥珀のごとく光る。


だが、彼女がその首に触れると──

それは静かに、膝を折った。


> 「小さき場所から始めましょう。」

彼女は静かに言った。




> 「そうしてこそ、空のすべてが見えるのです。」





---


俺は答えず、

ただ、彼女の手を強く握った。


空に、幾千もの雲を越えて陽光が注ぐ。


我々の身体に描かれる、ひとすじの光の道。


周囲の天使たちは、ただ静かに頭を垂れる。


霊馬が跳ねる。


我らは第一の天層へと駆けた。


──玉座からではなく、

──地より始まりし誓いと共に。


拳と、眼差しと、未だ変わらぬ想いをもって。

銀色に、彼女の髪を染めた。


俺は見つめた。

天上の神妃──龍香絶美りゅうか・ぜつびを。

まるで月が、ひとつの姿になって現れたかのようだった。


神位を授かったその日。

彼女は誰にも告げず、天馬の厩舎へと歩いた。

誇らず、喜ばず。ただ静かに。

絹の裾が風を滑る音だけが…

まるで長風の頂を渡る風のように、響いた。


俺はそっと近づき、背中に触れた。


その背は──

絹のように柔らかく、それでいて…

天空に並ぶほど、誇り高き炎を秘めていた。


> 「…嬉しくないのか?」




彼女は振り返らず、

眠る白馬のたてがみに指を置いた。


> 「嬉しいわ。でも…怖いの。

天は広すぎる。

私はただ、地上で貴方を愛した──

ひとりの女だったのに。」




俺は彼女を抱きしめた。

そのうなじから漂う香りは、

天界の霊気よりも優しく、

魔界の深海よりも深かった。


> 「だが、君は“神妃”… 唯一無二の存在だ。」





---


天から与えられた霊馬──

神ごとに一騎、魂と繋がる存在。


彼女のは《白翼風鈴》──

空を超え、界を踏破する古の天馬。


俺のは《黒竜翼魔》──

魔獣の血を引き、かつて危険視されたが、

俺がその心を鎮めた。


──まるで、彼女を落としたあの日のように。

そして今は、彼女が俺を…沈め返してくれた。


訓練が始まった。

彼女の動きは柔らかく、しなやかで… 誇り高かった。


跳躍のたび、天風が絹の裾を持ち上げる。

そこに現れるのは、塵を知らぬ、白玉の脚。

神妃ではない。

──炎だった。


肉体を走る。

瞳に宿る。

魂を燃やす──

そんな炎。



---


> 「まだ…覚えてるわ、最後の夜。」




彼女が囁いた。

その瞳が、ふたたび燃える。


> 「あの時…貴方は言った。

“お前こそが、俺の力の源だ”と。」




思い出す。

地上の最終決戦。

血塗れの黒竜刀──

その中、彼女は俺を押し倒し、

屍の中で、唇を重ねた。


鉄の味が、命より甘かった。


彼女が笑う。


> 「神妃になっても…

望むことはできるでしょう?

──馬将ばしょう殿。」





---


その夜──

俺たちは霊馬厩舎に残った。


無数の神馬が夢見る中。

彼女は俺を導いた。

上級馬主専用の──霊の帳のテントへ。


天石が天幕に輝く。

その光が、彼女の裸の背に落ちた。


彼女は横たわる。

長い髪が霊芝の草床に垂れ、

銀の光が曲線を這い降りる。

──まるで、天の乳銀河ミルキーウェイ


> 「地上では、ただ夢見てた。

いつか、こんな風に…

神光の下で、貴方を見られる日が来るって。」




俺は言葉を返さない。

ただ、肩に口づける。


彼女の身体が微かに震える。

呼吸は熱く、速く。


> 「相変わらず…強いのね。

でも、昔より…優しい。」





---


手を彼女の腰に這わせる。

そこに流れる霊気。

肌の熱は──

快楽ではなく、神威との融合。


神と神の交わりは、肉だけではない。

それは──

天命と天命の、衝突。


俺が彼女に深く入るとき──

そこにあるのは快楽ではなく、

ひとつの《神爆》。


彼女の体が締まり、

天雷のごとき振動を受け止める。


> 「あっ…! 天龍…!」




彼女の吐息。

それは、混沌の星々の叫びと重なる。


そのたび、彼女の身体から、

銀河のように光が放たれた。


外では、霊馬たちが一斉に嘶く。


淫ではなく──

神霊の、融合に応えて。



---


俺たちは三度、交わった。


一度目は──追憶。

二度目は──証明。

そして三度目は──始まり。


汗ばむ肌に、神光が朝陽のように射す。


俺は彼女を抱きしめる。

その鼓動は、戦場の剣戟と同じ。


> 「明日から…馬術訓練、始まるな?」




> 「ええ…でも今夜、貴方にはまだ…

果たすべき“約束”があるわ。」




彼女が俺の顔を引き寄せる。


> 「言ったでしょう?

神になったら…

私はもう、闇の中じゃなく──

星々の光の下で、

貴方に愛されたいって。」




両腕を広げ、

天石の光をその全身に受ける。


俺は彼女のへそに口づける。

かつては人間の霊脈の中心。

今は──女神のコア。


そこから、

俺の舌と指が旅を始めた。

ひとつひとつの愛撫が、

まるで修練のごとく。


《無極霊欲心法》──

感情の経絡を通じ、天命を交わす、

愛と性交による最上級の修道。



---


夜が明けてゆく。

外で霊馬が目を覚ます。


天景の東に、黎明が訪れる。


俺と彼女は──何も纏わず、寄り添っていた。

だが神力の結界が、母なる空のように…

我らを包んでいた。


> 「この馬将の位で…

他の神に、実力を示せるかしら?」




> 「証明など、不要だ。

お前が俺の隣に立つ。

それだけで、万界は…ひれ伏す。」




彼女が笑う。

その笑みは、生意気で…そして優しかった。


> 「ふふ… その言葉、傲慢ね。

でも…嫌いじゃない。」





---


その時、俺は悟った。


俺たちは、もはや人ではない。

ただの神でもない。


地上と天を貫いた、

最初の神夫婦──


権力のためでも、野望でもない。

ただ、互いを──

信じ、愛したから。



---


霊馬の嘶きが、最後の祝福を告げた。

空の星々が、軌道を変える。


若き二人の馬将が──

天景に、新たな伝説を刻みはじめた。


私は天の玉床に横たわり、

銀色の髪が彼女の肩を伝って流れ落ちていた。

まるで月光を吸った清流のように、

その一筋一筋が、静かに私の心を染めていく。


手を伸ばし、そっと彼女の肩に触れる。

肌は絹のように柔らかく、

そこから伝わってくるのは、

ただの体温ではなかった。


煙のように淡く、夕雲のように儚い——

それは霊気、天界のもの。


> 「…ずっと見つめるつもり? 一晩中でも?」




声は戯れながらも、

瞳の奥には、底なしの深淵が揺れていた。


私は言葉で答えず、

指先を彼女の背筋にそっと滑らせる。


びくん、と小さく震えた身体が

胸元へと寄り添ってくる。


そのたび、彼女の中の弦が鳴る。

触れるたびに、誰かに優しく弾かれたように。


> 「ここは…天界なのに——

今夜だけは…地上で初めて君を抱いた夜のままだ。」





---


私は彼女の首筋に口づける。

ゆっくり、丁寧に——まるで巡礼者が神跡に触れるように。


彼女は身をくねらせ、吐息を漏らした。


> 「…誰かに、聞かれてしまうわよ? 小さな天女たちに…」




> 「怖いのは…君の声が聞こえなくなることだけだ。」




玉光に包まれた天縁殿。

私たちはもう、肉体ではなかった。

呼吸と、視線と、魂だけが

静かに、溶けていく。



---


風神の気がそっと舞い、

彼女の羽衣「霊雲の絹」を空へ持ち上げた。

そして、くるりと渦を巻いて地に落ちる。


霞む光の中に、二つの身影が融け合っていく。

私は彼女を強く抱きしめた。

彼女も私の首に手を回し、さらに深く、雲の中へと引き込んでくる。


> 「…や、やめて…ちょっとだけ…

神魂が…溶けて…しまいそう…」




私は止めない。

なぜなら、触れるたび、

溶けているのは——私の方なのだから。


彼女の奥から漏れる音は、

琴の弦が爪で優しく掠られるように。

あるいは、銀河の星々がそっとぶつかり合うような音だった。



---


これは交わりではない。

霊命を織る儀式だった。


彼女の瞳を見つめる。

翡翠のように光るその瞳は、

もはや神女ではなく、

ただ一人の少女——

その魂を、私に捧げる恋する者の瞳だった。


> 「…も、もう…無理…これ以上は…」




> 「超えさせてあげる。

神でもなく、人でもなく——

ただ、君と私だけの世界へ。」





---


天の雲が割れ、光の筋が降り注いだ。

天縁殿の外、小さな天人たちは皆遠ざかり、

静かに漂う霊気の精たちだけが、

その光を浴び、黙って見守っていた。


彼女の身体が発光し始める。

その曲線から立ち上る輝きは、

星の霧のように透明で、儚く、美しい。


私は彼女の耳をくわえ、

そっと噛んだ。


> 「……あ…っ」




小さな喘ぎ声が、

喉で詰まり、やがて震えるように響いた。


> 「もう…だめ…

神体が…持たない…」




> 「壊れていい。

その破片を——

この手で、すべて拾ってあげる。

一つ残らず。」





---


彼女は私の背に爪を立て、

赤く光る霊痕を残した。

それは欲望ではなかった。

神魂と神体の——交霊の儀。


私たちは交わり、

神潮のように激しくぶつかり合った。


天界の空に「嗡っ」という響きが走り、

霊石が静かに震えた。


そして、神の光柱が天全体を覆う——

それは「神威交霊」が成就した印だった。



---


私は彼女の髪を撫でる。

彼女は私の胸に顔を埋め、

まるで雨上がりの猫のように、

静かに目を閉じていた。


> 「…覚えていてくれる?

私の息、動き、呼ぶ声、全部…」




> 「覚える必要はない。

忘れられるものじゃないから。」





---


もう、言葉はいらなかった。


彼女の背に残る霊光の糸を

指先でなぞるたびに、

彼女は震え、さらに私へと身を寄せてきた。


> 「今夜を超えたら…私たち、もう…半分じゃない。」




> 「ああ。君は私。

私は君。

神体が交わり、魂が重なった。」





---


天の雲が龍と鳳凰の姿に巻かれ、

一筋の光が天から降り、

天馬府の屋根に静かに降り立つ。


天界が揺れた。

戦でもなく、災でもない。

ただ、愛によって。



---


夜は静かに更けていった。


私たちは互いの中に眠る。

別れの言葉も、

未来への不安もいらない。


ただ「今」だけがここにある。

彼女の鼓動が、私の胸に響き、

私の吐息が、彼女の首にかかる。


静寂の中の安らぎ——


それは、天界の果てにあっても、

私の心には、

この上なく地上的な幸福だった。


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