63.死闘の準決勝:天龍 vs. 陽白峰
俺は血と魂をぶち込んで文字の皿を野原に並べてやってるのに、お前らはハエとアリの群れみたいにやってきて、舌なめずりしてさっさと消えるだけで、一言も吐かず拍手もねぇ。読まずに端から端までなめ回して、幽霊みたいにすっと消える。んなもん、読まずに何しに来てんだクソが?食いたきゃ全部平らげろよ、そしてせめて何か一言残せ——褒めても貶してもいい、文字にタダ乗りするクズ野郎みたいに消えんな!
蒼穹は澄みわたり、真っ青な空に白雲が悠々と流れていた。朝陽は、万福寺の中央に広がる白石の闘技場を金色に照らし出し、まるで天地が注目する戦いの幕開けを告げるかのようだった。十二の門派の旗が風にはためき、誇りと名誉の象徴として天を突くように揺れている。
百丈を超える広場には、すでに群衆がぎっしりと集まっていた。名高い掌門たち、若き門下生、貴族の夫人たち、そして各地を放浪する侠客までもが、息を呑んで中央の舞台を見つめていた。間もなく始まるのは、誰もが待ち望んでいた準々決勝の一戦——天龍 対 陽白風。
空気は張り詰め、弦を引き絞った弓のように緊迫している。
広場のあちこちで、ささやき声が飛び交った。
「天龍は、今大会で一度も本気を出していない。ただの身法と掌法だけで、三人の有名な高手を打ち負かしたというのに……」
「だが陽白風も侮れない。太清武道の大弟子、傲慢なまでの天賦、溢れる内力、その拳法はまるで太陽のように灼熱……今回は天龍に剣を抜かせることができるのか、それが見ものだ!」
貴賓席の最前列。黄金の絹衣を纏い、高く結い上げた黒髪に翡翠の簪を差した少女が、一瞬たりとも目を逸らさず闘技場を見つめていた。星のように輝く瞳のその人こそ、大梁王朝の第二皇女・趙玉。いまや天龍の心を射止めた女である。
彼女の手には、龍と鳳凰が絡み合う白い刺繍入りのハンカチ。その布を、彼女は無意識にきつく握りしめていた。
「また……避けている。彼は……まだ剣を使わない。なぜ……?」
小さく呟いた彼女の目には、複雑な感情が交錯していた。不安、誇り、そして——誰よりも彼の真の姿を、この目で見たいという渇望。
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「準々決勝——生死を懸けた一戦! 天龍 vs 陽白風!」
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「ドン……ドン……ドン……!」
太鼓の音が、天地を震わせるように鳴り響いた。試合を司る五人の僧が荘厳な面持ちで現れ、手には玉符、広場に響き渡るような声で告げる。
「ここから先、準々決勝以降の戦いには新たな規則が課される。
——門派が正統と認めた内功・功法・身法・技法、すべての使用を許可する。 ——毒薬・暗器・外道の手段、いかなる邪法も使用禁止。 ——違反した者は、即刻敗北とする!」
その言葉が終わるや否や、広場全体が大歓声に包まれた。
そして、静けさが戻る中、二つの名が高らかに響き渡る。
「天師無相堂の弟子——天龍!」
「太清武道の大弟子——陽白風!」
ひとりの白衣の青年が、ゆるやかに舞台中央に歩み出た。秋の原野を散策する旅人のように、静かで、無欲で、それでいて凛とした存在感。
長く結った髪。白衣に玉の帯。そして背には、漆黒の長刀——『黒龍魂奪天刀』が静かに下げられている。だが彼は、いまだ一度もその刀を抜いたことがない。
その眼差しは深淵のごとく沈黙し、周囲に一切の興味を示していない。だが、彼と対峙した者にだけ分かることがある。あの静けさの奥底には——嵐が潜んでいると。
対するは、青の法衣に身を包んだ屈強な青年。燃え上がるような視線を放ち、まるで灼熱の太陽そのもの。陽白風、その人であった。
彼の歩みは、炎が迫るように激しく、周囲の空気を震わせるほどの気迫を放つ。
「天龍……!」
雷鳴のような低音が響いた。「ついに逃げきれなくなったな!」
天龍は首をかしげ、冷めた声で返す。
「いつ、逃げたと言った?」
「三度も俺の挑戦を拒んだ。その理由は何だ? 恐れか? それとも、自分の敗北を知っているからか?」
天龍の唇がわずかに吊り上がる。笑みではない。軽蔑——それだけが表情に宿っていた。
「お前を敵と見なしていないだけだ。……恐れてなどいない。」
陽白風の拳が震える。怒りに身を震わせ、青筋が浮き上がる。
「今日こそ、武林の前で——貴様を地にひれ伏させてやる!」
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ドォンッ!
先に動いたのは——陽白風!
「太清三陽掌——烈陽開天!」
掌打が放たれた瞬間、炎熱が舞台を襲う。真夏の太陽のように輝く掌風。熱気が地面を割り、空気を歪ませた。
天龍は一歩、後退。
だがその瞬間、彼の身は風となった。左に半歩——それだけで、灼熱の掌は白衣の裾をかすめ、髪一本も傷つけられなかった。
「左横烈火——八卦帰元!」
すぐさま、陽白風は双掌を旋回させ、八方に気を巡らせる。火生土、土生金——万象を循環させる拳理。
しかし、天龍はただ頭を傾け、片足を回転させて一歩。空を舞う銀の鳥のように、彼はその渦の外へとすり抜けた。
「陽魂分影——破象帰心!」
三つの掌影が放たれ、三方から包囲する。中央には陽気の極致が凝縮された一撃——すべての防御を破壊する「象」を打ち砕く掌。
「シュッ! シュッ! シュッ!」
だが——それらはすべて、残像だった!
天龍は変わらぬ姿勢で背後に立ち、両手をゆったりと叩いた——二度。
「三手。……進歩したと思ったが。」
陽白風は振り返り、怒気に満ちた目でにらむ。拳を握り締め、声を荒げた。
「避けるばかりとは何事だ! 正面から戦うのが怖いのか?」
天龍の瞳は細まり、漆黒の渦が宿る。
「俺が剣を抜けば——貴様の首は、手を上げる前に落ちる。」
「何だと? ……俺は、お前に剣を抜かせるに値しないとでも!?」
陽白風が叫び、殺気を爆発させる。髪が逆立ち、全身に集まる内力が光の波のように揺れる。
天龍は、答えなかった。ただ一歩、前に出て、頭を傾け、静かに言った。
「お前は——値しない。」
ドオオオォン!!!
その言葉は、まるで真夏の雷鳴。観客席が揺れ、沸騰した。
誰かが立ち上がる。誰かが口を開けたまま絶句する。誰もが、その言葉の意味を理解していた。
——それは侮辱ではない。
それは、支配者の宣告である。
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「あなた……今回は、本当に剣を抜くつもりなの?」
趙玉が小さく囁いた。目は、一瞬たりともあの白き背中から離れない。
彼女には分かっていた。
——天龍が剣を抜く時、それはすなわち——死の宣告である。
「お前など、剣を抜くに値しない。」
その一言は、ただ冷たく響く宣告として闘技場の中央に落ちたのではなかった。まるで見えない刃が、陽光の下で静かに、だが深々と楊白風の心臓を貫いたかのようだった。
強烈な日差しの中、白衣を纏ったあの男の姿は、まるで天より舞い降りた神のように神々しく、そして無表情で舞台を見下ろしていた。それはまるで、つまらない喜劇を観賞しているかのような眼差しだった。
一方、楊白風の胸の内では、百もの業火が吹き荒れ、理性も誇りも燃え尽きようとしていた。
「お、お前……っ!!」
声は震えていた。ただの恐怖ではない。それは、極限の屈辱と怒りから来る震えだった。
楊白風──太清武道の天才と謳われた男。幼き頃より苛烈な修行に明け暮れ、武の一招一式に誇りを持ち、大弟子として若き門下の筆頭を務めていた。
そんな彼が、今、一言で否定された。
剣すら抜かれぬまま、その存在を否定されたのだ。
「天龍──!!!」
怒号と共に、額の血管が浮かび上がり、目は猛獣の如く真紅に染まった。
「貴様を……跪かせてやる!武林の面前で!天地の証人のもとで!!」
その叫びは、呪詛の如き誓いとなって風に轟き、同時に内功が爆発するように吹き荒れた。
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ドォン──ッ!!!
楊白風の足元が崩壊し、大地は裂け、砂塵が舞い上がる。まるで砂嵐の如く、無数の小石が飛び散る。
体を包む真気は銀光を放ち、正午の太陽にも負けぬ輝きで見る者の目を焼いた。
「太清絶殺──烈日奪命!!」
叫びと同時に、空間が震えた。
彼は、灼熱の太陽そのものと化して、雷の如き速度で天龍へと突進した。
---
だが……
天龍は、剣を抜かなかった。
否、彼は──一歩も動かなかった。
白衣が風に揺れ、一方の手を背に、もう一方の手を軽く肩に上げただけ。
まるで、肩に留まった蝉を払う仕草のように。
そして──銀河の如き掌撃が目前に迫った、その瞬間。
彼は、左手をわずかに差し出した。
「ふっ。」
光もない。風もない。雷もない。
ただ、柳の枝を撫でる春風のような──静かな、ひと押し。
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──ドォォォォン!!!
天地を揺るがす轟音。
闘技場全体が、目に見えぬ衝撃で吹き飛ばされた。
怒れる火神の如く咆哮し、雷神の如き攻撃を放った楊白風は──
今や、嵐の前の草の如く、空へ吹き飛ばされた。
三回転しながら血を吐き、宙を紅に染める。
「ぶっ!!!」
背後の石柱に激突し、石は粉砕され、彼の体は冷たい床をずるずると滑り落ちた。
見開かれた目。震える唇。
「……ありえ……な……い……」
血を滲ませた囁きには、絶望と混乱が滲んでいた。
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会場は──静寂そのもの。
誰もが、声を失い、動きを止めた。
まるで、千人全員が石像と化したように。
風さえも、伝説の一瞬を邪魔しないよう息を潜めた。
──ただの一掌。
たった一つの掌打で。
太清武道最強の弟子を、打ち倒したのか?
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観客席。
両手を胸に当て、頬を赤らめる趙玉は、心の中で叫んだ。
「……ああ……間違いない……あの方こそ……私の未来の夫……!」
口元を手で覆い、潤む瞳であの背中を見つめる。
隣では劉情児が唇を噛み、呆然とした目をしていた。
蕭舞は拳を握りしめ、低く呟いた。
「……あの時助けられた時よりも……さらに強くなってる……」
ただ一人、朱香鈴は冷ややかな表情を保ちつつ──その手のひらは汗で濡れていた。
「もし……あの日、本気で攻撃されていたら……私は、生きていただろうか……?」
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天龍は、静かに二歩進み──地に伏す敗者を見下ろした。
その眼差しは、まるで秋の月のように冷たく、凛とした声が響く。
「……お前の実力は……それだけか。」
誰も答えなかった。
ただ、楊白風の浅く、苦しげな息遣いと、石の上に落ちる血の音だけが響いた。
天龍は、静かに息を吐いた。
「……哀れだ。」
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その一言が、楊白風の心を粉々に砕いた。
誇り高く生き、すべてを凌駕してきたと信じていた彼にとって──
己の全てが、ただの笑い草に過ぎなかったと知る瞬間だった。
彼は荒く息を吐き、やがて──狂ったように笑い出した。
「ハ……ハハ……結局……俺は……井の中の蛙……お前は──天を翔ける龍、か……」
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観客席が、ざわめきで爆発した。
「い、一掌だけ!?」「嘘だろ!?こんな武術があるか!?」「まさか……伝説の『龍魂降天手』!?」
「違う!光も気迫もなかった……あれは技じゃない……境地だ!最高の境地……心動きて掌発す、無為の極致!!」
「天龍……深淵、測り知れぬ……!!」
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ざわめきの中、司会の老僧が場の中央へ進み出た。
衣が風に揺れ、重い眼差しで倒れた楊白風を見つめる。
やがて、静かに頷き、払子を高々と掲げる。
「──準々決勝、終了。勝者──天龍。準決勝、進出を決定!」
その声が空に響き渡った瞬間──
人々は、長い夢から覚めたように息を呑んだ。
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天龍は、わずかに頭を下げ、礼の代わりとした。
そして静かに闘技場を後にする。
白衣は陽光に溶け込み、まるで春空を泳ぐ玉龍の如く──気高く、静かに、その背を消していった。
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空には、白い雲が静かに流れていた。
一羽の鷹が、空を旋回しながら、長く高く鳴いた。
それは祝福の叫びか。
あるいは、武林の新たなる王者を迎える、敬意の一声か──。
最初の試合が終わった後、闘技場は一転して沈黙の気配に包まれた。
天龍の悠然とした姿が、何事もなかったかのようにゆっくりと戦台を後にする。つい先ほどまで、太清武道の最高実力者の一人と死闘を繰り広げていたとは到底思えぬ落ち着きだ。彼の一歩一歩が石床に響く音は、まるで観衆の胸を打つ太鼓の鼓動のようであった。
彼は顔を上げず、笑いもせず、ただまっすぐ控え所へと向かう。そこには、すでに趙玉が立って待っていた。
彼女は淡青色の衣をまとい、春風にたなびく絹の裾が柔らかく揺れていた。大きな瞳は湖のように澄み、まるで初春の月を湛えた水面のように輝いている。
「座って。」―彼女は優しく囁き、純白のハンカチを差し出した。そこには銀糸で白龍の刺繍が施されていた。「汗を拭いてあげる。」
天龍は一瞥をくれただけで、冷風のような眼差しを送る。
「汗なんて、かいていない。」
彼女は唇を噛みしめるが、微笑みを崩さず、その目は新月のように穏やかに細められていた。
「じゃあ…不運を拭いてあげるってことで。次の試合の後には、きっと誰かが嫉妬して背後から噛みついてくるかもしれないから。」
天龍は薄く笑みを浮かべるが、何も言わない。ただ拒むことなく、石の椅子に静かに腰を下ろした。その手は背中に組まれ、まるで天下を前にしても動じぬ王者の風格を示していた。
趙玉はそっと近づき、指先で彼の額に触れる。白い絹のハンカチが、彼の冷たく硬い輪郭を撫でる。彼女の胸は高鳴り、呼吸も浅くなった。
「ねえ…知ってる?」―彼女は自分の声を恐れるように囁いた。「あなたが闘技場に立ち、全ての者が頭を垂れる日を、私はずっと夢見てたの。そして今日、その夢は現実になった。」
天龍は何も言わず、彼女の言葉を遮ることもなく、その優しさを受け入れているように感じられた。
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石の椅子の傍ら、龍魂剣が地面に突き立てられていた。
「ドン!」
小さな衝撃音が響く。まるで深い洞窟に響く太鼓の音のようだった。天龍の足元から地面が蜘蛛の巣のように三尺四方にひび割れ、ほこりが舞い上がった。近くにいた者たちは一斉に目を向ける。
「あ、あれは…」
「龍魂剣…!?」―風雲幇の長老が叫ぶ、震える目で。
「伝説では…あの剣は無双の志を持つ者しか抜けないと…」
別の弟子が囁く。
「さっきはまだ抜いてなかったよな…なのに勝った…なら、もしあの剣を抜いたらどうなる?」
「答えなんて、誰も知りたくないだろう。」―老練の武者が呟いた。視線は一瞬たりとも天龍の背から離れなかった。
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空に響く銅鑼の音。
「ボォォォォン――!」
少林寺の灰衣の僧侶が試合場の中央に現れ、法器を三度打ち鳴らし、雷鳴のごとき声で宣言した:
「準々決勝第二戦!寒雲門の蕭梅と、風雲幇の風逸!入場せよ!」
南の階段から、堂々たる人影が一歩ずつ登場する。その歩みはまるで、風雲幇全体の覇気を地に踏みしめるかのようだった。
風逸――身の丈八尺、腕は古樹の幹のように太く、目は冬空の星のように鋭い。髪を高く結び、肩には戦衣をまとい、素手ながらもその指先には無数のマメと傷跡が刻まれている。
「風雲幇・五風十爪隊長、風逸!参上!」
彼は雄叫びを上げ、右手を高く突き出す。五指が開かれた瞬間、冷気が立ち上り、青霧のような虎の幻影の鉤爪がその手の周囲を渦巻いた。
「今回の相手も…女か?」―彼は軽蔑の笑みを浮かべ、反対側から歩いてくる人影に目を向ける。「ふん、ただの動く花瓶で終わるんじゃないのか?」
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彼女の歩みは、まるで雪が舞い降りるように静かだった。
蕭梅―寒雲門の最優秀弟子。身なりは整い、薄青の衣が朝霧のように淡く、髪は高く結われ、鳳眼は鋭く輝いていた。手には銀光を放つ双短刀―寒雲門だけに伝わる秘蔵の武器を携えている。
彼女は闘技場の中心に立ち、軽く会釈し、冷たい朝露のように静かに言った。
「風逸。」―その声は大きくないが、一字一句が明瞭だった。「敗れる覚悟はできている?」
風逸は吹き出すように笑った。
「ハッ!敗北?お嬢ちゃんが、猛虎に挑むつもりか?」
彼女は返事をせず、ただ天龍が座っている場所に一瞬視線を向けた。
その目元が和らぎ、唇の端がわずかに上がった。
「よく見ててね…あなたに恥をかかせたりしないから。」
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趙玉はその様子を見て、胸の奥にざらついた不快感が広がった。
「ふん!」―彼女は歯を食いしばり、蕭梅を睨みつけ、天龍に詰め寄る。
「…あなた、ああいう女が好きなの?」
「どういう女?」―天龍は目を逸らさずに答えた。
「綺麗だけど、冷たくて傲慢で、私みたいに優しくない。」
天龍は淡々と答える。
「お前が優しいかどうか、まだ分からない。」
趙玉は足を踏み鳴らした。
「あなたって…!」
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審判が大声で叫ぶ:
「試合開始――!」
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風逸は一瞬の猶予も与えず突進する。
「五虎爪・破山式!」
猛虎の如く突撃し、両手を振り上げ、内功を指先に集中させ、五本の爪が青い光を放ちながら空気を裂く音を響かせた。
「シュバァァッ!」
その一撃は、古樹すら両断する威力を秘めていた。
だが―
「シャッ!」
蕭梅は軽やかに身をひねり、左へ回避、右手の短刀が水のように流れ逆襲する。
「スパッ!」
風逸の腰布が裂け、薄く血がにじむ。
「このっ…!」―風逸は目を見開き、一歩後退した。
「速すぎる…」―長老の一人が驚きの声を上げる。
「あれは寒雲影歩…!」―別の者が叫ぶ。「門派の正統継承者にのみ伝授される、究極の回避術だ!」
---
観客席で、天龍が小さく頷いた。
「悪くない。」―彼は呟いた。
趙玉が振り向く。
「もしかして…彼女、強いと思ってるの?」
天龍は答えた。
「**まあ、そこそこだが、まだ甘い。**動きに無駄があるし、刀技も繋がっていない。真の高手に当たれば、一撃で見抜かれる。」
趙玉はふんと鼻を鳴らす。
「じゃあ、誰なら見抜かれないのよ?」
天龍は彼女を一瞥し、薄笑いを浮かべながら答えた。
夕暮れが静かに訪れ、薄い陽射しが金色の絹のように山の斜面を横切っていた。次の試合が始まろうとしているが、休憩エリアの片隅では、まるで別の劇が展開されていた──静かで、優しく、けれど見る者の心を揺さぶるほどの情景。
天龍は石のベンチに背を預け、湖面のように揺るがぬ眼差しで沈黙を守っていた。その傍ら、趙玉が身を傾けて近づく。艶やかな黒髪が彼の頬をかすめ、まるで絹が首元を優しくなぞるようだった。
「まだ……怒ってるわよ」
彼女は囁くように言い、まつ毛が朝露に触れた蝶のように震えていた。
「なぜだ?」
彼は息のように軽やかな声で尋ねる。
「小梅を……見すぎたからよ」
天龍はふっと微笑み、手を伸ばして彼女の肩にそっと置いた。その手は止まることなく、静かに滑り落ち、薄布の下の曲線をなぞるように触れていく。趙玉はわずかに身を震わせたが、拒むことはせず、唇を結んでそっと責めた。
「……そんな手で誤魔化そうとしても、無駄よ」
「誤魔化してはいない」
彼は、まるで過ちを認める子どものように視線を落としながら答える。
「ただ……心から謝りたいだけだ」
その手は、彫刻家が宝像を撫でるように、丁寧に、焦らずに彼女の肩を包んだ。趙玉の頬は朱に染まり、目が揺れた。
「こ、こんなところで……誰かに見られたらどうするのよ……」
「見られてもいい」
彼は耳元に唇を寄せ、低く囁いた。
「彼らに見せてやればいい。君が……俺のものであり、俺の心そのものだと」
彼女はそれ以上何も言わなかった。彼は静かに彼女を抱き上げ、自らの膝に座らせる。まるで一輪の花が岩の上に舞い降りたように、軽やかに。
二人は言葉を交わさぬまま寄り添い、しかしその間に流れる空気は、沈みゆく太陽の熱に重なって、徐々に熱を帯びていった。
趙玉は彼の首に腕を回し、頬を寄せて囁いた。
「また……意地悪するつもりでしょう?」
「いや」
彼は静かに答えた。
「今夜は、君の好きな“ウズラ卵入りナマズの炭火焼き”で許してもらおうと思ってる」
彼女はくすっと笑い、彼の髪を指先で撫でる。
「覚えておいてよ。ナマズは中までしっかり火を通して、皮はカリッと。ウズラ卵は六個、絶対に一つも欠かしちゃダメ」
「約束する」
彼は囁き、鼻先が彼女の首元をかすめる。その香りは、まるで風に乗ったジャスミンのように甘やかだった。
彼は顔を彼女の胸元にうずめた。そこは、静かに湧き出る温泉のように温もりを持っていた。声は低く、まるで何層もの錦の下に響く雷のようだった。
「……本当に……君を吸い尽くしてしまいたいぐらいに、恋しいんだ」
趙玉の顔は真っ赤に染まり、慌てて手で彼の口を塞いだ。
「……そんなこと言わないでよ……誰かに聞かれたら……!」
「じゃあ、目で語ろうか」
彼は眉を上げ、瞳には悪戯な光と深海のような深さが宿っていた。
彼女は困ったように眉をひそめた。
「もし……今、ほんとにその気になったら……? この前みたいにされたら……わたし、もう……耐えられないのよ? あなたのソレ、大きすぎて……受け止められるの、わたしだけなんだから……」
「愛する者に感情を抑えるなって言ったのは、君じゃなかったか?」
「でも……そう簡単に、すぐするもんじゃないでしょう……? もう、あれで何日も歩けなかったんだから……!」
彼は小さく笑い、腕を回して彼女の腰を抱きしめる。その指先は背筋をなぞり、まるで秘密の詩を綴るかのよう。
「君が……美しすぎるのがいけないんだ。俺が理性を失うのも、無理はない」
彼女は彼の肩に額を預け、頬を赤らめながら、かすれた声で言う。
「次は……もっと優しくしてね……」
「……約束しよう」
そう返した彼の目には──約束とは裏腹な、不敵な光が宿っていた。
---
観客席では、次の試合の準備が進み、ざわめきが広がっていた。しかし、二人にとってこの世界は──腕の中の温もり、共に重ねた呼吸、そして鼓動にまで、すべてが縮まっていた。
風雲幇は次の対戦者を送り出し、相手は柳情児だというのに、天龍も趙玉もまるで関心を持たなかった。
「ねえ……本当に、私のこと……愛してるの?」
彼女がふと問いかける。その瞳は潤み、星のように輝いていた。
「俺は……愛してない」
天龍は答えた。
「君のために、生きている」
趙玉は唇を噛みしめ、その感情はあふれ出した。彼女は彼の額に額を寄せ、静かにささやく。
「私も……そう。あなたに出会ってから、私の心には、もう誰も入る余地なんてないの」
少し間を置き、彼女はまた訊いた。
「もし……私が年老いて、醜くなっても……今みたいに、胸に顔を埋めたいと思ってくれる?」
天龍はすぐに答えず、彼女の顎を指先で持ち上げ、その目をまっすぐに見つめた。
「たとえ君の胸が皺だらけでも、俺は吸う。肌がたるんでも、俺は抱く。俺が夢中なのは──その姿じゃない。君の心だから」
趙玉は微笑んだ。その笑みには涙が混じっていた。
「あなたって……この世で一番ロマンチックな最低男よ」
「そして君は……この世で最も気高く、美しく──甘やかされるにふさわしい姫だ」
---
夕陽は沈み、夜の気配が大地に染み渡る。試合開始を告げる太鼓の音が響き渡ったが、石のベンチで寄り添う二人にとって、それはただ、静かな愛の調べを奏でる遠い伴奏にすぎなかった。
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