Episode 59
俺は血と魂をぶち込んで文字の皿を野原に並べてやってるのに、お前らはハエとアリの群れみたいにやってきて、舌なめずりしてさっさと消えるだけで、一言も吐かず拍手もねぇ。読まずに端から端までなめ回して、幽霊みたいにすっと消える。んなもん、読まずに何しに来てんだクソが?食いたきゃ全部平らげろよ、そしてせめて何か一言残せ——褒めても貶してもいい、文字にタダ乗りするクズ野郎みたいに消えんな!
夜の雪は花びらのように静かに空から舞い落ち、月の光を浴びてきらめきながら、軒先や袖、地面にそっと降り積もる。宿の中庭はまるで水墨画のように静寂に包まれ、風がそっと息を吐くように吹き、心の奥まで冷たさが染みわたる。小さな松の木の部屋には、かすかな灯油の灯りが揺れ、二人の影を照らしていた。
窓辺に立つ天龍は腕を組み、遠くを見つめていた。呼吸は深く静かで、その立ち姿はまるで雪中の松柏のごとく凛としていた。机の上の茶碗からはまだ温もりを残すジャスミンの香りが立ちのぼる。
後ろでは、趙玉が横たわるようにして寝台に身を預け、髪をほどいて頬杖をつきながら、一方の手で丁寧に書き写された古書を読んでいる。柔らかな灯りが彼女の影を壁に映し、まるで霧の夜に現れる雲のようだった。
—
「また何を考えているの?」
彼女の声は、春風のように淡く、夢の中から聞こえてくるようだった。
—
天龍は振り返らず、低く答えた。
「何も。ただ…今夜は、やけに静かだ。」
—
趙玉はぱっと起き上がり、伸びをした。
「それなら、少し散歩でもしようよ! もうじっとしていられないわ。こんなに綺麗な雪、逃したらもったいないじゃない。」
—
「夜も更けて、雪は冷たい。お前のような玉のように繊細なお姫様が寒さに耐えられるのか?」
天龍は横目で彼女を見て、銀色の瞳に月光が映り、声は冷ややかでもどこか戯けた調子があった。
—
趙玉はふっと鼻を鳴らし、赤い唇を意地悪そうにゆがめた。
「何を言ってるの? 冷たいのはあなたでしょ? あなたが一緒なら、どんな風も私には届かないわ。」
—
天龍は微かに笑みを浮かべた。その表情は、静かな山の泉のように穏やかだった。
「では、行こう。」
—
たった二文字のその言葉に、趙玉の心は踊った。彼女は慌てて純白の羊毛の外套を羽織り、髪を手早くまとめ、梅の花を刺繍した襟巻きを首に巻いた。動きの一つひとつに優雅さと少女のような好奇心が混じっていた。
だが、いざ扉へと向かおうとした瞬間、趙玉の目が思わず止まった。寝台の下に、冷気を放つ物があったのだ。黒漆の柄、濃い紅の布に包まれた長剣が、紫檀の箱に丁寧に納められていた。
—
「えっ? この剣…あなたの?」
—
天龍は頷き、静かに言った。
「龍魂剣――これは、決して手放せぬものだ。」
—
趙玉は剣に近づき、目を輝かせた。
「すごい名前ね…でも、どうして“龍の魂”って呼ぶの? 見た目は剣じゃない?」
—
「形ではない。これは――命の分かれ目を定めるものだ。」
天龍の声は低く、瞳に微かな陰が差した。
—
その言葉を聞いて、趙玉の背中に寒気が走った。だが好奇心には勝てず、そっと手を伸ばし、柄に触れた。
瞬間――見えぬ力が彼女の掌に衝撃を与え、一歩後ろへ弾き飛ばされた。
—
「きゃっ!」
彼女は手を引っ込め、手首を振った。
「今の…まるで電気みたい!」
—
天龍は眉をわずかに動かし、静かに言った。
「それには意志がある。選ばれぬ者には傷を与える。」
—
趙玉は目を丸くした。
「じゃあ…もし私が抜けたら?」
—
天龍は薄く笑い、目を細めた。
「もし抜けたなら、君の望み三つ――無条件で叶えよう。」
—
「本当!?」
趙玉は目を輝かせた。
「約束だよ? 破ったらダメ!」
—
「男の言葉は、天より重い。」
彼の答えには、一片の迷いもなかった。
—
趙玉は大きく深呼吸し、両手で柄を握りしめた。唇を引き結び、決意を瞳に宿して剣を見つめる。剣からは異様な気が立ち昇り、彼女の意志を試すようだった。外の雪は止まり、風さえも息を潜めた。
彼女は全身の力を込めて、引き抜いた。
—
「キィィン――!」
—
剣が動いた。暗紫色の刃が鞘からわずかに顔を覗かせた。全てを抜ききったわけではないが、確かに――剣は反応した。
天龍の動きが止まった。剣の輝きが彼の瞳に映り、その表情はこれまでにないほど真剣だった。
—
「……見たでしょう!」
趙玉は感極まり、目に涙を浮かべた。
「少しでも、抜けたんだよ!」
—
天龍はゆっくりと彼女のもとへ歩み寄り、雪の風の中、低い声で言った。
「確かに…抜いたのだな。」
—
「じゃあ、約束、覚えてるよね?」
趙玉は指を三本立て、きらきらした目で見つめる。
「私、三つ、お願いがあるの!」
—
天龍は頷いた。
「守ろう。ただし…それでいいのか? 三つの願いが、未来を、運命を、あるいは命さえも…変えるかもしれない。」
—
趙玉は一瞬固まった。冷たい風が襟元を抜けたが、すぐに拳を握りしめ、力強く言った。
—
「たとえ運命を変えることになっても、私は後悔しない。三つの願いは――私のため、そして…あなたのため。」
—
天龍は彼女を見つめた。その横顔は月の光に溶けるように、柔らかく、そして凛としていた。彼は静かに笑った。その笑みは、風にしか聞こえぬほど淡く優しかった。
—
「ばかだな…」
そう言って――
「では、行こう。夜の散歩へ。」
—
二人は並んで戸口を出た。雪を踏む音がさくさくと響き、空は銀の靄に包まれていた。天龍は静かに外套を彼女の肩にかけた。その仕草には言葉はなく、だが趙玉の胸の奥は、ぽかぽかと温まっていた。
—
「さっき、ばかって言ったでしょ?」
趙玉は睨むようにして聞いた。
—
「言った。」
天龍はあっさりと答えた。
—
「ひどい! 剣まで抜いたのに、まだそう言うの?」
—
「悪く言ってない。」
天龍はちらりと彼女を見て、口元をわずかに上げた。
「褒めてる。」
—
「それで褒めてるの!? なら、私も呼ぶからね――『カッコよくて冷たくてちょっとばかな木偶の坊』!」
—
「いいよ、呼べばいい。」
天龍は肩をすくめた。
「君が楽しければ、それでいい。」
—
趙玉は言葉を失い、そして吹き出した。彼女の笑い声は、雪の夜に響く銀鈴のように澄んでいて、周囲の風景さえも柔らかく変わったように見えた。
—
そっと彼女は囁いた。
「ねぇ…その三つのお願い、今は言わない。ちゃんと時が来たら…使うから。」
—
「うん。」
天龍はそれ以上は聞かず、ただ頷いた。
—
「でも約束して。私が言ったときは…逃げないで。」
—
「私は、何からも逃げたことがない。」
彼の声は、遥か彼方を見つめるように深く響いた。
—
趙玉は彼を見上げた。月明かりが彼の影を白い雪に落とし、その姿は孤高で、だがどこか温かかった。彼女の胸には、奇妙な感覚が芽生えていた――まるで今宵の雪は、二人のために降っているかのようだった。
雪の夜は静かに降り続けていた。まるで音のない筆で、瑕疵ひとつない世界を描いているかのように。
暖かな小部屋の中、かすかに揺れる油灯の光は、心の鏡に波紋のように広がっていた。
天龍は木の壁にもたれ、床に腰を下ろしていた。衣の襟は緩くはだけ、眼差しは冬の湖のように静かで深い。
趙玉はすでに薄手の衣に着替えていた。滑らかな絹は露のようにきらめき、白いテンの毛皮の羽織をふわりと肩にかけていた。
彼女はそっと近づき、手に持った生姜茶の茶碗を彼の前に差し出した。
—
「あなたさっき……私の願いを三つ、叶えてくれるって言ったわよね? 本気で?」
彼女は隣に腰を下ろし、風のように軽やかだが、どこか含みのある声で尋ねた。
—
天龍は静かにうなずいた。「ああ。お前は俺の剣を引き抜いた。約束は、果たすと決めた。」
—
「じゃあ……」
彼女は茶碗を卓に置き、顔を上げて彼を見つめた。
「一つ目の願い……私を抱いて。生半可な抱擁じゃなくて……この世界に私しかいないかのように、ただ私だけを頼るように。」
—
空気が止まった。
天龍はゆっくりと手を伸ばし、彼女をそっと胸元へと引き寄せた。
その腕は山のように広くて揺るぎなく、それでいて初雪のような柔らかさを帯びていた。
趙玉は顔を彼の胸に押し当て、彼の鼓動と呼吸をすぐそばに感じた。
言葉はなかった。ただ、抱きしめる力がわずかに強くなった。
外の風が窓の隙間をすり抜けて鳴き、まるで天地がその誓いを見届けるために息を潜めているようだった。
—
「……寒くないか?」天龍は静かに尋ねた。
—
「寒くないわ。むしろ……あったかすぎて、泣きたくなるくらい。」
彼女はそう呟き、彼の衣の襟元をぎゅっと掴んだ。
—
天龍はゆっくりと、彼女のテンの毛皮をかき分け、その内側に手を滑り込ませた。
その手は急がず、まるで雪の花に宿る温もりを確かめるように、丁寧に肌へと触れた。
陶器のような白い肌に指先が触れた瞬間、彼の体内の気の流れが静止したかのようだった。
彼女の胸元には、朝露を含んだ玉のような柔らかさがあった。
天龍の指がそこをそっと撫でるたびに、震えるような波が彼女の全身を駆け抜けた。
心から湧き上がった熱が、一滴の「しずく」となって花びらの先端に滲む。
それは天の露ではなく――一人の女の、魂から零れた情だった。
—
「天龍……あなた、今……」
声が詰まり、彼女の瞳は朧に霞む。
—
「……ただ確かめたかった。お前がまだ夢じゃなく、本物の人間だって。」
彼の声は風の囁きのように、耳元にそっと届いた。
—
彼の唇が、柔らかなその場所に触れる。
吐息を受けて震える乳房に口づけを落としながら、彼は純なる心の泉から湧き出す精気を味わおうとしていた。
そのたびに、彼女の身体は反射的にしなり、切れ切れの吐息が、夜半の琴弦のように空気を震わせた。
—
「ん……だめ……もう……」
彼女は首を振ったが、その手は彼の肩を掴み、決して放そうとはしなかった。
—
その時、天龍はふと動きを止め、哀しげな光を帯びた眼差しで言った。
「このまま進めば……お前はきっと、深く沈み込む。」
—
趙玉は息を切らし、涙を含んだ目で微笑む。
「沈んでもいい……あなたと一緒なら。」
—
彼は微笑んだ。
それは欲の笑みではなく、幸福の中に宿るかすかな痛みのようだった。
彼は彼女を横に寝かせ、片腕を背に添え、もう片方の手を腰に回し、優しく撫でた。
そして、突然、彼は彼女の臀部をそっと握った。
そこは女という存在の、もっとも柔らかく、もっとも命の火が宿る場所。
彼女は小さく喘いだが、拒むことはなかった。
むしろ、首筋に頬を擦りつけるようにしながら、霧のようにかすかな声で囁いた。
—
「……後悔、しない?」
—
「しない。」天龍はただそう言った。
「咲こうとする花を抱いて、悔いたことなど、一度もない。」
—
しばらくして、彼は彼女の背を撫でながら、優しく囁いた。
「三つの願い、必ず叶えよう。
たとえ深海に潜ろうと、紅蓮の炎をくぐろうと、構わない。」
—
趙玉は顔を上げ、真剣な瞳で言った。
「言ったからには、覚えておいて。誓って。」
—
天龍はためらわず、自分の髪を一筋抜き、それを彼女の絹の紐に結びつけて、小さな結び目を作った。
「髪を結んで誓う。
この誓いを裏切れば、この髪は雪の中で灰になるだろう。」
—
趙玉はわずかに震え、潤んだ目で彼の胸に手を添えた。
その鼓動は確かに、彼女の運命の太鼓のように鳴り響いていた。
—
「あなたは……私が一生待ち続けた夢の中へ、もう足を踏み入れてしまったのよ。」
彼女は独り言のように、そっと呟いた。
—
天龍は何も言わず、ただ、彼女を強く抱きしめた。
外では、雪がまだ静かに降り続いていた。
だがその心の奥では、一輪の梅が静かに花開いた。
---
「凍える夜は、死んだように思えることもある。
でも、ただひとつの腕のぬくもりと、ひとつの約束があれば――雪すらも、溶けてゆく。」
夜更けの風が木製の戸の隙間から忍び込み、まるで見えない指が心の琴線をそっと弾くようだった。
生姜の香りがほのかに漂う小さな部屋。油灯の炎が微かに揺れ、二人の穏やかな呼吸に合わせるように揺蕩っている。
趙玉は天龍の腕の中に身を丸めたまま、目を開いたまま天井を見つめていた。
彼の胸の上に指先で静かに円を描き続けている。
—
「天龍……」彼女は囁いた。
「あなたは……怖かったことあるの?あの剣と刃が渦巻く江湖の中で。」
—
天龍は長く沈黙したのち、深い谷を通る風のように静かに吐息を漏らした。
「怖かったことはある…だがそれは剣でも殺気でもない。恐れていたのは――自分自身だ。」
—
趙玉は彼を見上げた。
「自分を?どうして……?」
—
そのときの天龍の瞳は、底知れぬ深淵のように暗く沈んでいた。
「止まる場所が、なかったからだ。
敵を倒すたび、心の中に空虚が広がった。
武功を奪うたびに、孤独だけが深くなる気がした。」
—
「あなた……何人殺したの?」
彼女は小さく尋ねた。声がわずかに震えていた。
—
天龍はすぐには答えず、ゆっくり体を回して彼女と向き合う。二人の目が、手のひら一つ分もない距離で交わった。
彼の吐息が朝霧のように、彼女の唇をかすめる。
「数え切れないほどだ。
いつもそうしたかったわけじゃない……だが、そうしなければ――俺が消される。
江湖に躊躇する者の居場所など、ない。」
—
彼は言葉を止め、目を細めて遥か過去の幻影を追うように見つめた。
外では月が高く昇り、簾越しに銀色の光が長く差し込んでいた。
—
「知ってるか……」彼は話し始めた。
「三年前、俺はまだ十四だった。あの頃は、ちゃんとした武功さえなかった。
ただの断片――破れた少林寺の壁の向こうから盗み見た剣法の欠片、古びた小派の身法の断章……。
だが、俺には一つだけ――他の誰も持たぬものがあった。」
—
「それは……?」
趙玉は息を呑んだ。
—
「渇望だ。」
天龍は窓の外を見つめる。
「氷の山すら焼き尽くすほどの――炎のような、渇望。」
—
彼は語り始めた。
その声は、古の洞窟の奥で鳴る銅鑼のように低く、
一言一言が、剣の刃のように胸を切り裂いた。
—
「十四の時、江湖は戦乱の渦中だった。六大門派が覇を争い、幫会は勢力を飲み込んでいた。
誰も俺の存在など知らなかった。
俺は名も持たぬ捨て子、黒殺の渓谷に置き去りにされ、虫と雨水だけで生き延びた。」
—
「ある夜……俺は玉女寺の屋根に忍び込んで、彼女たちが『素心長生経』を修練しているのを見た。
理解はできなかった。でも……俺は、覚えた。
手のひらの紋様も、足の運びも――心に刻んだ。」
—
「それで……?」
趙玉がそっと問いかける。
—
「その後、俺は風雲幇に潜入し、弟子を装った。
三か月の間に、『風雷足影歩』『穿空奪魂掌』を身に付けた。
月の満ちる夜、彼らが祭礼をしていた隙に毒を撒き、全ての堂主を倒して秘技『風雲化龍経』を奪い、逃げた。
そのときからだ――江湖にこの名が知られるようになったのは。
『黒衣の天龍――血の夜に現る者』と。」
—
趙玉は彼の衣を握り締め、囁いた。
「そのとき……どれほど孤独だったの?」
—
天龍は目を閉じ、答えた。
「孤独すぎて……月を友と呼んだこともあった。」
—
「それでも……どうやって生き延びたの?
あの強者たちに……勝てたの?」
—
彼は静かに笑った。
それは誇り高い笑みではなく、まるで廃墟に吹く風のように――
「奴らには武功がある。だが俺には、狂気があった。
奴らは十の型を修め、一つの技を放つ。
俺は一の型を、三十の技に変えた。
奴らは規律に従い、俺は本能に従った。
奴らは機を待つ。俺は――俺自身が、機会だった。」
—
彼は泰清武道での戦いを語った。
一人で、『天極地煞陣』を破ったあの夜。
十三人の長老が、龍の如く虎の如く彼を包囲する中――
彼は折れた剣と未完成の身法だけを頼りに跳び込んだ。
あえて傷を負うふりをして三長老を誘い出し、
一瞬の隙に『龍魂降天手』を放ち、三人の内脈を砕いた。
そして『陰陽混玄経』を手に入れた――
彼が描く武の絵図の、最初の珠だった。
—
「その後、俺は少林へ向かった。
彼らは俺を狂人と笑った。
だが俺が、素手で金剛柱を砕いたとき――
彼らは理解した。
俺は乞うことなどしない。
欲しければ、奪う。」
—
「誰にも止められなかったの?」
趙玉がそっと尋ねる。
—
「いたさ。数えきれないほど。
だが皆、敗れた。
なぜなら、彼らは剣で戦うが――俺は、“死なない覚悟”で戦う。
死を恐れぬ者を……誰が殺せる?」
—
趙玉は黙り込んだ。
彼の語りは、勝者のものではなく――
血海から這い上がった者の、生き残りの声だった。
—
「それからどうしたの?」
彼女が静かに問う。
—
天龍は天井を見上げ、名付けがたい陰鬱を帯びた目をして言った。
「敵から奪った秘技、血に染まった技の欠片……
それらが全て揃ったとき、初めて――
俺だけの武功が生まれた。」
—
「それは……?」
彼女の声はかすかに震えた。
—
「『無極輪廻剣法』、『降龍無極連皇掌』――
そして最後に……
『最上武学・不敗心法』。」
—
「名前を聞いただけで……血が滾るわ。」
彼女は身を震わせた。
—
「なぜなら、それらは血で書かれた。
敵の血だけじゃない――
俺の心から流れ出た血でもある。」
—
天龍は彼女の顎にそっと指を添え、顔を近づけた。
「お前は、“怖くないのか”と聞いたな?
俺も、かつては怖かった。
だが気づいたんだ――
恐怖では、俺は救えない。
だから……もう、怖れない。」
—
「そのとき……恋なんて、考えたことある?」
彼女の目に、涙が滲んでいた。
—
天龍は首を振る。
「いや。
俺のような人間には――
愛など、届かぬと思っていた。」
—
「今は?」
—
彼は静かに額に唇を寄せ、囁いた。
「今は……ある。
お前に、出逢えたから。」
—
沈黙が満ちる。
ただ、風の溜息だけが夜を撫でていた。
---
> 人には――秩序を壊すために生まれた者がいる。
だが、ある愛は――たった一つの視線で、
壊れた天下さえも再び築き上げる。
雪はまだ降り続いていた。深夜の山の静けさが、ますます幻想的な景色を作り出している。茶を飲んだ後、天龍は趙玉を連れて高い山の斜面へ飛んだ。そこでは、雪に覆われた松の枝にそよ風が優しく吹き抜けていた。平らな岩の上に腰掛け、二人は遠くの小さな町の明かりを見つめた。まるで霧の夜空に散りばめられた星のように、灯りがきらめいている。
趙玉は彼の肩にもたれ、うっとりと微笑んだ。
—
「本当に美しいね。まるで夢のようだ…」
—
天龍は静かに頷いた。「こんな静かな場所が好きか?」
—
「ええ。」彼女は軽く頷く。「ここには詮索する視線も、厳しい宮廷の礼儀もない…ただ雪と風と…あなたがいるだけ。」
—
彼は振り返り、雪の中に温かく燃えるような眼差しを向けた。
—
「もし俺が風なら…お前は何だ?」
—
趙玉は一瞬目を閉じ、そして開けた。その瞳は秋の湖のように輝いていた。
—
「雪よ…あなたに舞い上げられるための。」
—
彼は静かに笑った。「雪はいつか溶ける。風はずっと彷徨い続ける。」
—
「ならば雪は風の中で溶ければいい…」彼女は囁いた。
甘く静かな沈黙が流れた。天龍は腕を回して彼女を胸に抱き、そっと唇を動かした。
—
「お前は馬鹿だ…初めて誰かにそんなことを言われたよ。」
—
「初めて?」趙玉は顔を上げる。「あの人? たくさんの娘たちを赤面させた男が?」
—
「俺は多くの規則を破ってきたが、心だけは壊したことがない。」
—
彼女はそっと笑った。「じゃあ私は幸運か、不運か?」
—
天龍は答えず、ただ彼女を強く抱きしめた。もし離せば、風に連れ去られるのが怖かった。
—
「知ってるか…」彼の声は低くなった。「三年前、侠客たちは俺を『天の幽霊』と呼んだ。その時、俺はまだ十四歳だった。」
—
趙玉は目を見開いた。「その時、もう有名だったの?」
—
彼は頷き、過去を思わせる影のある目をした。「有名ではなく、悪名高かった。」
—
そして彼は伝説の一節を語るように声を潜めた。
—
「あの年、俺は中原を旅し、杭州から西蜀まで、雪を踏みしめながら一人で大門派の聖地、太清武道、少林、風雲邦の秘伝書を奪いに入った。」
—
「本当に奪ったの?」趙玉は目を丸くした。「どうしてそんな無謀なことを?」
—
天龍は微笑んだ。「俺の武学は未完成だった。全ての頂点に立つために、歴代の知識の断片を集めて一つの完璧な体にしたかったんだ。」
—
「あなた…本当に狂ってるわね…」彼女は胸を軽く叩いたが、その瞳には敬意が光っていた。
—
「狂ってはいない。」彼は空を見上げながら答えた。「俺は満足できなかった。皆が古臭い道を行き、本当の真理を忘れているのを見て。武学は人のためにあり、縛るためじゃないと。」
—
「あなたはいつも人の心を乱す言葉を言う…」
—
「乱れたなら心はまだ生きている証拠だ。」彼は軽く笑った。
—
「そんなこと言うから…もし私が本当にあなたを愛したらどうするの?」
—
天龍は振り返り、優しくも強い眼差しで言った。
—
「ならば、愛するのをやめるな。本気で愛せ。」
—
趙玉は顔を赤らめ、彼の衣の裾を握った。冷たい夜風に心は熱くなった。
彼女は小さな声で、まるで自分自身に聞かれるのを恐れるかのように言った。
—
「私…もうあなたを愛しているのよ…」
—
天龍は答えず、ただ彼女の額にそっと唇を重ねた。そのキスは急がず、激情でもなく、約束と優しさに満ちていた。
しばらくして、彼は話を続けた。
—
「あの年、俺は玉女派にも潜り込んだ。そこは氷の心と玉の顔の地と呼ばれ、男を憎む場所だ。だが俺は一人で彼女たちの大殿に入り、『絶情心経』を渡すよう強いた。」
—
「あなた…彼女たちに何を?」
—
天龍は笑い、狡猾な光を目に宿らせた。「ただ…彼女たちに教訓を与えただけだ。」
—
「どんな教訓?」趙玉は嫉妬と好奇心で問いかけた。
—
「男だから粗野とは限らず、玉女の心を持つ者が必ずしも純潔とは限らないと。」
—
趙玉は顔を背け、少し拗ねた。
—
「あなたはいつも曖昧なことばかり…私があなたが彼女たちをからかったのを知らないとでも?」
—
「曖昧なんかじゃない。」彼は真剣に言った。「俺は義理に背くことはしない。ただ、彼女たちに自分の心を見つめさせただけだ。」
—
「そう…」彼女は振り返らず、甘えた声で言った。「じゃあ、私はあなたの目に何?」
—
天龍は立ち上がり、彼女も引き起こした。そして空に広がる銀河を指さした。
—
「お前は、俺が立ち止まりたいと思う唯一の星だ。」
—
趙玉は唇を引き結び、突然振り返って彼を強く抱きしめた。
—
「離れないで、いい?」
—
「離れるなんて考えたこともない。」
—
銀の空の下、二人は抱き合い、息を夜風に溶かした。
ふと彼女が呟いた。
—
「あなたは私に三つの約束がある。」
—
天龍は頷いた。「覚えている。」
—
「一つ目…今夜のように、優しく遠くないままでいて。」
—
「わかった。」
—
「二つ目…もし離れるなら、必ず別れの言葉を残して。」
—
「離れない。」
—
彼女は涙を浮かべながら笑った。
—
「そして最後の…」
—
天龍は彼女の目を見つめた。
—
「たとえ侠客の世界が灰になっても、俺のそばにいてくれ。」
—
彼は強く彼女を抱きしめた。「約束する。」
—
風は吹き続け、雪は舞い続ける。しかし、今、二人の心は一つに重なり合っていた。
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