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「最弱に転生したので、最強のハーレムを作って身を守ることにした」  作者: Duck Tienz
第四章:無敗の者、再び現る
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39.江湖へと歩み出す

臥龍峰の頂上にて――


空は晴れわたっているが、冷たい風が肌を刺し、白く淡い霧が切り立つ岩壁のあいだを漂っていた。

天龍は巨大な岩の上にゆったりと腰を下ろし、すでに冷めかけた肉まんを一口かじる。

その眼差しは無関心のように、遥か彼方の地平線を見つめていた。


彼は空腹だから食べているわけではない。

人としての感覚を――確かめているだけだ。

なぜなら、あの「蔵剣城」の戦いを経て、

彼はもはや、ただの少年ではなくなっていたからだ。



---


突如――


ドンッ!

天から隕石が墜ちたかのような一撃が地を打ちつけ、大地が揺れ、無数の岩片が舞い上がる。

漆黒の衣をはためかせて一人の男が降り立つ。

狼のように鋭い眼光を放ち、冷笑を浮かべながら――


「貴様が…天龍か?」


天龍は微動だにせず、ただ黙々と食べ続けた。

風に髪が揺れても、まぶたすら上げようとはしない。


男は腕を振り上げ、鼻で笑った。


「俺は“柳邪陽”。七門を震撼させた名を持ち、二十年間、一度も敗れたことがない男だ。

今日はその無敗を、お前で終わらせに来た。」


その言葉が終わる前に――

男の指が黒く細い糸をそっと引き、そこへ陰毒の内力を送り込む。

すると、空中にきらめく七本の針が放たれた。

五散地血の猛毒が塗られたその針は、流星のように天龍の経絡を狙って飛んでくる!



---


天龍の内心――


> 「奇襲か…」天龍は小さくため息をついた。

「二十年、無敗だというのに――その程度の“恐れ”は捨てられなかったのか。」





---


ヒュン、と音を立てて――

天龍の指が一本、わずかに動いた。


糸のように細い一筋の気が空へ放たれた瞬間――

毒針は空中で静止し…次の刹那、まるで意思を持ったかのように、進路を反転!


「なっ……!?」

柳邪陽の顔色が変わる。思わず後退するが、すでに遅い。


七本の毒針は幽鬼のように彼の衣を突き抜け、四肢の経絡へ正確に突き刺さった!


「ぐあっ――!」


叫びが口をつくと同時に――


バキッ!


いつの間にか天龍は彼の背後に立っていた。

その手は乾いた草を摘むかのように、柳邪陽の首をつかむ。

目は冷たく、感情の欠片もない。


「敗れることは…罪ではない。だが、卑怯は――許さぬ。」


懇願の暇すら与えず、

彼の首を蛇のように捻じり折ると、手を放す。


死体は力なく地面に崩れ落ち、まるで名もなき土袋のように――静かに動かなくなった。



---


天龍はただ黙ってその場に立ち尽くし、

地面へ広がる血が岩と土を染めていく様を見つめる。


> 「武林には強者が溢れているが――

“潔く死ねる者”は、あまりにも少ない。」

そう、彼は心の中で呟いた。




ふと、視線を岩へ戻す。

そこには、さっきまで彼が食べていた肉まんが、まだ少し残っていた。


彼は何事もなかったかのように腰を下ろし、

その残りを一口かじった。


まるで――誰一人、訪れてなどいなかったかのように。

紫気未だ晴れず。柳邪陽の死体はそのまま横たわっていたが、

天龍はすでに天を仰いでいた。

手にした肉まんはまだ完全には冷えていない。

眉をわずかにひそめた彼は、残りの一口を谷底へと投げ捨てた。


足元から内力が一閃し、彼の立つ大地がかすかに震える。

岩と土がざわめき、その瞬間――

天龍の身は風を切って宙に舞い、

彼の去った場所には小さな旋風が、砂埃を巻き上げていた。



---


> 「万福寺――青陽府――そして“英雄大会”……すべてが、もう始まっている。」

風の中、彼は誰に語るでもなくつぶやいた。





---


わずか半刻――

彼はすでに青陽府の外れへと到達していた。


表向きは平穏そのもののこの地だが、

その裏では、武林の大乱を迎える準備が静かに進んでいる。


遠くの空に、万福寺の姿がうっすらと現れる。

白雲に包まれ、反り返った屋根の瓦が威厳を放ち、

禅鐘の音が山林に静かに響き渡る――

その調べは心を鎮めながらも、どこか威圧的な気配を帯びていた。



---


天龍は青陽府の門前に降り立つ。

身にまとうのは黒の錦衣――

飾り気のないその服は、彼本来の超然たる風格を覆い隠している。


彼は石畳の通りをゆったりと歩きながら、

賑わう店先、そして「天下英雄歓迎」の文字が染められた旗が風に舞うのを見つめる。


> 「随分と賑わっているな……

なるほど、闇に潜んでいた鼠どもも顔を出し始めたか。」

冷ややかな思いを胸に、口元にはわずかな笑みが浮かぶ。





---


やがて、万福寺の近くにある一軒の古びた宿――

月廻げっかい』という名の酒宿に足を止めた。


二階建ての木造、目立たず、静か。

だが彼にとっては、その“静けさ”こそが好ましい。


彼は机を三度軽く叩く。

すると、年老いた店主が現れた。


「お泊まりですか? 二階にまだいくつか空き部屋がございますが、

最近は武林の方々が多くて、ちと騒がしいかもしれませんな……」


「一室――寺の見える方角で。」

天龍は短く告げた。


店主は彼の目を見た瞬間、背筋が粟立つ。

深淵のように底知れぬ眼差し。

そこから発される威圧に、思わず頭を下げていた。


それ以上何も聞かず、彼を部屋まで案内する。



---


部屋は質素そのもの。

竹の寝台、木の机、窓は万福寺の方向を向いていた。


天龍は静かに腰を下ろし、机に指を軽く叩く。

その眼差しは窓の外――

夕日が万福寺の屋根を真紅に染める景色を見据えていた。


> 「あの“天師少林”ども……

俺がすでにここに潜んでいるとは、思いもしないだろうな。

さあ見せてもらおうか――偽善者どもが、どんな芝居を打つのか。」

彼は秋風のような薄ら笑いを浮かべた。



古びた宿屋の一室は、城下の玉蘭の木陰にひっそりと佇んでいた。異様なほどの静けさに包まれ、窓越しに傾く月光が地面に淡い光を描き、まるで年月に色褪せたおとぎ話の幕のように揺れていた。


室内には、まるで仙境のような霞がかった湯気が満ちている。天龍は玉の湯舟の前に立ち、うっすらと瞼を閉じて長く息を吸った。白檀の香りと、湯に浸した薬草の香気が混じり合い、全身の細胞にまで染み渡っていく。それは、戦場の塵と血の匂いを洗い流すかのようであった。



---


ぽとん。


青い外套が床に軽く落ちる。露わになった肉体は屈強で、霧の中に潜む龍のようにしなやかで鋭い筋肉が浮かび上がっていた。天龍は湯舟に腰を沈める。湯面が彼の身を包み、きらめく光を反射しながら、水墨画のように幻想的な景色を作り出していた。


彼の目は閉じたまま、だがその心はすでに開かれている。


> 「英雄大会…」

 心の内に囁くその声は、嘆息とも軽蔑とも取れる響きを持っていた。




> 「自らを正義と称し、己の名を誇示する者たちの集い…。だが、その中に真の力の前に頭を上げられる者が果たして何人いるのか?」





---


湯に身を沈めたまま、天龍はそっと水面をなぞる。彼の心に恐れはなく、緊張もない。関心があるのは、あの場に現れるという行為の意味だけだ。


それは挑戦か?威圧か?

あるいは――

『真理とは、多数派の口にあるのではなく、それを打ち立てる力ある者の手にある』と、天下に示すためなのか?



---


> 「もしそこが、ただの塵芥の巣窟であれば——焼き払う。」

「もしそこに価値ある玉石があれば——取り込んで己の糧とする。」

「もしそこに死すべき者がいれば——己の手で地に送る。」





---


湯音が静かに響き、立ち上る湯気に濡れた髪が肩に貼りつく。その姿は、まるで眠りについた戦神。いまはただ時を待つ獣、牙を隠しながらも、あらゆる敵を貫く刃を宿していた。


天龍は手を上げ、宙に水を跳ねさせる。その一滴が風に渦を巻き、岩壁に触れた瞬間、指の爪ほどの大きさの痕を、深さ一寸で刻み込んだ。



---


> 「万福寺… 少林天師… 武林正道… 英雄ども…」

 天龍はうっすらと笑った。

 それは冷たくもなければ楽しげでもない、ただひたすらに傲然たる微笑。

「貴様ら… 果たして、この名に値するのか?」





---


突如、外から強い風が吹き込み、簾を大きく揺らした。

古びた木のきしみ音が夜の訪れを告げるように響く。

まもなく、血の太陽が昇るであろう。


天龍は、目を開けた。

その眼差しには、もはや殺気だけではない。

決意が宿っていた。


> 「明日――この城下をひと巡りしよう。」

「何も起こらねば、俺が動いて… 天を騒がせてやる。」





---


彼は湯舟を出る。筋肉質な身体を滴る湯が伝い、床の石を打つ音が、ぱちん、ぱちんと静かに響いた。

すでに新しい衣が傍らに整えられていた。彼は何も言わなかった。

宿の者は、遠くから気配だけで仕え、恐怖のあまり近づこうともしない。

――「あの若者、視線ひとつで人を殺すらしい」

そんな噂が、すでに流れていたのだ。



---


夜は静寂に包まれていた。

だが、月光の下、宿の向かいの屋根の上には、一つの黒い影が息を潜めていた。


それは…

無名の刺客か?

旧き因縁の者か?

あるいは… 明日死ぬべき哀れな者か?


彼は知らぬ。

――だが、天龍はすでに知っていた。

月はすでに高く昇り、銀色の光が城下の屋根瓦に冷ややかな絹のように覆いかかっていた。天龍は衣をまとい、宿を静かに後にした。夜の闇を風のごとく歩む姿は、まるで影そのもののようであった。


遠くから、炊き物の灰と薪の煙の匂いが漂い、空気に溶け込むように密やかな誘いを放っていた。三叉路の先、街の片隅にある小さな粥屋の灯りが、ほのかな光でその一角を照らしていた。


> 「この天地の下で…夜中に食べる一杯の熱い粥ほど真実なものが他にあるだろうか。」

天龍はそう思い、口元に微かに笑みを浮かべた。





---


その粥屋には、年季の入った木製の机が数台だけ。粥の湯気がぼんやりと店内を包んでいた。店主は白髪の老人で、手際よく粥をよそいながら、常連客に何かぶつぶつと呟いていた。


天龍は店に入ったが、誰も彼に気づくことはなかった。彼は人目のつかぬ隅の席を選び、腰を下ろす。


> 「熱い粥を一杯。」

声は深く落ち着き、まるで深淵から響いてくるかのようだった。




老人は顔を上げ、その老いた眼が冷然たる美貌を一瞬見つめると、すぐにうなずいた。


> 「はいはい、ただいまお持ちしますぞ。」





---


粥が運ばれてくる。白粥は時間をかけて丁寧に煮込まれ、千切りの生姜と刻み葱が控えめに彩りを添えていた。優しい香りが疲れた身体の芯まで染み渡る。


天龍は急がず、まず立ち上る湯気をじっと見つめた。その霞のような煙は、まるで武林の幻影──一見淡くとも、その奥には殺気が潜んでいる。



---


隣の席では、数人の武林人が雑談していた。その声は低かったが、天龍の耳には明瞭に届いた。


> 「なぁ、聞いたか?万福寺で英雄大会が開かれるらしいぜ。」




> 「なんでも少林が何十もの門派を招待したそうだ。辺境からの強者も向かってるとか。」




> 「あの“殺神”天龍も現れるのかね…クシャミひとつで人を殺すって噂だぜ。人か鬼か分かんねぇな。」




一同は笑い声を上げた。だが誰も、その“殺神”がほんの二席離れた場所に静かに座っているとは気づいていなかった。



---


天龍は一口、粥をすすった。目がわずかに笑みに似た光を宿す。


> 「たかがクシャミひとつで…武林はここまで怯えるのか。」




匙を置くと、店主に向かって問いかけた。


> 「老人、英雄大会は…あとどれくらいで始まる?」




店主は少し驚いたように顔を上げ、にこやかに答えた。


> 「あと二週間ほどで始まりますぞ。お客さん、ご存じなかったのかい?今じゃ武林の者たちがこの街に集まっていて、通りも人でいっぱいですよ。」




天龍は軽く頷いた。


> 「二週間か…天下が人を集めるには十分な時間だ。」 「そして俺が、すべてを仕組むにもな。」





---


食べ終えると、彼は数枚の銀貨を机の上に置き、立ち上がった。振り返ることも、別れの言葉を口にすることもなかった。


その姿は夜霧の中へと溶け込み、ただ粥の香りだけが、木の机にほのかに残されていた。



---


天龍はすでに此処にいる。

そして、英雄大会──

武林史上最大の嵐に備えるための時間は、残り二週間しかなかった。


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