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「最弱に転生したので、最強のハーレムを作って身を守ることにした」  作者: Duck Tienz
第四章:無敗の者、再び現る
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37.探しても見つからぬ石の門

風の鳳鼓洞は、二つの断崖がまるで眠れる神龍の翼のごとく両脇にそびえる静寂の地。黎明が訪れたばかりの空、太陽は銀雲の奥に身を潜め、山肌をなぞる冷たい風は野草の香りと、長年人の訪れぬ岩の隙間から立ち昇る湿った古の気配を運んでいた。


一人の青衣の青年が、巨大な岩壁の前に静かに立つ。古松のように直立した姿、その眼差しは秋の湖面のように深く沈んでいた。

――その名は天龍。江湖が未だ名を覚える間もなく、その威名に恐れ戦く者現る。


彼の前には、灰青色の石扉がそびえていた。山肌と見分けがつかぬほど同化していたが、古の亀裂から漏れる微光がなければ、たとえ武林の高人が通りかかっても、気づくことはなかっただろう。


天龍は静かに手を上げ、指先を操り糸のように細い気を石の隙間へと流し込む。すると岩壁の内奥から龍の形を模した機構が現れ、小さな関節が次々と自動で動き出す――まるで千年の眠りから目覚めたかのように。「カチリ」――それは、封印された時のため息のような音だった。


「扉は閉ざされた。」


ただの一言。しかし、それは血涙に彩られた時代への決別でもあった。


この地こそ、天龍が三年もの間、無極輪廻剣を完成させ、虚空魔拳を悟り、万界再生心法を融合させた、世を離れた修練の場。その洞窟は、もはや完全に人界から切り離された。


彼は長く息を吐き、目を閉じる。遠くから響く森のざわめき、岩間から滴る水音、そして時間の流れが逆巻くような幻聴を、静かに心で感じ取っていた。


しばらくして目を開けた彼は、袖から小さな玉筆を取り出し、石扉の左側にある岩に一行の文字を刻んだ。文字は大きくないが、まるで龍の爪で岩に刻んだかのように、力強かった。


> 「天龍、ここに至れり。」




八文字――華美でもなく、傲慢でもない。それでいて、この山谷に雷鳴のごとく響き渡る威圧を放った。


彼はその文字を見つめた。瞳には一抹の追憶が浮かぶが、心の奥底は氷結した湖のごとく静寂だった。


――「これはただの印ではない。」彼は、己に語りかけるように呟いた。

「これは、天下への挑戦状だ。ここを見つけ出せる者こそ、我に相対する資格を得る。」


彼の身体から、煙のように薄い虚無真気が放たれる。気が周囲を掃くと、草木や岩、苔さえも微妙に位置を変え、まるで自然が作り出した迷宮のような風景が現れた。


この場を離れた瞬間より、天龍の気に呼応できぬ限り、誰も再びこの場所を見つけることはできないだろう。


「一つの石扉、今や無門と化す。」


彼は心の内でそう呟き、静かに背を向けた。衣の裾が風に舞う。


山の麓では、天下が騒然と動こうとしていた。朝廷、武林、宗派、隠世の名家――どこもが波立っていた。


だが、その時の彼は、ただの十八歳の青年。三年の修行を終え、“龍”の名を天地に刻む者。


風が強く吹きつけ、髪が逆巻く。その姿は孤高にして自由、そして決然とした意志に満ちていた。


一歩、洞を出る。

一歩、過去の自分を離れる。


山の麓にある小さな町――その名は「雲河うんが」。


何の変哲もない、ただの寒村だった。藁ぶきの小屋、木造の壁、土と小石の混ざる小道に、野草が茂り、屋台から立ちのぼる湯気と香辛料の香りが空気に漂う。だが、今日は様子が違った。通りを歩くのは旅人に学者、黒衣の道士に、江湖の豪傑たち。異様なほどの賑わいを見せていた。


町の入り口に佇む「竹庵ちくあん」という宿は、年季の入った木造の建物だった。手彫りの看板が傾いて吊られ、古びた茅葺き屋根の下、糯米酒の香りが鼻をくすぐり、胡椒や桂皮の刺激が混じる。中では笑い声が響き渡り、江湖での殺伐を忘れさせるような、穏やかな空間だった。


その戸を押し開けて入ってきたのは、藍衣の青年。荷物もなく、背に剣も負わず、一歩一歩がまるで地を揺らすような重みを持っていた。


誰も気づかない。


三年もの間、江湖から忽然と姿を消し、名を耳にすれば武林が震えた男――天龍てんりゅう。彼は今、店の奥、柱の陰に静かに腰を下ろしていた。灯りから遠ざかり、視線の届かぬ場所。誰の目にも止まらぬ、影のような存在。


彼の目が一度、店内を流れるように走った。


「風雲幇が三人…天師少林が一…玉女派も…やはり、英傑大会が近いか。」


心中でそう呟くと同時に、各派の気配を即座に見抜いた。


そのとき、中央の卓では、四人の大男が酒を酌み交わしていた。一人、痘痕面の男が大声で笑いながら叫ぶ。


「お前ら聞いたか!? 天龍が生きて帰ってきたらしいぞ!」


髭面の肥満男が口をとがらせる。


「馬鹿言うな! 三年前、玄風谷で六大高手に囲まれて死んだんだろ? 骨も残らずって話だ。」


「ふん、愚か者が。」と、痩せこけた面長の男が口を挟む。「三年間、屍も血も出てこなかった。隠れていただけだ。最近じゃ南林寺で目撃されたって噂だぜ。鐘楼の頂を一撃で崩して、かつて折れた愛剣を…奪い返したらしい。」


「もし奴が戻ってきたら…」痘痕の男は首を横に振る。「また江湖は荒れる。今回の英傑大会、万福寺で開かれるのも、あいつを狩るためだって噂だ。」


「天龍を討つだと?」髭面男が高笑い。「死にたい奴だけ行け! 三年前に六人がかりで倒せなかったんだぞ? 今や『白虎雷爪』と『金剛伏魔陣』まで会得したって話だ。俺なら靴脱いで逃げるわ!」


天龍はその会話をただ黙って聞いていた。手に持つ白磁の杯を静かに口に運び、一口啜る。辛味が喉を焼くが、人の心ほどは辛くはない。


「万福寺…英傑大会…ようやく、か。」


彼は顔を横に向けて、軽く呼ぶ。


「店主。」


すると、帳場の奥から一人の老爺が現れる。白髪に慈悲深い顔、袖にはまだかすかに灰が付いている。


「お客様、何か追加で?」


天龍は杯を置き、ゆっくりと問う。


「一つ聞きたい。間もなく開かれる英傑大会について、何か知っているか?」


老爺は一瞬、動きを止め、辺りを見回して声を落とした。


「…お客人、こちらの方ではないですね?」


「うむ。」青年は簡潔に答える。


老爺はじっと彼を見つめ、うなずいた。


「では、手短に。今回の大会は『蔵剣城』が主催し、『百派盟』の盟主を決めるためのもの…と表向きは言われています。しかし実の狙いは――あの、江湖を震撼させた一人の男を探すことです。天龍という男を。」


天龍は微かに笑った。その目は霧の朝のように冷たかった。


「なぜ、彼がまだ生きていると?」


老爺は視線を外に向け、囁くように言った。


「三年間、遺体も血痕も見つかっておらず… だが、ここ半年で謎の高手たちが現れ、虚空、無極、黄金心道の技を使ったそうです。これらは、彼しか使ったことがないもの。各派は恐れ、そして網を張る。大会とはそのための罠――龍を捕えるための。」


「……いつ開かれる?」


「あと七日です。けれど、江湖の者たちはすでに半月前から蔵剣城に集まり始めています。聞くところによると、今回は天師少林の掌門、玉女派の大師姉、寒雲門の聖女、そして幽冥天尊教の教主までもが…」


天龍の瞳に、一瞬、深海のような光が宿った。


「……よかろう。七日あれば、正面から出て行くには充分だ。」


店主の最後の一言が風にかき消されるよりも早く、きしむ音を立てて、干からびた木の扉が再び開いた。


黒い刺繍入りの外套をまとった高身長の男が一人、静かに足を踏み入れる。鋭く痩せた顔、底なしのように深く沈んだ眼差し。彼が店に入った瞬間、空気が一変した——笑い声が止み、杯の中の酒さえ泡立ちを忘れるかのように凍りついた。


「や、やつだ……柳夢寒りゅう・むかん……!十三年前、たった一撃で風雲幇ふううんほうの護法二人を斬ったという伝説の男だ……!」と、痘痕面の男が震える声で呟いた。


柳夢寒は誰にも視線をくれず、ただ店内を一瞥し、その眼はやがて奥にひっそりと座る天龍の元に留まった。彼は口元を歪めた。


「妙だな……この奇妙な気配……微かだが死の香りが漂っている。……貴様か?」


店内の視線が一斉に天龍へと注がれる。


天龍は顔を上げることなく、小さな杯に酒を注ぎ続けていた。片手は自然に盃を操り、もう一方の手は膝の上に添えたまま、微動だにしない。


「名もなき者に答える趣味はない。」

その声は低く抑えられていたが、耳に届いたときにはまるで金属が石を打つような硬質な響きを伴っていた。


柳夢寒は冷たく笑いを漏らした。


「ならば死ぬ前に教えてやろう。我が名は柳夢寒。かつて血月教けつげつきょう先代聖主に仕え、天級高手の暗殺を専門としていた影の護衛だ。」


男は歩を進める。まるで空気の上を歩むかのように、その足音は一切聞こえない。周囲の客たちは、息を呑みながら静かに後退し、誰一人として止めようとしない。


「惜しいな。」

天龍は杯を掲げ、ゆったりと呟く。

「お前のことなど、記憶に残す気すらない。」


「貴様……傲慢すぎる!」

柳夢寒が吠え、袖を振り払ったその瞬間——

虚空を裂く掌風が、剣気の如き鋭さで天龍へと向かって飛ぶ。


まさにその時——


天龍が突然、くしゃみをした。


「……ハックション。」


その音は、朝露に当たった旅人のくしゃみにすぎなかった。だが——


ドンッ!!


彼の鼻孔から突如放たれた内勁ないけいは、空気を通して無形の波動と化し、柳夢寒の掌風を粉砕。そして、砕けた気流はそのまま反射し、送り主のもとへと逆流した。


「なっ……!?」

柳夢寒の顔色が変わった。


構えを取る間もなく、内臓に衝撃が走る。胸が爆ぜ、鮮血が噴き出し、そのまま後方の壁へと叩きつけられた。煉瓦を砕きながら倒れた姿は、まるで腐った麻袋のようだった。


——一撃も交えず。動きすら見せず。ただの「くしゃみ」であった。


店内の空気が凍りつく。痘痕面の男が喉を鳴らしながらつぶやいた。


「……し、死んだのか?たった一度のくしゃみで……柳夢寒を?」


店主は数秒間茫然としたまま立ち尽くしていたが、やがて静かに新しい酒壺を火にかけた。震える手元からは、見てはいけないものを見た恐れが滲んでいた。


天龍はため息をつき、手巾で鼻を拭いながら静かに言った。


「この季節は、風邪をひきやすい。」


そして一言。


「店主、肉まんをもう少し。さっきの奴、気を乱してくれたせいで腹が減った。」


——


店の外。壁の影に潜む一人の黒衣の影が、恐怖に目を見開いていた。


「か、彼が……本当に戻ってきた……!この世に……誰が……止められる……?」


黒衣は慌ててその場を去った。足跡も気配も残さず、だが、その身に宿していた殺気はすでに天龍の内息によって密かに「刻印」されていた。


七門しちもん……また来たか。」

天龍は冷笑しながら呟き、瞳に一瞬、刃のような光が宿った。

夜はすでに暮れかかり、天龍の背後にある酒楼には、ゆらめく火の光がほのかに灯っていた。先ほど命を落とした高手の影響で、客たちはほとんど退散し、残るのは夜風の音と山道沿いにぼんやりとした灯りだけであった。


天龍は悠然と包子の包みを整え、顔を上げて星が瞬く空を見上げた。


「柳夢寒の死は、七門への早めの挨拶としよう。」と、彼は静かに呟いた。


誰も返答しない。ただ、微かな香りを帯びた風がそよぎ、清らかでありながらも、どこか妖艶な気配が漂っていた。


天龍は眉をひそめた。


「玉女派か……今宵の月は、ひときわ明るい。」


彼の身がふと動くと、音もなく夜の帳に溶け込むように姿を消し、満開の桃林の中へと飛び込んでいった――まるで闇の中を翔る蝙蝠のように。



---


西の山腹では、玉女派の弟子たちが天然の仙泉で水浴びをしていた。青竹に囲まれ、薄く立ちこめる霧の中、月光が透き通る肌に反射し、その光景はまさに天上の仙女のごときものであった。


かすかな笑い声が響く。


「小蘭、そんなに遊ばないで……水が姉さんの服にかかってるわよ。」


「霊姉さん、あっちに蛇がいるわ!」


「きゃっ、脅かさないで!もう!」


水面はきらめき、湯気の向こうに浮かぶ美しき影たち――しだれ柳のように柔らかな姿、朝の桃花のように可憐な面立ち、薄衣の下から透ける肌はほのかな紅を帯び、見る者の心を惑わせる。


そのすぐ近くの小楼の屋根の上で、天龍は静かにその光景を見下ろしていた。


「まるで仙境……心がざわめくのも無理はない。」


だが、その瞳には淫らな色はなく、ただ深く神秘的な光が宿っていた。まるで、下にいる女たちの鼓動や体内の気の流れをひとつひとつ聞き分けているかのようだった。


天龍は袂から露の雫を一滴取り出し、空中にそっと点じた。その瞬間、絹のように細い気の糸が地面へと差し込まれ、誰にも気づかれずに玉女派の結界を静かにすり抜けた。


――そして、彼の姿はかき消えた。



---


仙泉の奥、暖かい部屋の中で、ある女弟子が眠っていた。絹の布団は半ばほど身体を覆い、長い髪は枕に垂れていた。天龍は音もなく近づき、指先で彼女の夢のツボを軽く突いた。


少女は夢うつつに目を開けたが、何の異変も感じなかった。ただその刹那、瞳がぼんやりと霞み、身体はふわりと力を失い、胸の奥で春の夜のようなときめきが密やかに波打った。


天龍は彼女の耳元に唇を寄せ、囁いた。


「おまえの気は純陰。まさに、周天転化にふさわしい。」


彼は若き乳房に唇をあて、そっと気を吸い上げた。身体に傷ひとつ与えず、ただその温もりを借りて、秘められた精気を丹田へと導いた。


そして、それは一人に留まらなかった。


別の三人の女弟子もまた、それぞれ異なる部屋で、知らぬ間に夢の中で神秘なる体験を受け、翌朝には心身が冴えわたり、内気が滑らかに流れる感覚に包まれていた――まるで真人によって奇穴を開かれたかのように。


夜が明ける前、天龍は小楼を後にした。星の光が薄れていく空を仰ぎながら、静かに呟いた。


「玉女派……思っていた以上に興味深い。」


彼は踵を返し、石畳に軽やかな足跡だけを残しながら歩き去った。その背後には、清らかな泉のせせらぎと、淡く香る桃の花の匂い――そして、恋の夢を見た四つの心が、まだ静かに脈打っていた。


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