19.天龍、ただ一晩で風雲幇を塵と化す
夕暮れ時。
風が荒れ狂い、広大な山脈を駆け抜ける。濁った砂塵を巻き上げながら、それはまるで、血に染まる狂風が草原に迫っていることを告げる前兆のようだった。
北西の広大な地――
紅雲山脈に囲まれたその中に、「風雲幇」が存在する。江湖六大門派の一つに数えられ、その名は狂気に満ちた勢いで知られ、武術は剛烈無比、殺意に満ち、三手で敵を斃すことを教義としていた。
そして今日――
一つの黒い影が、その血風の禁地に堂々と足を踏み入れた。
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> 「誰だッ! 風雲幇に踏み込むとは無礼千万ッ!!」
轟雷のごとき怒声が響き渡り、青石の広場を揺るがす。
灰衣の弟子たちが百人以上、一斉に姿を現す。
手にした武器は光を放ち、鋭い眼光が相手を引き裂かんばかりに光る!
広大な広場の中央――
黒いマントを羽織った一人の少年が、風に髪をなびかせ、彫像のように静かに立っていた。
嵐の中でも、まるで誇り高く立つ神像のごとし。
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> 「天龍だと…?」 「あいつ…天師少林を潰したっていう…あの…!?」 「なぜここへ来た…?」
ざわめきが火の如く広がる。
弟子たちは皆、内心震えつつも、目つきだけは凶悪を装っていた。
何せ、ここは風雲幇――たとえどんな化物であれ、若造一人に威信を汚されるわけにはいかない!
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その時――
最上段の階から、低く響く笑い声が空気を切り裂く。
> 「ハッハッハッハ!!」
「若造よ、肝が据わっておるな」
「我は風雲幇の幇主――東風大刀だ。
貴様、今日この地に足を踏み入れたということは……
生きて帰れると思うなよ?」
現れたのは、風雲幇の幇主・東風大刀。
鋼の塔の如き体躯に、銅鑼のような目、
巨人の手のような幅のある刀の柄を握りしめ、その威圧感はまさに山を裂き、大地を砕く勢い!
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天龍は、ゆっくりと顔を上げた。
その眼差しは、底知れぬ深い湖のように静かで、怒りも恐れもない。
ただ、嵐の前の絶対的な静けさのみがそこにあった。
> 「俺が来たのは――ただ一つの理由のためだ。」
> 「風雲刀法を…少し借りたい。」
その声は、生死を顧みず、万軍の中をも意に介さぬ――
雲の如く軽く、だが万斤の石より重く、心を打ち砕く響きだった。
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ドンッ!!
言葉が落ちるやいなや、怒号が爆ぜた!
> 「死にてえのかッ!!」
「叩き斬れェ!!」
「この小僧が――!!」
広場はたちまち、刀剣の海と化した!
百人の精鋭弟子たちが一斉に突進する!
皆、幼き頃より草原で武を鍛え、無数の修羅場を潜り抜けた者ばかり――
身のこなしは豹のように鋭く、殺気は空を覆う!
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だが――
天龍は、動かない。
ただ、静かに手を前に伸ばしただけだった。
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> 「百人など、触れる必要もない。」
「一歩で、充分だ。」
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ドオオオオオオオン!!!!
その一歩が地を踏んだ瞬間――
広場全体が地震のように揺れ動く!!
まるで龍神が山を踏み砕いたかのように、
大地は深く裂け、石畳は砕け散り、
突進していた弟子たちは、嵐に吹き飛ばされた枯葉のように宙を舞い、
血を噴き、骨を砕き、牙が空へと飛び散る――!
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> 「ぐああああ!!」
「あり得ぬッ!!」
「奴は……圧力だけで我らの血脈を砕いたのか!?」
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東風大刀の目が見開き、全身が震える。
その怒声は、驚愕と恐怖の混じった獣の咆哮となって響く!
> 「くそッッ!!」
「あいつは一体、何者だッ!?」
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だが、天龍は――
ただ静かに立ち尽くしていた。
黒きマントが風に翻り、その表情は…笑っているようでもあり、笑っていないようでもあった。
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> 「言ったはずだ。」
「誰も殺したくない――だが、誰も俺の言葉を信じなかった。」
> 「これで…話を聞く資格は得たか?」
石畳の広場に、風が唸りをあげて吹き抜ける。
血はまだ石の隙間に残っていた。
さきほど突撃してきた百人の弟子たちは、今やまるで壊れた人形のように呻きながら地に伏している。
無数の戦慄した視線の中、天龍は顔を上げ、両手を背に組み、ゆったりと口を開いた。
> 「必要なのは一冊の《風雲刀法》だけだ。」
「それを手にしたらすぐに立ち去る。血を流すつもりはない。」
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上段の階段から、東風大刀が声を絞り出す。
> 「風雲幇は、外部の者に秘伝を渡したことなど一度もない!」
「欲しければ――幇の屍を越えて行け!」
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> 「ほう……そう来るか。」
天龍はほんのわずかに首を傾げ、深く黒い瞳を細める。
その眼差しは、まるで虫の群れでも見ているかのような退屈げな光を宿していた。
> 「構わんさ。元は穏便に済ませるつもりだったが……どうやら、貴様らは苦痛を望んでいるようだ。」
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東風大刀が手を振り上げると、
その瞬間、後殿から三十人の護法が飛び出してきた!
誰もが筋骨隆々、猛虎のごとき気迫。
その足取り一つ一つが「ドン」と地を揺らす。
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> 「小僧! 今度は何を使って抵抗するつもりだ!」
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多数の視線を受けながら、天龍は静かにため息をつく。
その背後から、腰に下げていた一振りの木剣がゆっくりと抜かれる。
鋼の光も、殺気も、なかった。
それはただ、干からびた槐の木で作られた、削れて年季の入った――まるで筆削りにでも使うような古びた剣だった。
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広場は三呼吸、静まり返った。
そして――
> 「ハハハハハ!!」
> 「あいつ……木の剣だと!? 三十人の護法に対して!?」
> 「我々風雲幇全体への侮辱だ!!」
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先頭の護法が吼える。
> 「殺せッ!!」
ドンッ!!
三十人が一斉に気を高め、うねるような内力が空気を歪める!
足元の石すら、圧力で粉砕されていく!!
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だが天龍は――
ただ、薄く目を細めた。
> 「来い。」
「私は避けない。」
> 「一撃で、十分だ。」
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ドオォォン!!
三十人が鉄の壁のごとく、一斉に突撃する!!
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シュッ!
ただ一筋、木の光が空を裂いた――
天龍の手の中の木剣は、火花もなく、殺気もなく、
ただ優しく、空間に一線を描いた。
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「パキンッ!」
続けざまに、骨が砕けるような音が響き渡る。
乾いた木の折れる音。
それはまるで、骨が肉体から剥がれ落ちていくような響きだった。
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> 「な……なんだと……?」
「体が……動かない……!」
> 「腕が……肩が……骨が砕けた……!!」
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三十人の護法たちは――
一斉に崩れ落ちた!!
血もない。
斬撃の音もない。
だがその瞳には……恐怖、苦痛、そして絶望しかなかった!!
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先程の一撃――
木剣は、身体にすら触れていなかった。
ただ……水のように穏やかな気の流れ。
だが、それはまるで雷鳴が血脈に響くように、
一瞬で経絡を完全に打ち砕いたのだった!!
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天龍は首を振った。
> 「風雲幇よ……それだけか?」
「護法たちの内力すら、我の前では木偶の坊に過ぎぬ。」
> 「もう一度聞こう――秘伝は、どこだ?」
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誰も答えない。
広場は凍りついたように沈黙し――
風の音、血の匂い、そして絶望に満ちた眼差しだけが支配していた。
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東風大刀が歯を食いしばり、怒声を吐き出す!
> 「惑わされるな!!」
「全幇一丸となって殺せ!!」
> 「死んでも構わん!!」
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ドンッ ドンッ ドンッ!!!
警鐘が山に響き渡る!
四方から弟子たちが波のように殺到する!
剣、槍、鉄鎚、千斤を超える大槍まで!!
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天龍は、ゆっくりと空を見上げた。
夕闇が迫り、夕陽がその髪を紅に染める。
手にした木剣が、ひと回し――そして静かに、構えを下ろした。
> 「ちょうどいい……どうせ、少し身体を動かしたかった。」
> 「貴様らが、何呼吸持つか――見せてもらおう。」
ドォン!ドォン!ドォン!!
太鼓の音が死を呼ぶ亡者の声のように響き渡る。
四方から、三百人を超える風雲幇の弟子たちが洪水のように押し寄せる!
広場には刀剣の煌めきが満ち、殺気が天を覆っていた!
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> 「殺せ!!奴を殺せ!!」
「風雲幇の名誉のために!!」
> 「奴を生かして帰すわけにはいかん!!」
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怒涛の如く押し寄せる群衆の中——
天龍はただ静かに立っていた。
片手に木剣を持ち、もう一方の手は背に隠している。
その瞳には…徐々に冷たさが宿っていく。
> 「もう言ったはずだ……」
「秘伝書さえ渡せば、これ以上誰も殺さぬと。」
> 「だが貴様らは…愚かにも固執する。」
> 「ならば——容赦はしない。」
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ドォン!
彼が地を踏みしめると、大地が震えた!
巨石が裂け、塵煙が火山の噴火のように立ち上がる!
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> 「者ども!奴を囲め!」
「一歩たりとも逃がすな!!」
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「シュバババ!!」
無数の暗器、槍、刀が雨のように襲いかかる!!
だが天龍の姿は——消えた。
ただ残ったのは一瞬の残影——「スッ…!」
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ズドォン!!
血飛沫が舞い上がる!
一人の弟子が真っ二つに斬られ、地に倒れる前に熱気で黒焦げになった!
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> 「あああああっ!!」
「どこだ!?あいつはどこにいる!?」
> 「なんという速さだ!!」
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弟子たちの陣の中に、天龍が再び現れる。
袖には一滴の血さえついていなかった。
> 「貴様らは…」
「弱すぎる。」
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スッ!スッ!スッ!
彼が木剣を一閃するたびに——
その剣風はまるでそよ風のようだが、通った場所から血飛沫が噴き上がる!
命中した者は、声を上げる暇もなく倒れた。
首が折れ、心脈が砕け、内臓は破裂していた!
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> 「いやあああああああああっ!!」
幇の隊長が雄叫びを上げ、百キロもある大斧を振りかざし、獣のように吠えた:
> 「天龍!!死ねぇぇぇぇ!!」
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ズドン!!
木剣が軽く斧の柄に触れただけで——
斧は爆ぜ飛び、隊長は十メートル以上も吹き飛ばされ、胸に黒い穴が開いて絶命した!
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かつての精鋭たちは…
今や藁人形のように倒れていく。
叫び声も…絶望の中で途絶えていった。
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わずか十呼吸の間に——
風雲幇の弟子たちは全員、地に倒れた。
血の匂いが空を覆い尽くしていた。
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この凄惨な光景の中——
天龍は静かに屍の間を歩いた。
一歩一歩…まるで神が荒野を行くかのように。
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階段の上で、東風大刀は膝をつき、顔面蒼白、全身を震わせていた。
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> 「秘伝書…秘伝書は渡す!!お願いだ、殺さないでくれ!!」
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天龍は黙ったまま近づき、一手で彼の襟を掴み、鶏のように持ち上げた。
> 「三度も訊いたぞ。」
「今さら答えるか?」
> 「遅すぎた。」
> 「言え——秘伝書の保管場所は?」
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> 「し、神殿の奥だ!!」
「廊下の突き当たりに石の扉があって…そこが秘密の武術庫!!」
> 「合言葉は『風龍開』!石板に内力を注げば開く!!」
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天龍は彼を下ろす。
> 「よろしい。」
> 「貴様は運がいい。私がまだ貴様のような卑劣な者に本気で怒っていないからな。」
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東風大刀は地面に崩れ落ち、全身びしょ濡れ、幇主の威厳は微塵も残っていなかった。
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血のように赤い夕焼けの中——
天龍は背を向け、神殿へと歩を進めた。
衣が風に舞い、
その背後には屍の山と血の川——
もはや、誰ひとりとして彼を止めることはできなかった。
風雲幇の本殿――
数百年にわたり幇を支えてきた秘伝武学の聖地。
石の扉が重く唸りながら開き、古の気配が背筋を凍らせるように漂ってきた。
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天龍はゆっくりと中へ踏み入れた。
その眼差しは棚に並ぶ書物、玉簡、石碑の一つ一つを鋭く見据える。
そこには、歴代の先人たちが命を懸けて残した武の結晶が眠っていた。
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> 「風雲刀法、狂雲十三斬、乱象神拳……」
「すべて……ただの退屈な遊戯に過ぎぬ。」
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わずか半刻も経たぬうちに、彼は百冊近い秘伝書を目で追っただけで読み取り、
すべての招式、運気の流れまで、頭の中に刻み込んでいた。
> 「隙が多すぎる。見抜くのも簡単だ。」
> 「学ぶ価値はない……が、改善には使えそうだ。」
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彼は最上段の棚に近づき、黒革で包まれた一冊の秘伝を引き抜いた。
それこそが、風雲刀法・原典。
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> 「この巻物……永遠に借りる。」
> 「貴派に腕の立つ者がいれば、取り戻しに来るがいい。」
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ドンッ!!
ちょうど彼が背を向けて出ていこうとしたその瞬間――
よろめきながら一人の男が入ってきた。東風大刀。
血に塗れた顔、それでもなお、かすかに残る気骨を保とうとしていた。
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> 「だめだ……お前は……持ち出してはならん……」
> 「それは祖師の精髄であり、我が派の魂だ!!」
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天龍は立ち止まった。
後方から吹き込む風により、彼の黒衣がはためき、
まるで神か鬼のような巨大な影を落とす。
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彼が振り返る。
その眼光は、相手の心臓を貫くかのごとく冷たく鋭い。
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> 「お前に守り切れぬものを、俺が持ち出す資格がないとでも?」
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東風大刀は震えながらも、かすれた声で叫んだ。
> 「死んでも……渡さぬ!!」
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その瞬間――天龍の瞳がさらに冷えた。
だが……彼はまだ理性を保っていた。
彼は無差別に命を奪う魔物ではない。
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> 「運がいいな……」
「今日は、無理に殺す気分じゃない。」
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“ポンッ。”
彼が一本の指を突き出すと、
東風大刀は即座に経絡を封じられ、全身が硬直した。
その瞳は見開いたまま、まったく動けない。
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> 「そのまま……三刻立っていろ。」
「誰に逆らうべきでなかったか、よく考えることだ。」
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天龍は再び背を向けた。
彼の姿は、血のように赤い夕日に溶けていく。
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> 「江湖とは広いもの……」
「力ある者が手にしたものこそ、その者の物だ。」
> 「さらばだ――風雲幇。」
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ドンッ!!!
彼の身体から発せられた一陣の気が、石の扉を吹き飛ばし、
積もった塵を津波のように舞い上げた。
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次の瞬間――
天龍の姿は黒い閃光となり、遥か彼方の空へと消えていった。
残されたのは、荒廃した風雲幇――
そして、武林に新たに刻まれる「無敵」の伝説であった。
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(第十九章・完)




