Episode 188
前回のエピソードの要約
オリオンが燃え落ちる悪夢の中で、俺はセリーナの声を聞いた。
目を覚ますと、そこは軍事学院AITの寮のベッドの上。
隣には双子のカエラとカエラ・ヴェイラ。
すべてが穏やかすぎて、逆に現実味がなかった。
俺が夢のことをカエラに聞くと、彼女は笑って「疲れてるだけだよ」って言った。
でも、カエラのほうは小さく頷いてこう言った。
「わたしも見たの。赤い光と、煙の夢を。」
部屋を出たとき、黒い猫が現れた。
——セリーナだった。
彼女は静かに言った。
「これは“現実が作った夢の層”よ。あなたを試すための場所。
ここは“具現化された記憶の欠片”。
あなたは休んでいるだけ。」
そして彼女は続けた。
「双子との婚約を果たしなさい。そうすれば“無限女域”への門が開く。
そこには、一兆兆の原始の女王たちがあなたを待っている。」
セリーナは微笑んで消えた。
そのとき俺ははっきり感じた。
——封印はもう解けた。
俺の“無限の力”が、戻ってきたのだ。
でも俺は、いつもの日常に戻ることを選んだ。
AITでの学生生活、授業、仲間。
そして教官パトリック——双子の父親であり、かつて俺を孤児院から引き取ってくれた人。
彼は俺にとって“義父”であり、“師”であり、“未来の舅”でもあった。
授業中、俺の頭にすべてが流れ込んできた。
——俺は、かつて“無限惑星”の王だった。
女域銀河を支配する唯一の存在。
だが、永遠に飽き、権力に疲れ、
「人として生き、愛し、傷つきたい」と願い、自ら滅んだ。
その後、俺は人間として生まれ変わり、パトリックに拾われた。
カエラとカエラと共に育ち、
いつしか、三人の間には言葉にできない絆が芽生えていた。
パトリックは俺にこう言った。
「二人を守れるほど強くなったら、どちらも娶れ。
それが“男”というものだ。」
成長した俺たちは、共にAITに合格した。
だがその裏で、パトリックは密かに動いていた。
——俺を“後継者”にするために。
そして、この国の“人口問題”を救うために。
……気づけば、夢と現実の境界が曖昧になっていた。
この世界が幻なのか、それとも本物なのか、もう分からない。
ただ一つ確かなのは、
カエラの体温も、カエラの瞳も、
そして胸の奥のこの感情も、全部、本物だということ。
俺は、静かに息を吐いてつぶやいた。
> 「AITの新しい朝が、始まった。
でも、俺の夢は——もう終わった。」
机にうつ伏せて、冷たい額が滑らかな木の面に触れた。
まぶたが重い。まるで誰かに鉛を流し込まれたみたいだ。
教室のあちこちで、友達のざわめき、ペンの走る音、
そしてパトリック――いや、パトリック先生、王様パトリック、
もしくはオレの義父パトリック(気分次第で呼び方変わるけど)――が
軍法の基礎についてしゃべってる。
横でケイラ・ヴェイラが身をかがめ、小声で真面目に言った。
> 「ねぇ、起きて。今のうちに起きんと、先生パトリックにチョークぶつけられるよ。」
前の席のカエラがくるっと振り返って、くすくす笑う。
> 「そうそう! 早く起きてよお兄ちゃん。うちのパパにバレたらマジでヤバいから。」
オレはさらに顔を伏せて、だるそうに言った。
> 「ちょっと寝かせてくれよ……。昨日お前ら二人に夜通し付き合わされたんだ、体ボロボロだっつーの。
せっかくウトウトできたのに、朝から授業とか勘弁してくれ…。」
ケイラの頬が赤くなり、咳払いした。
> 「つ、付き合わされたって…! 変なこと言わないでよ、授業中だよ!」
カエラが顎に手を乗せて、にやっと笑う。
> 「ふふっ、まぁ夜のグループ訓練でヘトヘトになったってことでしょ~?」
オレは返事もせずに半分寝かけてたけど、
黒板からチョークの音が聞こえてきた。
パトリックが出席を取っている。
最初から順に名前を読み上げて――そして、オレの名前で止まった。
何も言わず、チョークを手に取ると、
まるで気を込めたようにスッと振った。
ヒュッ!
弾丸みたいな速さでチョークがオレの額へ――。
目を開けずに、オレは手を伸ばしてそのままキャッチした。
一ミリもズレずに。
> 「なにすんだよ、じいさん。死にてぇのか?」
教室が一瞬静まり返った。
みんなの視線がオレに集中する。
パトリックが目を細め、眉を上げて言った。
> 「義父に向かってその口のきき方はなんだ、小僧?」
一歩、また一歩と、重い足音を鳴らしてこっちに来る。
オレの耳たぶをガシッとつかんで、思いきり引っぱった。
> 「いってぇ! 離せよ、じいさん!!」
> 「うるせぇ! 授業中に寝てんじゃねぇ!
お前は軍法を学ぶんじゃなくて、ミイラになる練習してんのか!」
パトリックは机から鉄の定規をつかみ、構えた。
オレが顔を上げかけた瞬間――
バシッ!
完璧なタイミングでオレの額にヒット。
頭の芯までビリッと痺れて、電源が落ちたみたいに意識が消えた。
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> 「パパ、やりすぎだよ。」
ケイラが立ち上がり、眉をひそめる。
> 「お前が甘やかすからだ。婚約者であって、まだ旦那じゃねぇ。分かったか?」
パトリックの声は依然として教師モードのまま。
> 「でももう結婚したようなもんでしょ! お義父さんが旦那を殴るなんてありえない!」
カエラがすぐ口を挟む。
> 「その話は家でやれ。授業続けるぞ。」
パトリックは定規で机をコツンと叩き、講壇へ戻った。
襟を直して、落ち着いた声で続ける。
まるでさっきの「ノックアウト事件」がなかったかのように。
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> 「さて、今日のテーマは“軍事法経済学”。
つまらなそうに聞こえるかもしれんが、
これは“考える兵士”になるための基礎だ。
そして今日は、特別なプレゼントを用意してある。」
そう言って、彼は机の下から大きな鋼鉄の箱を取り出した。
中には数百もの赤金色に光る指輪――
それぞれに学生の名前が刻まれていた。
天井いっぱいに、火のような光が舞い上がる。
> 「これがFLFリング――“Fire-Link Force Ring”だ。」
「天炎帝国の兵士全員に義務づけられている装備で、
身体の神経とエネルギーに直結し、
限られた時間だけ、戦闘能力を100%解放できる。」
男子学生が手を挙げた。
> 「先生、その“限られた時間”って…どのくらいですか?」
パトリックはうなずき、丁寧に答えた。
> 「要するに、体力が続く限りだ。
強ければ長く保つ。
けど、エネルギーが切れたら自動的に停止して、
身体が壊れるのを防ぐ。
武器も、防具も、スキルも、
すべて装着者の戦闘スタイルに合わせて
内部チップ“FLFコア”が生成する。」
そして微笑んで締めくくる。
> 「これから、この指輪が君たちの軍籍IDだ。
無くすな。外そうとするな。
一度つけたら、血と一体になる。」
---
指輪が配られ、
ケイラとカエラは嬉しそうに見せ合っていた。
> 「きれい~! ほら、名前も刻んであるよ!」
「ねぇディエトニャン、見て見て!」
まだ頭がぼんやりしてるオレは、自分の指輪を手に取った。
冷たくて、軽くて、どこか空っぽな感触。
そっと左手の中指にはめた。
そこにはすでに――“ネクサステルニティ”の指輪がある。
宇宙そのものを一点に縛る、あの究極の存在。
FLFリングの赤金色の輝きが、触れた瞬間にかき消えた。
まるで飲み込まれるように。
小さな震動が走り――
宇宙のすべてが、ほんの一拍だけ、息を止めた。
誰も気づかない。
オレだけが小さく身震いして、拳を握りしめ、心の中でつぶやいた。
> 「抑えろよ、ディエトニャン…
もう惑星を一個壊すハメになりたくねぇだろ。」
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ケイラが首をかしげ、にこっと笑う。
> 「なんか真面目な顔してる。…また夢でも見てたんじゃない?」
カエラも笑って言う。
> 「あたしたちが十八になったらさ、
結婚指輪ちゃんと買ってよ? 二つね。
変な倉庫から拾った偽物とか絶対イヤだからね~。」
オレは口元で笑いながら答えた。
> 「あぁ…今度は鼻じゃなくて、ちゃんと頭で選ぶよ。」
二人がくすくす笑う。
講壇の上でパトリックがため息をついた。
> 「神よ…この三人を同じクラスにしたのは何の罰なんだ…。」
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笑い声が教室いっぱいに広がる中、
オレは手元を見つめた。
二つの指輪――
ひとつは人間のもの、ひとつは神のもの。
まるでオレが生きる二つの世界みたいだ。
人のための世界と、無限のための世界。
> 「夢はまだ終わってない。」
「でも今回は…きっと、夢じゃない。」
AIT軍事学院での最初の授業は、予定より早く終わった。
真昼のオーリオンの陽射しが高いガラス窓を通り抜け、
壁に溶けるような黄金の光を描き出していた。
俺――ディエトニャンは、大きなあくびをしながら教室を出た。
両隣にはカエラとケイラ・ヴェイラ、
歩くだけで学院中の視線をさらっていく双子だ。
三人で寄宿舎に戻る。
「寄宿舎」と言っても、B2の105号室は百平方メートル近くあって、
キッチンも風呂も、仕事スペースも完備。
バルコニーからは生態庭園が一望できる。
あのパトリック――二人の父で、俺の「未来の義父」でもある男が、
昔こう言ってた。
> 「うちの家族になった以上、どこにいようときちんと暮らせ。
だらしなさは恥だ。」
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部屋に入るなり、ケイラがソファに倒れ込み、
お腹をさすりながら、のびた声で言った。
> 「あ〜ん、お腹すいたぁ〜。
なんか買ってきてよ。もう幻覚見えそう…。」
俺は靴を脱ぎながら、軽くにらんで言う。
> 「授業終わって三十分も経ってないぞ。
朝だってサンドイッチ三つにミルク二杯も飲んだろ?
まさか腹の中で火竜でも飼ってんのか?」
ケイラがガバッと起きて、腰に手を当てた。
青い瞳にカチンと火が入る。
> 「どういう意味それ? あたしが食いすぎって言いたいの?
それとも太ったって言いたいの?」
俺は思わずゴクリと唾を飲んだ。
> 「えっと…その…まぁ、近い…かも?」
部屋の空気が一気に冷える。
机に座っていたカエラが振り返り、ニヤッと笑う。
> 「あんた勇気あるねぇ。
この学院でケイラに“太った”って言える男、たぶんあんたしかいないよ。」
ケイラは腕を組み、ほっぺを膨らませる。
> 「いいわ。あたしが太いって言うなら、
今夜は外で寝なさい、オーリオンの十二度の夜空の下でね。」
> 「おいおい、冗談だろ!? 外、めっちゃ寒いって!」
> 「知らない。女をからかった罰だよ。
男のプライドと一緒に凍ってなさい。」
カエラが油を注ぐように笑いながら言う。
> 「女に“太った”って言うのは、罪深いんだよ〜。」
俺は頭をかきむしりながらため息をついた。
> 「ごめんごめん、冗談だって。
太ってなんかないさ、ただ…ちょっとふっくらしてて可愛いだけ。」
> 「聞こえな〜い! もう口が太ってる人の言うことなんて信用できない!」
ケイラは手を振って背を向けた。
「はい、追放決定。天国からの退場どうぞ〜。」
ドンッ、とドアが閉まる音。
廊下の壁に背を預けて、俺は深く息を吐いた。
> 「また拗ねたか…。
三年経っても変わんねぇな。結局、機嫌直すには食べ物しかない。」
---
財布を取り出して階下へ。
AITの自動コンビニは食料から訓練用武器、ロボット部品まで何でも揃う。
俺は辛口ミー(混ぜ麺)を二つ、トッピング倍増、
それにタピオカミルクティーのLサイズを二つ選んだ。
> 「ミー二つ、辛さレベル5で。トッピング倍な。」
ピッと支払いを済ませる。
温かい袋を手に、部屋へ戻る。
ドアを軽く叩いて、声をかけた。
> 「なぁ、もう機嫌直せよ。
お前の好きな辛さレベル5だぞ、
ピリッとしてて、コクもあって、お前みたいに。」
部屋の中が数秒静まり返る。
それから小声が漏れた。
> 「ケイラ、…ご飯来たみたい。」
> 「うん…冷めたらまずいし、今回は許すか。」
ドアがそっと開く。
双子の顔が並んでのぞく。
ケイラが腕を組み、眉を上げる。
> 「わかった? 入っていいけど、
次また“太った”とか言ったら廊下行きだからね。」
俺は頭を下げ、真面目くさった声で言う。
> 「我が命を救う二人の女神に感謝を。」
カエラが笑いながら袋を受け取った。
> 「お世辞、下手くそ〜。
ねぇ、どうしてあたしたち、こんなに拗ねやすいか分かる?」
> 「女の本能?」
> 「違う。――怖いからだよ。」
ケイラが静かに言葉を継ぐ。
> 「昨日の夢みたいに…
いつか、あんたがまたいなくなるんじゃないかって、
それが怖いの。」
胸がチクリと痛んだ。
俺もその夢を見た。
捕らわれ、カエラが傷つき、世界が崩れ落ちる夢。
ただの悪夢だと思ってた。
でも、彼女の言葉で確信した。
> 「お前たちも…見たのか?」
> 「うん。」 二人が同時に頷く。
「アンタが縛られて、エードリックがいて、血が流れてた。
しかも、全部ハッキリ覚えてるの。」
俺は窓の外を見た。
夕陽がオーリオンの屋根に砂金のような光を落としていた。
> 「…たぶん、あれは夢じゃない。」
「記憶なんだ。時間の渦の中で、俺が歩いた軌跡のひとつ。」
カエラが静かに問う。
> 「時間の渦って、どういう意味?」
俺は二人を見つめ、言葉を選びながら答えた。
> 「昔、俺は王だった。
地図にも載らない、果ての果ての世界の。
一息で宇宙を滅ぼせるほどの存在だった。」
> 「うそでしょ…?」 ケイラが目を丸くする。
> 「嘘じゃない。
でもな、永遠にも、力にも、飽きたんだ。
だから自分を壊して、人間として生まれ直した。
生きる痛みと、愛する喜びを知りたくてな。」
しばらく沈黙が流れた。
ケイラが小さく尋ねる。
> 「じゃあ今は…寂しくないの?」
俺はソファにもたれ、ゆっくり笑った。
> 「いや、今は最高に幸せだよ。
神と戦うより、
お前ら二人に振り回される方がずっと疲れるけどな。」
三人で声を出して笑った。
> 「ほら、食べよ。冷めたらまた拗ねるだろ?」
> 「ふん、わかってる。」
ケイラが麺を箸でつまみ、
辛い香りが部屋いっぱいに広がった。
その瞬間――
光も、温もりも、笑い声も、
全部が一枚の穏やかな絵になって、時間が止まったように感じた。
> 幸せって、案外こんなもんかもしれない。
小さな部屋で、三人で温かいご飯を食べながら、
世界が何度繰り返されても、
またこの瞬間に戻れるなら――それだけで、もう十分だ。
ブックマークしてくださって、本当にありがとうございます!
皆さんの応援が、物語を書き続ける一番の力になります。
これからも少しずつですが、心を込めて更新していきますので、
最後まで見届けていただけたら嬉しいです。
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