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「最弱に転生したので、最強のハーレムを作って身を守ることにした」  作者: Duck Tienz
第19章 メインストーリーが始まる
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Episode 184

 俺の部屋は北側の廊下にくっついている。

 壁は薄い鉄板みたいなもんで、外を誰かが歩くだけで靴の音が鳴り響き、遠くの太鼓みたいに反響する。

 中は、黄色い灯りが壁を照らし、ぼんやり暖かくて、でもどこか寂しい空気が漂っていた。


 俺はベッドに背をもたれ、黙ったまま座っている。

 顔はまだ天火(テンカ)の拳で腫れ上がって紫色。

 乾いた血が口の端にこびりつき、鉄臭い味が舌の先にまだ残っている。


 そのとき、ドアがバンと開いた。

 ケイラが入ってきて、小さな薬箱を手にしていた。

 廊下からの光が彼女の顔に当たり、絹の布みたいに柔らかくなる。


「じっとしてて。治療するから」

 彼女は風のように優しい声でそう言った。


 俺は彼女を見つめて、ちょっとだけ皮肉っぽく笑う。

「記憶なくしたんじゃなかったのか? 赤チンの分量まで覚えてるとはな」


 ケイラは一瞬動きを止めた。

 薬箱をテーブルに置いて、ため息をつき、そして顔を上げる。

 その瞳には、ほんとのものと嘘のものが混ざって光っていた。


「記憶喪失なんかじゃない。ただ……演じてるだけ」


 俺は眉を上げて小さく呟く。

「演じる? なんでそんなことを」


 彼女は薬のフタをゆっくり開けながら、淡々と、でもどこか悲しげに言う。

「叔父のエイドリックと軍事評議会が、ずっと私を監視してるの。

 もし私がすべて覚えてるってバレたら、自由を奪われる。

 時間が欲しいの……考えるために。誰が本当に忠誠を持ってるのか、探るために」


 彼女は一拍おいて、さらに低い声で続ける。

「私ね、あなたが思ってるような普通のお嬢様じゃないの。

 政府側の人間で、ヴェイラ家の唯一残った継承者。

 父は本物の国王だった。でも死ぬ前に、ひとつの密命を残したの。

 “戦争が再燃したら、継承者を何としても守れ”って」


「そして今……戦争が本当に近づいてるの、ディエツニン。

 天火帝国は東で軍を集めてるし、周辺国は裏で同盟を結んでる。

 衝突が起きたら、最初に巻き込まれるのはテラク。

 私は大きな盤上の、たったひとつの駒に過ぎない」


 俺は黙って彼女の瞳を覗き込み、しばらくの沈黙のあと、低く言った。

「知ってるよ」


 ケイラが少し顔を上げる。

「知ってる? どういうこと?」


 俺は息を吐き、山風の間に挟まったような低い声で言う。

「もうひとつ知ってる……君の叔父さん、死ぬよ」


 ケイラの手が空中で止まった。

「……なんて言ったの?」


 俺は視線をそらさずに答える。

「エイドリックは、俺たちをオーリオンに送り届けたあと死ぬ。

 その死はもう時間の線に刻まれてる。俺には止められない」


 彼女は震える声を押し殺しながら言った。

「……見えたの?」


 俺は小さく首を振る。

「“見えた”じゃない。“思い出した”んだ。

 これはもう起きたこと。ただ俺たちがもう一度生きてるだけだ」


 ケイラは半歩後ずさり、小さな肩が震える。

「そんな……叔父は私の最後の身内なのに……」


 俺はそっと彼女の肩に手を置き、低く囁く。

「傷つけたくない。でも強くなってほしい。

 もうすぐ、俺たち二人の手にも負えないことが起きる。

 君の力はただの血筋じゃない。

 ヴェイラ家に流れる古代エネルギーの“脈”に繋がる特別なものだ。

 戦争になれば、世界中が君を狙う。だから冷静でいてくれ」


 彼女は唇を噛み、涙がひとしずく落ちたが、かすかな笑みを浮かべた。

「あなたって、いつも預言者みたい。なんでも知ってる顔して……」


 俺は掠れた声で答える。

「だって俺はもう見てきたんだよ。

 帝国の終わりも、信じるものが崩れる瞬間も。

 今は信じなくていい。でもオーリオンに着いたらわかる。

 すべては、あそこから始まる」


 ケイラはもう何も言わなかった。

 赤チンを綿に染み込ませ、俺の唇の傷にちょんと当てる。

 ひやりとしたあと、じりっと焼けるようにしみた。

 彼女は顔を近づけ、息づかいが肌に触れるほどの距離まで寄ってくる。


 その瞬間、時間がゆっくり伸びた気がした。

 二人の間には、呼吸と鼓動だけが残る。


 彼女はほとんど空気に溶けるような声で呟く。

「知ってる? あなたと会ってから、不思議なくらい安心するの。

 全部覚えてないはずなのに……なぜか心の奥で、あなたが命をかけてくれたって感じるの」


 俺はかすれ声で答えた。

「俺も……初めて本気で信じてもらえた気がする」


 短い沈黙のあと、ケイラは弱い笑みを浮かべ、薬箱を置いて軽く言った。

「終わったよ。早く休んで。明日出発だから」


 俺はうなずくけど、彼女の背中を目で追う。

 廊下の冷たい風が吹き込み、彼女の髪がふわっと舞った。

 その瞬間、俺は悟った。

 彼女は強がってるんじゃない。倒れないよう必死に踏ん張ってるだけだ、と。


 ──夜、基地は静まり返っていた。

 目を閉じかけたとき、隣のバスルームから水の音が聞こえた。

 一定のリズムで落ちる水音と、換気ダクトの金属の匂いが混じり合う。


 しばらくして、ドアがそっと開く。

 湯気がもわっと溢れ、黄色い灯りに霞がかかる。


「きゃっ!」

 驚きと恥じらいが混じった声が響いた。


 俺は飛び起き、ドアを叩く。

「ケイラ! どうした?!」


 中から彼女の震える声が返ってくる。

「な、何でもないの! ただ……胸がちょっと腫れてる気がして……薬の副作用かも……」


 俺は慌てて言う。

「見せてみろ、危ないかもしれないだろ——」


 言い終わる前に、足が濡れた床で滑った。


 ドンッ!


 俺の身体はそのまま中へ転がり込み、肩を壁にぶつけた。

 そして……唇が彼女の唇に触れた。


 時間が止まった。

 湯気の熱、髪の匂い、肌の匂い、荒い息。

 ケイラの目が大きく開き、頬は真っ赤、雨に打たれる花びらみたいに震えている。


「……あ、あんた……最低!!」

 彼女がしどろもどろに怒鳴る。


「ちょ、待って、違——」


 バチン!


 頬に雷みたいな平手打ちが飛んできた。

 世界がぐるっと回り、灯りが金色の線になって滲む。

 そして、暗闇が押し寄せた。


 その日二度目の失神だった。


 朝の光がカーテンの隙間から差し込み、灰色の鉄の壁を金色に染めていく。

 目を開けると、頭が少し重くて、体の傷もまだじんじん痛む。

 でも一番気になったのは……左腕のあたりにある、あの温もりだった。


 ケイラが横向きに寝ていた。

 髪は少し乱れて、頬にかかり、俺の肌にそっと温かい息をかけている。

 腕は彼女に枕代わりにされて、もう痺れて感覚がないのに、なぜか抜きたくなかった。


 よく見ると、彼女の体が本当に変わってきている気がした。

 肩はわずかに広がり、首は長くなり、パジャマは胸のあたりで張っていて——生地がはち切れそうなほどだ。


 俺は息を吐き、驚きと同時に切なさを感じて、つぶやいた。

「……お前、ほんとに大きくなってきたな、ケイラ。体がずいぶん変わってる」


 ケイラはびくっとして目を覚まし、何度か瞬きをしてから起き上がった。

 慌てて毛布を胸に引き寄せ、震える声で言う。

「わ、わたし……どうしてこうなったのか分からない! 昨日の夜は普通だったのに……」


 俺は小さく笑って、頭を軽く撫でた。

「大丈夫。お前はまだ十二歳だろ、思春期なんて普通のことだ。体が発達してるだけ。

 ただ、昨日の回復薬はちょっと強すぎたから、人より反応が早くなってるだけだ」


 ケイラは目を丸くする。

「その薬……バイオステーションのやつでしょ?」


 俺は頷き、ゆっくり説明した。

「ああ。高位バイオ兵用の回復溶液だ。戦場で使うやつ。

 細胞の自己再生を促して、骨や筋肉まで通常の十倍の速さで成長させる。

 戦士の血を引くお前みたいな体だと、その反応が制御を越えることがある——急成長、ホルモンの急放出、一晩で体が変わることもな」


 ケイラは毛布の端をいじりながら、声を落とした。

「じゃあ……わたし、これからもっと変わるの? 危なくないの?」


 俺は自分のマントをそっと彼女の肩にかけた。

「危なくないさ。お前の体は本来の形を取り戻してるだけだ。

 封じられてた本能を“思い出して”ると思えばいい。怖がらなくていい、休めば数日で落ち着く。

 ただし、これからも成長は続くから覚悟しとけよ」


 彼女はしばらく俺を見つめ、透明な瞳がかすかに震えた。

「あなたって、いつも何でも知ってるみたい。まるで……全部経験してきた人みたい」


 俺は微笑んで、声を低くした。

「戦争が人をどう変えるか、体も心も、嫌というほど見てきたからな。

 お前も同じだ。人は、自分で選ぶ前に大人にされることがある」


 部屋は再び静まり返った。

 ケイラは小さく頷いて、囁いた。

「ありがとう……変に見ないでくれて」


 俺は笑って、カーテンを引き、光が彼女の顔に当たらないようにした。

「誰だって大きくなるんだ。気にするな」



 ---


 廊下の外で軍靴の音が響いた。ドアが開く。


 エイドリックが入ってきた。背は高いが痩せていて、顔に疲れが滲んでいる。後ろには二人の護衛兵。

 短い言葉だが、まだはっきりした声で言った。

「ディエツニン。ケイラ。二時間後にオーリオンへ発つ」


 ケイラはまだ眠たげな目で瞬きをした。

「叔父さん……なんでそんなに急ぐの? 昨日やっと調査が終わったばかりなのに」


 エイドリックは彼女を見てから、俺に目を向けた。

「都市の情勢が変わった。昨夜、斥候から報告があった。

 氷洋強国のスパイがエネルギー中央区に侵入し、“原晶の欠片”を探していた——お前の父上が死ぬ前に守っていたものだ」


 ケイラは息を呑む。

「父が言ってた……あれは“国防シールド網”のコアだって。でももう封印されてるはずじゃ……」


 エイドリックは静かに頷き、目を暗くした。

「封印してるだけで消えてはいない。敵が奪えばテラクの防衛システムはすべて破られる。

 だからお前をオーリオンへ運ぶ。王家の正当な継承者を守れるのは、あそこだけだ」


 ケイラはうつむき、小さく言った。

「継承者って……わたしのこと?」


「そうだ」——エイドリックはゆっくり言う——

「お前は国王エランディルと王妃リリアの一人娘だ。二人は十年前の反攻で亡くなった。

 そのとき王血を守るため、俺はお前を死んだことにして、テラクで密かに育ててきた。

 今、戦争が戻ってくる。王の血を絶やすわけにはいかん」


 部屋に沈黙が落ちる。俺は彼を見て問う。

「じゃあオーリオンに着いたら、彼女の正体を公表するつもりか?」


 エイドリックは頷く。

「そうだ。王権評議会に継承者が生きていることを知らせなければ、

 周辺国はテラクを無主と見て奪いにくる。オーリオンは北部の運命を決める政治の中心だ」


 ケイラは手を握りしめる。

「でも……わたし、王様のことなんて何も分からない。父の遺したものも……」


 エイドリックは疲れた目で優しく笑った。

「分からなくていい。生きてさえいればいい。あとのことは俺がやる」


 俺は彼の顔色が前より青白く、口元が震えているのに気づき、尋ねた。

「大丈夫か、エイドリック?」


 彼は少し止まり、無理に笑った。

「大丈夫だ……昔の疲れが出ただけだ。もう若くないからな」


 俺はじっと見て、手首の青い血管が浮いて震えるのを見て、胸騒ぎがした。

「病気なんじゃないか?」


 エイドリックは数秒黙ってから、ため息をついた。

「……隠せんか。ああ、俺はエランディル家の遺伝病“脊髄変性”を患っている。

 医者は半年と言った。だから、俺はお前たちとオーリオンまで行けん。

 着いたら俺の部下が迎える。すべてを知っている者たちだ」


 ケイラは立ち上がり、目を赤くして叫ぶ。

「いや! 叔父さんが一緒じゃなきゃ行かない!」


 エイドリックは近づいて、頭に手を置き、ゆっくり、悲しげに言った。

「ケイラ、聞け。お前は王家の未来だ。俺は最後の火守りに過ぎない。

 俺のために、お前の運命を投げ出すな」


 空気が鉛のように重くなる。俺は何も言えなかった。真実より軽い言葉なんてないからだ。


 しばらくして、俺は問う。

「どうやって行く? 主要ルートは全部封鎖されてる」


 エイドリックは目に昔の自信を取り戻して言った。

「超エネルギー船で行く——お前の父が遺した船だ。反物質コアを積み、音速の五倍で飛ぶ。

 起動できれば二時間もかからずオーリオンに着く」


 ケイラは口を開けた。

「でもあの船、父が死んでから誰も動かせなかったじゃ……」


 エイドリックは微笑む。

「起動できるのはお前だけだ。王権の“エネルギー署名”が血に刻まれている。

 お前がコアに触れれば、システムが認証して動く」


 彼女は俺に目を向け、少し怯えた声で言う。

「あなた……一緒に来てくれる?」


 俺は頷き、彼女の手を強く握った。

「俺はお前の護衛だ。オーリオンがどんな場所でも、そばにいる」


 エイドリックは微笑み、父親みたいな顔をした。

「よし。食料と服を用意させる。二時間後、東の発着場で」


 彼はゆっくり歩き出し、少し足を引きずる。ドアが閉まり、足音が遠ざかっていく。



 ---


 ケイラはベッドの端に腰を下ろし、虚空を見つめたまま呟いた。

「ねえ……オーリオンに行ったら、全部うまくいくと思う?」


 俺は少し黙ってから答えた。

「そうとは限らない。でも少なくとも、あそこなら選べる。ここにいれば戦争に巻き込まれるだけだ」


 彼女は小さく笑い、震える声で言った。

「わたし、テラクから出たことないんだ。怖いよ……」


 俺は肩に手を置き、子守唄みたいに優しく言う。

「いつも強くなくていい。俺を信じればいい」


 彼女は顔を上げ、潤んだ目で言った。

「あなたのその言葉……あったかいね。外のこと全部、耐えられる気がする」


 俺は笑い、少しの服をバッグに詰めながら言った。

「さあ、準備だ。二時間後にはここを出る。太陽が真上に来る前に」


 ケイラはこくりと頷き、丁寧に荷物を詰め始めた。


 外では、朝の光がテラクの鉄の屋根を金に染めていた。

 煙と火に沈もうとしている都市。

 そして俺は分かっていた——あの船が動き出すとき、変わるのはケイラの運命だけじゃない。

 俺自身の人生も、もう戻れない道に入るのだと。

ブックマークしてくださって、本当にありがとうございます!

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これからも少しずつですが、心を込めて更新していきますので、

最後まで見届けていただけたら嬉しいです。

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