Episode 180
セリナが俺に薄い書類の束を差し出した。
けれど、その一枚一枚は石みたいに重かった。
TOATの光が彼女の手の甲に射し、紙の上に葉脈みたいな光を刻む。まるでこの樹そのものが俺たちを覗き込んでいるかのように。
彼女はすぐには何も言わなかった。
ただ渡すだけ。指先がかすかに震え、目の奥に、欲望よりもっと深いものが沈んでいる。
俺はそれを受け取った。
表紙は冷たく滑り、十万年を生きたこの手が、わずかに震える。
「これは……?」と俺は低く尋ねた。
自分の声じゃないみたいに響いた。
セリナは息を吸い込み、肩を張る。
「これは、あなたが地球へ降りた後の役割についての情報です」
その声は柔らかいのに確かで、木肌を刃が撫でるみたいだった。
「よく読んで。今回は、これまでの旅とは違うから」
俺は開いた。
そこにはっきりと書かれている――俺は“ディエット・ニン”の名を保つ。
だが地上に降りる時、俺の年齢は十四歳に戻る。身長は一九五センチから一七七センチへ。俺が何兆もの女たちを支えてきたその力は封じられ、〈ネクサステルニティ〉という鎖に繋がれる。必要な時だけ、それが外されるのだと。
俺は唾を飲み込み、一文字ずつゆっくり読んだ。
「……俺、子供として生きるってことか?」
声はかすれていたが、彼女には届いた。
セリナは頷き、目を書類から離さない。
「そう。天火帝国では、あなたは宮殿に住めない。玉座にも座れない。崇める視線もない。
あなたはスラムに落ちるの――最下層、犯罪と飢えに満ちた街で。あなたは名もない十四歳の少年として、泥の中で、ゴミの中で一日一日を生きなきゃならない。あなた自身で道を探し、自分を証明して……彼らに“征服者”じゃないと見せるために」
その一字一字が矢みたいに俺の目に突き刺さる。
銀河の女王たちの夫、何兆もの女たちを抱えた王だった俺が、今度は名もなき少年へ。
俺は書類を閉じ、彼女を見た。
「……記憶は?」
彼女はすぐ首を振り、声を柔らかくした。
「消えない。あなたは私たちを覚えている。TOATも覚えている。無限の夜にあなたと心拍を重ねた一人一人の顔も覚えている。それだけは、私、触れられなかった。あなたがそれを持っていなきゃ。あなたの錨だから」
俺は頭を下げ、書類を握りしめ、角が歪んだ。
「セリナ……なぜだ? なぜ俺を底まで落とす? 俺が何度やってきたか知ってるだろうに」
セリナは歩み寄り、俺の前に座り、顎を持ち上げる。
その瞳は銀河みたいに光っていたが、かすかに震えてもいた。
「今回は違うから。あなたは拡張のために来るんじゃない。最後の地球を救うために来るの。
そこでは誰もあなたを知らない。あなたの名を聞いたこともない。
彼らは極端な女権の中で、疑いと憎しみと傷を抱えて生きている。
あなたは普通の人として降り、あなたの心を見せなきゃ。力じゃなくて。
それだけが、彼らが信じ、枝を伸ばす唯一の道だから」
俺は黙った。
彼女の言う通りだ。
でも胸の痛みはそのままだった。
セリナは俺の手を握り、初めて声を震わせた。
「心配しないで……私たちはいつも見てる。あなたが必要なとき、守る。
一緒には行けないけど、ここにいる。
あなたは一人じゃない。私たちがいる――どれだけ遠くても」
俺は小さく頷き、まっすぐ彼女の目を見た。
「……お前たち、無事でな。俺、必ず戻る。約束する」
その言葉は、TOATの影の下で、誓いみたいに響いた。
なじんだ光を断ち切る刃みたいに。
俺は背を向けた。
目の前には小さなトンネルがあり、TOATの枝の奥深くに続いている。
そこが地球への座標、誰も触れたことのない脈。
一千万年の樹液の匂いが肺に満ちる。
セリナが後ろで、かすかに呼んだ。
「あなた……」
俺は振り返らず、笑って、手をその巨木に置いた。
「分かってる。お前たちを失望させない」
深く息を吸い、歩き出す。
一歩ごとに光に沈む。
細胞の一つ一つが震え、砕けるように若返っていく。
最後の一歩を踏むと、巨大な光がすべてを包み、俺の周りのものを白い無限に投げ入れる。
俺は縮められ、若返り、孤独になっていく感覚を覚える。
けれど頭の中にはまだ全部がある。TOAT、セリナ、彼女たち、何兆もの子孫。
新しい旅が始まる。
俺――ディエット・ニン――もう女銀河の神じゃない。
ただの十四歳の少年として、見知らぬ世界へ落ちていく。
だが胸の奥で、心臓はまだ打っている。
一拍は過去のために。
一拍は未来のために。
――「来たか……」
俺は笑って、光に呑まれた。
俺は目を開けた。
かすかな風が顔を撫で、野草の青臭い匂いを運んでくる。
小さな丘の上で、緑の草は風に身を伏せ、まるで目に見えない手が俺を迎えているみたいに揺れている。
俺は転生に成功した。
ネクサステルニティの重苦しい感覚が、目に見えない鎖となって心臓を締めつけているのを、まだはっきり感じる。
俺は身を起こし、立ち上がった。
目の前には、まるで二つの世界を無慈悲な線で裂いたような、見知らぬ光景が広がっていた。
左側――光に満ち、清潔で、まばゆい。
ネオンを纏った高層ビルが林立し、電子の血管が夜の中を脈打つように光が瞬いている。
空中を静かに流れる車、輝く軍服を着た人影、秩序と権力の匂い。
そこは貴族、あるいは少なくとも認められた者たちのための場所だ。
右側――破れた土地。
巨大なゴミ捨て場のように、錆びた金属と有機廃棄物が混じり合い、獲物を探す獣みたいにうずくまる人影。
溶けたプラスチック、汗と血が絡み合った臭気。
ひと目見れば分かる――そこは社会の底辺がぼろ切れのように投げ込まれた場所だ。
俺は自分を見下ろした。
身にまとっている服は……乞食同然。
破れて汚れ、泥にまみれている。胸には乾いた血のしみが刺青のように残っている。
俺は鼻で笑った。
「やるな……セリナ。言った通りだ。神から名無しに落とすとは……お前たち、本当に旦那を試すのが好きだな」
その時、耳の奥で聞き慣れた声が響いた。
鋼線のように張りながらも、どこか優しいセリナの声。TOATと俺をつなぐ細い糸を通して届く。
> 「聞こえる? ここは天火帝国の下層よ。左に見えるのが〈高層区〉――政府、軍、貴族の中心。右は〈低層区〉――市民権を奪われた者たちが押し込められる場所。
ネクサステルニティは、あなたの力を完全に封じている。飛ぶことも、現実をねじ曲げることもできない。もし試せば、指輪のシステムがあなたの心臓を締めつけ、抑制する。
私たちはそうするしかなかった。あなたが本当に必要な時だけ、鎖は解ける」
俺は口の端を吊り上げ、小声で返した。
「了解……つまり小さな跳躍さえもう無理ってわけか。お前たちは俺をただの人間にしたい……征服者じゃない姿を見せるために」
> 「そうよ」
今度のセリナの声は、ゆっくり、柔らかくなっていた。
「あなたは彼らの中に、普通の人として入っていかなきゃいけない。
彼らは極端な女権社会の中で、生傷だらけで疑い深く生きている。
あなたの心で信じさせるしかないの。
そうでなければ、あなたは侵略者だと思われ、私たちが築いてきたものはすべて崩れる」
俺は深く息を吸い、むき出しの手のひらを見つめた。
軽く膝を曲げ、試しに跳んでみる。
十万年、意念ひとつで空を開いてきた癖がまだ抜けない。
だが――何も起こらない。
次の瞬間、俺の体は石のように引きずり下ろされ、草の上から足を滑らせ、丘の斜面に転がり落ちていった。
「ちくしょう――!」
耳元で風が叫ぶ。
草が裂け、鋭い石と土が肌を打つ。
その一撃一撃が小さな刃となって肉を裂くみたいだ。
俺は制御を失い、五十メートルの高さから転がり落ちる。十四歳の新しい肉体は耐えられない。
「ゴホッ……ゴホッ――!」
胸に鋭い痛みが走る。
心臓に見えない刃を突き立てられたようだ。
視界が滲む。
かろうじて顔を上げると、ゴミ捨て場の脇に立つ小さな少女が、怯えた目で俺を見つめているのが見えた。
その影が震え、唇が動いているが、もう何も聞こえない。
> 「耐えて……」
最後にセリナの声が頭の中にかすかに響いた。
「これは始まりにすぎない。自分が誰か、忘れないで。私たちはここにいる……」
世界が黒く塗りつぶされていく。
俺は意識を失った。
この章は少し短いようですが、生活のためにまだお金を稼ぐために外出しなければならないことをご理解ください。ストーリーの公開頻度が不定期であるため、遅れが生じています 相互作用が失われました。
もしこの記事が少しでも面白いと思ったら、評価をお願いします。下にスクロールすると、評価ボタン(☆☆☆☆☆)があります。
このページをブックマークしていただけると、とても嬉しいです。ぜひやってください。
もしよろしければ、フィードバックもお聞かせください。
評価、ブックマーク、いいねなどは、私が執筆する大きな励みになります。
どうもありがとうございます。




