18.天龍、ただ一手で玉女派宗主を伏せさせた
白雲が山頂の周囲にゆるやかにたなびき、風は竹林をざわめかせながら、ほのかな花の香りを運んでくる。
玉女派の本殿——白木で精巧に建てられ、優雅な梅の彫刻が施された殿堂——では、今、空気が凍りついたように重く、大嵐の前触れのような緊張感が漂っていた。
玉女派の掌門・雲静師太は淡い藍色の道袍をまとい、鋭い剣のような眼差しを少年に向けていた。
その前に座すのは、白衣をまとい、古剣を背に負った少年。まるで宴席にでもいるかのような余裕を見せていた。
——彼こそが、「天龍」であった。
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>「少年よ……」
雲静師太の声は穏やかでありながら、見えない圧力を秘めていた。
「我が弟子を救ってくれたことには、感謝する。」
「しかし、勝手に玉女派へ踏み込んだ上に、秘伝書を貸せとは……ふん? ここを、誰もが気軽に要求できる場所だとでも思ったのか?」
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天龍は茶杯を口に運び、ゆっくりと一口すする。
「カチャッ」——茶碗を木の床に置く音は、雪解けの冷たさのように静かに響いた。
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>「言いたいことは、二つだけだ。」
「一つ——もし貸さぬというなら、奪うまで。」
「二つ——玉女派の誰も、殺したくはないが……強いられれば、そうもいかぬ。」
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言葉が終わるや否や——
ドンッ!!
天龍の体から見えざる気の波が殿内に一気に拡がった!
瓦が震え、柱が「ギィ…ギィ…」と悲鳴を上げ、足元の絨毯が波打つように揺れた。
殿の周囲に立っていた玉女派の弟子たちは皆、顔を青ざめさせた!
何人かはよろめいてその場に尻もちをつき、顔から血の気が引いていた。
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>「内力…な、何という化け物なの…!?」
「彼…私より若いのに…!」
「そんな…あり得ない!」
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雲静師太は眉をひそめ、心は石のように沈んでいた。
——一つの眼差し、一つの言葉だけで、百人近い弟子たちを畏怖させるだと…!?
この内力、もはや武術の常識を遥かに超えている…!
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>「お前……一体、何者だ?」
師太は冷ややかに問い、手は密かに護身の印を結ぶ。
「無名の少年が、どうして我が派をここまで威圧できるというのだ…!」
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天龍は口元に微笑を浮かべるが、答えはしなかった。
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>「理由などいらぬ、説明も無用。」
彼は冷淡に言い放つ。
「選択肢は二つ。」
「一つ、秘伝書を自ら渡せば、これ以上の血は流れぬ。」
「もう一つ——俺が自ら取りに行くまでだ。」
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静寂——音すら凍てついた。
外の森の鳥たちも鳴き止み、雲間から現れた月が、無情な白衣の背を照らす。
まるで虚空から降臨した戦神のように——。
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>「不遜な!」
雲静師太が叫び、印を結ぶ。
「玉女心経——寒玉霄霜掌!」
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ビュウウウッ!!!
掌から放たれた白銀の気が、天龍に向かって一直線に突き進む。
その冷気は骨まで凍らせるほどの殺気を伴い、通過した床石も柱も、空気すらも凍りつき、ひび割れを生じさせる!
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だが——天龍は微動だにせず。
座ったまま、ただ二本の指を静かに前へ——風に舞う髪を摘むかの如く。
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「パチッ!」
強烈な掌撃は、二本の指の間であっさりと挟まれ……
まるで夢が砕けるように、粉々に消えた。
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>「なっ……!?」
雲静が三歩退き、目を見開く。
「お前…指だけで…!?」
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天龍の眼差しは、静かな湖のように澄みきっていた。
>「お前の武術……隙が多すぎる。」
「一つの型を見れば、掌法全体の気の流れが読み取れる。」
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>「ば……馬鹿な!」
雲静は声を失う。
「あの掌法は、十年の修練を要するはず…それを…!」
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>「お前が下手なのではない。」
天龍は冷たく遮る。
「ただ、俺は——お前より、高みにいるだけだ。」
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ドンッ!!!
天龍が一歩、足を踏み出す。
それだけで殿が震えた! 石柱が「ゴォォン…」と響き、天井から石片が落下する!
内力の浅い弟子たちは、藁のように地に伏した!
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雲静はよろめき、気血が逆流する。
——この少年、もはや人ではない……魔界より来た修羅そのもの!
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>「持って行け……」
雲静は歯を食いしばり、膝がわずかに震える。
「だが……覚えておけ……」
「お前は、今、武林全体を敵に回したのだ。」
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天龍は彼女に歩み寄り、身をわずかに屈め、冷たい光を帯びた瞳で言った。
>「ならば——中原武林全体よ。」
「早めに、葬礼の準備でもしておくがいい。」
雲を裂くような冷風が吹きすさぶ中、蒼い道袍が内力に揺らめく。
── 玉女派の掌門・雲静師太は、拳を強く握り、深く息を吸い込んだ。
目に宿るのは、燃えるような闘志。全身の内力が限界まで高まり、空気が震える。
> 「たとえ命を落としても… 玉女派の尊厳だけは守り抜く!」
そう歯の隙間から絞り出すように叫ぶと、彼女は一気に突進した!
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シュッ!!
シュバシュバシュバ!!
嵐のような白い掌撃が天龍を四方から包囲する!
左手からは《玉羽飄雪掌》、右手からは《白梅蔵雲掌》。
一つひとつの技が精密かつ迅速で、傍から見ても残像すら捉えがたい!
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だが──天龍は剣すら抜かぬまま。
その場を離れず、ただ… 身体をわずかにひねる。
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スッ…
ヒュッ!
ピタッ。
掌撃が風を裂き、彼のすぐ傍を通り過ぎる。
その衣の袖がふわりと舞い、長い髪が夢幻のように揺れた。
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> 「遅すぎるな。」天龍は冷笑を浮かべる。
「こんな速度で、“一派の掌門”とは笑わせる。」
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> 「き、貴様…!」
怒りに血が逆流し、雲静の顔が紫に染まる。
「人を… 馬鹿にするにも程がある!!」
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彼女は体勢を変え、気を最大まで練り上げると──
玉女派三大絶技を連続して繰り出す!
《蓮華重影歩》
《玉雲飛鳳掌》
《氷心鎖魂勁》
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雷光の如き一撃、
幾重にも押し寄せる波の如き一撃、
心の奥まで凍らせる冷気を帯びた一撃!
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三つの大技が同時に天龍へ迫り、彼を灰すら残さぬよう消し去ろうとする!
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──しかし。
彼は、ただほんの少し首を傾け、
半歩だけ後ろへ退き、
掌を軽くひねるだけ。
スッ…
ヒュッ…
トン。
その全ての殺気に満ちた技は、天龍の肌すらかすめず、
髪の一本にも触れることなく──空を切った。
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> 「実に…」天龍は首を振り、どこか落胆した眼差しで語る。
「お前の掌法が間違っているとは言わん。」
「だが──決定的に欠けているものがある。」
「それは、“思考”だ。」
「型に従い、手順通りに… それでは何も通じぬ。」
「“生きた書”である私に、死んだ書で挑むとは滑稽だ。」
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雲静は絶叫し、さらに内力を搾り出してもう二層強化!
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> 「黙れぇ!!」
「この一撃、受けてみろ!!」
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両手を印に組み、体を天女のように一回転──
背後に現れたのは、美しき氷の蓮花の幻影!
玉女派秘伝奥義・《玉女玄寒心法 – 白蓮氷影》!
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ドォォォン!!
白き衝撃波が爆発し、地面を凍てつかせ、風が轟音と共に吹き荒れる!
まるで真冬の暴風雪そのもの!
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だが天龍は──反撃しない。
両手を後ろに組み、幽霊のようにひらりと舞う。
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スッ…
ヒュッ…
トン…
吹雪のような掌撃は、虚空に溶け消えた。
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> 「はぁっ…はぁっ…」
息を荒げ、手を震わせる雲静。
「なぜ…避けてばかり…?」
「やるなら…応戦してみろ!」
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天龍は微笑を浮かべ、少し俯いて彼女を見下ろすように言う:
> 「応戦?」
「君は“避けるだけ”で、既に力尽きているだろう。」
「それで、反撃する必要などあるか?」
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> 「な、なんて… 侮辱を…!」
彼女は絶叫し、口元から血が滴り落ちる。
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> 「いや。」
「私は、お前を目覚めさせてやっているのだ。」
「お前たちが守る“武学”など、私にとっては子供の遊びにすぎん。」
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彼女はその場に膝をつき、体を震わせる。
怒りもあったが、それ以上に──
もう内力が、まったく残っていなかった。
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> 「今… 殺すつもりなら…」
「殺せばいい……」
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天龍は一歩前へ進み、淡い空を仰ぎ見る。
> 「先に言ったはずだ。」
「私は、“殺す価値のない者”は殺さぬ。」
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スッ。
彼が掌を振ると、純粋な内力が雲静を包み、
体内の乱れた気を抑え、走火入魔を救った。
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> 「なぜ…?」
雲静は呆然と呟いた。
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> 「私は悪人ではない。」
「ただ──この世界より遥か先を歩んでいる者だ。」
山頂の風が、静かに止んだ――
大広間の中、弟子たちは息を呑んでいた。
掌門・雲静師太は膝をつき、汗が滝のように流れていた。
だが、それは恐怖のためではない。
――名誉を極限まで追い詰められたからだ!
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「お前などに……」師太はかすれた声で言った。
「これで勝ったと思うな……!」
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天龍は静かに微笑むと、そっと一人の玉女派の弟子の腰から、一本の木剣を抜き取った。
細く、既に刃が欠けているその剣は、もともと入門したばかりの弟子が基本を学ぶためのものにすぎなかった。
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彼は静かに歩み寄り、その木剣を雲静の目の前に差し出した。
「これを使っていい。」――落ち着いた声でそう言った。
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「なっ……!?」彼女の目が見開かれる。
「私のような高手に、木剣で挑むつもりか!?」
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「いや。」天龍が静かにさえぎった。
「木剣を使うのは私だ。」
「お前は、好きな剣を使えばいい。」
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空気が凍りつく。
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「まだ納得できないなら……」天龍は続けて言いながら、すべての者を見渡した。
「もう一手。――それだけで、お前たちは皆、頭を垂れることになる。」
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弟子たちは震えながらささやいた。
「狂ってる……」
「木剣で戦うだと……?」
「あり得ない……」
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雲静は震える手で、自らの剣「寒氷剣」を抜いた。
三代の掌門に受け継がれてきた宝剣――冷気を帯び、鋼すら容易く断つ。
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剣を強く握りしめ、その目には怒りを越えた決意の色が浮かんでいた。
「その身で辱めを受けたいというなら……思う存分味わわせてやる!」
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天龍は一歩下がり、木剣を軽く一振りした。
ヒュッ――
まるで霧が空に溶けるような、淡い剣気が周囲に広がった。
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「さあ――来い。」彼は目を閉じ、剣を胸の前にただ無造作に構えた。
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「覚悟しろ!」雲静が怒号を上げる!
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ギィィィン―――!!!
寒氷剣が雷のごとき速さで、天龍の肩に向かって一閃!
弟子たちは席から立ち上がり、絶句した――
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チィィィン!!!
金属音が鋭く鳴り響いたその瞬間――
寒氷剣が……砕けた。
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鋼の破片が雪の花のように宙に舞い、
雲静の剣からは、柄の部分しか残っていなかった。
天龍は――微動だにせず、木剣も変わらず手中にあった。
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誰一人、彼の動きを見ていない。
誰一人、その技の一瞬すら理解できなかった。
ただ、微かな音と共に――本物の剣が、跡形もなく砕けただけだった。
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「納得したか?」天龍は淡々と問う。
「まだなら……もう一手、見せてやろうか。」
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誰も返事できなかった。
誰も、息すらまともに吐けなかった。
そして――弟子たちは、一人また一人と膝をついた。
「……参りました……」
「どうか、お赦しを……」
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雲静の手から力が抜け、顔は血の気を失っていた。
彼女は悟ったのだ。
先ほど、天龍が望めば――その木剣で剣を砕くだけでなく、自分の喉をも砕くことができたのだと……
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(こいつは……いったい何者なのだ……!?)
そう胸中で呟きながら、雲静の体は震えていた。
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天龍は背を向け、その声は氷のように冷たかった。
「初めから言ったはずだ。」
「お前たちを殺す気はない。」
「――私はただ、“武”を学びに来ただけだ。」
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そして彼は、割れかけた木剣を手にしたまま、
――玉女派を沈黙のまま背にして、悠々と歩き去っていった。
夜明けの光が差し始め、薄霧がまだ山頂を包んでいる。
玉女派の大広間では、すべての視線が一人の少年に集中していた——黒衣の少年、手には欠けた木剣、口元には微かな笑みを浮かべている。
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> 「まだ…服していない者はいるか?」——彼は問うた。
「それとも、一度に相手してやろうか?」
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残った弟子たちは顔を見合わせ、歯を食いしばって剣を抜いた。
> 「これ以上、我らの派を侮辱させてなるものか!」 「全員でかかるぞ!」
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ドンッ!!
混乱の気が爆発し、数十人の弟子たちが火の鳳凰の群れのように襲いかかった。
気勢は天を衝き、殺気が満ち溢れていた。
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だが…天龍はただ一つ、軽くあくびをした。
> 「ああ…こんなに良い香りの娘たちと戦うなんて、俺にはできんな。」
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シュッ!
彼の姿が風に溶けるようにぼやけたかと思うと、次の瞬間には白衣の弟子の背後に現れていた。
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> 「ほう…この香りは…」——彼は彼女のうなじに顔を寄せて深く息を吸い込んだ。
「…蘭の花に少し汗が混じった香り…これは手が出せないな。」
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バシッ!
軽く放たれた掌打で彼女は吹き飛ばされた。内臓には傷を負わず、ただ意識が朦朧としただけだった。
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次は短髪の少女が疾風のように斬りかかる。だが…
> 「ラベンダーか…持ち主のように冷たい香りだな。」 「惜しいな、まだ腕が甘い。」
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シュッ! バシッ!
また一人倒れ、剣は飛び、顔は恥ずかしさと怒りで真っ赤に染まった。
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こうして…
彼は優雅に弟子たちの間をすり抜け、技をかわしながら体の香りをからかい続けた。その一言一言が、彼女たちの自尊心を深く傷つけていった。
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> 「この香りは…白菊か。」 「これは…春夜のジャスミン…」 「これは…ああ、生姜風呂に入ったばかりだな…素晴らしい香りだ。」
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一人、また一人と軽く、屈辱的に倒れていく。
大広間には、倒れる音、うめき声、荒い息遣いが響いていた。
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ドンッ!!
天龍は混乱の中心に立ち、まるで茶会を終えたかのように袖を払った。
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> 「もう遊びはここまでだ。」——彼は微笑みながら、古びた秘伝書を手に取った。
「玉女心経——最上位の写本。」
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> 「これはな…永遠に借りておこう。」——彼は冷笑を浮かべた。
「次に取り返しに来るなら…もっと相応しい者を連れてこい。」
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> 「じゃあな。」——彼は背を向けた。
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ドンッ!!
一歩踏み出すたびに内力が炸裂し、大広間全体が震えた。 足元から渦巻く気流が巻き起こる。
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シュッ!!
天龍の身体が宙に舞い、明るい空を背景に、まるで闇の天使のような姿を描いた。その後ろには、名門派全体の畏敬の眼差しが残された。
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残ったのは…ただ静寂のみ。
雲静師太は地に崩れ落ち、虚ろな目をしている。
唯一立っていたのは劉情児——その手は握りしめられ、目には水のような光が揺れていた。
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> 「あの少年は…一体何者なの…?」 「なぜ…心臓がこんなに高鳴るの…?」