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Episode 178

 あの朝の大広間は、まるで全員が息を止めたみたいに張りつめていた。

 セレスティアの紫の光がまだひとつひとつのクリスタルに降り注いでいるけど、ここ数日のあの圧倒するような儀式の気配はもうなくて――代わりに、遠征隊が出発する直前のような静かな緊張感だけがあった。

 俺はテーブルの真ん中に座り、目の前にはほのかに光る果物の皿と湯気の立つ茶杯。セリーナが俺の手を握っていて、視線を一瞬たりとも外さない。


 彼女が先に口を開いた。声はやさしいのに芯があった。

「――今日こそ未来のことをはっきり話したいの。これから、あなたは“女域”のすべての女性の夫として、次の一歩を決める権利を持っている。最初の重要な決断は、民をあなた名義の領地に移すこと。“無尽星”への移住よ。」


 テーブルがしん、と静まる。

 十四の顔が一斉に俺を見る。探る目、喜び、戸惑い、不安……いろんな感情が混じっている。

 俺はひと呼吸おいて、セリーナを見て、それから全員を見回し、ゆっくり言った。

「――そうだ。俺がみんなを連れて行く。“無尽星”に決めた。ちょっと大げさな名前かもしれないが、そこなら保証できる。時間に限りはなく、寿命は安定する(医療・魔術の条件下で半不死)。資源も潤沢。そして何より重要なのは、人口に合わせて生態系が自動調整されることだ。その仕組みは、今ここで説明する。」


 リサンドラが小さく笑い、でも目は真剣だ。

「まるでSFの夢みたいね。本当に全部計算してあるの?」


 俺はうなずき、まだピンと来ていない人にもわかるように、細かく説明し始めた。

「“無尽星”は純粋な魔術でもなければ、ただのテクノロジーでもない。二つの組み合わせだ。セレスティアが蓄えていた星霊エネルギーのコアと、アストラル・スカラベが調整した時空マップ。その基本機能は、惑星の表面が“次元拡張”すること――人口が増えると地層モジュールが起動し、互換性のある副次元から“土地”を引っ張ってきて、現在の表面に接ぎ木のように継ぎ足す。だから面積は人口比で増えるし、資源は処理済みの星霊エネルギーから再合成される。鉱物、食糧、エネルギー資源すべてね。セレスティアはそれを安定させる技術と魔術を持っている。正しく運営すれば、何も欠けることはない。」


 イリーナが目を細めて、単刀直入に聞く。

「つまり、私たちが増えれば土地も増えるってこと? 生態系のバランス崩壊や伝染病のリスクは?」


 俺はすぐ答えた。

「準備しなければリスクはある。だから計画は三段階だ。

(1) 医療・魔術隊を編成して安全圏マップを作る。

(2) 生態モジュールを展開――セレスティアのラボで植物・異獣・微生物の遺伝子を安全に調整する。

(3) 暫定的な人口安定ゾーンを設け、医療保護と必要なら出生コントロールをかけて初期過負荷を避ける。

 安定したらモジュールを徐々に開放し、面積は計算通りに増え、人工資源も連続的に生成される。」


 セリーネ・ヴェイラがいつもの鋭さで割って入る。

「その“面積拡張”が悪用されたら? 資源の権利は誰が管理して、食料は誰が配分するの?」


 俺はまっすぐ彼女を見て言う。

「俺が暫定のガバナンス枠組みを作る。十四貴族の代表、アストラル・スカラベやクリムゾン・マインドら科学・魔術評議会、それに市民が選ぶ委員会。この評議会の過半数サインなしに資源配分は決められない。誰も単独で決定できない。俺が透明性を保証する。」


 セリーナがさらに強い声で補足した。

「昨夜の儀式は新しい同盟と誓約の第一歩だって母にも姉妹にも伝えた。母は黙って去っていった。それが怖かった。でも同時に、チャンスでもあった。姉妹――第一群の妻たち――も意見したけど、最後にはあなたの決定を尊重することで一致した。ただひとつ条件がある。個人の権利は必ず守ること。強制はしない。」


 リサンドラ、セリーネ、ヴァレリア、他の何人かが順番に短く意見を述べる。産科医療、防衛線、婚礼のあり方……。

 けれど声が収まると、全員がうなずいていた。完全に納得したわけじゃない。けれど科学と魔術、そして彼女たち自身が統治に関われる道筋が見えたから。そして何より、セリーナがそう望んだからだ。


 俺は一人ひとりの顔を見て、責任の重さを感じる。

「俺たちが行くなら、新しいコミュニティを創ることになる。俺はスタート地点の惑星核(汚染されていない安全圏)を見つけ、インフラを整え、妊婦の医療体制を確保する。特にすでに兆しのある人たちを優先する。そして落ち着いたら、ちゃんとした結婚式を挙げる。個々の式じゃなく、俺と民を結ぶ儀礼として――文化的にも法的にも権利が保証されるように。」


 セレナが涙を光らせて笑う。

「宣言じゃなく、本当の結婚式が欲しい。私たちが選んだこの生活を、“愛と責任でこの家を建てる”って一緒に言える日が欲しい。」


 その言葉で空気がやわらぐ。貴族の何人かはちょっと意地悪く笑い、何人かは歴史的責任を考えるように厳しい顔をしている。


 イリーナが俺の肩に手を置き、低い声で言った。

「あなたは今や何兆兆という人々の重みを背負っている。でも正式に権力を握る前に覚えていて。いちばん大きな力は“拒む”力よ。人の尊厳を傷つける決断なら、拒むべきだと。あなたならその覚悟があると信じてる。」


 俺はうなずき、胸が少し軽くなる。

「それは俺の誓いだ。選択権、透明性、医療安全が最優先。俺たちは“奪う”んじゃなく“築く”。誰かが強制されたら、俺が立つ。誰かが病んだら、見捨てない。」


 議論は午前いっぱい続いた。モジュール事故から旧母神派の追撃まで、ありうるリスクをシミュレーションし、対策プランを立てる。全員がメモを取り、言い合い、発言権を奪い合う。けれど最終的には、セレスティアでは珍しいほどの民主的な秩序のなかで投票が行われ、俺の移住計画に賛成多数が集まった。ただし合意した原則に従うことを条件に。


 午後、セレスティアの紫の光が不思議な黄昏に変わるころ、セリーナが俺をバルコニーに引っ張り出した。

 彼女は俺の肩にもたれ、ささやく。

「ありがとう。歴史があなたをどう呼ぼうと、私は正しい選択をしたと思える。」


 俺は彼女を抱き、人工の地平線に消えるオーロラを見た。頭の中にはやることリストでいっぱいだ。船、モジュール、医療チーム、配分表、優先搭乗者リスト……そしてもっと大きなこと――俺の愛する人々の尊厳を守る方法。

 心の中で自分に言い聞かせる。

「誰も道具にしない。責任と技術と、そして心で、みんなを連れていく。」


 こうして新しい章が刻まれ始める。勝利の雄叫びじゃなく、会議と数字と約束で。そして本当の結婚式を開くという誓いとともに――そこでは全ての権利が認められ、愛と責任が同じ天秤に並ぶ。

 その朝の朝食は、静まり返った空気の中で重く進んでいた。

 巨大なクリスタルの窓から光が差し込み、長いテーブルに座る十四人の貴族たちを照らす。長い夜を越えた髪は乱れ、目にはまだ眠れぬ影が残っている。

 ディエット・ニャンはテーブルの端に座り、薄いマントを肩にかけ、否応なく滲み出る威圧感を放っていた。


 セリーナ――ブラック・ジャガー――がそっと盃を置き、その声はゆっくりと、みんなに届くように響いた。


「……お姉さま方、妹たち。今日、彼は正式に私たちの夫となった。そして彼こそが“女域銀河”の未来を決める唯一の人なの。」


 テーブルにいた全員が同時に顔を上げ、ディエット・ニャンを見つめる。

 彼はただ静かにうなずき、夜の炎のような目で言った。


「明日、俺は決断を下す。もうこの枯れた宇宙で漂うわけにはいかない。俺はみんなを俺の領地――“無尽星”へ連れて行く。そこでは時間に限りがなく、みんなが不死となる。土地も資源も何ひとつ欠けない。人口が増えれば、土地の面積は自動的に十倍に広がる。」


 さざめきが次第に小さくなっていく。

 貴族たちは次々に声をあげ、警備のこと、資源のこと、自由のことを尋ねた。だが最後には、全員が頭を垂れ、同意した。


 ヴァレリア・ソリスが微笑んで言う。

「それがあなたの決断なら、私たちは一緒に行くわ。あなたがいる場所が、私たちの家だから。」


 イリーナ・ヴォルコフは静かな声で続ける。

「あなたのそばにいられるなら、どんな宇宙も美しくなる。」


 ディエット・ニャンは一人ひとりの顔を見つめ、低い声で告げた。


「無尽星へ全てを移したあと、俺は女域の全ての女性のために正式な結婚式を挙げる。君たちだけじゃない、全員だ。誰にも“誰かの影”だと感じさせたくない。」


 一瞬、沈黙が広がる。

 セリーナがディエット・ニャンの手を握り、声を震わせる。

「あなた……他に何か考えていることは?」


 ディエット・ニャンは長く息を吐き、クリスタルの窓越しに遠くの星々を見た。星の光は、まるで何十億もの瞳が見つめ返してくるようだ。


「俺はもっと妻を迎える。女域銀河の二京兆の女性と結婚したあとも、さらに相応しい娘たちを探さねばならない。それは野望のためじゃない。新しい世界を守り、人口を管理するために必要なんだ。」


 テーブルがざわめく。

 リサンドラ・フォーゲルが眉をひそめ、低く問う。

「どこで? 全ての時間軸はすでに女性化されて、女の人口がほとんどを占めているのに?」


 ディエット・ニャンは振り返り、その瞳は虚空を貫くようだった。


「今、全ての時間軸が女性化され、総人口は二京兆の女性だ。だがまだ手つかずの宇宙が二パーセント残っている。俺はそこへ行く。特に……遠く離れたところに“地球”と呼ばれる惑星を持つ宇宙がある。俺は座標を知っている。だが今はまだ、その時じゃない。」


 誰も何も言わない。

 朝食は静寂のうちに続き、聞こえるのは皿に当たるスプーンの音と、権力ある女たちの息づかいだけだった。


 セレーネ・ドラコヴァーが小さく笑みを浮かべ、唇を上げる。

「あなたはいつも私たちの想像を超える計画を持っている……私たちは待つわ。」


 ディエット・ニャンは彼女たちを見渡し、その瞳は暖かくも恐ろしい炎のようだった。


「俺は決して君たちを見捨てない。俺は全員を果てのない世界へ連れて行く。そして、俺たちはそこで新しく始めるんだ。」


 外の星々の光がその言葉と溶け合い、新しい時代の幕開けを告げているようだった。

この章は少し短いようですが、生活のためにまだお金を稼ぐために外出しなければならないことをご理解ください。ストーリーの公開頻度が不定期であるため、遅れが生じています 相互作用が失われました。

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