Episode 172
セレスティア・マグナ――銀河の女領の生きた心臓――が、セリナの目の前に夢のように現れた。水晶と銀光でできた巨大な幻影みたいに。翡翠の塔が星光の幕を突き抜け、人工のオーロラが空に漂って、まるで光の川みたいに揺らめいている。足元にはエネルギー水晶の床――一歩ごとに弦の音が鳴り、息を吸うたびに、この街全体が生き物のように鼓動する。普通の城なんかじゃない。都市そのものが呼吸し、脈打ち、ひび割れの奥にまで生体の電流が走っていた。
まだ夢うつつのセリナの目の前に、十四の影が弧を描いて立っていた。もう幼い記憶に残る姉妹の姿じゃない。そこにいたのは――十四の「女領の主」。完璧な肢体、華やかな甲冑、神話のような威圧感。けれど、彼女らの瞳がセリナに触れた瞬間、その権威は溶け、押し殺してきた何千年もの涙へと変わった。
最初に泣き崩れたのは「ナイトリンクス」リサンドラだった。
――「あぁ……末っ子……やっと帰ってきた! 何千年も、必死に探し続けてたんだよ!」
彼女は駆け寄り、セリナを強く抱きしめた。
「スカーレット・ドラゴン」嘉欣は震える声で頬を撫でる。
――「あの頃、まだ子どもで、宮殿でかくれんぼしてた。あんたが消えて、小さな靴だけが残った。千年探し続けたのに……」
「ソーラーヴァルキリー」ヴァレリア・ミツコは首を傾げ、瞳を潤ませた。
――「母上に何百年も罰せられたわ……妹を守れなかったって。まさか別の宇宙に流されてたなんて……」
その言葉が、セリナの胸にある空洞を叩き、砕け散った記憶のかけらが一瞬だけ光る。姉妹たちは彼女を抱きしめ、囁き、泣き笑いする。でもその声の奥には、答えられない問いがまだ渦巻いていた。
「エメラルド・フューリー」セレナ・ドラコフは肩を抱き、涙に笑った。
――「もういいじゃない。帰ってきたんだ……私たちの〈ブラック・ジャガー〉が。」
セリナは頬を赤らめ、喉を詰まらせた。
――「わたし……あまり覚えてない。ただ……別の世界で生きて……ひとりの男を、愛したの。」
大広間は一瞬で静まり返った。
「男」という言葉が、全員の心に衝撃の鐘を打つ。女領では男は奴隷としてしか存在せず、本当の「男らしさ」などもはや伝説だった。
「クリムゾン・マインド」イリーナが眉を寄せ、ゆっくり問う。
――「男? 本気でそう言うの? この世界で、男は下僕にすぎないのに……“愛する”なんて?」
「フロストファング」アニカは息を呑み、鋭く言い放つ。
――「まさか……もう、奪われたの?」
セリナは顔を真っ赤にしてうなずき、胸元から小さな映像記録装置を取り出した。そこに映ったのは――滅人。灰の中に立ち、ぎこちなく笑う男の姿。大広間が爆ぜるようにざわめいた。
「ノクテラ」が震える声で囁く。
――「あの眼差し……あの気配……いつ以来だろう、心が揺れたのは。」
「アイアン・ウィドウ」カイラは頬を赤らめながらも、声を引き締める。
――「写真を見ただけで心臓が暴れる……もしかして彼こそが、予言の〈男神〉?」
「クリムゾン・レイン」セレーネ・ヴェイラは唇を歪め、刃のように笑う。
――「末っ子のお腹に種を蒔いたってこと……もう歴史は変わったのね。」
セリナは腹に手を置き、毅然と言った。
――「そうよ。妊娠してる。彼の子。どんなに問い詰められても、彼はわたしの夫。」
再び沈黙――今度は羨望、嫉妬、欲望の入り混じった重たい沈黙。永劫の宇宙を支配してきた女神たちの前に、初めて“本物の男”が現れたのだ。
「フロストウィング」アストリッドがかすかに囁く。
――「もし彼が本当に男神なら……妹だけのものじゃない。私たちにも権利があるんじゃない?」
セリナは即座に装置を掴み、瞳に炎を宿す。
――「ダメ! 彼はわたしのもの! 姉さんたちなんかに渡さない!」
「スカーレット・ドラゴン」は横目で笑う。
――「ここは女領よ。力なき者には権利なんてない。もし彼がそんな力を持つなら、銀河中が奪い合うでしょうね。」
イリーナは指を唇に当て、静かに言った。
――「奪い合う前に、まず確かめなきゃ。妹だけじゃなく、私たち全員の力に耐えられるのかどうか。」
「ヴォイド・セイレーン」アリスは冷たく告げる。
――「顔を見せろ。写真だけじゃ足りない。」
戦士は試したい、魔女は解明したい、闘士は奪いたい。声が交錯し、大広間は圧力鍋のように煮え立った。
その時――母神が現れた。光が人の姿に収束し、若き乙女の顔を持ちながら、九千年の傷を宿す瞳。彼女の一歩ごとに水晶が震え、全員が無意識に跪いた。
――「男ひとりで争うのか……?」
声は母のように優しく、処刑人のように冷たい。
セリナは後ずさりし、涙声で叫んだ。
――「母上……どうして私を連れ戻したの? わたし……政略の道具になんてなりたくない!」
母神は娘の顔に触れ、優しさと鋭さを同時に宿す声で言った。
――「我が末娘よ……あまりに長く失っていた。だが今、男神の種を抱えて戻った。その意味が分かるか?」
「男神……?」フロストファングが震え、呟く。「まさか、あの予言……」
母神は遠い目をしながら頷いた。
――「天龍――かつて私に種を授けた男。だが彼は私を捨て、別の世界で妻を娶った。その裏切りが、私を女化計画へと駆り立てた。文明の大半を女権の支配に変えたのはそのせい。お前たち十四人は、彼が私に残した欠片――魂と血統の分身なのだ。」
セリナは怒りと混乱に震え、叫んだ。
――「天龍が父? じゃあ滅人は……彼の再来だっていうの? でも違う! 彼は私を救い、愛してくれた!」
母神の瞳が一瞬だけ揺らぎ、すぐに硬化する。
――「あの男に彼の影を見た。私を深く突き刺した面影を。あの二人を見て……憎しみと同時に、別の衝動が湧き上がった。私は彼を許さない……けれど、惹かれてもいる。もしかすると、奪いたいのかもしれない。」
大広間は重苦しい沈黙に沈む。母神が初めて感情を吐露した――憎しみと愛、復讐と欲望。
イリーナが身じろぎして冷たく言う。
――「じゃあどうするの? もし彼が男神なら、失われたものを取り戻すチャンスよ。でも容易くはいかない。」
母神は曖昧に笑い、告げた。
――「機会は与える。ただし代償もある。誰が彼を完全に屈服させられるか――その者が彼を持つ。失敗した者は滅びる。セリナ、お前は証明するのだ。彼が本当にお前を選ぶのか、他の誰でもなく。」
セリナは刃の狭間に立たされた気持ちになった。愛と血族、運命と権力の板挟み。涙が溢れ、怒声を放つ。
――「違う! 彼は物じゃない! 彼は人間よ! 心も、選ぶ権利もある!」
母神は冷ややかに返す。
――「ならば、彼に選ばせよ。もしお前を選ぶなら守れる。だがそうでなければ……私が試す。天龍に裏切られたあの日を、再び味わうつもりはない。」
広間は静まり返った。さっきまでの涙は、いつのまにか計算と野望に姿を変えていた。セリナは姉妹たちを見渡す。もはや家族ではなく、各々が力と欲望を持つ敵。母神は憎しみと絶対的な力を抱え、彼女の愛を試そうとしている。
――この瞬間、セリナは悟った。
帰還は安らぎなんかじゃない。ここから始まるのは、生死をかけた闘い。愛と誇り、そして宇宙の運命までも秤にかけられる試練なのだ。
目ぇ開けたら、冷気が骨の髄まで突っ走ってきて、まるで冷凍庫にぶち込まれた気分やった。空見上げりゃ、銀色に剥き出しの空、砕け散った星が死体みたいに浮いとる。空気は腐った血の匂いでぎっしり、灰と黒煙が焼け焦げた兵士の死骸から立ち上って、月の表面をすっかり覆っていた。
まだ悪態つく暇もねえのに、機械仕掛けの読経みたいな女の声が四方から響いてきた。
――「死の月へようこそ。ここで男が迎える結末は二つだけ。闘技場で死ぬか、快楽で死ぬか。」
俺は目ぇ細めて心ん中でつぶやいた。
「ふん、家畜小屋と大して変わらんな。」
高い観覧席を見上げりゃ、女どもが何千人も狂ったように叫び散らしとる。奴らは服を引き裂き、赤い布を投げ落とし、俺を獲物扱い。ひとり、銀の鎧をまとった兵女が光る柱のそばに立ち、氷みたいな声を張り上げた。
――「ここでの掟は単純明快。勝者には女千人を与える。精が尽き、心臓が止まるまでだ。二度目の闘技場を生き延びた男は存在しない。」
聞いた瞬間、俺は思わずゲラゲラ笑った。
「ははっ……面白ぇルールだな。男を使い捨てのバッテリー扱いか? いいだろう……核ミサイルの洗礼でもくれてやろうか。」
肩の発射装置を起動しようとしたその時――
遠くで鉄扉が轟音を立てて開いた。
最初の対戦相手が現れる。
七本腕に十の目を持つ巨漢。塔みたいにデカい体で咆哮し、竜巻みたいに俺に突っ込んできた。
観覧席が地鳴りのように叫ぶ。
――「引き裂け!」
――「血だ! 血を寄越せ!」
――「死の月を侮辱するな! 犬みてぇに殺せ!」
俺は口角を吊り上げて、迫ってくる怪物を見据えた。
「血が欲しい? 悪ぃが……俺の欲しいモンは別だ。」
そして体をかがめ、息を止め――「ブボッ!」
場内を震わせる放屁一発。
汚ねぇ衝撃波が横殴りに吹き荒れ、観覧席の女どもはまとめてぶっ飛び、スカートが舞い上がる。七腕十眼の怪物はモロにくらって顔が歪み、鼻の穴から泡吹いてドサッと倒れ、白目むいて気絶。
……静寂。心臓の鼓動が聞こえるほどの沈黙。
だが次の瞬間――ドッと悲鳴が爆発した。
女どもは腹を押さえて吐き散らし、誰かが絶叫する。
――「き、汚ねぇ! 毒ガスを……使ったのか!?」
――「一撃……一撃で〈七眼王〉を倒しただと!?」
兵士たちは顔を見合わせ、真っ青になって震えた。
――「もう一発やられたら……俺たち全員終わりだ……!」
……その頃、別の場所――セレスティア・マグナの大神殿にて。
報告を聞いた母神は、怒りと恐怖を混ぜた声を上げた。
――「放屁ひとつで敵を倒すだと……? いったい、何者なのだ!」
隣でセリナは堪えきれず立ち上がり、巨大スクリーンを指差して震える声を張った。
――「間違いない……あれは私の夫よ! この宇宙の前で、あんな真似できるのは彼しかいない!」
この章は少し短いようですが、生活のためにまだお金を稼ぐために外出しなければならないことをご理解ください。ストーリーの公開頻度が不定期であるため、遅れが生じています 相互作用が失われました。
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