Episode 162
俺がニューヨークの借りアパートに帰り着いた頃には、もう夕方やった。冬の初めの冷たい風が顔を切るみたいに吹きつけて、肌まで痛かったのに…なんや心の中は妙にすっきりしとった。
左手にはスーパーで買ったでっかい袋。ハムとかソーセージのパック、真空パックの野菜、牛乳、それからビールの缶も何本か。右手には――銀色がちらっと光る黒のカーボン伸縮布のロール。普通は航空宇宙産業でしか使われへんレアもんや。売り手に「これ何に使うんや?」て聞かれたけど、俺はただ笑ってごまかした。まさか「自分専用のマスクを作るんや」なんて言えるわけもない。
アパートは小さい、二部屋しかない。でも暖房がしっかり効いてて十分あったかい。ドアを開けると、ヒーターの熱気が外の冷えを追い払ってくれた。食いもんを冷蔵庫に押し込んでから部屋を見回す。リビングにはボロいソファと低いテーブルだけ。けど、本命は寝室や。そこに俺の魂が宿っとる。
デスクの上には一万ドル近い自作PC。最新のパーツばかり集めた怪物みたいなマシンや。でっかい曲面モニターに水冷システムが青白く光っとる。画面には未完成の3D設計――スマートグラスのモデルがまだ点滅しとる。
俺は椅子に深く腰かけて、指で机をとんとん叩いた。
「よし…メシの整理は済んだ。さあ始めるか。この設計を仕上げて…それからオックスフォードのシステムに侵入や。」
独り言をつぶやき、指がキーボードを走る。
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カチャカチャ、カチャカチャ。メカニカルキーボードの硬い音が部屋に響く。モニターには次々とモジュールを追加していく。フレームに隠された赤外線センサー、レンズ中央の超小型カメラ、ヒンジ部分に米粒より小さいチップ。――この眼鏡は、俺にとって「第二の脳」になるはずや。
三時間近くコードを打ち込み、回路をシミュレーションし続ける。エラーが出るたび、唇を噛んで修正。千行以上のスクリプトも一気に書き上げる。頭の中にすでに完成図があるみたいに。
ニューヨークの夜は静かや。外では雪がガラスを叩いて、しんしんと降り積もっとる。部屋には青白いモニター光とファンの低い唸りだけ。
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「……できた。」椅子にもたれて息を吐く。設計は完成や。あとはチップにデータを流して基板をプリントするだけで現実になる。
けど、まだ終わらん。俺はコンソールを開いて、目が光る。
「さて…次はお楽しみや。オックスフォード大学をハックや。」
自作ツールを起動する。世界中のハッカーが喉から手が出るほど欲しがる秘密兵器や。画面に緑のコードが滝みたいに流れる。オックスフォードのファイアウォールが複雑な迷路みたいに表示される。俺は片口で笑った。
「難しそうやけど、不可能ちゃうな。」
一時間ほどかけて層を一枚ずつ突破、サーバをすり抜け、管理者権限を偽装。――Access Granted。
「……よっしゃ、入った!」声を抑えて笑う。
「これで学生証もデータも全部合法や。来月から堂々とオックスフォードの学生やで。」
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気分が冷めんうちに、カーボン布を取り出した。冷たくて滑らかな手触り。ハサミで切り、針で縫い合わせる。数時間後には奇妙で精巧なマスクが完成。黒地に銀の模様がうねって、まるで竜の鱗みたいや。
鏡を覗くと、そこには見知らん男が立っとった。冷酷で、どこか妖しい。
「悪くないな。結構イケてるやん。」思わず笑った。
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さらにPCに戻って、新しいプロジェクトを立ち上げる。AI開発や。俺には宇宙レベルの知能を作る力がある。けど正直…めんどくさい。だから地球で一番賢い程度に抑えることにした。
三日前から組んでたフレームに、数百万のデータを流し込む。政府の極秘ファイルまで“借りてきて”トレーニングに使う。コードが積み重なって、巨大なニューラルネットが形を成す。
数時間後、スピーカーから澄んだ女性の声が響いた。
「こんばんは。私はオーラ。ご主人をサポートする準備ができています。」
口元が上がる。
「やっとできたか。オーラ、今日からお前は俺の相棒や。」
「了解しました。科学から日常生活まで、すべてサポートします。……ちなみに今すぐ出前頼みますか?」声が少し茶化すようなトーン。
「いらん。冷蔵庫にまだぎょうさん残っとるわ。」思わず吹き出した。
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深夜。ベッドに倒れ込む。モニターにはデータがまだ流れ続け、オーラが小さく子守歌を口ずさむ。窓の外は真っ白な雪。クラシックのアリアが部屋を満たす。
机の上には「Oxford University」の合格証。手に取って眺める。
「オックスフォードか…。世界中の天才が集まる場所。女の子も多いんやろか?」
笑いながらも胸の奥が少しざわめく。来月の渡英は、ただの留学やない。俺の人生の新しい幕開けや。――そこできっと、何かデカいもんを見つける。
布団に潜り、目を閉じる。夢の中では、古い石造りの塔に囲まれ、無数の女子学生の視線が俺に集まっとった。
……新しい冒険の始まりや。
ベッドに寝転がってると、俺は夢を見た。夢はめっちゃ綺麗やのに、どこかぼんやりしてて…まるで下町の夕暮れに漂うタバコの煙みたいやった。目の前には一人の女の姿。華奢やけど、歩みは迷いなく、黒くて獰猛な何かから俺を庇ってくれる。顔は見えへん。ただ感じたんは…胸をそっと撫でられるような優しい温もり。そして、それがすっと沈んでいくような感覚や。
夢の中の俺は分かっとった。弱そうに見せとるだけで、ほんまは誰の助けも要らん。けど――時には誰かに寄りかかって、「人間らしさ」を確かめたくなるもんや。
ぼんやりしとると、突然「ピピッ」とPCの甲高い音が響いた。
オーラ――俺が作ったばっかのAIが、まるで近所のおばはんみたいに叫ぶ。
「ご主人、ビルドが完了しました。デバイス、使用可能です。」
目を開けて鼻を鳴らす。
「ちぇっ、ええとこで邪魔しやがって。…まあええわ。できたんやな?試してみるか。」
ベッドから起き上がり、デスクへ。そこには細いフレームのメガネ。軽合金の骨組みに、俺が自分で仕込んだ極小チップが埋め込まれてる。一見ただのオシャレ眼鏡、けど中身はまるで宇宙や。
手に取ってライトの下で回す。冷たいフレーム、真っ黒に光るレンズ。映るのは俺自身――マレットカットの髪が垂れて、気怠そうでいつも世間を嘲笑っとるみたいな目。深く息を吸って、装着する。
瞬間、視界が弾けた。緑色のコードが洪水みたいに流れ込み、ARの画面が目の前に展開される。まるで量子コンピュータを丸ごと飲み込んだ気分や。
「オーラ、起動テストや。」
「了解、ディエット・ニン。初期インターフェイスを表示します。都市全体の3Dマップ、天気予測、半径10km以内の電子システム制御――すべてご主人の眼前に。」
顎を掻いて、にやり。
「すごいやん。ほな、そこのiPhone一台ハックしてみ?」
一秒も経たんうちに、メガネが光り、机の上の古いiPhoneが勝手に鳴り出す。指一本触れてへんのに。
「完了。カメラ、マイク、メッセージ履歴、Apple IDのパスワード、どれにします?」
「当然ぜんぶやろ。ハックするなら徹底的にやらなあかん。」
視界に映し出されるのは――女の裸写真、検索履歴はJAVばっか、銀行のパスまで。俺は吹き出して笑った。
「ははっ、持ち主もなかなか変態やな。」
俺がまだ笑ってると、オーラがさらっと提案。
「交通信号システムも操作できますが、試してみます?」
「ええやん。やってみ。」
次の瞬間、窓の下の街が混乱。赤や青の信号が勝手に点滅し、クラクションが鳴り響く。ババアがハイヒール投げつけて、タクシー運転手に怒鳴っとる。
俺は口の端を上げる。
「おもろいやん。けどな、もうちょいエロ要素欲しいわ。」
そう言って、オーラに命じる。マンション中のテレビをハッキング、同時にポルノを再生。廊下まで喘ぎ声が響き渡る。老人は耳を塞ぎ、子供は大笑い、若い連中は目を輝かせとる。ほんの一時間で建物全体がカオスや。
俺は部屋でスナックかじりながら、腹抱えて笑う。
「みんな悪霊に取り憑かれた思てるやろな。」
一通り遊んでから、真面目に戻る。
「オーラ、オックスフォード大学のデータ全部くれ。早よ。」
即座に視界に流れる情報。位置、歴史、学生数、教授数、専攻、男女比。3D映像で校舎が眼前に広がる。
さらにオーラは言う。
「次の学期、世界中から多くの美女が集まります。そして、念のため…オックスフォードのセキュリティはすでに無効化済み。ご主人の偽入学は絶対バレません。」
俺は椅子に寄りかかって、口笛吹く。
「完璧やん。勉強もできる、女もナンパできる、バレる心配もなし。最高やな!」
歩き回ってから、ふとひらめいた。
「そういや名前つけなあかんな。いつまでも“スマートグラス”やとダサいわ。」
フレームを軽く叩いて、ニヤッ。
「今日からお前の名前は――『破壊眼鏡GSIT(Destructive Glass)』や。」
オーラが冷静に、でもちょっと皮肉っぽく返す。
「ご主人の性格をよく反映した名前だと思います。」
「せやろ?俺はいつだって全力で楽しむんや。ハハッ!」
メガネを外して机に置き、またベッドに倒れ込む。胸の奥にじんわり広がる期待と興奮。明日から始まるオックスフォードでの新しい章。美女、知識、遊び…ぜんぶ俺を待っとる。
目を閉じても、口元の笑みは消えへんかった。
椅子にだらっと腰かけて、鼻の上に掛けたばかりのGSITメガネがまだ温もりを残している。画面の光が壁に青白い影を刻んでいた。ふと頭の中に名前がよぎる――Helixor Corporation。
病気を全部治す血清を作ったって噂やけど、裏じゃどうもきな臭い話も多い。気になって、俺はメガネの中に浮かぶバーチャルのキーボードを軽く叩いた。
――「なぁAura、Helixor Corporationの兵器システムに潜り込め。腹の中に何を隠してるか見てみたい。」
俺は闇にさえ聞かれたくないみたいに囁いた。
――「了解、ボス。侵入プロトコル第五段階を起動します。準備中…」
Auraの女声が響く。冷たくて甘くて、まるで耳元で小馬鹿に笑うみたいだ。
レンズが閃き、赤く脈打つ迷宮のようなファイアウォールが現れる。血管みたいに点滅し、コードが剣のようにぶつかり合い、火花を散らす。
俺の指先は宙を走り、暗号を折り砕き、即席のシールドを張って反撃を防ぐ。
――「第二層に突入中…罠のハニーポットを発見。突破しますか?」
――「やれ。燃やし尽くせ。」
俺の口元は自然と歪んだ。
黄金の文字列が矢のように飛び、網を突き破る。警告ランプが赤く点滅し、画面が地震みたいに震える。汗が首筋を伝う。だが次の瞬間、巨大な黒い扉が姿を現し、そこにHelixorのロゴが浮かぶ。
――「データセンターへ到達。警告、ここは極秘領域。少しでもミスれば追跡されます。」
――「追跡だぁ? ケツの穴でも嗅がせとけ。中身を丸裸にしろ。」
一気にファイルが開く。プラズマライフルの設計図、自律型ロボのモデル、特殊部隊J.A.C.Kの計画書…。
だが俺の目を釘付けにしたのは「Project Elixir」。
そこには実験の記録――ネズミ、サル、そして顔を隠された人間。
薬は確かに万能だ。だが副作用は地獄。皮膚がただれ、神経が狂い、発狂して自分の肉を食い破る奴までいる。
喉が乾いて、ごくりと唾を飲み下す。胸の中は冷たくもあり、煮え立つようでもあった。
――「なるほどな。表では光を売り、裏では地獄を醸してやがる。」
俺は低くつぶやいた。
――「Aura、やつらの研究所、外部見学は可能か?」
――「可能です、ボス。ただし“学術視察”として国際大学の学生に限定。一般人は無理ですね。彼らは部外者を“壊すだけの存在”と見ています。」
俺は鼻で笑った。
――「学びや研究? 笑わせるな。俺が欲しいのは、民衆に銃口向けるその正体を暴くことや。」
部屋の灯りがチカチカしたあと、Auraが操作して完全に落ちた。闇に沈む部屋。
俺は厚手のコートを羽織り、首にマフラーを巻いた。外は雪が降りしきってる。GSITのレンズに微かな光が反射して、まるで幽霊の眼みたいだ。
――「鍵をかけろ。ちょっと散歩や。」
――「はい、ボス。」
背後でカチリとドアが閉まる音。
冷たい風が襟元に吹き込み、データ要塞を落としたばかりの興奮が胸にまだ残っている。だがこれは、ほんの序章にすぎないと分かっていた。
***
通りに出ると雪はしんしんと舞い、冬風が骨まで刺す。分厚いマフラーでも効かん。
肩から掛けた布バッグの中には、モバイルバッテリー、折り畳みナイフ、自作の電撃針――それだけ。
コンビニで乾き物でも買うつもりやったが、世の中そう簡単に静かにはしてくれん。
ドアを押し開けた瞬間、怒鳴り声と泣き声が耳を突いた。
古びた銃を握った強盗が、青ざめた中年の店員に突きつけている。
店員は震えながら繰り返す。
「頼む…命だけは…俺はただの雇われなんだ…」
俺はカップ麺の棚に身を寄せ、深く息を吸った。GSIT越しにAuraが囁く。
――「ボス、異常事態です。警察を呼びますか?」
俺は唇を吊り上げた。
――「ああ、呼べ。位置情報も送っとけ。でも処理は…俺がやる。」
バッグから取り出したのは小指ほどの電撃針。
銃口はまだ店員の首元に突きつけられてる。奴は気づかない。
俺の指が弾け、シュッ――針が首筋に突き刺さる。
パチン、とスイッチが入った音。
全身が痙攣し、目を白黒させ、歯を軋ませながら奴は鶏みたいに倒れた。
空気が止まる。
店員は口を開けたまま俺を見つめる。怯えと感謝が混じった目で。
俺は舌打ちし、菓子と水をカウンターに置いた。
――「会計してくれ。大丈夫、死んじゃいねぇ。」
店員は震える手でスキャンし、引きつった笑顔を作る。俺は現金を置き、袋を掴んで出ていった。
外は真っ白な雪景色。
まだ数歩も歩かんうちに、サイレンが鳴り響く。
だが現れたのはごつい警官じゃなく、若い娘が二人。
青い制服が身体に張りつき、腰には拳銃。歩き方はまだ危なっかしい――きっと大学からの研修生や。
俺は心の中で笑った。
「アメリカって国はほんま変やな…こんな可愛い警官出して、誰が仕事に集中できるんや。」
ひとりは金髪のポニーテール、瞳はエメラルドみたいに透き通る。
もうひとりは褐色肌に赤い唇、真面目そうでどこか艶っぽい。
Auraが囁く。
――「ボス、二人のデータを確認。交換留学プログラムの警察学生。実戦経験は…ゼロに近い。」
俺はニヤリと笑い、彼女らの横を通りながら一言。
――「中に強盗がおる。俺が倒した。片付けは任せた。」
二人が反応する前に、俺の手は動いていた。
片方の尻を軽く叩き、もう片方の胸をぎゅっと掴む。雪のように柔らかくて温かい。
――「きゃっ!何するの!?」
金髪の娘が顔を真っ赤にして叫ぶ。
――「変態!」
褐色の娘は銃に手を伸ばす。
俺はただ笑った。
――「お礼のつもりや。あんたら可愛すぎるからな。」
そう言って雪の中へ駆け出す。
背後で彼女らの怒声が響く。
雪に沈む足音と一緒に、俺の心臓は野生の獣みたいに跳ねていた。
生きてる実感――無茶苦茶で、最高だ。
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