Episode 160
気がつけば…光の十年が過ぎ去っていた。オレ、滅人は、まだ果てしない虚空を漂っていた。眠り続け、まるで氷の塊が宇宙の海に浮かんでいるみたいに。けど突然、見知らぬエネルギーの波が内なる本能を叩き起こした。
「……なんだ、この力は?」
オレは薄目を開け、視界が一瞬きらりと光る。
「何かを感じる……呼ばれてるような気がする。」
心の奥でささやく。
――「なあ、天龍。お前も感じてるか?」
天龍の声がだるそうに、でもやっぱり威厳を保ったまま響く。
――「好きに行け。こっちはまだ用事が残っとる。」
オレは口を尖らせて苦笑い。
「へいへい、んじゃ行かせてもらうわ。」
その瞬間、身体が光り出し、気の力が爆ぜた。オレは光速を越えて突っ走る。宇宙の物差しなんか全部無意味になるほどの速さ。心臓が一回打つ間に、もう着いてしまった。
目の前に広がるのは真っ赤な大地。空気は血の霧で詰まり、重くまとわりつく。足を踏み出すごとに、まるで濃い血溜まりを踏んでるみたいだ。奥へ進んだ瞬間、銀色の稲妻が霧を切り裂き、全景を照らし出す。
オレは思わず立ち止まった。
「……なんやこれ? 美しくて、でも信じられんくらい強そうやん。」
その時、宇宙を割るような咆哮が轟いた。
――「グォォォォォォォォ!!!」
星々まで震わせる声。大地が割れて揺れる。霧の奥から現れたのは、甲羅に古代の紋様を刻んだ巨獣。目は血のように赤く、吐息は地獄の炎。
古代神獣――玄亀魔神。
そいつの足元で、ひとつの石が眩く光っていた。ネクサステルニティの石。銀の輝きは小さな太陽みたいで、宇宙を飲み込もうとするほどの力を放っていた。
オレは唾を飲み込み、わざと笑ってみせた。
「なあ、落ち着けって、でかいカメさんよ。別に悪さする気はないんや。」
玄亀の声が、戦太鼓みたいに重々しく響く。
――「何者だ、貴様。ここに足を踏み入れるとは。」
オレは腕を組み、目を細める。
「ただな……あの石の力を感じただけや。呼ばれたんや。あれは無限の力なんやろ?」
玄亀が再び咆哮し、大地が震えた。
――「その石に触れる資格など、貴様にはない!」
オレは口角を吊り上げる。
「いや、ただ見たいだけや。……けどもし本気で欲しい言うたら、あんた、止められるんか?」
血のような赤い瞳と、銀の光を宿したオレの目がぶつかる。
玄亀魔神が叫び、大噴火みたいな気が爆発する。
――「挑む気か? ならば見せてやろう、古代神獣の真なる力を!」
赤い大地が割れ、空が崩れる。戦場が開いた。
玄亀の口から原子の閃光が吐き出され、空を焼き尽くさんばかり。
「おっと、危ねぇな。」オレは体をひねり、光線が掠める。すぐに天魂魂鉄を呼び出し、黒銀の稲妻みたいに横薙ぎを放つ。だが、ドンと跳ね返され、オレの身体は遠くへ吹っ飛んだ。立ちはだかっていたのは――あの亀甲羅。隕石みたいに硬ぇやつだ。
口元を拭い、オレは笑う。
「なるほどな、ええ甲羅や。あの石と合体したら……まじで無敵やろな。」
玄亀の目が細まり、雷鳴のような声が落ちる。
――「人間ごときが、何を妄言を。」
オレは吐き捨てるように。
「今、誰を下等って言うたんや? あ?」
叫ぶと同時に飛び込む。棍を振るう度、雷鳴が落ちたみたいな衝撃。玄亀は甲羅にこもるが、鱗が次々とひび割れる。そしてオレは渾身の一撃を叩き込み、巨体を吹き飛ばした。血の大地が大きく抉れる。
「まあ、これで十分やろ。石は……もらうで。」オレは手を伸ばし、ネクサステルニティを掴む。銀光が太陽みたいに弾けた。
「やめろぉぉぉ!!!」玄亀の咆哮は遅かった。
石が手に収まった瞬間、全身が銀光に包まれる。力が滾り、鼓動は戦太鼓のように轟く。オレは天魂魂鉄を見下ろし、口元を歪める。
「もしこの棍と石を繋げたら……化け物でも震えるやろな。」
オレは石を棍に押し当てた。二つの力が互いを喰らうように吸い合う。
ドォン!!!
銀色の爆発が血霧を吹き飛ばす。煙が晴れると、オレの手にあったのは新しい武器――
天魂魂鉄・永劫連結 (Celestial Souliron Staff Nexusternity)。
黒銀の棍は神々しい光を放ち、絶対の力を示していた。
オレは軽く振り、息荒い玄亀を睨む。
「お前は強い。だがオレはもっと要る。甲羅の防御力、魂ごと貸してもらうで。」
棍が光を放ち、竜巻が玄亀を飲み込む。魂だけが残り、棍に封じられていった。
オレは棍を肩に担ぎ、ふっと息を吐く。
「サンキューな。今日からここは《無尽の惑星》や。お前は魂の番人として、ここを見張っとけや。」
玄亀の返事はなかったが、その霊魂は静かに大地と同化し、結界とひとつになった。
オレは掌を地に置き、にやりと笑う。
「よし。これで……ここがオレの新しい拠点や。」
「そろそろ行く時が来たな。」
オレはぼそっとつぶやき、銀の霧に覆われた虚空を見据えた。真っ赤な霧の大地――もう見慣れた景色や。ネクサステルニティの石を取り込み、天魂魂鉄と融合させてから、この場所はオレの力の一部になった。けど同時に、ここはもう一人の存在とも繋がっとる――玄亀魔神。
振り返ると、巨大なカメは今や魂の残響だけになり、オレの手に光る棍の周りを漂っていた。
「おい、玄亀魔神。ここを頼むで。寂しがるなよ。必要な時、また戻ってくるからな。」
冗談半分、本気半分の声で言う。
低く、掠れた声が返る。悔しさを隠しきれん響きや。
「よくもやってくれたな、小僧。堂々たる古神であるオレの魂を、番犬みたいに棍に縛り付けるとは……まったく、屈辱もいいとこだ。」
オレは口元を歪めて笑い、棍の先で地を軽く叩いた。銀光が走り、彼の魂を照らし出す。
「まあまあ、怒るなや。オレは行くけど、お前はここで地と一つになる。孤独に腐るよりマシやろ。これも一つの“永遠”ってやつや。」
そう告げ、オレは棍を振った。空間が裂け、銀の渦が広がる。宇宙の波が吠え狂うみたいな門や。その中へオレは一歩踏み出し、振り返りもせずに消えた。
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瞬きひとつで、世界が変わった。赤い霧も古神の咆哮も消え、広がるのはただの闇。
そして正面に――青い星が浮かんでいた。雲は白いヴェールのように身体を包み、まるで優雅な娘の姿やった。オレは息を呑んで見惚れる。地球。
「ほぉ……これがそうか。宇宙919の地球。青くて、穏やかで、壊れそうなくらい脆いのに……目が離せん。そら文明が群がるわけや。」
エメラルド色の海がオレの瞳に映り込む。
手を伸ばして棍を見る。銀の光は眩しすぎる。地球人にはこの力が理解できんやろが、こんなデカい棍を持った奴が空から落ちてきたら、まず間違いなく大騒ぎや。
「……仕舞っとこか。」オレは笑って、手をひらりと振る。石は縮み、黒銀の指輪となって現れ、右手の中指に嵌った。虚無そのものを鋳造したみたいな冷たい輝きや。
「よし。無敗の武器も、今やただの装飾品。これなら地球人に怪しまれんやろ。」
深く息を吸い込む。胸いっぱいに広がるのは無音の虚空の冷たさ。
「よっしゃ……今度は自由落下で行くか。遊園地のジェットコースターなんか、これに比べたら屁みたいなもんや。」
拳を握り、オレは地球へ真っ直ぐ突っ込んだ。
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「な、何か落ちてきてるぞ!」
人工衛星の観測ステーションで、慌てた声が上がる。
黒い空を裂いて、ひと筋の光が疾走した。あまりに速すぎて、センサーはまともに追えず、データはぐちゃぐちゃのノイズになる。レーダー上では巨大な隕石の炎や。
「嘘だろ……軌道が……地球直撃だ! すぐ本部に通報しろ!」
地上が騒然とする中、オレは愉快に笑っていた。大気との摩擦で火焔が纏い、オレは巨大な火球になった。
「ええやん。派手な花火で歓迎してくれるんか。」
両腕を広げ、空を抱くようにして落ちていく。空気が砕け、悲鳴のような轟音が宇宙から地上へ突き抜ける。
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下界では、街の夜空が真っ赤に裂かれた。
「おじいちゃん! 流れ星や! 願い事!」
子どもの声は無邪気。
けど老人は硬直したまま、目に恐怖を滲ませる。
(こんなデカい流れ星が、真っ直ぐ地面に突っ込むか……?)
各国で警報が鳴り響く。軍のレーダーは「未確認物体」と報告。戦闘機が飛び、迎撃ミサイルが装填される。世界は最悪のシナリオ――隕石衝突を想定し始めていた。
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オレは雲を突き抜ける。湿った水気の匂いが鼻をくすぐる。十光年も漂った後で嗅ぐ、命ある星の香り。
「……ええな。しっとりしてて甘い。虚空の冷たさとは大違いや。」
胸がわずかに震えた。冷たいオレの心臓が、一瞬だけ熱を帯びた。――きっと、奥底ではオレも“帰る場所”を求めてたんや。
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速度を落とし、結界を展開。炎は消え、無傷の身体が現れる。森の外れに突っ込み、地面を抉って巨大な穴を残した。
煙が立ちこめ、鳥が一斉に飛び去る。木々は倒れ伏す。けどオレは大地に立ち、足を根のように突き刺して揺るがん。
「ふん……悪くない着地やな。」
服の埃を払って笑う。
夜空を仰げば、赤い光跡はもう消えていた。地球人はきっと大慌てで“隕石”を探している。だが、オレは気にもせん。
これからが本番や。
「さて……まずは寝床探して、腹も満たして……そんで、この星の面白さ、確かめさせてもらおか。」
拳を握る。黒銀の指輪がかすかに光り、まるで囁くみたいに――宇宙のすべてが、今はオレの手の中にあると告げていた。
着地に成功したあと、俺はここがニューヨークだと気づいた。人で溢れ、雑然としているくせに、どこか眩しい街。電光掲示板がぎらぎら光り、人の流れは途切れず、クラクションが人間界の狂った交響曲みたいに鳴り響いている。腕時計を見ると、地球時間で夜の七時。腹がぐうぐう鳴り、どんなに強かろうが結局は凡夫と同じく、食わねばならぬことを思い知らされる。
左手の指輪を軽く回すと、黒銀のネクサスター二ティの核が一瞬きらめき、指先を鳴らした途端、一万ドルが俺のポケットに収まった。思わず笑いが漏れる。 「これだけあれば、数日は遊んで食えるな。」
マクドナルドに足を踏み入れると、油の匂い、焼き立てのパン、濃厚なチーズの匂いが鼻を突き、ここがまるで“味覚の欲望”の戦場のように思えてくる。チキンバーガーを二つ注文すると、金髪を後ろで結んだ若い店員がレシートを差し出し、微笑んだ。
――「少々お待ちくださいませ。」
ガラス窓のそばの席に座り、外の街を眺める。ネオンの光が窓に滲み、そこに映る自分の顔を見た瞬間、まるで深い奈落から放り出された浮浪者のように思えた。服は埃にまみれ、髪は乱れている。
「新しい場所に来た以上、新しい名もいるな。」
そう心で呟く。「ダスティン・マンベイン……悪くない。でも、俺の奥底にはやはり“滅人”が居座ってる。」
やがて料理が運ばれ、彼女はトレーを静かに置いた。
――「ごゆっくりどうぞ。」
軽く頷き、食べる。飢えた獣のように、同時に孤独まで噛み砕くように。周囲の人間は奇異の目を向け、笑う者もいれば舌打ちする者もいる。だが、俺は気にしない。この地の食べ物は俺の知っていた世界とは違うが、満たされる感覚は妙に懐かしい。
食い終え、再び窓の自分を見る。そこに映るのはやはり浮浪者の顔。服も、住む場所も、この街での仮面も、必要になると分かっていた。立ち上がり、出て行こうとしたその瞬間――視線が交わった。さっきの彼女と。
妙な感覚だった。恐れと好奇心の入り混じったその瞳に、俺の荒れ果てた姿が逆に奇妙な吸引力を持って映っていたのかもしれない。わざと椅子に足を引っかけ、軽く身体が彼女に触れる。刹那、髪の匂いと、夜露のように冷たい肌の感触に背筋が震えた。
ふと、彼女の身体からほんのりと熱を帯びた気配が伝わってきた。俺は何もしていないのに――まるで欲望の水脈がどこかで震え始めたかのように。さらに胸元も、張り詰めた花蕾のように硬さを帯び、その奥から微かな雫が零れ落ちる錯覚さえ覚えた。
俺は小さく囁く。半ば冗談、半ば本気で。
――「すまない、大丈夫か? ……少し濡れた気配を感じたが。」
彼女は顔を赤くし、下唇を噛んで答えた。
――「あ……大丈夫。平気です。」
二人の間に薄い霧がかかったような空気が流れる。彼女の目に映る俺は、異質で、謎めいて、そして危うい存在。俺にとっては、その一瞬の触れ合いがまるで運命からの誘いのようだった。だが俺は笑みを浮かべ、背を向けた。
ニューヨークの夜はまだ長い。ここでの遊戯は――始まったばかりだ。
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