16.勝利を携え、天龍は少林を去
エピソード 15 のアイデアをさらに追加します。
夕暮れが近づいていた。
最後の陽光が雲間をかすかに照らし、少林寺の中庭に立つ古い仏像に降り注いでいた。その影は長く伸び、まるで何か神聖なもの──あるいは、一人の人間に頭を垂れているかのように見えた。
風は吹き続けている。だが、人々の心の中では嵐が吹き荒れていた。
大雄宝殿の前の広場は、天龍が一音もなく天師を一剣で打ち破った後、異様な静けさに包まれていた。外院の弟子から内門の柱石たちまで、百人を超える高僧たちは皆、石像のように動かず立ち尽くしていた。
誰一人として、踏み出す者はいなかった。
誰一人として、口を開く者はいなかった。
息を呑む音すら、喉奥に押し込められていた。
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天龍は剣を背に収め、静かに石段を下り始めた。そこには仏門の八大戒律が刻まれていた。
その足音は明確でありながらも軽やかで、かえって人々の心を震わせるようだった。
白衣が風に揺れる。後ろでゆるく束ねられた黒髪が風に踊っていた。
>「元より、殺生は好まぬ。」
天龍の声がふいに漏れた。夕暮れの空気に溶けるような、低く淡い声だった。
「だが… 理が通じぬ宗門には、剣に理を宿すしかない。」
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その時、中年の高僧が堪えきれず、怒声を上げた。
>「妖孽め、傲慢無礼!たとえ死すとも、少林は屈せぬ!!」
言葉が落ちると同時に、その身は矢の如く風を裂き、数十年の内力を注ぎ込んだ雷鳴のごとき「般若仏掌」を放った!
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ドォン!!
大地が震える!
その掌力は天龍が立つ場所を狙い、大気を裂くかのような旋風を巻き起こした!
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しかし…
一筋の腕が、ゆっくりと前に出た。
内力も使わず、光も纏わず、護体の心法もなかった。
ただ…一つの手が、そっと差し出された。
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「ドンッ!!」
あの恐るべき掌勁は、まるで雨に打たれた塵のように消え去った。
高僧の身体は反動で三歩後退し、鮮血を吐きながら、目には恐怖が浮かぶ。
>「こ、これは…何という…!」
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天龍は答えなかった。
ただ、視線を流し、淡々と言った。
>「死にたければ、叶えてやる。だが生きてこそ──
“世界の異なる者”に膝を屈するとは何かを、知ることができる。」
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空気が凍りついた。
高僧たちは次々と気を練り始める。
風が衣を打ち、袈裟の音がまるで戦鼓のように響き渡った。
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一人の若い小僧が、目を潤ませ、杖を強く握りしめて前に進み出た。
その声は震えていた。
>「ぼ、僕は認めない…!お前は少林を侮辱した…!そんな奴が、どうして…そんな簡単に立ち去れるんだ…!」
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天龍の眼差しが、その幼い顔に留まった。
そして──微笑んだ。
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>「小坊主、お前は勇気があるな。だが、勇気は武ではない。
少林もまた、正義とは限らぬ。」
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その一言は、まるで天を裂く雷のようだった!
高僧たちは一斉に怒声を上げる。
>「不敬な!!」
>「妖孽の妄言!!」
>「討てぇえええっ!!」
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ドドドドドッ!!!
百を超える僧の影が、まるで檻を破った獅子の如く、白衣の男へと襲いかかる!
拳影、足技、法器──すべてが渦巻き、空を覆い尽くすほどの巨大な旋風となった!
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だが、天龍は微動だにせず。
左手を下ろしたまま、右手をゆるく背に添えたままだった。
風が唸りを上げる。
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>「百人が徒手の一人を囲む──それが仏の道だと、思っているのか?」
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誰も答えなかった。
ただ、殺気が火山のように、噴き上がっていた。
ドン!ドン!ドン!
拳と掌の音が空に響き渡り、雷鳴のように轟き、猛虎の咆哮の如く荒れ狂う!
少林の百人を超える高僧たちが四方八方から一斉に攻撃を仕掛ける。気のうねりは、火と雷の見えない檻のように天龍を包囲した!
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その瞬間――
天龍はまだ剣を抜いていなかった。
ただ、静かに身をかわしただけだった。
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彼の足取りは速くない。 だが、その一歩ごとに空間の法則が崩れたかのようだった。
拳が命中する寸前――スッ…!と彼の姿はすでにすり抜けていた。
雷のような掌打が頭上に落ちた瞬間――ヒュッ…!と首を傾けた彼の代わりに、大地に掌が突き刺さり、深さ一尺もの穴が開いた!
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「彼は…どこへ行ったんだ⁉」
「違う!消えたんじゃない…あの中にいる!我らの陣形の中心に!!」
「なぜ…誰一人として彼に当てられないのだ⁉」
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白い影が、拳と掌の嵐の中に淡く揺れている。
まるで仙人の幻影、水面に映る虚像のようだ。
触れることも、捉えることもできない。
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「一体、何の身法を使っているんだ⁉」――内門の高僧が叫ぶ。怯えのあまり、目が真っ赤になっていた。
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それは――「虚空影歩」。
名も痕跡もない、天龍自らが編み出した秘伝の身法。
天下三十六の最強軽功を融合し、究極まで精錬されたその技は、影なき歩、音なき舞、意なき動きとなった。
見ることはできても、追うことはできない。
予測することはできても、捕らえることはできない。
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「ドンッ!!」――一人の老僧が拳を振るうが、空を打つのみ。
その刹那、天龍の姿が老僧の背後に浮かび上がる。まるで幽鬼のように。
彼の指が、老僧のうなじを軽く「コツン」と叩く――。
老僧は崩れ落ち、顔面蒼白、全身麻痺。
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「たった一指で…内門八十年修行の掌力を無力化⁉」
「ありえぬ!あれは…もはや人ではない!」
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三十手にも満たぬうちに――
高僧たちの半数以上が倒れ伏し、重傷こそ負っていないが、気が乱れ、力も入らず、立つことすらままならぬ。
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しかし、天龍は殺意を持って反撃することはなかった。
彼はただ、避け、受け流し、麻痺させるのみ――誰一人として殺さなかった。
彼の技の一つ一つに、不可思議な慈悲の気が込められていた。
それはまるで、自らを殺そうとする者たちを…逆に守っているかのようだった。
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「俺は仏弟子でも、聖者でもない。」
「だが、お前たちは出家した僧。お前たちを殺すことは、すなわちこの寺を血で染め、戒律を穢すことと同じだ。」
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その低く響く声が、塵煙に満ちた空に漂う。
まるで夜の静寂を破る鐘の音のように、ひとりひとりの胸に深く染み渡った。
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白髪の老僧が震える手で数歩下がり、複雑な眼差しで天龍を見つめる。
そして、静かに合掌した。
「アミターバ…天龍殿…何故、止めを刺さぬのか?」
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天龍は立ち止まる。
風が白衣を揺らし、背中の長髪をそよがせる。
彼は微笑んで、こう言った。
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「俺は…殺さずとも、強さを証明できる。」
「なぜなら――この天下に、もはや俺に勝てる者など…存在しないのだから。」
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その言葉が終わった瞬間――
全員が凍りついた。
それは傲慢だからではない。
それは…事実だった。
血と汗と敗北によって、この戦の中で明らかにされた、否定できぬ「真実」だった。
少林の大殿は、不気味なほど静まり返っていた。
柱の間を風が吹き抜け、回廊に吊された風鈴がかすかに鳴り響く。その音は、千年の歴史が引き裂かれる慟哭のようであった。
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血まみれの若い弟子が、必死に膝をついて立ち上がり、両手で杖を握りしめながら、怒りに震える声で叫んだ。
> 「お前…一体何者なんだ!!」
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天龍は大殿の最上段の石段に立っていた。白衣の裾が夜空に浮かぶ銀波のように風に舞う。
その目は——底なしの闇のように深く、怒りも喜びも宿していない。
そこにあったのは、世の怨嗟を超越した静寂そのもの。
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彼は答えた——風のように軽く、だが人々の心に鋭く突き刺さる声で。
> 「私は…お前たちが見たことのない限界を超えた者。」
> 「内力が極限に達すれば、技を出さずとも山を崩せる。」
> 「心法が絶頂に至れば、殺さずとも人の心を屈服させられる。」
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我慢できなくなった高僧の一人が怒鳴った。
> 「傲慢だ!!お前一人が天下無敵だとでも思っているのか!」
> 「三百年の少林の伝統が、たかが二十歳の小僧に膝をつくなどあるものか!!」
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ドンッ!!
その高僧が立ち上がると、全身から黄金の剛気が炎のように噴き出した!
それは十三層目の「金剛護体神功」——伝統の経典には記されず、住職にのみ伝えられる最奥の秘技。
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> 「施主、教訓を与えねば、お前は永遠に謙遜を知らぬままよ!」
> 「この一掌、受けてみよ!」
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天地を揺るがす掌撃!
気勁が津波のように巻き上がり、大殿の仏像さえも裂け割れた。
大気が崩壊するかのように震えた!
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だが天龍は…微動だにせず。
高僧の手のひらが彼の顔の三寸手前に迫ったその瞬間——彼は手を上げた。
たった一本の指で。
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触れる。
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ドォォォォォォォォォン————!!
その指先から無形の波動が放たれ、音もなく潮のように押し寄せ、高僧の黄金の剛気を一瞬で吹き飛ばした!
高僧の目が見開かれた!
全身が万の巨石に押し潰されたように動けない!
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> 「こ、これは…無極輪廻反掌…!? 違う…こんなはずは…!!」
> 「これは…一体…!!?」
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ブハッ!!
彼は血を噴き、十丈も吹き飛ばされ、石段に落ちて気を失った。
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全員が呆然とした。
息をすることさえ…忘れるほどに。
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> 「一本の指で…金剛神掌を破ったのか?」
> 「あの指は…魔法か?」
> 「いや…魔法以上に恐ろしいものだ。」
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長く座禅していた老僧が、ふいに涙を流した。
彼は合掌し、天龍に向かって低く念じた。
> 「南無阿弥陀仏…」
> 「これこそ…歴代少林が求め続けた武道の頂点…」
> 「強さゆえではない…彼は生死を見極めたからこそ。」
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天龍は無言のまま。
その目は、震える顔一つ一つを、怒りに満ちた眼差しを、血に染まった身体を、静かに見渡していた。
彼は驕らず。 勝利の笑みも浮かべず。 憐れみの言葉も口にしなかった。
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> 「本来…今日ここに来る必要はなかった。」
> 「だが、お前たち一人ひとりが、あまりにも固執した。」
> 「私はただ、少林を通り、一枚の古経を取り戻したかっただけだ。」
> 「だが、お前たちは…私に自らを証明させた。」
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その言葉が終わると…
再び風が吹き荒れた。
大殿の古き壁、埃をかぶった瓦…すべてが風に呻き、まるで少林の魂が泣いているかのようだった。
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> 「百の僧と対峙しながら、なお慈悲を失わず…」 「武の天下も…やがてその主を変えることだろう…」
風が静まり返る。 雲が嵩じ、嵩じて中岳の頂に集まり、天空と大地が沈黙し、最後の審判の音に耳を澄ませるかのように見える。
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天龍は背筋を伸ばし、最上段から少林全体を見下ろしていた。
僧たちは無惨に倒れている。 石壁はひび割れ。 柱は傾き倒れた。 煙と塵が舞い上がり、香の煙が壮絶な空気の中に溶けていった。
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その時、天龍の眼差しには一切の感情がなかった。
彼は右腕を軽く上げた。
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その動きは…一見、ゆっくりと見えるが、まるで天を揺るがす雷動のようであった!
ドンウンウンウンウンウン————!!!
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全少林が震動する!!
古代の阵法が揺れ動き、 山の地下の地脈が裂けるような音が響く。 城壁が——爆発した!! 大殿が——崩れ落ちた!! 千年の鐘楼が——竹の枝のように折れ倒れた!!
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ボォォォォォォォォォン—————!!!
一つの白い光の海が空を裂いた!!
少林寺全体が——瞬く間に——火の海となり、焼け尽きた!!
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> 「だ、駄目だ!!」
> 「あり得ない——!!」
> 「それは…最上の心願の意志か!?!!」
> 「彼は…本当に空間をも滅ぼす技を使ったのか?」
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僧たちの叫びが、絶望に満ちて響く。
そして天龍は——依然として嵐の中心に立っていた。
白い衣が火の中で舞い、まるで天から降りしきた神のようで——それとも、世のすべてを断絶した無関心な存在のようであった。
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彼はゆっくりと背を向け、灰の海を歩き出した。
一歩一歩が…永遠に刻まれるかのようで、天地はその歩みに阻むことができなかった。
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嵩山の崖の縁に差し掛かると、彼は立ち止まった。
振り返ることはない。 惜しむことはない。
ただ、ひとことだけ——霧のように軽く、しかし武林を震撼させる言葉を残した。
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> 「正義の名を借りて欲望を隠す者は、いずれここにあるもののように灰となる。」
> 「これからは…誰が俺の道を阻もうとも——その結末は少林と何ら変わりはないだろう。」
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シュッ!!
一筋の白い光が空へと飛び立つ!!
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天龍は稲妻のように消え去り、黒い雲を貫いて無限の世界へと消えた。
その後ろには…
炎に包まれた古刹、始まったばかりの伝説——そして、未曾有の衝撃を受けた武林の世界が残された。
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