Episode 153
今朝な、目覚ましのベルがガチャガチャ鳴って、まるで古いミシンが耳の奥に直接蹴り込んでくるみたいで、夢の底から無理やり引っ張り上げられた。
目ぇ開けたら、杏ちゃんがぴったり脇腹にくっついて寝とる。薄い毛布がずれて、朝の光がカーテンの隙間から差し込んで、白い肌が牛乳みたく光っとる。首をちょっと傾けて、蜜を垂らすみたいな声で笑う。
> 「起きよ…今日は新しいチームの点呼やで、坊や。」
まだ口を開く気にもならん。腰に手を回して、ぐっと引き寄せる。息には昨夜の匂いがまだ残っとる。
> 「点呼なんて…そんな慌てんでもええやろ?」
横目で俺を見る、その目付きはやわらかいくせに刃物みたいに鋭く、水面をスッと切るカミソリみたいや。
> 「遅刻して“規律がない”なんて言われたら、どうすんの?」
二人とも裸のまま、のそっと風呂場へ。
ぬるま湯が肩にポタポタ落ちて、蒸気が鏡を白く曇らす。俺は彼女の髪を洗い、ジャスミンの石けんの香りが鼻をくすぐる。杏ちゃんは小さな手で、俺の背中をゆっくり丁寧にこする。その手つきは、皮膚に刻み込むみたいにゆっくり。着替えるときも、わざと俺のシャツのボタンをひとつずつ時間かけて留めやがる。目が細く曲がって、俺の頭の中を読んどるみたいや。
部屋を出ると、朝の風がひやっと気持ちええ。二人で真っすぐ215号室――新しい拠点へ向かう。ドアを開けたら、すでに楊センがコーヒー片手に座っとる。湯気がゆらゆら。部屋の隅では、日本アキ――前は李トゥアンと名乗っとったやつ――が杏ちゃんと話してる。声にはちょっと挑発が混じっとる。俺は心の中で思ったわ。こいつら同じチームやったら、そのうち正月の爆竹みたいに毎日ドカンやな、と。
四人並んで健康チェック。ピカピカのスキャナーが頭から足まで走って、「ピッ…ピッ…」ってSF映画みたいや。モニターには心拍、骨密度、筋肉量まで全部表示。スタッフから黒いボディスーツを渡される。肩には「ZRIS-215」のマーク入り。ピタッと体に張りつくけど軽い。肌に冷たくて動きやすい。戦闘用の装備は後で支給らしい。
教官が俺を見て、淡々と言う。
> 「ディエンレン、お前は残り三人全員と戦え。」
口の端が自然と上がる。血が騒ぐ。
> 「三人? …ええで。」
日本アキが先に動く。
突風を残して突っ込んできて、数秒で土埃が渦を巻いて視界を呑み込む。耳元で風が唸る中、地面から手首ほどの太さの根っこが飛び出し、俺の手足をがっちり締め付ける。離れたところで杏ちゃんが指先を踊らせ、人形の糸を操るみたいに笑う。
> 「そんな簡単に逃げられると思わんときや。」
同時に、楊センの矢が風を裂いて飛んできた。首を傾けると、後ろの地面に「ズブッ」と突き刺さる。
> 「息ぴったりやな…」俺は声を落ち着かせたまま言う。
軽く引っ張っただけで、根っこは麺みたいにブチブチ切れる。大きく払えば、埃の渦も吹き飛んだ。一直線に日本アキへ。気づけばもう背後に立っとる。肩を軽く叩く。
> 「ほら、捕まえたで。」
楊センが二本目を放つ前に、その手を押さえてクルッと回し、矢はカランと床に落ちた。杏ちゃんがまた俺を絡め取ろうとするが、今度は逆に腰を引き寄せ、首筋に息をかけながら囁く。
> 「もうネタ切れか?」
結局、俺の勝ち。
でも手を放した途端、日本アキが腕を組んで、唇を噛む。
> 「骨折らせる気かよ、あんた。」
杏ちゃんも横から少し責める。
> 「そうやで…あんまりキツくせんといて。私ら味方やん。」
俺は薄く笑って返す。
> 「本番に慣れとけ。外じゃ誰も手加減せん。」
二人はじっと俺を睨む。まるで借りを作らされたみたいな顔や。
訓練が終わり、汗が額から滴って口元まで落ちる。塩っ辛い。
スキャナーが「ティン」と鳴って、結果は“ZRIS-215 ― 優秀”。
でも誰も拍手せん。杏ちゃんと日本アキは、両側から俺を睨みつけて、まるで俺が敵でも殺したみたいな目や。
俺は咳払いして言った。
> 「なあ、鍋食いに行かんか? 奢るで。」
心拍二つ分の静けさ。
日本アキが腕を組んでニヤッとする。
> 「ええよ。でも最初の一口は私な。」
杏ちゃんが鼻で笑って、わざと向こうに聞こえる声で言う。
> 「何言うてんの。最初は私やろ。」
俺は二人の間を見て、ため息。猫二匹が毛を逆立ててるみたいで、今にも飛びかかりそうや。両肩に手を置いて、ドアへ歩かせながら小声で。
> 「同じ鍋や。順番なんか気にすんなや。」
後ろでは、楊センが足を引きずりながら苦笑いしとる。
---
鍋屋はZarisプラザの5階。ガラス越しに夜のステラ・プラネットの街を見下ろせる。外ではネオンが瞬き、中では湯気がもわもわ上がって景色をぼやかす。牛骨スープの匂いが服に染みつく。辛くて鼻にツンとくるのに、腹はほっこりする。
席に着くや、日本アキが牛肉を一枚、俺の椀に入れ、チラッと目を寄こす。杏ちゃんも負けずに水を注ぎ、肩をわずかに当てて、領地を主張するみたいな仕草。
> 「二人とも…ちょっとは譲り合えんか?」
「無理。」 ― 二人同時に。
俺は黙った。負けたわけやない。こういうとき、何言ってもムダやと分かっとるだけや。
向かいで楊センがゆっくり食っとる。牛肉を口に運びながら言う。
> 「俺、先に病院戻るわ。骨のヒビ、まだ完全に治ってへん。」
俺は頷いて肩を叩く。
> 「ゆっくり休め。これから忙しゅうなるで。」
彼は笑って立ち去った。残ったのは三人。湯気の向こう、グツグツいう鍋と箸の音。唐辛子の香りが鼻を刺す。自分の鼓動が、その匂いと一緒に胸の奥で跳ねる。
温かくて…息苦しい。戦場やないのに、何かが爆ぜそうな予感。
俺は知っとる。
これはまだ“準備運動”や。
次は…敵が外におるとは限らん。
鍋がテーブルの真ん中でグツグツ煮えとる。
泡がぷくぷく浮かんでは弾けて、まるで言いかけた言葉が熱気に呑まれて消えるみたいや。
サテの香り、揚げ玉ねぎの匂い、牛肉の旨み…それらが絡み合って鼻を刺す。白い湯気が顔を巻き込み、首筋を誰かにそっと撫でられたような熱さが走る。
杏ちゃんは向かい側、肩までの髪がランプの赤い光を受けてテーブルに影を落としている。
コートのポケットを探って、真っ白な封筒を取り出した。蓋には二つの銀の指輪が絡み合う絵――見ただけで大事な話やと分かる。
すぐには口を開かず、甘すぎる笑みを浮かべる。長く見つめとったら、ステンレスのスプーンも溶けてまいそうな笑いや。
> 「忘れんと来てや…うちらの結婚式やで。」
一語一語、木に釘打つみたいにしっかり言う。
テーブルの周りの空気が一拍止まる。
鍋はまだグツグツ、スプーンの当たるカチャカチャという音もあるけど、みんなの視線がこっちへ寄ってきた。
左隣の日本アキが封筒を手に取り、指先で縁を軽く叩く。
目を細め、口の端を冷たく持ち上げた。
> 「へぇ…よかったやん。」
声はカミソリみたいに薄く鋭い。
突然、彼女は身を乗り出し、腕を俺の首に回して引き寄せた。
反応する間もなく、頬に「チュッ」と大きな音を立ててキス。しかも杏ちゃんの目の前で。
> 「二人とも…お幸せに。」
その祝福は、釘を打つどころか針で刺すようやった。
席を立ち、バッグを肩にかけた日本アキは、去る前に杏ちゃんの耳元に顔を寄せる。
吐息からは、朝霧みたいに冷たい香水の匂い。
> 「旦那さん、大事にしな…じゃないと、あたしのもんになるで。」
声は小さい。でも鍋の煮え音よりも、はっきりと耳に届いた。
コツ、コツ…ヒールの音が床に響く。香水の匂いだけが湯気と人の熱気の中に残る。
店は数秒、しんと静まり返った。聞こえるのはエアコンの低い唸りと、誰かが唾を飲み込む音。
俺は牛すじをひとつ掴んで、ゆっくり噛む。
「俺のもんになる」――その言葉が頭の中で何度も木を削る刃みたいに響く。笑って流すか、ため息つくか…決められん。
杏ちゃんは頬杖ついて俺を見てる。
目には嫉妬も怒りもなく、ただ俺の腹の中を探るような光。
やがて、蜂蜜をコップに注いだばかりのような甘さで言う。
> 「明日…どこ行こっか、ベイビー?」
俺は箸を置き、氷茶をひと口。淡々と返す。
> 「どこでもええ…あんたが一緒なら。」
彼女はくすっと笑い、俺に大きな海老をよそってくれる。
ちょうど茹で上がった白い身が、舌に広がって甘い。
俺らは子どもみたいに「ベイビー」だの「ダーリン」だの言い合いながら食べ続ける。
彼女の笑い声が湯気に溶けて、隣のテーブルのズズッという音と混じる。
隣の客が首を振って、男がため息まじりに言う。
> 「メロドラマ見ながら飯食ってるみたいや…胸焼けしそう。」
聞こえたけど無視や。杏ちゃんも気にせん。
俺らは笑いながら食べる。世界の残りは、ただのぼやけた背景みたいや。
顔を上げると、鍋の湯気が彼女の顔にベールのようにまとわりついている。
ふと、思う。――いつか本当にベールを上げる日が来ても、この匂いは残ってるかもしれん。
簡単に消えるくせに、やたらと長く居座る記憶みたいにな。
店を出た俺と杏ちゃんは、祭り帰りの二人みたいにふらつく。
腹の酒がまだ温かいから、夜風がいくら冷たくても通さん。
彼女は腰に手を回し、頭を俺の肩に預ける。髪には香水と鍋の煙の匂いがまだ混じっとる。
Zarisの部屋に灯りがともり、ドアが「カチャ」と閉まるとすぐに唇が唇を探す。
酒の熱と口紅の香り、ビールの苦みが混ざって、変な甘さになる。それを全部飲み干したくなる。
コートは椅子に落ち、ベルトが金属音を立てて外れる。まるで別の合図みたいに。
背中を胸に押し当て、荒い息。手は身体の曲線をなぞり、知ってるはずの道やのに、今夜は見知らぬ分かれ道が増えてる。
> 「あん…」声は震え、少し掠れてる。「…ゆっくりしすぎんといて。」
「慌てんな…夜はまだ長い。」
彼女は笑い、強く抱きしめてくる。まるで離したら落ちてしまうみたいに。
ソファに倒れ込み、ランプの黄が斜めに差して、時間の流れが遅くなる。
心臓はリズムも無視して、早くなったり遅くなったり。
指先は布を剥がしていく。熟れた果実の皮を剥くみたいに、一口齧れば甘さがあふれ出す。
笑い声が途切れ、息に溶ける。
何度キスしたか覚えてない。ただ、互いが混じり合っていく熱さと、耳の奥で血が流れる音だけが残った。
…
その頃、軍医病院では楊センがベッドに横たわっていた。
最初は目を細め、片手でこめかみを押さえる程度。だが次第に、青い血管が浮き上がり、皮膚の下で根っこみたいに這い回る。
筋肉が膨れ、患者服を引き裂きそうに張る。
息は濁り、やがて鎖を引きちぎられた獣みたいな低い咆哮が喉から漏れた。
> 「や…やば…」
歯を食いしばり、叫び声を上げる。
その咆哮は部屋じゅうに響き、廊下まで揺らす。
警報灯が真っ赤に点滅し、蜂の巣をつついたようなサイレンが鳴る。
消毒液の匂いに、焼けた配線の焦げ臭さが混じる。
…
> 「…もっと…」杏ちゃんが耳元で小さく息を漏らす。
「耐えられるか?」俺はさらに抱き寄せる。
「耐え…でも…」
最後まで言い切る前に、冷たい圧力が部屋を走った。
まるで空気そのものを裂いたみたいな感触。
鳥肌が背筋を駆け上がり、彼女も動きを止める。
> 「なぁ…今の、聞こえた?」
目はまだ酔いを帯びてるのに、そこに不安が混ざる。
「ああ…遠くで…咆える声みたいや。」
それはただの騒音やない。骨の奥まで響く音や。
俺は彼女を放し、急いで服を引っ張り上げ、ボタンをかける。手が少し震えてる。
> 「早く着ろ。」
「何が…」
「分からん…でも行かなあかん。」
二人はほぼ同時に靴を履く。
鍵束が手の中でカチャカチャ鳴る。ドアを飛び出した。
夜空は真っ黒。風が顔を叩いて冷たい。
遠くでサイレンが鳴り続け、赤い警告灯が高層ビルに反射して、斬りつける光みたく走る。
俺はハンドルを握りしめ、杏ちゃんは背中にしがみつく。
言葉はもういらん。二人とも分かってた。
――今夜は、始まりみたいに穏やかには終わらん。
もしこの記事が少しでも面白いと思ったら、評価をお願いします。下にスクロールすると、評価ボタン(☆☆☆☆☆)があります。
このページをブックマークしていただけると、とても嬉しいです。ぜひやってください。
もしよろしければ、フィードバックもお聞かせください。
評価、ブックマーク、いいねなどは、私が執筆する大きな励みになります。
どうもありがとうございます。




