Episode 132
地球001の真昼、太陽が真上に昇りきった頃——
私は、ゆるやかに歩を進めながら、学園の高等カンティーンへと入っていった。
足もとは、きらめく光にまだ馴染まず、一歩一歩が重たかった。
透き通るガラスのドーム越しに降りそそぐ黄金の陽射し。
それは、人類の星付きレストランを彷彿とさせるような、精緻に整えられた机と椅子の上に、静かに踊っていた。
漂うのは、温かい料理の香り。
開かれた厨房から漏れる軽やかな焼け音。
そして、あらゆる言語で交わされるざわめきが響く——
そのすべてが、生々しく、まるで「生」を謳歌しているようで……
私は、ひどく取り残された気がした。
——混雑しているのに、危険を感じない場所など、私は知らなかった。
視線を、ざっと食事中の生徒たちへと滑らせる。
髪は虹のように染められ、制服も能力に応じて姿を変えていた。
猫耳をつけた者、幻影の鎧を肩に纏った者、燐光をまとって輝く者——
どの顔も、私には遠かった。
……そして、知ろうという気も起きなかった。
ただ一つ——
その光景の中に、私の歩を止めさせたものがある。
宙に浮かぶ電子メニューのスクリーン。
数えきれぬ未来的、異形的な料理の名前の中で、私は目を奪われた。
そこに、見覚えのある二つの文字列があったのだ。
「ハンバーガー」
「ホットドッグ」
胸の奥で、何かがかすかに震えた。
水面をかすめる風のような微かな揺らぎ——
だが、それは確かに私を立ち止まらせ、指先を宙の画面へと向けさせた。
> 「……これが、欲しい。」
声は、午前の授業のせいでかすれていた。
だが、目は……パンとソーセージの写真から離れなかった。
> 「いい選び方ですね!」
隣から、少女の声が弾けるように響いた。
> 「これ、美味しいし食べやすいんですよ。」
私は、振り向いた。
彼女——杏桃は、柔らかく笑っていた。
その笑みには、作られた嘘がなかった。
サービスの笑顔でもなく、偽りの親しさでもない。
ただ、私の選んだものに、ほんの少しでも心が通ったような……そんな笑顔だった。
私は、言葉を返さなかった。
彼女が先に歩き出し、私はそれに従った。
カードをスキャンし、二人分の食事を、慣れた手つきで選んでいく。
その一連の動きに、無駄はなく、華美さもなく——
だからこそ、私は心を構える必要がなかった。
私たちは、窓際の少し陰になった席に腰を下ろした。
斜めに差し込む光が、静かにテーブルを照らす。
窓の外では、木々が風に揺れ、葉がさらさらと音を立てていた。
まるで、誰にも邪魔をしないように。
トレーを置く。
温かいハンバーガー。
ソーセージにはフライドポテトが添えられ、ジュースのカップには小さな水滴。
……何の変哲もない昼食風景。
それなのに、心のどこかが、ざわついていた。
一口、パンにかぶりつく。
柔らかな肉、ふわりとしたパン。
決して絶品ではない。
それでも、思い出せそうで思い出せない、何かが蘇ろうとしていた。
> 「今日の授業、どうでしたか?」
杏桃が尋ねた。
軽く顔を傾け、私の答えを急かすでもなく、ただ……静かに、待っている。
私は咀嚼の速度を落とし、彼女の瞳を見た。
蜂蜜のような光を湛えたその目を、私は、長くは見つめられなかった。
> 「……普通だ。」
短く答えた。
だが、ふと、理由もなく、問い返した。
> 「……お前は?」
それは、反射だった。
だが、口にした瞬間、私は気づいていた。
——私は、本当に知りたかったのだ。
彼女は一瞬、目を見開いた。
数秒、真っ直ぐに私を見つめる。
その眼差しは、押しつけがましくもなく、怯えもない。
ただ、静かに、私の内側へと触れた。
そして——彼女は、笑った。
微笑みは、ほのかに、やさしく。
それは、高慢な貴族の笑みでも、誰かのための笑顔でもない。
まるで、大切な何かを——たとえ小さくても、ついに見つけたかのように。
> 「楽しかったですよ。」
ただ、それだけ。
だが、それは、胸にすっと染み込む声だった。
私は言葉を失った。
胸の奥で、時間がひとつ、沈んだ。
> 「……あなたと一緒に学ぶようになってから、毎日が嬉しいんです。」
彼女の声は、もう少し小さく、ジュースのカップに囁くように落ちた。
私は黙っていた。
それは、戸惑いでも、言葉を失ったわけでもない。
ただ——
心の奥から、見慣れぬ感情が、そっと芽吹いたから。
そして、突如として、過去が私を襲った。
シャツの袖をいつも折っていた、ぎこちない笑顔のヒエン。
文句ばかり言いながら、最後まで戦場に残ったリン。
あの二人と、肩を並べて戦った日々。
だが今、彼らの声さえ思い出せない。
残っているのは、煙のように薄れた残像だけ。
私は、杏桃を見つめた。
なぜか、言葉が——出なかった。
いや、出したくなかったのかもしれない。
私はただ、ハンバーガーを手に取り、ゆっくりと口に運んだ。
もう、急ぐことはなかった。
ゆっくり、ゆっくりと咀嚼する。
美味しいからではない。
——この時間を、少しでも長く、味わっていたかった。
もしかすると、私は……ようやく「楽しい」という感情を、知りはじめていたのかもしれない。
---
天井のガラス越しに、空を見上げる。
薄い青の空に、綿のような雲が、ただ静かに流れていた。
私は戦場にいた。
死の宇宙を渡り、精霊を取り戻すために命を賭け、
奈落の魔物に三日三晩追われ続けた——
だが、
昼食を、こうして誰かと食べたことはなかった。
一人の少女と。
陽だまりの中で。
---
胸の奥に、かすかな痛み。
痛みというにはあまりに優しく、
ただ、知らない感情が、そっと息づいた。
まるで——
「滅人」と呼ばれた私が、
一瞬だけ、「普通の人間」として、生きているようで。
ほんの少しだけ。
一度きりでも。
……そして、私はそれを——
嫌いだとは、思わなかった。
時刻はすでに、黄昏に傾いていた。
陽はドーム屋根の硝子越しに斜めへと差し、学徒たちの革の鞄や磨かれた靴に煌めきを映していた。
私は杏桃と連れ立ち、午後の授業に戻るべく、静かに歩いていた——
けれど心の奥にはまだ、昼下がりの仄かな眠りの余韻が、どこかに揺れていた。
教室前の角を曲がろうとした、その時——
彼女が、ぴたりと足を止めた。
次の瞬間——
ドンッ。
> 「このアマ、目ェついてんのか?」
荒く、重たい声。
それはまるで、鉄の棒でコンクリートを叩きつけたような響きだった。
私は振り返る。
そこに立っていたのは、真紅の髪を逆立てた大柄の男——
火狼・セイ。覚えている。
炎のような怒りを纏いながら、胸の内には既に灰しか残っていない、あの男。
> 「お前、俺が誰かわかってんのか? この俺の服に汚れつけて——」
彼が声を荒げるより早く、拳が振るわれた。
真っ直ぐ、容赦もなく。
ドガン!
……いつ歩み出たか、正直よく覚えていない。
ただ、彼の腕が振り抜かれる瞬間——
私の指先は、既にその拳を挟んでいた。
熱を帯びた拳——だが、私はそれを、
乾いた花びらでも摘むように、二本の指で受け止めていた。
> 私は彼を見据え、短く言った。
「彼女に、何をするつもりだ。」
彼は凍りついたように動きを止め、
次いで、目を見開いた。
まるで、屠殺場の刃を目の前にした牛のように。
> 「貴様……死にたいのか……っ!」
> 私は、まばたきもせずに囁いた。
「黙れ。」
---
呪文は要らなかった。
詠唱も印もない。
ただ、見るだけでよい。
視線——それで、すべては足りた。
——ドン。
音なき衝撃が走った。
だが、その一撃は、すべてを押し黙らせた。
大地は、細かくひび割れる。
硝子の天井は、枯れた皮膚のように砕け、
風は廊下を逆巻く。
そして——
年若き一年生から、
神域に迫る高位の学徒たちに至るまで——
すべてが、跪いた。
誰も叫ばない。
誰も、理解しない。
誰も、記憶しない。
ただ、静寂——
眠り。
学園ステラ。
百万人の命が、一斉に、無の世界へ沈んだ。
白く、
ただ白く、
光も影もない。
時間も、思考もない。
——その中に、残されたのは二人だけ。
私と、彼女。
---
[私は、杏桃へと顔を向けた。]
> 「……大丈夫か。」
彼女の瞳には、まだ微かに恐れが残っていた。
けれど、その奥には……それとは異なる、やわらかな色が見えた。
頬に風がそっと触れ、こめかみの髪が、儚く揺れる。
> 彼女は小さく答えた。
「……うん……」
---
私は一歩近づき、身をかがめて、彼女を抱き上げた。
思ったより、彼女の身体は小さかった。
まるで、胸にそっと置かれた古い記憶のように——
重くはない。だが、軽くもなかった。
> 私は静かに言った。
「もう、授業はいい。城に帰ろう。
奴らは……少なくとも、一日は目を覚まさん。」
---
私は彼女を抱いたまま、
地に伏した数百、いや数千の学徒たちの傍らを歩いていく。
誰も、知覚しない。
誰も、起きない。
血も叫びもいらぬ戦い。
歓声も勝鬨もいらぬ勝利。
ただ、風だけが髪をすり抜け、
割れた天井から差す光が、彼女の肩を照らし、
その影は、私たちの背後へと、静かに長く伸びていった。
---
【私は、心の奥に触れた何かを感じていた。】
それは、自分が強いからでも、
百万人を一瞬で沈めたからでもない。
それよりも——
いま、この腕の中で眠る彼女の表情を見て、
ふと、心が柔らかくなっていくのを感じた。
恋でもない。酔いでもない。
もっと静かな、故郷の夕風のような感情。
それは——
誰かが、そっと私の内に開けた、小さな扉のようだった。
音もなく開かれたその扉から、
微かな光が、差し込んでいた。
---
> 私は、囁くように問うた。
「お前……俺のこと、信じるか?」
彼女は、言葉を返さなかった。
けれど、その手は——
私の胸元の服を、静かに、けれど確かに掴んでいた。
それだけで、私はすべてを理解した。
---
私たちは、静まり返った廊下を歩き抜けた。
戦場のような眠りの海を越えて。
誰の目にも映らず、
誰の記憶にも残らず——
そして、蔦の絡まる中庭の影へ彼女を連れていったとき——
私は、ようやく気づいた。
この戦いは、学徒たちとの争いではなかった。
これは——
かつて一度、死んだ者と、
いま、生きている者との衝突だった。
一つの眼差しで、世界が眠りについた。
けれど、
ただ一人の少女だけは——私は、目覚めたままにしておきたかった。
夜風が、襟元を冷たく撫でていった。
私はいまだ、彼女を腕に抱いたまま——
まるで、夢そのものを支えているように、そっと。
杏桃は静かに胸に抱かれ、
その瞳だけが大きく見開かれていた。
それは、まるで、
月が地から昇るのを初めて見た子どものような——そんな眼差し。
> 「……お兄さん、空も飛べるの……?」
囁くような声。
夜露のように淡く、けれど確かに心に触れた。
私は、ふっと笑った。
とても微かに。
> 「ただの小技だよ。
もし望むなら——次は雲に乗せてあげる。」
彼女は顔を赤らめ、それ以上は何も言わなかった。
私も、もう言葉を継がず。
月光は静かに彼女の背をあたため、
私の胸の奥は、何故か少し冷えていた。
遥か下方、城の屋根が夜の田野に浮かぶ宝石のように現れてくる。
あの場所を、人は「家」と呼ぶ。
けれど私にとっては、一度も——
「帰る場所」になったことはなかった。
---
【城の屋上——着地した瞬間】
カチリ。
耳元に、乾いた音。
銃声ではない——けれど、それ以上に冷たい。
こめかみに押し当てられた銃口。
新しい銃油の匂いが鼻先を刺す。
目の前には、軍服に身を包んだ男——
彼女の父、チャン・クオック・クオン将校。
その顔は、まだ乾ききらぬコンクリートのように硬かった。
> 「お前……ステラに何をしでかした……?」
その声は、歯を食いしばる音を伴って、絞り出された。
私は、彼と銃口とを交互に見ただけ。
動かない。
恐れているのではない——
ただ、そんな状況はもう、慣れすぎていた。
本当に怖いものは、この銃の中には存在しない。
---
【空気は凍りつく】
上空からの投光器が私の皮膚を舐め回すように照らし、
全区域は封鎖され、特殊部隊が城を包囲する。
杏桃は、私の背後に小さく身を寄せ、
まるでこの腕が——最後の避難所であるかのように。
> 「私は……彼女を守っただけだ。」
乾いた声で、言い訳でもなく、ただ真実だけを。
> 「先に手を上げたのは、火龍族の男だ。」
> 「百万人の生徒を気絶させて、それを『守った』だと?」
男の怒声。
私は眉ひとつ動かさず、ただ、まっすぐにその瞳を射抜く。
> 「私が動かなければ——
彼女はもう、棺の中だった。」
---
そこへ、タン・ヒュエンが現れる。
髪を高く結い、黒いスーツに身を包み、まだ温かい書類を手に。
続いて、銀河監察官と思しき装甲服の男が現れる。
私は初めて見たが……これはもう、事態が上層部に届いた証だった。
> 「拘束命令、承認済み。」
彼女の声は氷のように冷たい。
「ディエット・ニャン——
ステラ学園全教育システム麻痺の罪により、
監獄惑星XZ区画への移送が決定された。」
杏桃の叫びが空気を裂く。
> 「いや! 彼は……彼は、私を助けてくれたの!
私、自分の目で見たのよ!」
彼女は私の手を掴み、必死に引き留める。
その小さな手は、若い稲のように震えていた。
私はそっと、その手を握り返す。
——私は、ここにいる。
そう伝えるように。
そして、そっと手を放した。
> 「もう、個人の感情で測れる範囲ではない。」
タン・ヒュエンの声は、氷柱のように鋭く。
「影響は中央中枢まで波及した。
チャン家でも、もはや庇いきれない。」
---
誰も擁護せず。
誰も抗議せず。
あるのは命令と銃口と——
疑念の視線のみ。
私は目を閉じる。
鼓動は静かだった。
一歩、前に出て。
差し出した腕に、軍人がエネルギー拘束環を装着する。
その金属の感触——
私には、あまりにも馴染んだ感覚だった。
幼き日から、私は知っていた。
「縛られること」「閉じ込められること」
——そして、「本当の名では呼ばれないこと」。
> 「行こう。」
私は言った。
「だが、誤解するな。
これは、恐れてのことではない。」
---
杏桃が泣いた。
> 「……戻ってくる、よね……?」
私は空を見上げた。
今夜の月は、なぜか異様に明るい。
まるで、誰かが空で蝋燭を灯しているかのように。
> 「ただ……
別の部屋で眠るだけさ。」
私は、黄昏の煙のように、微笑んだ。
---
私は歩き出す。
振り返らず。
振り返る必要もなかった。
ただ——
君のまなざしを、忘れなければいい。
それだけで、
胸のどこかで何かがひび割れそうになっていた。
——だが、まだ壊れてはいない。
宇宙船のエンジンが、猛獣のように唸る。
後ろに残る世界は遠ざかり、
彼らの眼差しは——
英雄を見送るのではなく、
流刑者を見送る目だった。
---
【監獄惑星XZ区画】
誰一人、脱出に成功した者はおらず、
そこに囚われるのは——
肉体ではなく、意志そのもの。
私は、
自らの牢獄の扉に近づいていた。
——そしてその背後には、
まだ私を信じて見つめる者が、
ただひとり、
そこに立っていた。
風がそよそよと吹いていた。
宇宙船の光が、割れた銀の鏡のように地面に反射している。
ディエト・ニンはふり返り、石畳の広場を見やった。そこには彼女が立っていた――風に乱れる髪、流れる葉のように漂う瞳。
アン・ダオが駆け寄る。
彼の上着の裾を掴むその手は、捨てられることを恐れる子供のように必死だった。
> アン・ダオ(かすれた声で):「行かんとって…お願いや…」
ディエト・ニンはすぐには返さなかった。
黙って立ち尽くす。
風がマントを揺らし、まるで空そのものがため息をついたようだった。
彼は静かに上着の内側に手を伸ばし、乾いた蓮の葉のように薄いものを取り出した――深い紫の紙片、かすかに金の光を震わせて、まるで魂の息吹のように脈打っていた。
> ディエト・ニン(穏やかに):「ほんまに危ない時は…わしのことを思い浮かべるだけでええ。そしたら…すぐに来る。」
アン・ダオはその紙片を見つめた。
不思議な護符、生きているような…息をしているようなそれを。
> アン・ダオ:「…そんなん、ほんまに効くん?」
> ディエト・ニン:「わからんでもええ。ただ、ちゃんと持っとき。」
> アン・ダオ(震える声で):「…でも、もし一生使わんかったら…?」
> ディエト・ニン(微かに笑って、竹林のざわめきのように):「そしたら、それが一番ええ。つまりは…無事ってことや。」
彼の声は低く、急がず、年月に磨かれた石のように静かだった。
アン・ダオは彼を見上げる。濡れそうな眼差し、それでも崩れないまなざし。
涙はなかった。ただ両手で護符を胸に抱きしめる――まるで世界そのものをそこに抱えるように。
---
彼は待機室へと歩みを進めた。
その背中は、すでにすべてを手放した者のように、ひと足ずつ重く確かだった。
「ガンッ」と鋼鉄の扉が閉まる音――それはまるで荒野の山に響く雷鳴。
残された少女の心を打ち、終わりの季節の草のように、静かに沈ませた。
---
空間は異様なほど静かだった。
淡い黄色のライト、銃弾をも弾く壁の冷たさは、まるで蛇の肌のよう。
ディエト・ニンは椅子に座り、エネルギー拘束で手は縛られたまま、遠く窓の外を見ていた――星雲が、メコン川の流れのように静かに流れている。
向かいには、タイン・フエン。
背筋を伸ばし、冷たい眼差し。
手にはタブレットを持つも、その心はすべて目の前の男に向けられていた。
> タイン・フエン:「あなたは…本当は何者?」
ディエト・ニンは答えなかった。
その眼は、別の世界に焦点を合わせていた。
もっと深く、もっと遠く――この現実とは異なる、何か本質的な場所に。
> タイン・フエン:「あなたのエネルギーの噴出は、光でも闇でもない。
火でも、水でも、土でも、風でもない…
それは…ひとつの意志。純粋な概念。
――覇気。」
> タイン・フエン(身を乗り出すようにして):「より正確に言えば…具現化された“自在の意志”。
宇宙の構造にも、法則にも従わない。
文明を創り出し、あるいは滅ぼすことすらできるエネルギー。」
> ディエト・ニン(ゆっくりと):「…怖いか?」
> タイン・フエン(首を横に振り、小さく):「…いいえ。
怖くはない。
興味があるの。
呼吸一つで百万人を沈黙させる男――その本質に。」
---
エンジンの音が床下で微かに唸る。
地面がかすかに揺れ、それはまるで誰かの心の揺れを映すようだった。
言葉はもうなかった。
ただ見つめ合う――かつて傲慢だった少女と、もう仮面をつける気もない男。
> タイン・フエン:「あなたは…ステラが生み出した最も危険な存在かもしれない。
それとも…
最後の希望。」
---
アン・ダオは、まだそこに立っていた。
ただ一人。
彼女の影は、宇宙船の光の中で小さくなり、手に握った護符はまだ微かに脈打っている。
彼女は何も言わない。
ただ、星々の海へと消えていった宇宙船を見上げていた。
唇が動く。
だが言葉は、ひとつも発せられなかった。
それは――声なき約束。
返事を求めない、ひとつの静かな“待ち続け”。




