Episode 129
目が覚めたとき、最初に感じたのは──
死者の魂の嘆きでもなければ、戦の余韻に震える地響きでもなかった。
それは……柔らかく濡れた舌が、顔を優しく舐めているという感触だった。
一度、また一度。
一定のリズムで、熱意に満ちて、羞恥心のかけらもない。
目を開けると、目の前には真っ白な毛に包まれた小さな生き物がいた。
丸い瞳、垂れた耳──まるで飢えから救われた子犬のように、こちらを見上げている。
> 「……お前は誰だ?」
まだ眠気の残る低い声で、問いかけた。
「ここは血鬼宗の黒石の地宮でもなければ……煉獄の仙府でもない……」
思考が定まる間もなく、
バァン!
部屋の扉が蹴破られ、木の床に響く足音とともに、怒鳴り声が落ちてきた。
> 「このガキ! 百年封印されてたみたいな寝方してんじゃないよ!
もう七時半だよ! 学校行く時間だっつーの!!」
……応える間もなく、
思考はただ、最後の三文字で止まった。
> 「……学校?」
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食卓にて——まだ夢か現か
半ば夢、半ば現のような心持ちで階下に降り、食卓に着いた。
目の前には、湯気を立てる熱々の卵入りラーメンが置かれている。
──まるで門派の令嬢たちが、来客に振る舞う馳走のような香りだった。
> 「さあ食べな。卵は柔らかく茹でておいたからね」
張おばさんは優しく微笑んで、信じがたいほど穏やかだった。
自然と箸を持ち上げた。
その味は……奇妙だった。
温かい。毒もない。隠された法器の気配もない。
ただの白身、黄身、そして刻まれたネギだけ。
──この世界で、まだ味わったことのない、静かな滋味。
そのとき、桜が階段を駆け下りてきた。
短い制服、結ばれた高いポニーテール、外套を羽織り、まるで戦場に赴く戦士のよう。
口元には歯磨きの名残、唇が少し紅く、吐く息にはかすかにミントの香りが残る。
> 「ねえ、仮の学生証ちゃんと持ってる?」
彼女はそう言いながら、片手にスマホ、もう片手に小さなパンをくわえていた。
「──あ、そっか。まだ持ってないんだっけ? じゃあ今日、登録しに行こうね!」
彼女を見つめ、再びラーメンに目を落とし、ゆっくりと頷く。
> 「……その学校の名は?」
ハンドルの向こうから、國強氏の低く響く声が届いた。
それは、まるで黒檀のような落ち着き。
> 「STELLAR──特別進級学園だ。
世界中の才能をかき集めている。
成績優秀、能力高ければ、惑星防衛システムに直通だ」
一瞬、心が止まった。
> 「惑星……防衛システム?
それって……かつての“戦宗”のようなものか?」
誰も答えなかった。
おそらく、彼らには問いの意味が分からなかったのか。
あるいは──理解する必要がなかったのかもしれない。
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STELLARへ向かう道中——偽りの静寂
車は滑るように清らかな石畳を進む。
道の両側には層ごとに植えられた樹々。
空気は透き通り、ひと息ごとに肺が澄んでいく感覚すらあった。
Earth 001の人々は、一見穏やかな朝を迎えていた。
その暮らしは、まるで一度も戦争も虐殺もなかったかのように整っている。
やがて、遠くに銀色の六角形の塔が姿を現した。
街の中心にそびえ、頂上からは一条の光が大気圏を貫いて天へ伸びている。
その下には、青く輝く立体文字。
STELLAR – Interlinked Academy of Elite Forces
目を細める。
──これは、単なる学園ではない。
観測塔、管制中枢、あるいは──戦闘訓練所。
教育という仮面を被った、戦いの最前線だ。
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真意の発露
隣に座る桜に目をやる。
彼女は無意識のうちに、こちらの襟を直してくれる。
その指先が首筋に触れた──温かい。
だが、胸の奥はひどく冷えていた。
> 「ねぇ、滅人くん……何の勉強が好き?」
何気ない問い。
だが、自分にとっては、二柱の魔神の間で生死を選ぶほどの重さを持つ。
答えなかった。
ただ、首を少し傾け、遠くの銀の塔の光を見つめ直した。
> 「……学びに来たわけじゃない。
歪んだこの宇宙の核──
それを探しに来たのだ。」
セキュリティチェックポイントを越え、エネルギーの壁を抜けたその先に──
目の前に現れたのは、まるで幻夢のごとき建築群。
それは、全面ガラスに包まれた科学の要塞。
反射板が朝日を受けてまばゆく輝き、本館は五十階を超える高層で、外壁にはまるで星晶石を撒いたかのような光が踊る。
屋上には、ドーム型のエネルギーシールドで囲まれた戦闘区画が広がり、
その内部には、戦闘訓練中らしき人影がちらついていた。
そのとき、一機の小型飛行艇が頭上を横切った。
機体には、六芒星に囲まれた三重円の紋章が描かれている。
──何か……懐かしいようで、異様に思える。
> 私は思わず呟いた。
「……これが、学校なのか?」
「天朝級の前線基地と、なんら変わりない……」
> 國強はバックミラー越しに私を一瞥し、含み笑いを浮かべた。
「圧倒されたか? 誰もが最初はそうさ」
「STELLAR──並の人間には用がない学園だ。
入る者は、戦神として讃えられるか、システムから叩き出されるか、そのどちらかだ」
私は黙していた。
恐怖ではない。
だが、内側で何かが、ゆっくりと目覚め始めていた。
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機械仕掛けの入学処理
微かに消毒薬の香りが漂う。
白い壁、青緑のライト。
制服風の半装甲を身につけた職員たちの顔は、まるで同じ鋳型で作られたように均整が取れていた。
> 女性スタッフが矢継ぎ早に喋り始める。
「こんにちは! こちらは特急入学パックです! 神経系スキャン・能力等級測定・個別時間割統合・シンクポータル起動が含まれます──」
私はその場に立ち尽くした。
頭の中は空白。
まるで妖怪の経文でも聞かされているような気分だった。
> 無意識に呟いた。
「……なに?」
> その瞬間──
冷たい声が脳内に響いた。
天龍の声だ。
> 「深呼吸しろ、坊主。脳を起動しろ」
「左脳翻訳プラグインを貸してやる。基本機能のみ、無料だ」
直後、周囲の言語が再構築された。
目に映る符号や標語が次々と剥がれ落ち、理解できる言葉へと変わっていく。
> 私は目を見張った。
「……まるで、プログラムを書き換えられたみたいだ」
> 天龍は鼻で笑った。
「この世界はすでに変質している」
「旧い理で新しき現実を読もうとすれば、いずれ喰われる」
「安心しろ、オレはここにいる──もしまた寝落ちしなければな」
何も答えなかったが、心臓が一拍、大きく鳴った。
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地下への誘い
> 國強が手を振って言った。
「こっちだ。俺はS区──戦士評価センター所属だ」
「ここだけが、お前みたいに“覚醒していない”奴を受け入れてくれる場所なんだ」
私は眉をひそめた。
> ゆっくりと問いかける。
「つまり──
お前は、私にまだ現れていない“何か”があると知っているのか?」
「それとも──ただ監視を強めたいだけか?」
> 國強は一瞬立ち止まり、振り返った。
今度は、笑っていなかった。
> 「お前が危険なのは分かってる。
そして、他の子たちと違うってこともな」
「だがな──俺も、かつてはお前と同じだった」
> 驚きが声に滲む。
「お前も……信用されなかったのか?」
> 彼は静かに頷いた。
「教える者もいなかった。
信じる者もいなかった。
ただ、システムに放り込まれて──泳ぐか、沈むか、それだけだった」
「だからこそ、俺はお前を好きになる必要はない」
「だが、生き延びて強くなってほしいと思ってる」
「……失望させるなよ」
私は彼の目を見た。
そこには、軽蔑でも評価でもなく──
わずかだが、確かな“信”が宿っていた。
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「STELLAR」——その正体
STELLAR。
それは学び舎などではない。
──人類を“選別”する精錬の炉。
この世界の子供たちは、機械と共に育ち、
データに晒され、戦闘を仕込まれ、
絶えず競争の中で生き延びるよう設計されている。
ここは、私が通ってきたどの世界とも違う。
だが、ようやく見えてきた。
──真の「力」とは、自分が何者であるか、ではない。
> それは、
自分が何に“なる”か、ただそれだけなのだ。
煙。
微かに焦げた金属とオゾン、そして機械油が混じる匂いが空気に漂っていた。
目の前では、最新型のNeuroSync S-VIIIが──爆発していた。
火を噴くような爆発ではなかった。
それはまるで、知ってはならない秘密を知ってしまった心臓が、
静かに過負荷で破裂したような……そんな音だった。
「ぷつっ」と鈍い衝撃音、
その直後、毒に染まった花火のような青い閃光。
舞い散る破片は、まるで灰のように儚く、美しく、そして忘れがたい。
> 「まずい! 過負荷だ! Ω級でも耐えきれない!」
技術者の叫びは、赤く点滅する警報音に掻き消されながら、ひしゃげて響いた。
國強は私を見た。
その目には深い皺が刻まれていたが、私を不快にさせたのは、その沈黙だった。
彼は何も問わず、責めず、ただ──見極めていた。
私は銀灰の粉塵を払った。
遠い昔の、別の爆発の記憶を、そっと振り払うように。
> 「すまん。……ただの計りだと思った。」
私はそう言った。
半分は本音。半分は皮肉。
そのとき、頭の中で誰かが囁いた。
──天龍。
> 「はは……お前にとっては計りだが、
奴らにとっては“小さな世界の終末”だ。
坊主、人の物差しで自分を測るな。折れるぞ。」
私は答えなかった。
空調の風が流れ、鼻腔にはまだオゾンの残り香が刺さっていた。
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神の殻
ふと、部屋の隅でそれを見つけた。
三重のガラス檻に封じられた光の塊。
紫銀に揺らめくそれは、まるで囚われた星雲の欠片。
──そして、その中にある“鎧”。
戦闘装甲には見えなかった。
それはまるで、眠れる若き神の外殻のようだった。
> 「それは……」
私は思わず口にした。
> 「Cosmic X。」
國強が隣に立ち、低く言った。
「原型戦鎧。魔力核と生体反応戦術システムを統合してある。
簡単に言えば、ただの鎧じゃない。……戦友だ。──もし、お前を“認めれば”な。」
> 「つまり……貴族の血が必要か。」
> 「ああ。なけりゃ、ただの綺麗なブリキ缶。
システムは起動しない。」
私は何も言わず、
ただ、檻の中でかすかに脈打つ紫の光を見つめていた。
それは、忘れられた存在の心臓が、微かに目覚めるかのようだった。
> そのとき、天龍の声が、夜風のように脳内を撫でた。
「貴族の血?──笑わせるな。
俺が“よし”と言えば、その鎧は膝をついてお前に纏わせてくるさ。」
私は静かに笑った。
---
鉄と技の演武場
私たちは訓練区画へと足を踏み入れた。
そこは、惑星間スタジアムのような広さを持つ空間だった。
だが、地面は草ではなく──深黒の合金。
人工ブラックホールの衝撃にも耐える特殊素材。
周囲では、年齢こそ私と変わらぬ者たちが、
簡易装甲を身に纏い、生命エネルギーを使って戦っていた。
──ある者は炎の壁を吹き出し、
──ある者は風刃を舞わせ、
──そして、銀髪の少女は三体の光像を生み出し、まるで忍者のように跳ねた。
彼らは戦っている。
だがそれ以上に──踊っていた。
光と技術が交差する、死の舞台の芸術家たちだった。
> 「トップクラスの生徒たちだ。
それぞれ異なる力を持ってる。」
國強の声には、少し誇らしげな色があった。
「お前、何の能力も無けりゃ、笑い者になるぞ。」
私は答えなかった。
私の脳裏には、別の戦いの記憶が蘇っていた。
光もなく、拍手もなく、
ただ血と、砕ける骨と──声にならぬ祈りの断末魔があった。
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重さの試練
> 「新入り。やってみるか?」
聲に振り向くと、國強が指差していた。
まるで塔のような重り──黒く輝く金属の塊。
300kgの数値が、LEDに赤く瞬いている。
> 「木星の重力を再現してある。
これを持ち上げたら、Aクラスへの資格がある。」
生徒の一人が鼻で笑った。
> 「侍のコスプレか? 何の冗談だよ。」
私はゆっくりと近づいた。
両手はポケットのまま。
> 「……持ち上げるだけか?」
問いかけは、雨が降るかどうかを尋ねるような調子だった。
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神経すら無音
私はその金属塊に手をかけた。
センサーが真っ赤に点滅し、
背後では技術員たちが何かを叫んでいた。
だが、私の耳には届かなかった。
私は前傾し、
筋繊維を静かに収縮させた。
シャツがわずかに張る。
──筋肉を見せるためではない。
ただ、完璧な生体機構として、私の身体が作動しているだけ。
怒鳴り声も、ドラマもない。
ただ──
ごうん。
金属が地を離れた。
空間が、凍った。
私はそれを軽く回してみた。
まるで空気入りのボールを試すかのように。
そして──
宙へ放った。
高すぎず、
だが、天井のライトに届くほどの高さ。
空中で、ゆるやかに回転する金属塊。
それを私は──片手で受け止めた。
> 「片手で……!?」
誰かが悲鳴を上げた。
「軸圧センサー……破損したぞ!」
私は長く息を吐いた。
軽く。まるで、いらない記憶を一つ手放したように。
---
呼応する鎧
そのとき、天龍の声が静かに戻ってきた。
> 「もう十分だ。さて……準備はいいか、坊主?
あの鎧、お前を見てるぞ。」
私は答えなかった。
だが、分かっていた。
あのガラスの向こう。
鎧の奥に宿る光──それが、今、目を覚まし始めている。
それは、この世界の夢の中で──
かつて、私を見た存在のまなざしだった。
ステラ学園の中庭、そのホログラムの葉を通り抜ける風の音が、静かに私の背後に届いていた。私は窓辺に立ち、腕を背に組んで、その気配に耳を傾ける。昼休みを楽しむ学生たちは、仮想の木陰に集まり、賑やかに笑い合っていた。
私は一歩、後ろへ下がった。
人工の陽光が斜めに射し込むその場から逃れるように。
それはまるで、記憶を切り裂く薄刃のようだった。
私は──光が嫌いだ。
そして、それ以上に──彼らの視線が、嫌いだった。
それは、得体の知れぬ生物を見るような、物珍しさと警戒心が混じった、あの目。
あの少女──アン・ダオという名の少女が、私から三十歩も離れぬ場所に座っていた。
彼女の名は、何度も何度も呼ばれていた。まるで選ばれし者のように。
そして…話題は、やがて私へと及んだ。
---
> 「ねえ、今朝あんた一緒に来てた人、誰?あの背高くて、ちょっと日焼けしてて、筋肉すごい人!」
> 「無愛想なのに惹かれるっていうか…なんか野性的なカッコよさ、って感じ?」
> 「あれ、ジエ・レンっていうんだよ。」アン・ダオは少しだけ小声で答えた。
「うちに引っ越してきたばっかで…一緒に住んでる。」
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私は顔をそむけた。
「一緒に住んでる」──その響きが、妙にくすぐったかった。
だが彼女は、すぐに言い直した。
「ていうか、その…ボディーガードみたいな? パパが勝手に決めただけ。」
私は口の端を、かすかに歪めた。
「ボディーガード、ね──」
実際、私は護衛などではない。
私はただの影だ。
この世界と、かつて滅びた記憶との狭間に繋がれた──名もなき亡霊。
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> 「私だったら、あんな人と一緒に暮らせたら即プロポーズだよ!」
> 「…バカ。」アン・ダオは小さく呟き、顔をそらした。
---
その時、不意に胸の奥を風がかすめた気がした。
夜の風が、空虚な胸をすり抜けるように。
こんな言葉に、もう動かされることなどないはずだった。
だが、私の中の何かが、ほんのわずか──揺れた。
それは、ただの破片にすぎない。
私のものですらない記憶の、残響にすぎない。
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私は、夕暮れも訪れぬうちに学園を後にした。
迎えに来た自動運転車が私を連れて行った先は──髪を切る場所だった。
だが、そこは普通の理髪店ではない。
訪れる客は皆、傭兵、潜入工作員、あるいは、存在すら記録されるべきでない者たち。
私は黙って椅子に座る。何も言わず。
バリカンの乾いた音が、静寂を割った。
---
> 「あんたの髪、合金かなんか? どのバリカンもすぐ鈍くなるよ。」
額の汗を拭いながら、理髪師がぼやく。
> 「凝ったもんはいらない。短く整えてくれればいい。」
私は目を閉じて答えた。
その声は、冷えた金属がぶつかる音に似ていた。
美しさは、いらない。
私はただ──過去の自分と似すぎぬように、そう在りたかっただけだ。
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鏡の中に、今の自分が映る。
クルーカット──両側を短く刈り、上部も簡潔に整えられた髪型。
頬骨の線がくっきりと現れ、眼差しは鋭く、感情の色を帯びていなかった。
私は、この顔が──かつては嫌いだった。
だが今は、学んだのだ。
この顔は、私にとっての鎧だと。
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> 「この世の者じゃないみたいに…美しい。」
女性スタッフの囁きが、耳に届く。
私は何も応えない。
──私は、この世界のものではないのだから。
---
車が建物の前で停まると、クォック・クオンがすでに乗っていた。
彼は私に一瞥をくれ、軽く頷いた。
> 「乗れ。終わったのか?」
> 「ああ。」
私は車に乗り、無意識に襟元を整える。
> 「お、ようやく人間の男に見えるようになったな。
髪を肩まで伸ばすとか…誰かさんみたいな真似すんなよ。」
彼の言葉は、まるで過去を刺すように、にじんでいた。
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車は静かに走り出す。音もなく。
ぼやけた窓の向こう、ネオンの光が大通りに灯り始める。
> 「明日から学校だ、坊や。」
クォック・クオンが口を開く。
彼の視線は、浮かぶ3Dデータから一瞬も逸れない。
> 「変な真似すんなよ。やるなら、ちゃんとやれ。」
私は、背もたれに頭を預けた。冷たい革張りの感触。
> 「ちゃんと…か。」
私は繰り返した。
「俺はただ──静かに生きたいだけだ。」
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だが──答えは、彼の口からではなかった。
それは私の内側、遥か深くから響いてきた。
眠れる存在、**テン・ロン(天龍)**が、嘲笑うように囁いた。
> 「静かに…? フフッ。」
その笑いは、皮肉で、冷たく、そして──残酷だった。
> 「静かに生きたきゃ、ジエ・レンになんて生まれ変わるんじゃなかったな。
それとも──運命に従え、ってか。」
私は、もう問わない。
「なぜ、俺なのか」なんて。
なぜなら、私は知っている。
問いは、こう変わるのだ──
「『ジエ・レン』という名が、ただの名前ではなく、宿命そのものとなったとき、
俺は──どこへ向かうのか?」
---
車は、やがて一つの城へと辿り着く。
明日、私はそこを出て──
別の世界へと足を踏み入れる。
学校。
あの少女。
見知らぬ人々。
注がれる視線。
そして──制御できなくなってゆく夢たち。
---
私は、そっと拳を握った。
手のひらは汗ばんでいた。
瞼を閉じる。
明日。
私は──笑うだろう。
たとえ、笑い方すら忘れてしまっていたとしても。
 




