11.血道の深淵
ざわざわ……冷たい岩の隙間を風が静かに吹き抜け、水滴がぽたぽたと落ちる音が、時の鼓動のように静かに響いていた。
三ヶ月――
この三ヶ月の間、彼は一歩たりともこの洞窟を出ていなかった。
天龍はまるで彫像のように動かずに座り、身体は闇と一体となっていた。周囲には、岩壁に散りばめられた夜光珠のかすかな光だけが漂っている。
彼の傍らには、古の武術書の断片、失われた秘技が記された獣皮、血で染まった絹の切れ端――
それらすべてを、彼は心で読み尽くし、究極の本質へと昇華させていた。
闇の中、低く沈んだ声が響く。
> 「陰陽混玄、乾坤逆化、明星吸血……どれも欠点がある……どれも未完成だ。」
ドンッ!!!
突如、彼の丹田から激しい衝撃が炸裂し、山の内部を揺るがせた。
天龍の周囲にある空気が竜巻のように渦巻き、岩の欠片や獣皮の紙が空中を舞った。
そのとき、彼の目が開かれる。
その瞳は銀に輝き、刃のように鋭かった。
> 「もはや武術でも、技でもない……これは――《最上不滅心法》だ。」
彼の息が静かに沈み込む。
内力が経脈を奔流し、まるで竜へと変わる炎の海のように渦巻いていた。
「不滅こそが……我が野望に相応しい。」
喉奥から鳴る低い咆哮、心臓の鼓動が戦鼓のように轟く:
ドン! ドン! ドン!
天龍は手を挙げると、指先からは灼けた鉄のような光が放たれた。
> 「我が命をもって、この世の武道を書き換える――」
---
彼は立ち上がった。
その姿は天をも睥睨する威厳に満ちていた。
その瞬間、彼の体から爆発的なエネルギーが噴き出し、背後の岩壁がまるで神の兵器で砕かれたかのように裂けた。
> 「三ヶ月……十分だ。
俺が生み出したのは、武学ではない――《神の道》だ!」
風が唸り、岩がごろごろと崩れる。
その狂気のような光景の中、彼は静かに洞窟の奥にある石の台座へと歩み寄る。
そこには、まるで千年の闇を象徴するかのような漆黒の剣が置かれていた。
埃と蔓草に覆われたその剣には、古の符文がかすかに揺れていた。
> 「龍魂剣――凡人には触れられぬ。」
天龍は静かに笑った。
> 「俺は……一度も“凡人”だったことはない。」
彼が剣の柄に手を伸ばす。
ドン――ミシッ!!!
大地が崩れ落ち、大岩が奈落の底へと転げ落ちる。
剣身からはまるで地獄のような冷気が溢れ、空気をも圧し潰し、呼吸すら困難にする。
だが天龍の手はその剣をしっかりと握り、逆にまるで羽のように軽々と持ち上げた。
> 「千五百斤か……」
「丁度いい。」
その瞬間――
彼が剣を掲げると、上空から突然、天を裂くような轟音が鳴り響いた!
澄み切った空に雷鳴が轟き渡り、まるで王の帰還を告げるかのようだった――
ヒュウゥ……ヒュウゥ……
山風が岩の隙間を通ってざわざわと吹き抜け、その冷気は衣の層をも貫いて肌へと忍び寄る。
だが、天龍にとってそれはただの微風――
皮膚をかすめる程度の優しい撫でにすぎず、彼の心を揺るがすことはなかった。
彼の姿が洞窟の闇の中から現れる。
肩には《龍魂剣》を背負い、白き長衣が夕空の下で雪のように舞い踊る。
厚い雲の隙間から差し込む陽光が、その孤高の姿を照らしていた。
傲然、確固、天地の狭間にあっても揺るがぬ存在――それが彼だった。
> 「三ヶ月の修練……この身にも、塵が少し積もったな。」
その声は風が古の岩を撫でるように低く、静かに響いた。
天龍は目を細め、遥か下の山麓へと視線を向ける。
そこでは、小さな渓流が苔むす岩の間を静かに流れ、
日差しを受けて水面が宝石のように煌めいていた。
---
天龍はその渓流へ向かって歩みを進めた。
一歩一歩踏みしめるたびに、足元の小石がカラカラと震え、地面がわずかに沈むかのようだった。
彼は白衣を脱ぎ、鋼のように引き締まった身体を露わにする。
刻まれた筋肉は均整が取れ、そこに浮かぶ小さな傷跡は、修行の死闘を物語っていた。
> 「この世に出る前に……すべての雑念を清めねばならぬ。」
彼は水辺に降り立ち――
ザブン!
氷のように冷たい水が、肌に触れた瞬間、鉄を鍛える音のように熱気を立てた。
ジューッ……ジューッ……
白い湯気が彼の身体を包み込み、景色はまるで仙界に染まったかのようだった。
風が水面を揺らし、そこに映るのは一人の美しい男――
冷徹な瞳と、静かに燃える情熱を秘めた内なる波。
---
カチャ……ザブザブ……
天龍は両手で水をすくい、静かに肉体の隅々を清めていく。
> 「どれだけの血を浴び、どれだけの塵にまみれ、
どれだけの遺産を継いできたか……今日、すべて洗い流す。」
内なる力が音もなく巡り、水の流れとともに血脈を活性化し、
三ヶ月の修行で溜まった毒素や疲労をすべて取り払っていく。
> 「心は澄み、体は清らかに、志は揺るがぬこと。
それだけが――真の武道の頂に至る道だ。」
彼は目を閉じ、仰向けに水面へ身を任せる。
額を伝う水が首へ、胸元から腹へと流れ、やがて虚無の中へと消えていく。
ポタ……ポタ……
水の音が琴のように響き、彼の心の奥底に染み渡る。
---
そのとき、不意に一つの映像が頭に浮かんだ――
あの外の世界。
六大門派の頂点に立つ者たち。
宝のように守られている秘技。
かつて彼を「無名の小僧」として見下した、あの冷たい目線――
> 「俺は行く。
一人ずつ、必ず。」
彼の呼吸が、静かに深まっていく。
ゴゴゴ……
体から放たれる熱気が水を沸かすように泡を浮かべ、
周囲の水流が緩やかに波打ち始める。
彼は目を開いた。
その眼差しは、万象を見透かすような輝きを放っていた。
> 「今こそ――
俺は、すべての準備を終えた。」
ヒュウゥ…ヒュウゥ…
体を包んでいた蒸気が徐々に消えていく。
山谷を吹き抜ける風は冷たくも、天龍の身を守る内気の層を突き破ることはできなかった。
彼は目を開け、水中からゆっくりと立ち上がる。
最後の一滴が、鍛え上げられた背筋を伝って流れ落ち、
水面に滴る――ポタリと鳴るその音は、新たな時代の幕開けを告げる音のようだった。
---
天龍は静かに深呼吸する。
> 「内力、起動。」
その瞬間、気流が全身を渦巻き、幾重にも重なった真気が経絡を奔る――まるで滝のように力強く。
ゴオオ……!
放たれる熱気がさらに強くなる。
ほんの一瞬で――彼の身体は完全に乾いていた!
水滴はすべて蒸発し、空気中へと消え、
その場に残ったのは清められた白き肉体と、
内に秘められた殺気を纏う者のみ。
---
天龍は踵を返す。
その動きはまるで雲を裂いて昇る龍のよう――優雅でありながら圧倒的な覇気を帯びている。
彼は手を伸ばし、渓流の傍に掛けてあった白衣を取る。
その柔らかい布は雲のように軽く、
塵一つ寄せつけず、彼の身を優しく包み込んだ。
> 「そろそろ……この地を離れるときだ。」
山の斜面から見下ろす先には、遥かな平野。
その彼方には、彼を待ち受ける武林の世界が広がっていた。
---
古い松の根元には、《龍魂剣》が突き刺さったまま、静かに佇んでいる。
漆黒の刃は光をも吸い込み、
幾千年の時を超えてなお、揺るがぬ存在感を放っていた。
天龍は歩み寄り、その柄をしっかりと握りしめる。
ドンッ!
足元の地面が再び裂ける!
> 「この武器は……飾りではない。」
彼はその剣を肩に担ぐ。
その重量で白衣の肩がわずかに沈むが――彼の姿勢は山のように不動であった。
夕陽に染まる空の下、白衣をまとい、黒き剣を背負った少年の姿は、
まさに伝説の神像のようであった。
---
> 「最上不滅心法――成就せり。」
「龍魂剣――我を選んだ。」
「今こそ、全ての秘術を手に入れる時!」
風が巻き起こる――ザァッ!
枯葉が宙に舞い上がり、空を覆う。
一羽の燕が、彼の頭上を掠めるように飛び、
「キィッ!」と鳴いて去っていった。
それは、吉兆か、あるいは禍の兆しか。
天龍は振り向かない。
ただ、前へと歩を進める。
---
その一歩ごとに、大地が震える。
彼の背後には、かすかに龍の気配――
朧げでありながら、まるで太古の巨龍の魂が寄り添っているかのようだった。
> 「六大門派よ……その時は近い。」
ドォン――!
彼が高みの岩場へと跳び上がると、
激しい気流が四方を駆け抜ける!
白き衣がはためき、《龍魂剣》が微かに震える――
まるで血を求めるかのように!
夕暮れの光が徐々に薄れていく中――
天龍の周囲には、永遠に止むことのない烈風の如き気迫が渦巻いていた。
彼は歩みを進める。
その一歩一歩は確かな重みを持ち、
まるで大地そのものに命を刻みつけるようだった。
遠くから見ると、孤高の人影。
黒く長い髪が風に舞い、
放たれる威圧感に周囲の全てがひれ伏すかのようだった。
---
霧のかかる野原を歩く天龍。
彼は一度も振り返らない。
足が地を踏みしめても、焦りも恐れもない。
六大門派、そしてこの世の全ての試練すら、
天龍にとっては、より高みへと至るための通過点に過ぎなかった。
> 「誰にも……俺を止めることはできぬ。」
その呟きが心の中に響くと、
周囲の野原がまるで光を放つかのように感じられた。
それは――始まりの証。
---
夜が訪れた。
天龍は街道沿いの小さな村で一夜を過ごすことにした。
星空の下、静寂が降りる。
彼が選んだのは、薄暗い灯りが揺れる小さな酒場。
人の出入りは少ないが、この村独特の穏やかさが感じられる場所だった。
だが、天龍は警戒を緩めることはない。
村に足を踏み入れた瞬間から、何かが違うと感じていたのだ。
村人たちの視線には、時折不審の色が混じる。
彼が店に入ると、ささやき声が響いたが、
誰一人として正面から向き合おうとはしなかった。
---
やがて、灰色の外套を羽織った若者が酒場から出てきて、天龍へと歩み寄る。
その目が一瞬、天龍の気を捉え――
強大な力を直感する。
すると、後方から誰かが小声で呟いた。
> 「あの人は……普通の者じゃない……」
天龍は応えない。
しかしその心中には、すでに警戒心が立ち上がっていた。
---
「お前は何者だ?」
灰衣の若者が鋭い口調で問いかける。
天龍は一瞬立ち止まり、鋭い光を放つ瞳で相手を見据える。
> 「天龍。」
---
その名を聞いた瞬間、若者の表情が変わる。
たった一つの名前。
だが、その反応から、天龍は確信した――
自分の名はすでに江湖に知られていると。
---
若者はしばし沈黙し、やがて軽くうなずいた。
その仕草には、何かの合図が込められていた。
瞬間、酒場の影から三人の男たちが現れる。
天龍は微笑みを浮かべる。
全てを理解したように。
---
> 「貴様ら……俺を試すつもりか?」
天龍の声は冷たかった。
そのうちの一人が前に出る。
痩せた体つきだが、目には烈火のごとき光が宿っている。
> 「お前は世界に挑もうとする者だろう?」
灰衣の若者が歯を食いしばる。
「ならば、実力を示せ!」
天龍は静かに彼らを見つめ、目を細める。
彼の気迫は宇宙の如く広大で、微塵の動揺も感じられない。
> 「好きにするがいい。」
---
次の瞬間、戦いが始まった。
土埃が舞い、地面を踏み鳴らす音が夜空に響き渡る。
天龍の足が動いた――
その体は雷の如く、相手へと一直線に突き進む!
---
一閃!
《龍魂剣》が閃きと共に振るわれ、
その軌跡はまるで雷鳴のように鋭く輝いた。
相手たちは抗う暇もない。
ドガン――!
剣は空間を裂き、音もなく風を切る。
ただ一つ、「ヒュッ」という音が残るのみ。
だがその瞬間、三人は吹き飛ばされ、息を荒げて後退した。
---
天龍はその場に立ち尽くし、
視線を逸らすことなく、ゆっくりと言い放つ。
> 「お前たちのような者が、俺の道を阻めると思うな。」
それだけを告げて、背を向けて去っていく。
誰も、その背中を追うことはできなかった。
---
天龍は再び歩き出す。
今の戦いは、彼の壮大な旅路のほんの一部に過ぎない。
静かな深夜――
その歩みは、決して止まることはない。
---
(第十一章・完)
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