Episode 102
美しさじゃない。
——強さだ。
あまりにも…圧倒的で、男たちの首を下げさせるほどの。
俺は顔を上げ、真っ直ぐにその淡紫の瞳を見た。
王 小顕
第二分派・三位の天才。
彼女の歩みは風。
その鞭は、まるで命を打つ鼓動。
唇は小さく嗤うが、目は…鋭く冷たい刃だった。
> 「自分だけは違うとでも思ってるの?」
> 「いや。違うと思いたいんじゃない——勝ちたいだけだ。」
> 「勝ってどうするの?」
> 「生きるためだ。」
---
俺は…嘘をつかない。
この世界では、力は人を殺すためじゃない。
——存在を許されるためにある。
王小顕は鼻で笑った。
> 「じゃあ……その歯が全部残っていれば、生き残ってみせなさいよ。」
---
「勝負、開始。」
誰も数えない。誰も声を上げない。
誰一人——近寄らない。
古びた石畳の中央で、風が止む。鳥が空高く逃げる。
——最初の“シュッ”を、みんなが待っていた。
そして、鞭が唸った。
---
「ギュッッ—!」
絹を裂くような音。空気すら切り裂く。
反射的に体重を移す前に、第一撃が俺に飛んできた。
俺は半歩退いた。左手をかざす。
「バチィッ!」
手が痺れる。掌が裂け、血が袖を染めた。
——本気だ。容赦、ゼロ。
---
> 「逃げるのは上手ね。でもこの世界は、退くだけの奴に居場所なんてない。」
俺は笑った。
> 「違う。退ける奴は——長く生き残る。」
地面を這うように、俺は突進する。
初撃の反撃。技巧ゼロ、構えゼロ。
ただの——拳。
---
「ヒュッ!」
手首が返る。
鞭の軌道が変わり、俺の腕を逸らし、即座に腹へ一撃。
「ドゴッ!!」
肺が縮む音がする。息が詰まった。
だが俺の右手は、足元へ潜っていた。
——彼女の足首を、掴む!
> 「なっ?!」
---
まだ足りない。
俺は肘打ちを下腹部へ叩き込んだ。
「ドンッ!」
……かたっ。腹筋、岩みたいだ。俺の肘が痛い。
でも、彼女は半歩だけ後退した。
——隙、できた。
---
俺の脳裏に刻まれているのは:
魔力なし。
才能なし。
術法もない。
——だが俺には、「死んだ記憶」がある。
この世界で生き延びる術を、命懸けで刻んできた。
---
俺はリズムを壊す。
跳ねない。下がらない。
太鼓の拍に合わせない。
獣のように戦う。
技は無い。だが本能が導く。
彼女の鞭が強くなるほど、俺は近づく。
当たるほど、寄り添う。
血が飛ぶたびに、俺の目は光る。
---
> 「お前……野犬そのものね。」
彼女の声に、初めて息切れが混ざった。
俺は、笑った。
俺の中で——何かが芽生え始めた。
それは龍の紋章ではない。
不滅の「生存意志」。
---
彼女が体を捻る。十三手目。
《風影聚玄》
彼女の奥義だ。
> 「受けてみなさい!」
三方向から同時に襲い来る、蛇のような三本の鞭。
喉、胸、腹——すべて同時。
---
俺は、目を閉じた。
避けない。
——突っ込む。
---
「バチンッ!バチンッ!バチンッ!」
背骨まで響く痛み。
だが、その手が——彼女の肩に届いた。
---
一瞬で体をひねり、足をかけ、倒す!
> 「なっ!?」
群衆の息が止まる。
王 小顕——地面に倒れた。
---
俺は彼女を押し倒さない。
まっすぐに立ったまま、額から流れる血が顎を伝う。
彼女の目が……一瞬だけ震えた。
その「一瞬」を、俺は見逃さなかった。
> 「俺の、勝ちだ。」
---
沈黙。
そして——ひとりが叫んだ:
> 「アイツ、王小顕を倒したぞ!!」
次々に湧く声。
> 「嘘だろ…!」 「無霊根のくせに…!」 「ありえない!」
---
俺は一歩退いた。
宗門の長老が頷いた。
> 「陽 滅人——勝利。第二分派への転属を認め、第一分派への特別審査を許可する。」
俺は、息を吐いた。
笑わない。
ただ、空を見上げた。
正午の太陽は強すぎた。
でも、俺の目に映るのは——夜空だった。
---
そのとき、天龍の声が心に響いた:
> 「お前はもう、俺を必要としない。いいだろう。」
俺は答えた:
> 「俺は、“道具”にはならない。」
> 「だがいつか、お前は選ばねばならん。人間か——神か。」
---
俺は王小顕を見る。
彼女はまだ横たわり、俺を見続けていた。
その目にもう、蔑みはなかった。
——そこにあるのは、評価の目だった。
彼女の中の、ほんの一部が——俺を認め始めた。
一瞥されただけで、俺の胸が締め付けられた。
だがそれは恐怖ではない。
——興奮。
俺は静かに武台に登った。
その一歩一歩が、自分の鼓動を踏みしめるようだった。
> 「始める前に——条件を一つ。」
ざわめきが観客席から広がる。
彼女は眉をひそめた。
> 「条件?」
「……自分にその“権利”があるとでも思ってるの?」
俺は、静かに、頷いた。
言葉を空に刻むように、ゆっくりと。
> 「——もし俺が勝ったら、
お前は俺の子を宿せ。」
---
空気が凍りついた。
まるで何百人もの弟子たちが無言で頬を打たれたかのように。
王 小顕は一瞬、動けなかった。
そして次の瞬間——顔が燃えるように赤く染まる。
羞恥ではない。炎。怒りの火。
> 「今…なんて言ったの?」
> 「もう一度言おう。」
「お前の体に、俺の命を刻む。
王 小顕という名を、俺が制した証として。」
---
彼女の手が震える。
それは恐怖ではない。
“どうすればいいのかわからない”相手に出会った時の震え。
万人の視線の中で——
彼女が、受け身になった。
---
> 「私は……そんな言葉を向けられるような女じゃない。」
> 「ああ、知ってる。」
「お前は“そんな女”じゃない。
征服された時にこそ、本当の命を得る女だ。」
---
彼女が動いた。
雷光の如き突進。
鞭が風を裂き、俺の顔面へ。
「スッ!」
——避けない。
俺はただ指先で、その一閃を軽く受け流す。
ビリビリと痺れが腕から太腿へ走る。
怒りと女らしさが混ざった嵐のような一撃。
まるで開きかけの蓮が、雷鳴の中で咲いたかのよう。
彼女が驚いた。
俺は、その隙に距離を詰める。
あと一掌。
彼女のうなじから香る琥珀の香りが、俺の感覚を満たす。
> 「お前は、王 有林の娘。
元・仙界の姫でもあったはずだ。」
彼女が顔を上げる。
> 「……だから何?」
> 「誰も、お前を赤面させた者はいない。」
俺の手が、彼女の腰に触れる。
力ではない。
意念——気で触れるだけ。
彼女の目が、わずかに震えた。
その心に、波紋が走ったのを見た。
> 「お前の記憶に、俺は刻まれる。最初の男として。」
---
> 「黙れッッ!!」
彼女が叫び、鞭が胸元へ。
俺は半歩退き、回転して避ける。
二撃目が飛ぶ——だが止まった。
俺と目が合ったその瞬間——
彼女の奥底が、動揺に沈黙した。
---
> 「……小顕。」
俺は、初めてその名を口にした。
「お前の肉体は鋼。だがその心はまだ、名門の檻に縛られている。
伝統、血統、誇り——その鎖が、お前を殺してる。」
> 「黙れ……黙れ!!」
——だが、彼女の手はもう動かない。
> 「俺が、その檻を壊す。」
> 「……お前にそんな資格ない。」
俺は彼女の首筋に視線を移した。
そこに青白く輝く血管。仙血脈——お前の誇り。
同時に、最も感じやすい場所。
> 「お前の初夜は——俺のものだ。」
風のような囁きで。
---
彼女が手を挙げる。
頬を叩こうとした。だが…止まった。
その目には涙。
苦痛ではない。
怒り、羞恥、そして…震える感情。
> 「お前、狂ってる……!」
> 「違う。狂った世界で、唯一正気な存在だ。」
---
観客席がざわつく。
「処罰しろ!」の声が響く。
だが、誰一人前に出ない。
その時、俺の内なる声——**天龍**が笑った。
> 「ふふ…“龍印”など要らぬ。
男の眼差し——それが最も深淵なる法力。」
俺は笑った。
> 「あと何秒で、彼女はひざまずく?」
> 「——一手。」
---
王 小顕が、剣を抜いた。
鞭ではない。
剣を抜くということ——それは、本当の敵と認めたということ。
彼女が咆哮する。
全霊の仙力が集まり、
奥義——《蓮華紫滅斬》を放つ!
剣気が波濤のように押し寄せる。
だが俺は、動かない。
> 「——たった、一指でいい。」
右手を前に出し、剣気を突き破る。
石畳が割れ、塵が舞い、天が揺れる。
だが、俺の手の中で——
剣気は、夏の霧のように消えていった。
---
王 小顕が、膝をついた。
傷ではない。
力尽きただけ。
彼女の瞳はもう、怒りではない。
降伏に近い何か。
俺は歩み寄り、手を差し出す。
> 「条件は……まだ有効だ。」
彼女は、言葉を失う。
> 「俺が勝った。
お前は、俺の子を宿せ。」
三度目の鞭が風を裂いたとき——
俺はもう、避けなかった。
代わりに、顔を傾けて、にやりと笑う。
そしてそのまま、彼女の手首から腰、足元までをちらりと見やった。
> 「随分…しっかり着込んでるな。」
俺はささやくように言った。
> 「だが、俺の目は——布ごときに阻まれない。」
---
> 「なっ…!?」
小顕が叫び、思わず胸元の布を押さえる。
もちろん、何も見えてないはずなのに。
俺はわざと、深いため息を吐いた。
首を掻きながら、残念そうに呟く。
> 「今日こそ、仙蝶が武台で羽ばたくかと期待してたんだけどなあ…」
> 「バカか!!」
---
彼女の顔は、熟した柿より真っ赤。
肩を抱えながら、背筋を伸ばす姿は、まるで誇り高き将軍のよう。
俺は近づいた。
目線を少し下げて、腰のあたりのシルク帯を見つめながら。
> 「……その腰紐、緩んでるぞ。」
> 「見たら——その目、潰すわよ!」
俺はびくっとしたふりをした。
だが視線は逸らさない。
> 「見ただけだよ?
未来の嫁を抱く前に、景色ぐらい楽しまないとな。」
> 「嫁って誰のことよぉおお!!」
---
観客席では、弟子たちが堪えきれず咳払いで誤魔化していた。
> 「こいつ…たぶん正気じゃねえ…」
> 「いや、これは高度な恋愛戦術だ。相手の脳を破壊して落とす系。」
---
俺は腕を組み、真剣な顔で彼女に向き直った。
> 「お前は強い。美しい。
その体から漂う仙気は、隣で深呼吸するだけで俺は——式場の準備を始めたくなる。」
> 「式場って何よ!?!?」
---
俺は目を細めて、やや声を落とす。
> 「七色の壇だ。沈香、蓮、柔らかい枕、香る水……
あとは自分で脱ぐ花嫁が一人いれば完成だな。」
> 「この変態!! いまここで斬ってやる!!」
---
彼女の鞭が再び閃く寸前——
俺は声を落とし、囁いた。
> 「もし俺が勝ったら……
嫁にしろとは言わない。」
> 「……じゃあ、何を望むの?」
俺は軽く首を傾げ、微笑む。
> 「一晩だけ、一緒に寝よう。
何もしない。手も出さない。
抱きしめても、触れない。
それでも…お前は耐えられるのか、試したい。」
---
彼女が半歩後退した。
風が髪を揺らし、紫のスカートの裾が舞う。
彼女は唇を噛んだ。
> 「このクズ……」
---
俺にはわかった。
彼女の瞳が揺れているのは、怒りではない。
自分の理性への不安。
彼女の鞭の一閃で、スカートの裾がわずかにずれ、横腹が一瞬覗く。
俺は見た。
瞬きせずに。
> 「右のヒップが、左よりわずかに高いな。
たぶん太陰歩法の訓練しすぎだ。」
---
> 「はああああ!?!?」
小顕が叫び、急いで裾を直す。
> 「どこ見てんのよ!変態!!」
---
俺は口元を吊り上げた。
> 「でもさ、そんなぴったりした服で戦うとか…
桃を鳥籠に押し込んでるようなもんだろ?責任はどっちにあると思う?」
> 「あと一言でも言ったら、歯、飛ばすわよ!!」
> 「俺じゃないさ。
俺の“目”が…勝手に詠んでるだけ。」
---
俺は額に手をかざして、まるで日食を観察するかのように、
横顔のシルエットをじっくり味わう。
> 「でもその桃、実はサイズそんなに大きくない。
片手で…ちょうど良いくらいの“収まり”。」
> 「————っ!!」
彼女は声にならない悲鳴を上げ、顔を覆った。
その頬は、もはや爆ぜる寸前の石榴のようだった。
> 「恥ずかしくないの!?!?」
---
俺は少し考えるふりをした。
> 「昔、鎧の下に六重の結界を貼ってた女性剣士がいてな…
でも走るたびに揺れのリズムが忘れられなかった。」
> 「それで、何したの?」
> 「見てただけさ。
そして、今も夢に出てくる。」
> 「あああああ!消えろぉおおおお!!」
---
小顕は、もう何を隠せばいいかも分からず右往左往。
胸を隠せば腰が見える。
腰を隠せば胸が強調される。
彼女の動きはまるで水に落ちた猫。
> 「……お前の尻、
二つ目の月みたいだ。」
> 「だまれえええええ!!」
---
弟子たちの間に緊張と笑いが走る。
ある者は剣を磨くふり。
ある者は真顔で頷く。
> 「もう勝敗とかどうでもいいな…」
> 「わかる。続きを見せてくれ。」
---
俺は一歩進み、声を低める。
> 「前に、俺に触れただけで気絶した女性がいた。」
> 「は!?何それ!?」
> 「でも、お前は違う。
俺が見ただけで、顔が赤くなっても…まだ倒れてない。」
---
小顕の鞭が光る。
だが、彼女は攻撃しない。
なぜなら——動けば、揺れる。
俺はそれを知っている。
そして、彼女も知っている。
俺が“それ”を待っていることも、知っている。
---
> 「……っ!」
> 「大丈夫。」
「もし何か弾けても、俺は目を瞑るよ。
でも——心までは、目を閉じられないかもな。」
---
彼女が再び叫ぶ。
怒りではない。
腹の奥から湧く、灼けるような熱。
---
> 「ねえ、本気で聞いていい?」
「鞭を振るうたび、左より右のヒップが跳ねるけど——
わざと?それとも訓練ミス?」
---
> 「貴様ぁああああああ!!!!!」
彼女の体は今や湯気の出るヤカンのよう。
左手で胸を、右手で腰を押さえながら、
歯を食いしばって震えている。
---
> 「俺はただ、
空力学的な動きから戦闘技術を分析してるだけさ。」
> 「嘘つけええええ!!」
> 「事実だよ。
お前のボディラインは、完全なる理想比。
胸・腰・ヒップ…すべてが跳ね返りに最適化されている。」
---
> 「あああああああ!!!!!」
そして、彼女は突然振り返り、自分の外衣を叩き裂いた。
「バシッ!」
その瞬間、上衣がほどけ、
中から銀と紫のインナーアーマーが現れる。
それは身体にぴったりと密着し、
彼女の体を——まるで芸術品のように包み込む。
---
弟子たちがどよめき、数人が貧血で崩れる。
俺は、咳払いを一つ。
> 「ふむ…“仙女装・銀耀”。反発力、想像以上だ。」
> 「てめぇええええ!!!」
---
> 「……そんなに俺に見せたかったのか?」
> 「違う!!」
> 「じゃあ…なんで、
今の顔、そんなに嬉しそうなんだ?」
---
彼女は、初めて言葉を失った。
顔を伏せ、手を下ろし、
ただ静かに…震えていた。
> 「お前なんて、大嫌い……」
その声は、泣き出しそうなひとしずくだった。
> 「なんで……こんなに怒ってるのに、
手を出せないのよ……っ!!」
---
俺は囁いた。
> 「だって、攻撃のたびに、
そのヒップが…俺に告白してるんだから。」
> 「こっ、こっ、このッ……っ!」
---
そして、小顕は一歩前に出て、
拳で俺の胸を——軽く、一撃。
仙力なし。怒気もなし。
ただ、あったかいパンチ。
---
> 「今日のこと…絶対に、忘れないから。」
> 「ああ。」
「そして——
もし本当に、子ができたら…」
> 「……?」
> 「名前は、『ちびエロ龍』で決まりだな。」
舞台の上、俺と彼女の間には三歩の距離。
だが奇妙なことに…俺には彼女の呼吸音が聞こえた。
速く、不規則に。
まるで少女の胸を打つ戦鼓のように——
> 「王小顕…本当に戦いたいのか?
それとも——もう一度、俺に“心”を触れてほしいのか?」
> 「貴様ァァァ!!」
怒っていた。明らかに。
だがその手は震え、目は…逸らしていた。
俺の攻撃は、仙力ではない。
言葉と、視線。
---
俺は一歩進み、左手を軽く翻す。
高等技ではない。
ただ…衣の裾を払っただけで、彼女の首筋が露わになった。
> 「……わざと、やったの?」
> 「どう思う?」
彼女は後退りし、剣を握る。だが、抜かない。
はっきり見えた。
胸元に溜まった一滴の汗が、曲線を滑り、下着の縁へと吸い込まれる。
> 「くっ…そこを見るな!」
> 「見なきゃ、狙えない。」
> 「お前っ…変態!!」
---
俺は身をひねって、彼女の肩をすれ違うように通過した。
その瞬間——
柔らかく、湿って、熱を帯びた感触。
彼女が振り向く。
> 「今、触った!?」
> 「ああ。」
> 「な、何のつもりでっ!?」
俺は肩をすくめる。
> 「ただ確認したくてな。
“仙骨”の弾力性を。」
> 「このっ…っ!!」
彼女は叫ぶが、動けない。
剣を握り、胸は上下に波打ち、
歩くたびに揺れるヒップも、すべて俺の視界に入る。
それは、いやらしさではない。
ただ、彼女が隠せていないだけだ。
---
心の中で、天龍が囁く。
> 「よし…呼吸が“胸”で始まった。」
> 「つまり?」
> 「つまり——心が乱れている。
ここからが…“本当の交わり”だ。」
---
俺は指を二本折り、**幻雲歩**を軽く回す。
身体が渦を描くように彼女へ迫ると、
彼女はとっさに剣を構える。
その剣に、俺は指を滑らせただけ。
刃をなぞるように、彼女の手へと届いた。
> 「——二度目の“接触”だ。」
> 「あ、あんた…!」
> 「今回は“手”じゃない。
“震え”を触れたんだ。」
---
彼女は三歩後退。顔は耳まで真っ赤。
剣を握る手は震え、
胸元の布が爆ぜそうなほど膨らんでいる。
> 「お前は…魔物か…!」
> 「違うよ。」
俺はさらに近づき、耳元でささやいた。
> 「俺は、
お前が夢の中で喘ぎながら…
その理由さえ分からず目覚めるような男だ。」
---
> 「黙れえええ!!」
ついに剣を振った。
冷たい風を纏う斬撃が俺の肩をかすめたが——
俺は避けなかった。
笑っただけだ。
なぜなら、その剣気の中に、
殺意ではなく、“乱れ”を感じたから。
---
俺は彼女の手首を取った。
蝶の羽ばたきのような優しさで——
だが確かに、“触れた”。
そして瞳を覗き込む。
> 「もし俺が勝ったら…
お前は、俺の子を宿す。」
> 「やめろ…それ以上、言わないで…!」
その声は——砕けた。
怒りではなく。
防衛の決壊だった。
---
俺は手を離した。
一歩、後ろへ。
彼女は追わない。
ただ、胸を押さえ、呼吸を整える。
だがその手は、自分の鼓動を隠すように。
---
俺は笑って、そっと頭を下げる。
> 「ここからは…お前の番だ。」
> 「戦うか——
それとも、もう一度…“触れられる”か。」
---
王小顕は何も言わない。
ただ、立ち尽くしていた。
その目には、涙が滲んでいた。
なぜなら彼女は、もう気づいていたのだ。
この“交わり”の勝敗は——
剣ではなく。力でもなく。
一つの鼓動によって、決まっていたのだ。
---
> 「…なんで…
なんで、そんな…
汚れた言葉で、人の“心”に触れられるの…?」
> 「汚れてないさ。
俺はただ——
お前が鎧の下に隠していたものを、見通しただけ。」
剣がぶつかり合う。
一度。
二度。
——三度目は、来なかった。
王小顕は、膝をついた。
> 「はぁっ… はぁっ…」
彼女は息をついていた。
それは疲労のせいではない。
心が、リズムを落としたからだ。
---
俺はそこに立っていた。
剣も抜かず。技も放たず。
ただ——
結末を知る者の眼差しで、彼女を見ていた。
---
周囲の弟子たちは沈黙。
誰も、俺の“手”を見ていない。
誰も、理解できなかった。
なぜ仙骨を持つ天才が、
「仙根なし」の俺の前に跪いたのか。
だが——俺は知っている。
そして彼女も…知っている。
あれは剣技ではない。
心を貫いた、名もなき一撃。
---
俺は歩み寄った。
武台の隅には、「紫月」の花。
月蝕の夜にしか咲かない幻の花。
その一輪を摘み、
ゆっくりと、彼女に差し出す。
> 「さっきの一撃は…準備運動にすぎない。」
「だがこの花は、お前に贈る。」
「三手持ち堪えた唯一の者へ——敬意として。」
---
彼女は目を見開いた。
その手は震えていた。
柔らかく、まるで湖面の霧のように。
> 「お前…いったい何者…?」
その声に、もう先ほどの鋭さはない。
秋の湖に落ちる葉のような、
静かで、揺れる囁き。
俺は答えず。
ただ、彼女の耳元で囁いた。
> 「この花、大切に持っていてくれ。」
「次に来るときは——それを返してもらう。
花と…お前の心、両方。」
---
場内は、息を飲むような静寂に包まれる。
彼女は、そこに座っていた。
花を抱き、
髪は乱れ、
胸は震え、
瞳は揺れていた。
まるで…魂を奪われたように。
---
俺は振り返る。
その前には——
数百の弟子。
無数の才能。
老獪な長老たち。
全員が、怪物を見るような目で俺を見ていた。
俺は、微笑んだ。
そして、声を放つ。
大きくはない。
だが、一字一句が彼らの心を穿つ。
> 「俺の名は——陽・滅人。」
「覚えておけ。
遠くない未来、お前たちは皆、俺の前に頭を下げる。」
> 「力のせいじゃない。」
「理解できぬ存在だからだ。」
---
その言葉は、波のように会場を揺らす。
弟子たちは思わず一歩後ずさり、
長老たちは拳を握る。
だが——
王小顕だけは動かない。
その視線は、ただ俺を追い続けていた。
> 「あれは…ただの少年じゃない。
ルールを超えた、“何か”だ…」
---
その時。
頭の奥に声が響く。
> 「ちょっと!
お前、正気か!?体返せってば!!」
「俺、分家の三番弟子なんだぞ!?
追放されたらどうすんだよ!?」
俺は笑った。
> 「落ち着けよ、小僧。」
「まだ頭下げさせてないだけマシだろ?」
「感謝しな。
今日から『陽・滅人』って名を、誰も舐めないさ。」
---
そのまま、俺の意識は霧に包まれた。
そして——
身体は本来の主へと、返された。
---
最初の感覚は——めまい。
次の感覚は——
無数の視線が、俺を焼くように突き刺していること。
三つ目の感覚は——
まだ、あの少女が跪いて、花を抱いたまま、
俺を見つめているという事実だった。
---
俺は、もう一度だけ彼女を見た。
> 「…俺、勝ったのか?」
「俺の名前…刻んだのか…?」
「でも…全部、あいつのおかげか…」
---
風が吹いた。
紫月の花が、彼女の手の中で静かに揺れた。
だが、彼女の瞳は——
一瞬たりとも、俺から逸れなかった。
---
> 「陽…滅人…」
「なんて…最低な名前…」
「でも…なぜか、もう一度、聞きたくなる…」




