表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/191

Episode 101

すべての光が──消えた。


あの二人の女を、身体ごと、魂ごと、完全に「自分のもの」とした最後の絶頂のあとで──

俺は気づいた。


この旧き世界では……もう、俺という存在を収めきれぬ。


「強くなりすぎて、世界を壊してしまった」からじゃない。

──ただ、もうその“ルール”に飽きただけだ。



---


目を開けた。


天も、地も、俺も、彼らも──何もない。

ただ、宇宙の羊水のような柔らかな光が漂い、揺れ、かたちを持たずに存在していた。


まるで、“光の海”を泳ぎ抜けた先──

初源の〈道〉に辿り着いたかのようだった。


ここは──俺が何度も現実を再創造してきた、宇宙の365番目のバージョン。


名付けた。

《Galaxy Universe 365》──

「三百六十五回目の、世界を愛し直すための宇宙」。



---


> 「この新たな肉体で……俺は誰だ?」 「天龍テンリュウは、光の中に消えた」 「残ったのは、“心滅神シンメツシン”──

最も裸の自我。欲も、限界も、理も持たぬ存在。」





---


一歩、踏み出す。

未だ“存在していない”空間に──


足元に大地が生まれる。原始の元素が粒子から組まれ、石になり、気流となって風が吹く。

──存在しなかった方向からの、最初の“息吹”。


全裸の肌に絡みつく光の繊維。

まるで、俺という存在の「意味」を理解しようとする“霊素”たち。


だが、俺は微笑むだけ。


両腕を広げ、光の糸が肩をなめ、腿を這い、胸の奥へ溶け込んでいくのを──

感じさせてやる。


その感覚は…まるで、誰かがそっと首筋を舐めたような快感だった。

だが、性的なものではない。

それは、存在そのものへの愛撫だった。



---


> 「この宇宙には、まだ魂がない」 「ならば、俺が最初になろう。最初の“生きるもの”に」 「生きるためじゃない──征服するためだ」





---


目を閉じる。


すべての“俺”を圧縮する。

新たな脚本を書く。

今度の役は──

自分が“誰なのか知らない”、この世界のただの人間。


ゆっくりと目覚める。

ゆっくりと、ゲームの“ルール”を破壊する。

それは…自分自身への“遊び”。



---


光が収束する。


神の肉体は胎児の光へと姿を変え、仮想的な“宇宙の胎”に包まれていく。

その子は、星の嵐のなかを漂いながら、形成中の恒星系の中心へと向かっていた。



---


> 「おやすみ、我が身よ」 「今回は…すべてを忘れて、生きてみろ」 「そして…本当に“自分”を思い出せるか、見てみよう」





---


“心滅神”としての俺は、今もそこに在る。

だが、ひとかけらの魂だけが──


胎児へと宿り、これから始まる「生・苦・欲・殺・覚・悟」の劇へと突入する。


血の匂いを、また感じたい。

少女との初めてのキスを、もう一度味わいたい。

雪の中で、笑いながら膝をつきたい。


裏切られたい。

愛されたい。



---


> 「もう、ずっと“高み”にいるのは飽きた」 「今度は──地の底から這い上がって、

世界がどう変わったか…確かめてやる」





---


空間が揺れた。


宇宙が、ほんのり紅に染まり──

「時間」という概念の最初の光が、ほのかに誕生した。



---


《Galaxy Universe 365》──起源を開始。


《心滅神》──生の種へと、己を落とす。


まもなく──子供が生まれる。


まだ名もない地平の端。

名もない小さな村にて。



---


母の子守唄が聞こえた。

父の咳が、土の匂いが、肌に沁みた。


そのとき、古の“呪い”が響く──


> 「この子は──神を殺す存在となるだろう」




──俺は、微笑んだ。


> 「その通りだ。殺すさ…この“俺自身”を、な」


なぜ自分が「ヤン・ゼツニン(楊絶人)」と呼ばれているのか──

思い出せない。


なぜ雲藍山のふもとの小さな村に生まれ、

なぜ“幻青門げんせいもん”に孤児として送られたのか──

それすらも記憶にない。


覚えているのは、ただ一つ。


毎晩、夢を見る。

光が現れ──その光は、やがて龍になる。

そして龍は、俺の耳元で、

この世界の言語ではない“何か”を囁くのだ。



---


今日はまた、殴られた。

──今月で十六回目。


「修練場」という名の闘技場。

力ある者が、弱者を踏みにじる──そんな偽りの訓練場。


俺は地に伏し、血に染まった砂埃に顔を沈める。

歯は砕け、視界は霞み、膝は震える。


冷酷な嘲笑が、頭上から振り下ろされた。


> 「ヤン・ゼツニン!お前は足の折れた犬だ!失せろよッ!」





---


──だが、もう彼らの声は届かない。


聞こえたのは…脳内に響く“声”。

人のものではない、絶対的な響き。


> 「お前は死にかけている。生きたければ……この身体、貸してくれ。」




 


> 「貸す?俺には屈辱しか残ってねえぞ。」




 


> 「違う。

お前には、“屈辱の中でも生き延びようとする意志”がある。

それが──俺の求めるものだ。」




 


──息を呑んだ。


なぜだ。

その声は、恐ろしくもなく、

なぜか…懐かしさすら感じた。


 


> 「……お前、誰だ?」




 


> 「俺は“天龍てんりゅう”。この世界を創った者だ。

そしてお前は──俺が選んだ器だ。」





---


その瞬間──背後から、

首筋に蹴りが叩き込まれた。


> 「ドンッ!!」




骨が鳴る。

視界が黒く沈む。


だが、声は消えない。


> 「よし、契約成立だ。

今から、お前に…俺の“百万分の一”の力を貸す。」




> 「名を与えよう──

龍神刻印りゅうじんこくいん』」





---


右手が燃えた。

皮膚の奥、骨の中まで焼き尽くされるような痛み。


黄金の龍の模様が浮かび上がる。

手首から指先へ──生き物のように蠢き、

呼吸と同調して、鱗が光る。


 


> 「“龍神刻印”。

一日三回まで。無計画に使えば──死ぬ。」




> 「だが、恐れるなら…このまま死んでしまえ。」





---


理由はわからない。

だが、俺は…天に手を伸ばした。


助けを求めるためじゃない。

ただ──血が叫んでいた。


 


> 「龍印──解放ッ!!!」





---


ドオオオオオォォン!!!!


修練場が…爆ぜた。


空気が割れ、砂が吹き飛び、

俺の手から放たれた黄金の光が全身を包み──

それは“光”ではなく、“神威”。


踏みつけようとしていた奴らが、

藁のように吹き飛ぶ。


石柱が崩れ、地面が裂け、

長老たちが座る高台までも振動が走る。


> 「これは…何の神力だ!?」




> 「三界の誰とも…一致しないぞ…!」





---


俺の胸の奥で、巨大な龍が身をくねらせる。


まだ姿を見せていない。

だが、その影は空を覆う。


そのとき、天龍の声が再び響いた。


 


> 「それが、俺の0.001%の力だ。

宇宙の塵にすぎんが──

幻青門など、吹き飛ばすには十分だ。」





---


俺は、何も答えなかった。


答えられなかった。


震えていたからだ。


──悟ってしまった。


これから先、周囲の全てが──弱すぎる。


かつて俺を「足の折れた犬」と呼んだ者たちは、

今や息も絶え絶え、死体のようだ。


俺は手を見つめる。

龍の刻印が薄れ、皮膚に焦げ跡が残る。


 


> 「……もう一度使ったら、俺は死ぬんだろ?」




 


> 「違う。

“制御できなければ”──死ぬ。」





---


空を見上げた。


初めて、陽の光がまぶしくないと思った。


初めて、世界が…小さく見えた。



---


その夜──

俺は、幻青門の地下牢に囚われた。


理由はただ一つ。

「未確認の邪力を使い、門の規律を乱したため」。


暗い岩の牢獄。

両腕と脚を縛られても、恐れはなかった。


なぜなら──

俺の心の中で、“あの龍”が笑っていたからだ。



---


> 「……天龍。」




 


> 「呼び方はどうでもいい。だが覚えておけ。」




「これは…ほんの序章。」


「お前はもう“ヤン・ゼツニン”ではない。」


「お前は──俺の“写し身”。」


「名を与えよう──

心滅神しんめつしん』」



---


俺は、目を閉じた。


闇が、甘かった。

まるで、胎内のように。


なぜなら──俺は知っている。


次に流れる血は、もう俺のものではない。

俺は、まだそこに立っていた。

一人きりで。


――壊れた修練場。

地割れは、まるで地震後の亀裂のよう。

誰も近づけなかった。

誰も俺の目を見られなかった。


十二歳の痩せた子供、

血塗れの顔で――

たった一撃で、三十人の上級弟子を吹き飛ばした存在。


───


一歩、また一歩。

歩くだけで、周囲にうめき声が走る。

怪我じゃない。

恐怖が喉を掴んでいるだけだ。


あいつらは見たのだ。

人の皮をかぶった、化け物の正体を。


───


頭の中に、あの声がまだ響いていた。


> 「本当の力とは……死が首筋に迫るその瞬間、初めて解き放つべきものだ。」




分かってる。

理屈じゃない。

体が覚えている。


《龍印》を発動したその刹那、

呼吸を一つでも誤っていたら――

俺の心臓は、魔力の奔流で爆発していた。


───


これは、遊びじゃない。

これは……地獄の扉だ。


───


「……!」


肩に触れた手に、即座に反応した。


振り向く。

――師匠・左玄さげん


白い法衣。

胸まで伸びる髭。

厳格で、だがいつも黙って見守ってくれた人。


だが今の師の目に、迷いがあった。


> 「……ディエツニン。私と来い。」




───


《幻青門・第四層・大殿》


弟子は普通、ここに入れない。

獣の血で灯された七つの火。

その奥、七人の長老が半円状に座っていた。


誰もが、一村を一撃で消し飛ばせる者たち。


その目が俺を見ている。

「処すべきか、放つべきか」――神のような眼差しで。


───


紫衣の長老が口を開いた。


> 「この小僧……魔物に憑かれておるのか?」




白髪の者が首を振る。


> 「いや……もっと古い。神魔の記録にもない、創造主の残滓に近い気配。」




空気が、岩のように重い。


───


左玄師が、深く息を吐いた。


> 「私は分からぬ。だが……もし、この力に殺意があったなら、門は既に灰だ。」




三番目の長老が眉をしかめた。


> 「だからこそ恐ろしい。誰も殺さず、全員を殺せる者など――」




───


黙って聞いていた俺は、

一歩前に出て、彼らを見返す。


> 「殺すなら殺せ。

縛るなら縛れ。

だが答えもくれず、ただ黙れと言うなら――

俺は、自分で探す。」




───


沈黙。


それは、子供の声じゃなかった。

背後に、名も形もない“死の影”が揺れていた。


───


左玄師はため息をついた。


> 「ディエツニン。罰は下さぬ。

だが一つだけ命ずる。

その力は……死に直面した時以外、決して使うな。」




> 「……了解。」




───


深夜。

俺は木造の古びた部屋に寝ていた。


外の月は、冷たい乳白色。

心の中は……静かすぎる。


《龍印》は消えた。

声も聞こえない。

天龍もいない。


だが、胸の奥に――

燃えるような、第二の心臓がある。


───


目を閉じた。

眠ろうと思った。


だが――


ギィ……ッ


扉が開く。

無音で、誰かが入ってきた。


――彼女だ。


───


書和儀しょ・わぎ


第六代弟子。

七歳の頃、初めて俺を庇ってくれた女の子。


一歳年上。

黒い瞳。

春風のような声。


でも、今夜の彼女の瞳は……

優しさじゃない、何かを秘めていた。


> 「……お前、本当に“人間”なのか?」




俺はゆっくり起き上がる。


> 「まだ“人”だ。

ただ……“少しだけ”、秘密を持ってるだけだ。」




彼女が近づき、そっとささやく。


> 「『龍域りゅういき』って、聞いたことある?」




───


その言葉だけで、胸の印が熱を帯びる。


聞いたことない。

でも……《龍印》が疼いていた。


> 「……龍域って、何だ?」




───


彼女は周囲を見渡し、

静かに俺の胸に手を置いた。


> 「千年前……天龍が地に降りた場所。

彼は、“印”を残して逝った。

今、お前が持ってるそれと同じものを――」




───


息を呑んだ。


> 「じゃあ、俺は……初めてじゃないのか?」




> 「……違う。

お前は最後の者。」




> 「六人の前任者は……全員、死んだ。

“神意”に喰われて――」



───


風が吹き抜ける。

灯火が、消えた。


つづく。


三日。

三晩。


俺は、石のように沈黙していた。

誰も近づかない。

あれほど俺を嘲笑っていた連中さえ……まるで悪霊を避けるかのように目を逸らす。


歩くたび、大地に闇が染みこんでいく気がした。


───


やがて、俺は──「呼ばれた」。



---


【追査仙骨中心】


地中八十丈。

八角の黒殿。

二百枚の封印符で閉ざされた、“真実を剥ぐ殿堂”。


ここでは、二十万以上の天才たちが審判を受けた。

仙骨があれば昇進。

なければ──雑草のように、抜かれるだけ。



---


玉座のような黒石に座る老道士。

手には「天骨秘鑑」。

この世に現れた全ての仙脈を記録する禁書。


その目が、俺の内側まで穿つ。


> 「貴様……修練場を震わせた小僧か?」




俺は頭をかく。


> 「ええっと……ワザとじゃないです。」





---


女弟子が一歩、また一歩と近づく。


白衣に翡翠の縁。

氷玉の仮面。

歩くたび、冷気が空間を凍らせる。


その瞳に刺された瞬間、俺の背が凍りつく。


> 「仙力池に、手を。」




彼女の声は──冬の竹林をすり抜ける風のようだった。


> 「仙骨があれば、光が出る。

なければ──間違って生まれた草よ。」





---


俺は進む。


仙力池──

透明な水の中に、赤黒い何かが血のように脈打つ。


そっと手をつけた。


第一感──冷たい。

骨まで冷えるほどに。



---


何も起きない。


> 「もう一度。」




深呼吸し、再び触れる。

……沈黙。


> 「三度目だ。」




声がさらに冷たくなる。


俺は喉を鳴らし、手を。


……


反応、なし。

光、なし。

霊気の脈動──皆無。



---


老道は口角を歪める。


> 「結論──仙根、なし。

霊質、なし。

神血、なし。

つまり……ただの人間。」




俺は、苦笑した。


周囲から、囁きが刺さる。


> 「なんだ、ただのハズレか。」

「じゃあ、あの修練場の件は幻覚?」

「それとも……ただの狂人?」





---


皆、背を向けて去っていく。


まるで嵐に散らされた落ち葉のように。


残ったのは俺だけ。

石壇の前に座りこみ、手を見る。


龍印──沈黙。

光なし。反応なし。

まるで……俺を否定するように。


俺は心の中で呟く。


> 「じゃあ……やっぱり、俺はただの“普通”なのか?」




その瞬間、声が戻ってきた。



---


> 「よくやった。」




地下から響くような低い声。

それは──天龍の声だった。


> 「力とは……くだらぬ場で使うべきものではない。」




俺は思わず反論する。


> 「でも……皆、俺を“普通”だと──」




> 「“普通”とはな……

天地を滅ぼす者が最も好む仮面よ。」




その声は、呪文のように、俺の骨に染みた。



---


俺は囁く。


> 「……じゃあ、いつ使えばいい?」




彼の声が、神の鼓動のように打つ。


> 「呼吸が一つ、遅れた時。

心が一拍、外れた時。

死が、首筋に触れた時。

その時──“印”が目覚める。」





---


俺の手が、微かに震える。


> 「もし……限界を超えたら?」




沈黙。


やがて、糸のように細い声が戻る。


> 「死ぬだろう。

だが、ただの死ではない。

魂も、生まれ変わりも、痕跡すら残らぬ。

名も残らぬ──

宇宙すら忘れる死だ。」





---


俺は返さなかった。


何かが、心の奥で静かに崩れる音がした。


それは恐怖じゃない。


──空虚だ。



---


夜、部屋に戻った。


窓の外、月が銀色の光を注ぐ。

その光が、龍印に反射する。


冷たい。

無言。

だが、どこか──生きていた。


> 「これが……俺の始まり、なのか?」





---


俺は手を翳す。

月光が指の間から流れ落ちる。


青白い血管の奥、誰にも見えない光が一つ、灯っていた。


それは力ではない。


それは──意思。


俺だけが見える、誓いの芽生え。


──


いつか、俺はこの力を呼ぶ。


証明するためじゃない。

復讐のためでもない。


ただ一つ。

「普通」と名づけられた呪いを──

粉々に打ち砕くために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ