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「最弱に転生したので、最強のハーレムを作って身を守ることにした」  作者: Duck Tienz
第一章:無敗を極めるための修練
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1.転生の血脈

 太古の昔、宇宙すら未だ形を成さぬ時、ただ無限の虚空のみが存在していた。

 そこは、漆黒に沈み、音もなく、時も空間も未だ概念すら芽生えぬ、完全なる「無」。

 もしその場に生きとし生けるものが現れたとしても、一瞬にして虚無へと呑まれ、存在の痕跡さえ残さぬだろう。


 その静寂を裂き、ひとつの神が現れた。――天龍。

 またの名を、天龍帝皇と呼ばれる存在である。


 彼は数兆、数京、数無量の歳月を越え、塵一つ、光一筋が虚空より生まれるよりも遥か以前から在り続けていた。

 星が初めて闇に瞬くよりも前に、彼は既に存在していたのだ。


 その寿命は想像の及ぶ限界を遥かに凌駕しながらも、姿は十八の青年の如く。

 肌は玉の如く澄み、眼は天眼のごとく輝き、万物を見透かす。

 ただ虚空の中心に立つだけで、全宇宙が頭を垂れ、息を潜めるほどの威容。


 その力、言葉で描くことは不可能である。

 無限を超え、概念を超越し、存在の極みに到達した力。

 何ものも彼を縛ることはできない。


 だが天龍は、最初の神にして最強でありながら、急ぎ生命を生み出そうとはしなかった。

 彼は、あらゆるものが自然の理に従い、自ら芽吹き、育ち、ぶつかり、学ぶことを望んだ。


 そしてやがて、宇宙は生命の光で満たされていく。

 草木は地より生まれ、山河は岩より形を得、神仏・魔鬼といった無数の存在がそれぞれの姿をとって現れた。

 そのすべてが調和し、無限の空間に壮大なる生命の楽章を奏で始めた。


 天龍は諸世界を渡り歩いた。

 深き海を越え、果てなき砂漠を抜け、天を突く山嶺を登り、生命うごめく森を歩む。

 その静かな旅の中、彼は一つの液体を見つけた――酒である。


 芳醇な香りに、神の心がふと揺らぐ。

 さらに、揚げ菓子――「胡麻餅(ゴマの香ばしい饅頭)」を口にした瞬間、永遠の心臓が柔らかく鼓動した。

 サクリとした食感、甘く温い香気。

 そのささやかな味わいが、無限と孤独に包まれた神に「人の温もり」というものを教えた。


 それ以降、酒と胡麻餅は天龍の小さな愉しみとなり、

 全能なる存在の中に、わずかばかりの“凡俗”の喜びを芽生えさせた。

 酒を傾けつつ、彼は静かに世界を見つめ続けた。

 どんな塵も、雲も、星も、神の眼から逃れることはできなかった。


 やがて「界」は層を持ち、神・魔・仙・鬼といった位階が生まれた。

 天龍は、そのどれにも属さぬ絶対の存在として沈黙を保った。

 彼は知っていた。――自らは既にあらゆる秩序を越えた存在であると。


 しかし、神々の頂点には**雷善長夢らいぜんちょうむ**という名の神が君臨していた。

 強大にして傲慢、暴虐の限りを尽くし、他の神々を従わせ、くだらぬ宴と権勢に溺れていた。


 天龍は目を閉じることができなかった。

 ただひとつのくしゃみで、天界全土が震撼し、幾多の神が傷ついた。

 それは「警告」にすぎなかったが、雷善長夢は怯え、そして憎しみを抱いた。


 彼の胸に、暗く、粘りつく怨念が宿った。


 ある日、雷善長夢は盛大な宴を開き、天龍を招いた。

 彼が酒と胡麻餅を好むことを知っての策である。

 燭の灯がゆらめき、香が空を満たし、豪奢な料理と菓子が並ぶ。

 だが、そのもてなしの裏には恐るべき陰謀が隠されていた。


 ――天龍を堕とす。


 最も高き神を、六道のうち最も卑しき餓鬼界へ堕とし、永劫の苦を味わわせる。

 それが、雷善長夢の計画であった。


 天龍は、上機嫌で杯を傾け、甘い香りに微笑んだ。

 酒に酔い、眼が潤むほどに楽しげで、周囲の闇を意にも介さぬ。

 だが、彼を担ぎ下界へ運ぶ役を命じられた神々は、その純粋な笑みに胸を締めつけられた。


 彼らは目を閉じ、手を離す。

 だがその手は、天龍を餓鬼界へではなく、人間界へと落とした。


 ――愛し、憎み、苦しみ、歓ぶ、試練に満ちた世界へ。


 雷善長夢はほくそ笑んだ。

 だが彼は知らぬ。


 その「堕ちた」と思われた存在が、

 依然として微笑み、すべての力を内に秘めたまま、

 静かに次の章を始めたことを。


 天龍にとって転生とは、罰でも屈辱でもない。

 それは――新たなる旅路。

 無限を生きる者にとって、ただひとつの「遊び」なのだ。


 転生の瞬間より、嵐は始まっていた。

 外では風が龍の咆哮のごとく唸り、雨は瑠璃瓦の屋根を打ち砕く銀の矢の如く降り注ぐ。

 それはただの嵐ではなかった――天地の怒りと戦の叫びが混じり合った、破滅の前兆であった。


 時は天火暦元年・一二八六。

 天火帝国と大華神国との間に続いた血海の怨が、ついに頂点へと達していた。


「神の末裔」を自称する大華は、千年に及ぶ武道の国。

 彼らは和平の誓約を破り、十二龍衛および五派神龍を率いて、二国を隔てる火龍山脈――焦土の背骨とも呼ばれる山々――を越え、天火帝国の東南辺境へと侵攻した。


 血と炎の世、その渦中に――。

 礼を重んじ武を尊ぶ名門、孫家に一つの命が生まれた。


 母は林若雲。

 火宗の修行者であり、その容貌は疲れ切っていたが、瞳には揺るぎない炎の強さが宿っていた。

 彼女は生まれたばかりの嬰児を胸に抱き、微笑む。


「夫よ……生まれました……男の子です……」

 雷鳴が大地を裂く中、かすれた声が響く。


 父、孫熾火。

 天火軍団の名将にして、炎の鋼を纏う戦士。

 だが今、その厳しい顔に宿るのは、恐怖と戸惑いであった。


 十年もの間、子を授からなかった二人が、ようやく天に願い得た唯一の子。

 その嬰児は泣き声も立てず――ただ、静かに目を開いた。


 その瞬間、孫熾火は見た。

 嬰児の瞳の奥で、二筋の光が閃いたのだ。


 ――金滅。

 冷たく、残酷な輝き。まるで九天より落ちた剣光のように鋭く。


 一瞬でその光は消え、黒曜石のような普通の瞳へと戻った。


 孫熾火の脳裏を、古き預言がよぎる。


 > 「神龍、世に降らんとき、必ず天火は再び燃え上がる。

 然れど、金滅の大劫もまた避けられぬ。」

 ――火神・炎天の託言




 震える唇で、彼は子に名を授けた。


孫傲龍そんごうりゅう

 我が子よ、天火の聖炎のごとく、誇り高く生きよ。」


 だが、その小さな祝福は、戦火の轟きによってすぐにかき消された。


 産声からわずか半刻。

 外から、怒号と剣鳴が轟く。


「孫熾火の屋敷を包囲した! 一人も生かすな!」


 それは――大華神国の古語。


 孫熾火の顔が蒼白になる。

 孫家は古城の秘術を継ぐ家柄であり、五大聖火宗とも深く関わっている。

 その屋敷がこれほど迅速に襲撃されるとは、内部に密告者がいたか、あるいは龍衛が神速で動いたか。


 林若雲は幼子を抱き締め、夫を見つめる。

「……龍衛が、火龍山を越えました。奴らの目的は孫家の秘文――夫よ……」


「もう言うな!」

 孫熾火が叫び、右手を振り上げる。


 灼熱の光がほとばしり、炎焔剣が現れた。

 火山の溶岩で鍛えられた古剣。刃を包む紅蓮の火が、豪雨の冷たさを一瞬にして焼き払う。


「我が命にかけて守る! ――お前は龍児を連れ、天里古寺へ!

 そこに“不滅の禅師”がいる。かつて我が家が救った恩を、今こそ返すはずだ!」


 ――轟音。


 扉が弾け飛ぶ。

 黄金の剣気が走り、厚き紫檀の扉を真二つに裂いた。


 闇の中から、黒鎧に金龍の紋を縫い付けた四つの影が現れる。

 十二龍衛――大華神国最強の精鋭。


「孫熾火、我ら龍衛の命を受けて来た。

 “符文火古”を差し出せば、全うな死をくれてやろう。」


 氷のような声。


「戯言を抜かすな!」

 孫熾火の咆哮が空気を裂く。


 次の瞬間、彼の全身を紅蓮が包み込む。

 それは天火帝国にのみ伝わる秘法――気機古ききこ、神の火を人に宿す術。


「火神炎天よ、見届けたまえ!」


 ――金属がぶつかる音。

 炎焔剣が放つ三条の剣光が、龍衛の金鱗剣気と衝突した。

 爆ぜる音が屋敷を揺るがし、衝撃波が柱を粉砕する。


 三人の龍衛が後退、一人は鎧を裂かれ、その下の金属装甲が露わになる。


 孫熾火は悟った。

 ――長くは持たぬ。


 龍衛の一人一人が頂点の修行者。

 外にもまだ数十の兵がいる。


「若雲! 早く!」


 林若雲の瞳が涙で濡れる。

 唇を噛み締め、彼女は赤子を小さな籐の籠に入れた。

 獣皮を敷き、赤く燃える日輪を刻んだ玉佩を添える――天火帝国の象徴。

 さらに数個の霊石を置き、気脈を保つ。


 彼女は炎のように軽やかに舞い、密道の扉を開く。


「孫熾火! 逃がすな!」


 二人の龍衛が気づき、追いかけようとする。


「退けぇぇぇっ!!」

 孫熾火が吠え、身を投げ出す。


 炎焔剣が大輪の炎と化し、敵の進路を塞ぐ。


「この炎を越えるなら、我が屍を踏め!」


 ――戦、烈火の如く。


 孫熾火はただ一人、四人の龍衛を相手に立ち続けた。

 気機古と龍鱗剣気が幾度も衝突し、赤と金の光が夜空を焼く。


 それは滅びと誇りの交錯する、

 ひとつの伝説の始まりであった。


 林若雲リン・ルオユンは籐籠を抱き、豪雨と闇夜を突き抜けて走った。

 胸の奥は裂けるような痛みに満ちていた。

 夫が今まさに、己の命を賭して時間を稼いでいることを、彼女は痛いほど理解していた。


 だが――大華神国の軍勢はあまりにも多かった。

 彼らは《龍脈兵法》を用い、火陵城一帯を完全に封鎖していた。


 十里にも及ぶ険しい山道を越えたとき、ついに林若雲は見つかってしまった。


「逃亡者を発見! 第八龍衛、第九龍衛、捕らえよ!」


 声が夜気を切り裂いた。

 二人の龍衛が、獣のように鋭い眼光を放ちながら、樹上から飛び降りる。

 黄金色の剣気が蜘蛛の糸のように広がり、林若雲を包囲した。


 彼女は戦うしかなかった。

 籐籠を岩の裂け目に隠し、大きな岩で塞ぐ。

 そしてその前に跪き、籠の中の赤子へと囁いた。


龍児ロンじ、生きて……。

 生きて、天火テンカの名誉を取り戻しなさい……。

 母はもう、あなたと共には行けぬの。」


 立ち上がった彼女の手に、一本の銀簪が現れた。

 だが、彼女の《古の気機》が注がれた瞬間、それは緑炎を噴き上げる――

 《聖火古宗》の秘炎、魂と命そのものを焼き尽くす炎。


「大華の悪徒ども――天火の怒りを思い知れ!」


 彼女は咆哮とともに突進した。

 まるで巣を守る鳳凰がごとく。


 ――轟然。


 銀簪が《龍鱗剣》にぶつかり、耳を裂く爆音が山中に響く。

 林若雲の力は及ばぬ。だが、絶望と母の愛が、彼女を死を恐れぬ戦士に変えた。

 残る霊力をすべて燃やし、彼女は《聖火古宗》禁術――《火鳥鳳凰式》を放つ。


 己の身を緑炎の球体と化し、二人の龍衛へと突撃した。


 ――爆裂。


 蒼き光が闇を裂き、第八龍衛の悲鳴が木霊する。

 第九龍衛は即座に背後へ回り、毒蛇のような剣気で彼女の肩を貫いた。

 それでも林若雲は歯を食いしばり、最後の一撃を叩き込む。


 やがて彼女は崩れ落ちた。

 最期の瞬間、岩陰に目をやり、安らかな微笑を浮かべる。

 緑炎は雨に溶け、静かに消えていった。


 第九龍衛は重傷を負いながらも這い寄り、岩の裂け目から籐籠を見つける。

 籠の中、赤子は静かに眠っていた。

 彼は冷酷な瞳でそれを見つめ、剣を抜き放つ。


 ――その瞬間。


 山全体を震わせるような威圧が降り注いだ。

 そして、古の仏偈が空に響く。


「善哉、善哉……若き者よ、怨念はここまでだ。

 この子の命は、天の摂理に委ねよ。」


 朽ちた金衣をまとい、手に銅の錫杖を持つ巨躯の僧が、山頂に立っていた。

 彼こそ――《不滅禅師》。

 天火と大華の国境にある《千里古寺》の住持である。


 不滅禅師の名は、《血魂開源大陸》全土に轟いていた。

 彼は禅宗と古武を極め、《金身不壊》の境地へ至った唯一の人物と伝えられる。


 第九龍衛は、その威圧と霊気の奔流を感じ取った。

 この負傷の身で敵う相手ではないと悟る。

 加えて《千里古寺》は中立の聖地――多くの国がその神聖を犯さぬ。


 彼は歯を噛み、無言で撤退の印を切ると、闇へと消えた。


 そのとき。

 籐籠の中の赤子――孫傲龍ソン・アオロンが、静かに目を開けた。

 漆黒の瞳が、不滅禅師を見上げる。


 老僧は歩み寄り、そっと赤子を抱き上げた。

 その目には慈悲が宿ると同時に、深い憂いが滲んでいた。


「龍よ……

 そなたは天火の炎の中で生まれ、龍滅の血によって護られた子。

 運命は定められている。

 二つの名《天火》と《金滅》を背負い、歩まねばならぬ。


 これよりそなたは、古寺の小僧として生きよ。

 生きること――それこそが、そなたの武道である。」


 老僧は赤子を抱きしめ、燃え盛る戦場に背を向けた。

 雨はやまず、雷鳴が遠くで唸る。

 やがて彼の足音だけが、静寂の山道に響き続けた。


 こうして――

 孫傲龍、すなわち《天龍》の再生は、静かに幕を開けたのであった。


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