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ブッキングというべきか二部制というべきか

 他部署に所属する同期、陸奥さんと廊下ですれ違った。

 

「お疲れ様です」

 

 声をかけると、「あ、お疲れ様」と返事をしてくれたものの、なんだか元気がない。とはいえ、同期なだけでさほど仲が良いわけでもないから聞くのもなぁ、と思っていたところ、腕を掴まれた。同性とはいえ突然の身体接触はビビる。

 

「ちょっと変な質問してもいい?」

「内容によりますね……」

 

 変な質問ってなんだ。っていうか陸奥さんて突然こんなことする人だったっけ。

 とりあえず廊下の真ん中は邪魔だからと、ランチの約束をしてその場は別れた。




 で、ランチです。

 

「週末にさ、友達と遊ぶ約束してたの。昼前に会ってランチして、買い物もしたわけ」

 

 ふむふむ。

 相槌をうちながらおこわを食む。白米も玄米もおこわも赤飯も、全て美味しくいただける派です。

 

「夕飯何食べ行く? って聞いたら、予定あるって言うの。そんなん決まってたんなら早く言えよって思わない?」

「あー……それって彼氏との約束が、って奴ですか?」

「それもあるけど、そうじゃない時もある」

 

 何度かブッキングされてるってことか。この言い振りだと同一人物に。

 相手がお子さんがいる人なら夕飯はなしでっていうのも分かるし、むしろ何時まで平気なのかとか会ってすぐに確認しちゃうけど。同居するパートナーがいる場合も同様。

 

「相手からすればブッキングのつもりはないんでしょうね」

「えぇ? その日遊ぼうって約束してるのに、別の予定入れるのありなの? 演劇の二部制じゃあるまいし」

 

 ランチいこーではなく、その日遊ぼうと誘ってのそれかー。

 

「陸奥さんとしては、前座扱いをされているみたいで不愉快だと」

「そりゃそうだよ。川野さんはありなの?」

「そういう人もいるのは知ってますが、価値観の相違という奴です。なお私は二部制ではありません」

 

 つまりは無い。

 仕事じゃあるまいし、交友関係で不必要な我慢はおかしいと思ってる。子供じゃないんだから無理に付き合う必要なんてない。働く人間の休暇は貴重だ。数時間のために相手を呼び出す相手と付き合う気は私にはない。

 そもそも、他に予定があるなら何時までしか遊べないとあらかじめ言っておいてくれればこちらもその心構えで動く。それをしないということは、言う必要がないと思ってるということだ。

 彼ら彼女らの言い分としては、"昼って言ったから夜は別の予定を入れた"、"体力がもたない"、"なんか合わないって思ったから"などのようだ。その考えが許されるなら、一日遊ぶと思ってた人の考えも許されるはずでは? でも一部には"そこまで言わないといけないの?"だとか、"何様なの?"と極端なことを言う人もいる。

 唐突に、やたら細かく注意事項が書かれた説明書などを思い出した。こんなことまで言わないと分からない奴いるの? と思ってしまうものもあるが、それは個々人の考え方によって必要なものであり、不必要なものなのだ。

 この人には何時から何時まで遊べますかと確認しなければ予定を入れられてしまうので注意しましょう、といったところか。

 とはいえ、私も仕事上は付き合いたくもない人と付き合った場合の延長戦はお断りしたいので、二部制の気持ちも分かる。仕事上ならばね。

 

 私が思うに、一日遊ぶつもりでいる人は、その人と遊ぶことを目的としていて、二部制の人はランチやらなんやらを目的としている。効率重視というか。だから根本的に合わない。平行線だ。混じり合うはずがない。

 後者のタイプといると、そんなつもりはないのだろうけれども、自分が相手に向ける気持ちと相手から自分に向けられる気持ちの天秤が釣り合わない。端的に言えば軽く扱われている気持ちに私はなる。だからそのテの人とは一切付き合わない。あちらからすればそうではないのだろうが、私には都合よく消費されてる感があって、嫌だから。

 こちらの気持ちを伝えたこともあったけど、自分は気にならないんだけど、と言われた。つまり嫌知らず。

 

 体力がーというなら、それは正当な理由なんだからそう言えばいい。体力には個人差があるんだから。それを伝えないのは、嫌われたくないだとか、誘われなくなって孤独になりたくない、といったところだろうか。安心してほしい。そういった事情を言わずに予定が、といってキャンセルしていれば遠からず嫌われて誘われなくなるから、自宅で好きなだけ体力を温存できますよ。もしくは同じ二部制の人とのみ付き合えばなんら問題はない。

 体力がないから夜には帰りたいと伝えているのに渋る相手なら、むしろ関係を切ったほうが良い。

 実にそれだけのことなのだ。

 

「私も切ったほうが良いのかなー。長い付き合いだったのになぁ」

 

 ぽつりと、寂しそうな顔でそう言った陸奥さんの気持ちは分かる。

 でも、何年も付き合った友人にそういったことを何度もされて、陸奥さんとしてはお互いの感情の天秤が釣り合わないことが限界のようだ。

 

「長い付き合いだからと胡座をかくのはどうかと思いますよ」

 

 長崎さんだったら、舐められてんねー、なんて言ったことだろう。でも本当にそう。何しても許してくれる、なんて思ってるんだろうけど、友人は友人であって、ママじゃないんだわ。

 

「せっかくなので、その相手との約束時は二部制を導入してみたらどうですか? それも、相手が悔しくなるぐらい贅沢な予定を入れるんですよ」

 

 二部制にする人はバイト、歯医者、美容院などを予定に入れたりするようだけど、それの意味するところを彼ら彼女らは分かっていない。暇つぶし、もしくは前座、その他雑事とあなたは同等ですよ、と言ってるのだ。当日に伝えるから余計にそう思わせる。あなたの気持ちは関係ない。反論されたくない。だから当日に言う。言えてしまう。

 無論自分の時間や気持ちが大切なのは分かる。だからといって相手を雑に扱っていい理由にはならない。本人達からすれば雑に扱っているつもりがないとしても、相手がそういう人じゃないと分かった時点で付き合い方を考えるべきで、合わなければ離れれば良い。でも二部制の人はそれをしない。自分に合わせろと、暗に言っているようなものなのだ。

 でもそれでも良いという人もいるのだから、相性という奴だ。

 

「悔しくなるくらいの贅沢ってなにそれ?」

 

 ふはっ、と陸奥さんが笑う。

 

「おまえも前座扱いの気持ちを味わえ、ってことです」

「さすが長崎さんの一番弟子」

「なんですかソレ」

 

 褒められている気がしない。

 

「ソフト長崎とも言われてるよ」

 

 やっぱり褒められてない。

 

「……今の話はなかったということで」

 

 立ち去ろうとしたら腕を掴まれた。

 

「わー! ごめん、貶してるとかじゃなくて褒めてるんだって!」

「全く嬉しくありませんし、なんならムカっとします」

「スミマセンでした……」

 

 陸奥さんがひたすら手を合わせて謝るので、今回はよしとする。不快であることを伝えても止めないなら、そういう人ということで。

 

「うーん、何すれば良いかなぁ、ちょっとすぐ思い付かないや」

「じゃあとりあえず、私の行きつけの小料理屋さんで夕食をご一緒しませんか。同期同士、色々積もる話もあるかもしれません」

 

 陸奥さんがパッと笑顔になる。

 

「小料理屋さんって敷居が高くて行ったことなかったの! 行ってみたい!」

「もし一日遊ぶ流れになったらそれはそれで気にしないでいいですよ。私は一人で飲める口なので」


 そうなった際に真面目な陸奥さんが罪悪感を覚えることがないよう、そう伝えると分かった、と頷いた。

 それから数日して、噂のお相手から誘われたと陸奥さんから連絡が来た。

 いつも一人で飲みに行ってるので、陸奥さんが来なくてもなんら問題ない。







「お待たせ!」

 

 走って来たのか、笑顔の陸奥さんが目の前に。

 

「やっぱり二部制でしたか?」

「ううん、今日は一緒にいるつもりだったみたいで、私が帰ろうとしたら文句言ってきたの! 頭にきて、いつもそうだからこっちも別の予定入れただけなのに文句言われる筋合いはない! って言い返したらぽかんとしてた!」

 

 一番駄目なパターン、コイツになら何やっても良い、だったかー。そんな人間に陸奥さんは勿体ないかな。

 

「川野さんオススメのお店楽しみー!」

「良いお店ですよ」

「通いたくなったらどうしよう!」

「通えばいいのでは?」

 

 陸奥さんは一瞬驚いた顔をして、笑顔になった。

 

「そうする!」

 

 とはいえ、本当に通うようになるとは思わなかったけれども。

 

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