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自分で言うんだ?〈後編〉

 さて、長崎さんからロクでもないワードを聞かされてしまったけれども、私の基本スタンスは変わらない。専務だろうが常務だろうが社長だろうが、私には関係ない。

 にもかかわらず、フラグが立ってしまったようだ。誰が立てたかはこの際問うても仕方がない。

 

「川野さん、ランチ行かない?」

「ご遠慮します」

 

 毎日Bさんにランチに誘われるようになり、当然断る。

 

「ちょっと、付き合い悪くない? 同僚なんだから歩み寄り必要でしょ?」

「歩み寄り?」

「歩み寄りってのはさ、初対面からマウンティングした人間が使って良い言葉じゃないと思うなぁ」

 

 長崎さん登場。どうせ来るならもっと早くに来てほしい。

 

「そ、そうかもしれないけど、今からだって遅くないでしょ!?」


 一聞、正論。

 

「確かにね。でも人間関係って、一人で構築できないわけじゃない? 最初にやらかした側が同じ目線なのもおかしいし、まずは謝罪じゃないの?」


 「謝罪?」とBさんが若干口元を引き攣らせながら聞き返す。

 

「ずっと失礼なこと言って、マウンティングしまくって不快にさせてたのに、ちょっとランチ行ったり優しく接したら相手が感動して受け入れるとでも思ってる? 大丈夫? そういう上っ面の言葉やプレゼントで落ちんのゲームだけなんだけど、現実リアルに生きてる?」

 

 Bさんは顔を赤くしたり青くしたりした挙句逃走した。

 

「相変わらず辛辣ですね」

「ありがとっ」

「褒めてませんよ」

 

 何かしらやらかしたから、常務から長崎さんに依頼らしきものがあったんだろうけど、だからといって長崎さんがBさんを破壊していいという理由にもならない気がする。

 

「八人だよ」

 

 私の思考をしっかり把握している長崎さんは、私が考えていたことが分かったのだろう。

 

「それはまた随分、被害が多いですね」

「これ以上被害者を増やしたくない、ってことらしいんだけどさ、それでうちの部署が被害に遭うのはおかしいじゃない?」

 

 ごもっとも。

 長崎さんとは思えない真っ当な感性にやや驚き。

 

「だからまぁ、部内には今日明日にでも根回しするらしいんだけど、こんなのただの組織虐めだよねー」

 

 おや、長崎さんらしからぬ……。

 

「中の人変わりました?」

「奈津のその直球好きだよ」

「どうも?」


 このまま立ち話もなんだからということで、長崎さんとランチに行く。

 

「ブリリアントジャークとしてはさ」

「なんですか、そのブリリアントジャークというのは」

「目の前の便利なもので調べたまえ」

 

 確かに、と思ってスマホで検索する。 

 "高い能力を持ちながら、人間性や協調性に欠けている人物を指す言葉です。具体的には、仕事はできるが、態度が横柄だったり、無神経な言動をしたりするなど、周囲を不快にさせる人物のこと"

 

 なるほど、長崎さんのことか。

 

「長崎さんの良いところは、自分を正しく認識していることですよね」


 あっはっは、と長崎さんが笑う。

 

「これでも使い分けているけどねー」

「そうですね、それが厄介です」

 

 ほうれん草のおひたしを口にする。程よいシャキシャキ感がありつつ、味もしみていて美味しい。ひじきと人参、油揚げの煮物もまたたまらない。

 

「今回のは蠱毒でさ」


 蠱毒が話題として定期的に上がるってどんな日常なんだ。

 

「Bさんをなんとかしたい。あわよくば私も何とかしたい、っていうのが透けて見えんのよ」

 

 長崎さんにしてはロックオンしてる割に行動がまばらで、雑で、時間がかかってると思ったのはそういうことか。

 

「もし何とかされちゃったらどうするんです?」

「どうもしないよー、辞めるだけ」

 

 実際どうもしないし、すっきり会社を辞めていくんだろう、長崎さんなら。それだけの実力をもってるし。

 

「そうなったら私も辞めるので、怪しそうになったら教えてください。転職活動始めます」

「えっ、ちょっと奈津ー! 可愛いこと言うね! どしたの! 奢ろうか?」

 

 きゃっきゃっとはしゃぐ長崎さん。喜んでくれてなによりですが、別に長崎さんを慕ってるわけじゃない。

 

「奢ってもらえるならありがたく。ただ、そんなことを平気でやる会社にいても未来がなさそうですし」

 

 不快感と不信感だけが着実に蓄積されていくだろう。

 

「今日は奈津のデレが見れて楽しかったから奢ってあげるわー。お礼はコーヒーでいいよー」

 

 そう言って伝票を持って長崎さんは先に席を立った。その瞬間、ちらりと私達の後ろの席を目をやった。見ると小さくなって座ってるBさんがいた。あぁ、やっぱり分かってやってたか。長崎さんは意地が悪い、本当に。

 

「Bさん」

 

 声をかけるとBさんが肩をびくりとさせた。

 

「もしまだ退職の意思もなく、目にもの見せたいと思うなら、キャラ変をオススメします」

「きゃ、キャラ変?」

「ここではなんなので、コーヒーを一緒に買いに行きましょう」

 

 提案ではない。

 Bさんは頷くとお会計を済ませて私と一緒にコーヒーショップに向かった。

 

「そのキャラ、作り物ですよね?」

「えっ?」

「違和感があったんですよ、最初から」

 

 本当に自サバなら、言わないだろうという言葉や反応。

 

「Bさん、ご自身のことサバサバ系だからとおっしゃってましたが、本物なら"系"なんて付けないと思ったんですよ。それに時折素が出てましたし」


 物凄く大きなため息を吐くと、Bさんが泣き笑いの表情で「全部お見通しだったんですね」と言った。

 

 そこから語られたのは壮大──ではない、ありきたりな没個性の女性が何とか自分の存在を認めてもらいたくて、自サバを演じていたという、痛々しい話だった。

 

「被害者の数は八人と聞いてますが」

「えぇっ!? そんなわけないです!」

 

 だよなぁ。さすがに八人は盛りすぎだと思った。

 

「でも、多くの人を不快にさせてしまったのは事実なんで、なんのお詫びにもならないですけど、辞めようと思います」

「転職先に当ては?」

 

 首を横に振るBさん。

 

「長崎さんのアレは良く言えば個性です。没個性は悪く取られがちですが、誰も彼もが個性的だったら世の中ギスギスしまくるんです」

「川野さん……」

「かくいう私も没個性です」

「いや、川野さんは没個性とは……」

 

 即否定された。

 

「長崎さんのことなので、何か考えてますから、少し様子見しましょう。ランチは明日からご一緒するということで」

「え、いいんですか?」

 

 予想外だったのだろう。Bさんの目がまん丸だ。これが本来の彼女なのだろうなと思う。 

 

「ほのかさんもたまに参加すると思います。ほのかさんにもお話ししても?」

 

 激しく頷くBさん。




 長崎さんの分にと買って帰ったコーヒーを渡しにいくと、にやりと笑われた。


「首尾は上々のようだねぇ。いやぁ、奈津は本当優秀で助かるわー」

「長崎さんの手の平の上で踊らされるのは好きじゃありませんが、今回は助力します。ほのかさん達にも」

「助かるー」

「ランチ一週間奢りですよ」


 にっと笑うと、「良いよ、それぐらい。精々吠え面かかせたいし」と、語尾にハートが付きそうな反応だった。

 

 上にいけばいくほど、自分がなんでも思いどおりにできるような万能感があるんだろうけど、残念ながらそんなに世の中上手くいかない。手っ取り早いところでいうなら、部下は自分との飲み会で楽しそうにしているかでもわかる。本当に慕われてたら、部下から誘われるんだよね。誘われないってことがその答えだってすぐ分かるだろうに。

 

 ほのかさんに事情を説明したところ、素早く女性陣に連携を取ってくれた。男性のほうは放置でいいかな。

 本当の自サバって異性にもガンガン突っ込んで行って、私女に見られないんだよねー、と言いながら女ムーブするものだ。でもBさんは男性陣に一切近付かない。それも違和感の一つ。

 自サバは、それを売りにして同性にマウントし、異性の中に入り込むのが大好きだから。

 

 その日の夕方、上司がBさんを除く女性陣を集めていかにもな説明をしたけど、上層部の汚いやり方を既に耳にしていた彼女達は白けた顔をしていた。感謝や安堵の反応を期待していたであろう上司は肩透かしを食らって戸惑った顔をしていた。

 残念、貴方より長崎さんのほうが人望がある。問題が起きてもなぁなぁで済まそうとしたり、対応してくれない会社上層部と、実際行動を起こして助けてくれる長崎さんじゃ信用度が違う。







「Bさん、結局辞めちゃうの勿体無いですよね」

 

 行きつけの小料理屋さんに三人で飲みに来た。

 あの後、ランチやらなんやらで一緒に過ごすBさんは、毒気のカケラもなく、女性陣とも上手くやっていた。

 

「彼女なかなかの資格持ちだったから、知り合いの会社に事情と合わせて紹介しておいたからへーきへーき」

「同業他社に優秀な人材を取られて、うちの会社は損失ですね」


 長崎さんには及ばないものの、Bさんは案件をきちんとこなしていた。不器用だからマルチで進めるのは苦手なんです、と困った顔をしていたけど。

 

「被害者八人って、嘘ですよね?」

「本当だよ」

 

 笑う長崎さん。

 

「常務の娘による被害者、八人」

 

 あー、そっち……。

 

「それを体良く押し付けられようとしてたってわけ」

「うっわ、えげつなぁ……」

「これからはBさんの所為にもできないだろうけど、被害者は生まれるだろうからねぇ、私も絡めて処分したかっただろうけどそれも失敗」

 

 ケケケ、と長崎さんが笑う。人ってケケケって笑えるんだ……。

 

「これからの常務パパの暗躍に、乞うご期待」


 Bさんは交友関係が狭く、いや、狭いというより友達が一人もいないのだそうだ。虐めにこそ遭ってなかったけど、当たり障りのない表面的な人間関係のみで、大学卒業後、友人だと思っていた子達に連絡をしても誘いを断られていったそうな。

 それで会社で友達を作ろうと決意したものの、どうすればいいのか分からない。これまでと同じじゃ駄目だと思った時に、近付いてきたのが常務の娘。友情に飢えていたBさんは常務の娘に良いように操られたという。自サバを自称するようになったのもその頃。

 悪辣な常務の娘は自サバのBさんに虐められてるということにして、ヒロインやってたらしくって。ただまぁ、色んな意味でやりすぎた。

 このままではいけないとBさんは飛ばされてきたと。あわよくば面倒な存在の長崎さんと相打ちしてくれないかと期待されて。

 人事部というか、常務達の愚かなところは、常務の娘の本性を知らないことだ。

 新しい操り人形を作るかもしれないけど、さすがに次は上手くいかないと思う。長崎さんが情報漏らしてたし。

 

「会社への信用なくしますよね、こんなことがあると」 

「新しい会社でも起こしちゃう? 奈津はリーダーね!」

「何故私も一緒に行くことになってるんですか……」

「あっ、それなら私もー!」

「ほのかさんまで」

 

 自分が考えるほど人は自分を見てくれないし、知ろうともしてくれない。没個性だろうとなんだろうと、会社での人間関係なんてそんなもの。オトモダチは公私ともにできにくいものだ。できたら良いなぐらいの気持ちでいないと潰れる。 

 願わくばBさんが新しい環境で幸せに過ごせますように。

 ……と、新しく登録した連絡先の名前を見て思う。

 

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