自分で言うんだ?〈前編〉
たまに聞くワードだけど、実際聞いたことはなかった、自称サバサバ系。略して自サバ。
不自然な時期に異動してきたBさんは、歓迎ランチで開口一番にそう言った。「私、サバサバ系だから」と。系ってなんだ。サバサバに系統なんかあるのか。
そっと長崎さんを見る。……既に楽しそう。長崎さんを挟んで反対側に座るほのかさんも長崎さんを見て、薄笑いしていた。笑ってるけど笑ってないな。
女の勘という言葉があるけど、あれは第六感ではなく、経験値によるものだと個人的には思ってる。その私の女の勘がいっている。Bさんは面倒くさいことになりそうだけど、それ以上に長崎さんが面倒なことをしそう。
軽いジャブ打ちどころではない先制パンチで、歓迎ランチは大変冷え切った空気となった。それに全く気付いてない点は、サバサバというより天然なのではないかと思えてしまうBさん。
私の願いはただ一つ。長崎さんの間合いに入ってくれるな、それだけ。
「いやー、変な時期に異動してきたから、ちょっと警戒してたんですけど、思った以上でびっくりですよ」
職場に向かう道すがら、隣を歩くほのかさんが小声で話しかけてきた。
「全くもって同感。人事もわざと送り込んで来てるんじゃあるまいな、って思いました」
毒には毒を、って奴。
それはエイリアンvsプレデターみたいなもので、被害者は周囲にいた人間だった記憶。っていうかなんでそんなところにいるんだ人間(視聴してない)。
「蠱毒じゃないんですから勘弁してくださいよー」
「大丈夫。最強の毒は長崎さんなので」
あれ以上の毒はない、たぶん。
「それって大丈夫っていうんですか?」
「巻き込まれなければ、被害者はBさんだけで済むはずですね」
「でも自サバって巻き込んでくるっていうか、呼んでないのに突っ込んできて被害者ムーブかますイメージです」
「確かに」
なぁんて話をしていたら、本当にやって来たよ、自サバBさん。
「あ、私のこと話してるんでしょ? 私ハッキリ言うタイプだから、すぐそうやって言われるのよねぇ」
「うっわ、自意識過剰ー!」
長崎さんも来ちゃった。早かった、秒で平和が消滅した。
思いがけない反応にBさんが若干引き攣った表情になる。
「そうですね、Bさんのことを話題にしてました」
「ほら、やっぱり」
こうなったら面倒な奴と思ってもらおう。
「自分をサバサバ系って言う人、本当にいるんですねって話してました」
Bさんが固まる。
「サバサバ系の系ってなんですか?」
「え……っ?」
私の質問に答えられないBさんを見て、長崎さんがにやにやしてる。さすが長崎さん、意地が悪い。
「さておき、これからよろしくお願いします」
「よろしくお願いしまーす」
ほのかさんも笑顔で返す。
これで絡みづらいと認識されたことだろうし、長崎さんの間合いから逃れよう。
絡みづらい奴と正しく認識してもらえたと思っていたのに、ほのかさんと話していたらBさんがやって来た。
「女子ってホント集まって話すの好きだよねー」
なら何故来た。
着任からわずか二週間で女性社員から煙たがられるようになったBさん。複数人でいると突撃してくるから皆集まらなくなって、Teamsのチャットでのやりとりが主流になってるらしい。私や長崎さん、ほのかさんは気にしていなかったら来られてしまった。本能が察知したのか、この前のがあったからなのか、Bさんは長崎さんに近付かない。だから皆、長崎さんには話しかける。そしてそこには突撃して来ない。
「業務連絡やコミュニケーションまでその括りにするのは主語が大きいですし、性別でどうこうという発言はジェンダーハラスメントに該当しそうなので、ご注意いただいたほうがいいかと」
「そうやってなんでもハラスメントって言うのも女子が」
「Bさんのそれはアンコンシャスバイアスもありそうですね」
被せ気味に発言して止める。
ぷはっ、と吹き出す音が聞こえて、見たら長崎さん。
やばいやばい。長崎さんの間合いに入ってしまう。
「では、ほのかさん、こちらの作業は先程説明した通りにご対応お願いします」
「分かりました」
長崎さんとBさんに、では、と声かけしてから席に戻る。
即座にほのかさんからチャットがきた。
『さっきの笑いそうでした』
『笑うところありました?』
『長崎さんも笑ってたじゃないですか! 先輩、Bさんに対して容赦ないんですもん』
『長崎さんの間合いに入りたくなかったので』
『間合いって何ですか笑』
面倒ごとはごめんなので、はっきりとした態度で望んでいるし、なんなら面倒な奴と思われて結構。良い人には二パターンあって、(性格が)良い人と、(便利で使い勝手が)良い人がある。後者と認識されると平気で搾取してくるからロクなことがない。特に職場なんて生活費を稼ぐための場であって、ボランティアに来ているわけではないんだから、利用されたくない。何かあると助け合いだと思ってとか、女性のほうが色々と気が利くでしょ、なんて言って面倒ごとを押し付けてくる上司のようなやり甲斐搾取かつジェンハラな奴には特に強く出ておきたいところ。マネジメントはおまえの仕事で、頼んだのならそれは職務になるんだから正しく評価しろ、って言ってる(言葉は選んでるけど)。
『長崎さんはもうBさんをロックオンしてると思うので、巻き込まれるのは嫌なんですよ』
『それはそうなんですけど、もう遅いかもですよ』
ほのかさん、なんかフラグ立ちそうだからやめて。
「川野さん、◯◯の案件なんだけど」
Bさんが私の元にやって来た。
「はい、◯◯案件ですか?」
「あれの進捗上がってないんだけど」
私の担当じゃないものについて進捗と言われても?
「私の担当ではありません、Bさんですよね?」
やれやれと言わんばかりに肩を竦めるBさん。ちょっとイラッとした。
「お願いねって頼んだの忘れた? 私だから良いけど、他の人だったら問題になるよ?」
「上長の許可なく案件の担当を移すことは禁止されてるから、◯◯案件はBさんが担当のままだよ」
……やはり長崎さんから逃げ切るのは無理だったか。最近長崎さん暴れて(?)ないからフラストレーション溜まってる気はしてた。
「え? 前の部署では……」
突然湧いた長崎さんに戸惑うBさん。それはそれとして、こんなやりかたじゃ距離置かれるどころじゃないだろうな。普通に嫌われる。情報収集せんでも分かる。
「よそはよそ、うちはうちって奴だよ。初日に説明されてるはずだよね? 新人じゃないんだからしっかりキャッチアップしないとね、バリキャリサバサバさん?」
長崎さんが煽る。Bさん、今すぐ心を入れ替えてキャラ変することをオススメする。
「なんなんですかっ、失礼じゃありません!?」
「どこが?」
カッとなって言い返すBさんに、笑顔の長崎さん。
キャラ変はまぁ、無理だよね、分かってたけど。
「サバサバは自分で言った言葉だし、バリキャリは貶し言葉じゃないよ? 部署が変わったなら新環境でのルールに素早く順応するように努めない?」
一歩前へ出て近付く長崎さんに、Bさんが嫌そうな顔をする。
「そんなわけだから、◯◯案件はBさんが担当のまま。こんなところで油売ってないで頑張らないとねー」
脱兎の如く去って行くBさんを尻目に、長崎さんが私の前にやって来てニヤニヤする。
「ありがとうございます」
「アレ? 素直にお礼言われた」
「私はいつも素直です」
「言い返したいところを奪ったのに?」
「誰が言っても構いませんよ」
好んで敵を作りたい長崎さんじゃあるまいし。
「つまんないなぁ」
馬鹿なことを言ってないで仕事しろと言いたいところだけど、長崎さんは常にうちの部署での営業トップ。意地は悪いけど仕事は出来る人なんです。
「今回はいつもより前のめりですけど、理由があるんですか? 琴線に触れました?」
普通なら逆鱗なんだけど、長崎さんの場合は琴線で合ってる。
「常務直々にねー」
「なるほど、遠慮なくやれて良かったですね」
「君も遠慮がないねぇ」
まさかの常務。




