食い尽くし系夫への鬼畜の処罰
鬼畜キャラが登場し、益々混沌とした話になります。
お覚悟を。
「あああぁ、もうっ!! 聞いてくださいよ、先輩!」
叫びと共に現れたのは後輩のほのかさん。興味津々の顔で近付いてきたのは先輩の長崎さん。
「どうしたの?」
洋鵡や九官鳥よろしく、スリーワードで反応し、ストレスという名の毒素を速やかに排出してもらう、これに尽きる。今の彼女に必要なのはタイミング良く合いの手を入れつつ話を聞くことだ。決してアドバイスなんて求めてない。
「旦那がまた作り置きを食い尽くしたんですよ! しかも野菜だけ残したり、ほんの一口だけ残すんです! もっともらしく『ほのかの分を残しておいたよ』とか『ほのか野菜好きだったろ』とか言ってんですけど、肉が好きで、洗い物もしたくないからちょっとだけ残してんのが見え見えなんですよ!!」
「シンプルにゴミ」
息を吐くように長崎先輩が毒を吐く。
とはいえ同感だ。百歩ゆずって自分で作ったものならまだしも、人が作ってくれたものを食らい尽くしたり、好きな具材だけ食べるとか、普通に最低な行為としか言いようがない。それらしいことを言えてると思ってるなら馬鹿としか。
「私が文句言うと、また作ればいいじゃんとか言うんですよ!? おまえが作れや!!」
「うん、有罪」
「開き直りすぎだね」
作ったことのない奴に限ってかっるーく言うんだよね、また買いに行けばいいじゃんとか、また作ればいいじゃんとか。時間と気力は戻ってこない上に怒りが追加され、自分への愛情が減っていることに気付いていない。その程度でオレへの愛が減るなんておまえの愛情なんてその程度なんだと言う奴もいるとか?
その言葉そっくりお返ししたいと思う人は多いだろう。愛する妻が手間暇かけて作った料理を好きな具材だけ食い尽くすことに何の罪悪感もないんだ、へーっ、と言われて絶対零度の視線に凍てついておけ。
昨今話題の食い尽くし系であることが、結婚後に発覚するパターンを耳にする機会が増えた。そんなの付き合う前に分かっただろとか言う奴いるけど、おまえはいつも社会生活において本音や本性顕にして生きているのかと言いたい。本音と建前なんて言葉がある通り、隠しているだろうし、釣った魚に餌をやらないなんて言葉もあるくらいだ。なんとか隠しとおして、結婚後ならもう別れられないだろうと高を括って本性出してくるわけだ。
ただ最近は離婚も珍しくないから、そういう奴は遅かれ早かれ捨てられるのが多いみたいだけど。でも被害に遭う人からすれば、そうなる前に知りたいよね。
「頭にきて、野菜と生肉だけ冷蔵庫に入れておいたんですよ!」
「ふむふむ」
彼女なりに色々と試しているようだ。ただそれだと作り置きができなくて毎回作ることになるから大変だとは思う。確かほのかさんの旦那は食べる専門だからと開き直っていた気がする。
「そうしたらカップラーメンとかお菓子買って来て、しかも食べたらそのまんまなんです!」
「離婚一択」
「清々しいほどに残念な人ですね」
「やっぱり子供できる前に離婚ですかね?」
さっきまでの勢いは何処へやら、力なく答えるほのかさん。好きで結婚したのだから本当なら離婚なんてしたくないだろう。
「やることやっても駄目なら離婚すれば?」
自他共に認めるドSの長崎さんは、やられたらやり返すし、やられる気配を察知してもやる、どちらにしろ、やる。
「なにをやればいいですかね」
「そんなに食べたいなら好きなだけ、たっぷりと食べさせてあげるといいよ」
そう言ってにやりと笑う長崎さんはどの角度から見ても悪者だが、こういうことに関しては頼りになる。
長崎さんの案は三段構え。
まず抹茶大福六個入りを冷蔵庫に入れておく。全部食べないまでも、五個ぐらい食べるだろう。それを責めても一つは取っておいたとほざくに違いない。食べたいならまた買ってくればと言ってくれたらなおいい、と。
次に苺大福で有名なとある和菓子屋さんに、特注でわさびたっぷり大福をオーダーする。前回食べられなかったのを食べるために買い直したんだと食い尽くし旦那は思って、また遠慮なく食べるだろう。これは軽くジャブ打ち。
最後に……。
長崎さんの最後の案にはさすがに絶句した。ほのかさんも。衝撃受けつつ、それは可能なのだろうかと。さすがにバレるんじゃないかな。
「バレたとしてもなんらやましいことはないんだから大丈夫よ!」
やましさはないけど、上手くいったらどん引きする自信がある。
長崎さんの鬼の提案から大体一ヶ月後、出社早々にほのかさんから呼び出しを受けた。報告会だ。
ミーティングルームで長崎さんと大人しく着席してほのかさんを待つ。
「どうなったかなー」
「……顔が緩みすぎです、長崎さん」
「こんな楽しいこと滅多にないからね。要するに食い尽くし系ってのはマウンティングなわけ。コイツには何やってもいい、コイツで憂さを晴らせば良い、そういった心理が表層だろうが深層だろうがある。ガッチガチムッキムキのイカつい人や上司には絶対やらない。それが答え。人としてね、理性がもっと働くようにしてあげるのも愛情だよ」
語尾にハートが付きそうだけど、でもあれは……。
ノック音の後にほのかさんがミーティングルームに入ってきた。
「お待たせしてすみません!」
「いいから座って座って。それでどうだった?」
長崎さんに促されて着席したほのかさんは、耐えきれないといった顔で笑い出した。
「第一弾の抹茶大福、アイツ全部食べたんです。絶対残しておいてよ! って念押しすれば食い尽くして、次回頼んだ時にも食い尽くしにくるだろうと思って!」
「なるほど、それは良い誘導」
食い尽くし系とは、心理戦なのか……?
「数日おいてからわさび入り大福を置いて、軽くシャワー浴びてくるって言ったんです。リビング出る前に、絶対に食べないで、と言っておいて」
「素晴らしい!」
「そうしたらリビングからうわーっ! って叫び声が聞こえてきて! シャワー浴びながら笑っちゃいましたよ」
前回食べ尽くしたのも引くのに、絶対食べるなと言われた今回のにまで手を出すとか、心の病気としか思えない。
「タオル巻いてお風呂から出てリビングに行ったらアイツ泣いてて!」
わさび苦手なのかと思ったら、「私がお風呂から上がる前に食い尽くしたかったんでしょうね、二個ともなくなってました!」とほのかさんが笑顔で言う。
なるほど、わさび入り大福二個を一気に頬張ったんだ……。
長崎さんは隣で豪快に笑ってる。
「お風呂から上がったら、キレてるんですよ。なんであんなの買ってくるんだ! って」
「食べるなって言っておいたのにねぇ。日本語も通じなくなっちゃって残念」
これほど残念という言葉と無縁な響きがあっただろうか。
「わさび入りだと分かってたら食べなかったとか斜め上なこと言ってくるし。怒らないといけないのに、笑うのを堪えるのに必死でした。自分でも性格悪って思いましたけど、すっきりしました!」
「いい展開。さぁ、トドメの話を聞かせて!」
これで終わらないのが長崎さん。
「わさび入り大福に腹をたてたのか、嗅覚が狂ったのか、アイツ食べましたよ、犬用ウェットフードを!!」
長崎さんがSNSで見かけたという奴を実行した。
犬用のウェットフードを一回分ずつに切り分けてタッパーに入れていたのを、食い尽くし夫が全て食べた上、味付けが薄いと文句を言ったというものだ。しかもその夫、パテドカンパーニュを知っているにも関わらず、犬用のウェットフードを食べた。投稿主である妻は当然驚き、これは犬用だと伝えたらしい。ショックを受けた食い尽くし夫はそれ以降冷蔵庫の中の物を勝手に食い尽くすことは止めたようだけど、テーブルの上にあるものは相変わらず食い尽くしているようで、離婚待ったなし感がすごい。
それを今回ほのかさんにもやってもらった。きちんとタッパーの蓋に『犬用』と書いたマスキングテープを貼ったし、ほのかさんには愛犬がいる。年を取って食が細くなってきた愛犬に、ウェットフードをと考えてもなんら不思議じゃない。
とは言え食べないだろうと思っていた。私もほのかさんも。さすがににおいで分かるだろうと。蓋にも『犬用』と書かれているんだから。いや、食べないでほしかった。
……でも、食べちゃったのかぁ……。
笑いすぎておなかが痛いのか、長崎さんはおなかを抱えている。笑うところじゃない、引くところだと思う。
「犬用だって言ったらガチ切れしてきて、それから私のこと無視ですよ」
もう色々と引っ込みつかなくなってるのかもしれないけど、自業自得すぎてなんと言っていいものやら。
だってまず、食い尽くさなければよかっただけなんだから。抹茶大福も、わさび入り大福も、食い尽くしてやろうとしなければここまでのダメージも受けなかったはず。タッパーの蓋にも『犬用』と書いてある。フォローできる要素がない。
「なんか色々すっきりしたので、離婚することにしました」
「急展開ですね」
「結婚生活なんて思いやりないとやってけないでしょー」
思いやりという言葉がここまで似合わない人も珍しい、と長崎さんを見ていると思う。攻撃性で構成されているような人の言う思いやり。
「犬用ってフォントサイズ60ptぐらいの大きさで書いておいたのに食べちゃうんですよ? 子供産まれたら離乳食も食べちゃうと思うんです」
フォントサイズ60pt……それは見落とせる大きさじゃない。これは確かに離婚したほうがほのかさんにとって良いと思う。バツは付くとしても、夕飯だけだとしても毎日毎日イライラさせられて、まともな食事も食べられず、子供の食事すら奪われる可能性がある。それは幸せな結婚生活とは程遠い。
「で、宣告したの?」
「いえ、今朝ドヤ顔で記入済みの離婚届を渡してきたんですよ」
あー、謝らせたくて脅してきたのか。どうしてこう、悪手ばかりうってくるのか。
「なので朝イチで役所に出してきました!」
「仕事早い!」
割れんばかりに長崎さんが拍手する。長崎さんはほのかさんを離婚させたいのではなく、ほのかさんの旦那のような人間が大嫌いなだけだ。
「自業自得の化身みたいな人ですが、よく結婚までそんな大きな猫被っていられましたね」
「完璧な人間なんているわけないし、見抜けるわけない。それに環境によっても人は変わる。それをなんで見抜けないんだとか言う人間はまともに人と付き合ってないか真理眼の持ち主なんじゃないのー?」
それにしても、結婚半年で離婚。食い尽くしが理由。若干モラハラも最後チラつかせてたから、戦略的撤退ということで。
「午後半いただいたので、大急ぎで実家帰ります! 私が反省して早く帰ってきてほしいと心細い思いをしてるとか思ってると思うんで」
ほのかさんは昔からこうだ。きっぱりさっぱりしてる。異性というか、パートナーに対して甘い部分もあっただろうけど。アイツはオレに惚れてるから、なんていう願望ありきの自信は持たないほうがいいと思う。
「そんなわけなので、これからもよろしくお願いします、先輩!」
「こちらこそ」
「よぉし、慌てた元旦那をどうとっちめるか考えちゃおっかなー!」
「仕事もしてくださいね、長崎さん」
止めはしないけど、本業は疎かにしてはいけない。
後日、本当に離婚届を提出されたほのかさんの元旦那が不服を申し立てたようだけど、それまでの行動、脅しに離婚届を使用したこと、自筆の離婚届と揃っているため、負け確しかなかった。
しばらくほのかさんにつきまとっていたけど、残念、ほのかさんは合気道有段者だ。なんとまぁ都合のよい段持ち。
くだらないマウンティングから人生の伴侶を失うのは、損失でしかないなと思った。
どこからそのコネをと思ったけど、長崎さんが元旦那の会社でのその後を調べてきて、離婚理由について話したようだったけど、誰にも理解されないどころか自業自得だと言われたらしい。なお、パテドカンパーニュについては出されたとは言ったみたいだけど、食べたとは言ってなかったとかなんとか。さすがに羞恥心はあったようだ。次のお相手にはしないようにね、食い尽くし。
そして今日も、行きつけのお店でお酒を飲む。
お酒が美味しい。あぁ、新じゃがの煮物がしみる。春の山菜もそろそろ終わりだということで、天ぷら祭りも来年までさようなら。