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試金石からの特級呪物

 有り体に言えば試金石。

 別にサイゼリアは好きだから良いのだけれど、サイゼリアを嫌がる女は駄目、という試し行為をされるのが純粋に不愉快だし、サイゼリアの企業努力をバカにしているように思えるのも嫌だ。

 

「分かってないよねぇ、3ナイ男にはこっちだって用はないっていうのにさ」


 目の前で飲みながら文句を言っているのは、幼馴染みのキヨカ。その試し行為をされた私自身はもうどうでも良くなっていて、苛立ちはない。

 目の前に並ぶ小料理に季節を感じる。タケノコの土佐煮、フキノトウ味噌、そら豆の白和え。馴染みのお店での美味しい料理は私を容易く日常に戻してくれる。

 

「キヨカのその3ナイ男ひさびさ聞いた」

 

 キヨカには二人の姉がいて、その姉達が散々口にしていたのが、3ナイ男。所謂『暴力しない』『ギャンブルしない』『借金しない』というものではない。浮気は論外なのでそもそもここに追加しないらしい。キヨカ姉妹の言う3ナイ男とは、恋人や伴侶に対して『気を遣わない』『金を使わない』『時間を使わない』ニンゲンとは即別れるべき、というもの。それは自分が相手にとってそうであっても同じで、振られて当然とのことだから筋は通っている、のかな。

 

「初回デートにサイゼ選んで怒る女を嫌う男がいるように、女側も自分との時間にお金も気も遣おうとしない男との未来は望まないってことがなんで分かんないかなぁ。もしそこで男側が初回サイゼで文句を言わなかったから『合格』だと思ってんのなら、それは間違いだよね。男は恋愛対象外の存在に自らなってるだけなのに、そっから本気出されても相手にするわけないじゃん」

 

 絶対にいないとは言えないだろうけれど、そうなりがち。価値観の相違なので、引きずらずに次に行くのが双方にとって最適解。

 私は今回サイゼリアでの食事後、割り勘分を支払ったら「君、合格」と良い笑顔で言われた。さすがにここまで露骨な言動をとられたのは初めてで、「不合格で結構ですので、今後のお付き合いはご遠慮します」と言って帰って来た。

 

「まぁ、中には奢ってもらうだけで付き合うつもりもない女性もいるから、男性側も警戒するんだと思うよ」

 

 ◯区女子だっけ?

 そういえばやたら『女子』という単語につっかかる人達もいるらしい。その年で、ということのようだけど、心の中だけで言っていればいいものを、わざわざ口にする輩は年をとらないのだろうか?

 単なる呼称の一つによくもまぁいちいち反応するものだ。それも自分ではなく他者に関するものに。もう、じょしと読まずにおなごとでも読めばいいのに。男子もおのこで。

 

「分からなくもないけどさぁ、それって主語デカすぎない? 全女がそんなワケないじゃん。そんな一部の駄目女のためにチャンス失くすとか、アホくない?」

「それはそうだろうけど、そういうニンゲンって行動力やら活動範囲が広いから被害者が複数いるし、この情報社会では予防線張るのは悪くないと思うよ。それに初回から自分出してくれてるんだから次回断りやすくなってむしろ良心的だと思う」

「出た、奈津なつの効率主義」

 

 別に効率は求めていないんだけれどね、面倒くさがりなだけで。

 お猪口に注いだ辛口の日本酒を飲む。美味しい。口当たりが良いから気を付けないと飲みすぎてしまいそうだ。フキノトウ味噌との相性がまた良い。もう少ししたら新じゃがの煮っころがしの季節になる。あの皮がまた良いんだよね。噛んだ時のパツッと裂ける皮の柔らかさと食感。中まで染み込んだじゃがいもの味と新じゃがならではの甘さ。

 

「奈津はないの? 基準」

「基準? ……あぁ、焼き肉には早い段階で行くかな。あとはケンタッキー」

「あー、なるほどね」


 焼き肉店で高い部位の肉ばかりを食べるようなら、今後もそういった自分本位が目につくだろうなと思う。たとえそれが自分が奢るんだから、という考えがあっても。焼き肉は美味しいものを分け合おうと双方が思えるかが分かりやすいと思っている。これは思い遣りと、最近よく話題にのぼる食い尽くし系かどうかが可視化しやすい(個人的に)

 それからケンタッキーのチキンは、手掴みで食べるものだから女性としては気をつかう。キレイに食べると思われたいという心理でもあり、勝手なイメージを壊すのにも役立つ。

 人というのは案外他者にイメージを抱きやすいものだと思う。先入観はよくないと思っていても、こういう人かな、と思ってしまう。

 最終的に結婚を望むのなら、外面は早々に脱いでおきたいし、剥がしたい。時間とお金を無駄に使いたくない。そんな無駄をするぐらいなら、一人で馴染みのお店で美味しい料理とお酒を楽しむほうが有意義というもの。結婚に至らずとも、友人として付き合えるかどうかも同じだと思っている。

 

 TPOは弁えるけれども、可愛く見られたいだとか、そういった類いのものはない。正しくは昔はあった。大学卒業後には流行り廃りもきっちり追いかけたし、甘めの化粧や服だって着た。いわゆる、男受けの良い女子を徹底的にやっていたのだ。良いダンナ様を見つけたくて。

 モテはした。彼氏は常にいた。けれど結婚に至らない。

 彼らの主張はこうだ。付き合うにはいいけど、結婚相手には堅実な女性が良い。コイツら、堅実な女性との結婚を望むくせに遊びはしたいのかと思うことが何度かあり、自分の努力が如何に無駄だったかを痛感した。

 

 私が至った結論は、結婚願望を捨てたほうが賢明、だった。そもそも恋人には可愛さを求め、結婚は堅実な女性を求める──この時点で駄目だ。遊びたいだけの言い訳にしか思えない。最初から堅実な女性を探しに行けばいいのに、若いうちは色々と経験しておいたほうがいいから、などと言うのだから片腹痛い。堅実な女性と結婚しても結局浮気するだろう、こんなことを平気で宣うニンゲンは。そうじゃない人もいるだろうけれど、探す手間を考えたらモチベがこう、ぽっきりと折れた。それからは交友関係を広げるために(不快に感じなければ)お付き合いには参加するものの、結婚相手は探していない。

 そんなわけだから、今回食事をした相手は交際相手としては勿論のこと、友人としても辞退申し上げた。そういえばはっきりと断ったから、何か怒りの言葉を発していたなぁ。選ぶ側だと自負していたら、格下から断られて神経を逆撫でされたと思ったのだろうな。こういう輩は一定数いる。つきあってやる、もらってやる、というのが隠しきれていなくて滲み出るどころかダダ漏れだ。

 自分にとって不要な言葉はシャットアウトできる優秀な耳を持っているのは、幸運だなといつも思う。

 

「とは言えさぁ、私もそろそろ焦ってるんだよねぇ」

 

 キヨカにしては珍しく弱気な発言。これはアレだ、彼女が大好きな祖母に何かあったな。

 

「おばあさん体調悪いの?」

「そうなの」

 

 目に見えて萎れるキヨカの、頭を撫でてあげたくなる。そういえば勝手に肩やら頭に触れてくる男性って頭おかしいと思う。触んなや、きしょ、としか思われないのに。

 

「もう電車内で、好みの男性いたら告ろうかな」

「自棄を通り越してるでしょう、それ。通り魔的に告らないで」

「だってさぁ、早く相手見つけて段階踏んで準備しないと結婚に至らないんだよ?」

 

 彼女の面白いところは、自棄になっているように見せて、即座に相手を求める必要さを結婚式から逆算して今しかないと考えるところだと思う。

 

「おばあさんの延命に9割注力して、残り1割で相手を探すほうが現実的だよ」

「分かってるけどさぁ……いないんだからしょーがないじゃん」

 

 祖母達年齢層は、結婚がそのまま幸福度とイコールであると教え込まれた世代だったりする。だからこそ悪気なくこの令和においても孫娘の真の幸福のために結婚を望むのだ。世代間ギャップ甚だしい。

 専業主婦でいられた世代とはいうのはバブル前後しかないと聞いている。それまでは男女ともに何かしらの職を持っていたというし、結婚だって男女ともに半数の人間がしていなかった。それが高度成長期に激変した。それだけのことなのだけれども、戦争経験者は子供達に辛い思いをさせたくないと肉体的にも精神的にも真綿に包んで育てる者が多かった。その結果その価値観が当然だとする世代が誕生した。

 

 専業主婦を否定するつもりはない。それは夫婦双方が同じ結論に達した結果ならば。けれどそれ以外の人間が夫婦の関係性、経済状況等に口出すのは不躾にも程がある。親子でも他人だ。自分とは違う人間なのだと認識すべきなのだが、多くの親は子供の幸福を望んでつい口を挟みたくなるもの。望まれて口にするのはいいけれど、そうでないならやめたほうがいい。嫌われること間違いない。

 親子ですら相性があるのに、婚族となっただけで支配可能と誤認するのは、精神が未熟であるとしか表現のしようがない。寂しい老後に期待していただきたい。

 

「いつも思うけど、祖母を幸せにしたいがために己の戸籍にバツを付けてもいいと思えるキヨカは凄いよ。おばあさんはこれほどまでに孫に愛されていることを知ったほうがいいね」

「うぅ……奈津ぅ……なんで男に生まれてきてくれなかったの」

 

 多様性やらLGBTQが叫ばれる昨今。だがしかし、キヨカの祖母が求める孫娘のお相手は異性だ。

 

「今は目の前の美味しいお酒と食事を楽しんで、明日からまた全力でキヨカ道を突き進んで」

 

 さぁさぁ、と彼女のグラスにビールを注ぐ。私は日本酒好きで彼女はビール好きだ。

 

「奈津ってさぁ、研究熱心じゃない?」

「研究はしたことないけど、読書はそれなりに好きだよ」

 

 本は好きだけれど、活字なら全てが愛おしいわけではない。中毒症状もないので、程々に好きだと言っている。読書とは大変広範囲な趣味なのだと思うようになってから、軽々しく言えなくなった。読書ぐらいしろよ、と簡単に口にする人がいるけれど、読書という言葉に対する認識が私とは違う。私にとって読書は宇宙のように広く、沼のように泥濘感があり、深いのだ。読書ぐらいしろ、と言うならおすすめの本の一つも出してくれたらと思う。読書習慣がない人でも読みやすいようなものを。なんでそこまで自分がしてやらなきゃならないんだと言うなら、まず人の趣味にケチをつけた自分を顧みてほしい。まずスタートはそこからだったはずだ。

 

「男が女に暴力を振るうのって、なんでだか知ってる?」


 これはまた随分と尖った質問がきた。

 

「私が以前読んだ本には、男性の脳は右脳と左脳を繋ぐ線が女性の脳よりも細くて、過去のことを女性からわっと聞かされると情報処理能力がフル稼働し、その限界を超えると目の前の存在を黙らせろと本能が命令する、だから暴力行動にでる、と書いてあったよ」

 

 だから暴力行為はやむを得ないのだの言うつもりはない。脳の活動用式が異なるのを知った上で、感情を吐露するのではなく、変化を望む点を伝えること、それから女性の脳よりも想像力が苦手とされる男性に伝わりやすくするためには具体性が必要だということを念頭に置いている。できてるかは分からないけれど、そうしてる。

 

「なんで女はわーって過去のことを言っちゃうの?」

「記憶と感情の結びつきが強くて、大概のことが連鎖しているために口に出したくなる、それから感情を口にすることでストレスが発散される脳構造をしている」

 

 聞かれたから知っている限りのことを伝えただけなのに、キヨカは深いため息を吐いて「あんた、色気がないわねぇ」と言ってきた。酷い。でも色気がないのは自覚ある。

 

「可愛げのない性格なのは分かっているからこうして独り身だし、将来人様に迷惑をかけないように貯蓄もしているから、許してほしいところ」

 

 どれだけ用意したって人に迷惑をかけずに生きるなんて、無理な話。

 

「こじらせてるわぁ。まぁ、アレだけ努力して振られればそうもなるか」

 

 幼馴染みの遠慮のなさには慣れているけれども、あなたのその発言は3ナイに引っかかるんじゃないの? というわけで遠慮なくそう伝えると、キヨカはテーブルに頭をつけて謝ってきた。酔っている所為か勢いよくゴツッと音がしたけれど、大丈夫かな。

 

「確かに本当それ。人のこととやかく言える人間じゃなかった、私!」

 

 酔いも相まって泣きそうになっているあたり、これは祖母以外にもあったな、と予想する。

 

「お互い失恋酒だね、明日から頑張ろ」

「奈津のは失恋じゃないじゃん!」

「まぁそうだけど、キヨカは誰かに奪われでもした?」

「うぅ……そうなの……」

「そんなゴミはくれてやるといいよ」

 

 「ゴミって、言い方ひど」と笑うキヨカ。

 

「愛情なんて永遠に続かないんだからさ、結婚前から愛情失ってるんならそれは賞味期限切れのゴミだよ」

「奈津とは思えぬ強めの言葉!」

「じゃあリサイクル」

「リサイクル!」

 

 SDGs、良いじゃないですか。キヨカにとって価値必要じゃなくなった人でも、誰かにとって必要な存在になるなら。

 

 気を取り直したキヨカと楽しくお酒とお料理を楽しんでいたところ、スマホにやたら通知がくる。

 面倒な存在どころか悪霊進化を果たした本日のランチ相手は、どうも私に関する悪口をSNSにバラまいたらしい。

 私自身はSNS関係はやっていない。そのマメさというか持久力がない。けれど情報収集ツールとして利用する知人友人は多くいる。

 悪霊くんは私に関する罵詈雑言をSNSにアップし、始めこそイイねをもらってご機嫌だったようだけれど、拡散されていって最終的に通報され、アカウント凍結に至ったらしい。めまぐるしいなー。情報社会の経過速度を舐めたらいけない。

 

「どした?」

「今日のランチ相手が特級呪物になりかけてるっぽい」

「なにそれ詳しく」

「明日から暇なんだろうから自分で震源地を探し当てるのも一興というものだよ、キヨカ」

「分かった。ネタ提供ありがとう。それが落ち着いたらまた飲み誘うわ」

「飲みのお誘いなら喜んで」

 

 キヨカの気晴らしにいくらかなりともなってくれるんなら、今日のランチ相手にも感謝するというもの。

 感謝の気持ちをこめて、先ほどより良い日本酒を頼み、キヨカと乾杯する。

 いやぁ、春は曙と清少納言女史が申されていたけれども、宵の口もなかなかだと私は思う。

 

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