第18話「山登りの方法」
ドグラ鉱山上方にある鉱山都市へ様子を見にいく。そのためには情報を集めることが先決だ。宿屋の主人ビボルから話を聞いた後、俺はエレナに情報を求めた。
標高が高く過酷な環境である山の上に住んでいるのは、そのほとんどがドワーフ族だ。石から生まれると言われるほどの種族で、採掘や鍛治、宝石細工といった仕事を得意としている。そして、ドワーフ族といえばやはりエルフ族との確執が真っ先に思い浮かぶものだ。
「いや、知らないわよ。私は田舎のエルフでもないし」
「はぁ?」
しかし、返ってきた答えはいたって質素なもので、求めていた回答は得られなかった。
「エルフといえばドワーフとの対立じゃないのか?」
「そりゃあまあ、私のお祖父ちゃんとかの代なら多少いがみ合ってたりすると思うけど。今も森の中で古臭い暮らしを送ってる奴らならともかく、町に住んでるエルフでそこまで憎々しく思ってる奴はいないでしょ」
なんとエレナや彼女と同じぐらいの世代のエルフはドワーフに対する認識も違うらしい。彼女は親の代から王都で暮らす町のエルフだ。物心ついた時から周囲には他の種族がいたというのも大きいのだろう。
排他的で、森の中で隠遁生活を送るエルフもいるようだが、そういった者は珍しいとすら思われるとか。
「ただ、私が知ってるのは町のドワーフのことだからね。魔王領の鉱山で引きこもってるドワーフがどんな感じなのかは知らないわよ」
「そりゃそうか。住んでる場所が違えば考えも変わるよな」
知らず知らずドワーフを画一的に見ていたような気がして、己を恥じる。
「ビボル、上の町のドワーフとはどんな感じでやり取りしてたんだ?」
「そうだねぇ。基本的にはほとんど顔も合わせないんじゃないかな。山の上から鉱石を載せたトロッコがやって来るからそれを受け取って、食料や生活物資なんかを載せて送り返すんだ」
「物々交換ってこと? 原始的ねぇ」
「硬貨なんかはドワーフはいくらでも作れちゃうからね」
共和連合領で流通している通貨は偽造対策の特殊な魔法がかけられている。とはいえ、その魔法自体がドワーフ族に伝わるものということで、ドグラ鉱山のドワーフたちもそれを看破することができてしまうのだろう。
「あれ、もう一月はトロッコのやり取りがないんだよな。向こうの食料は大丈夫なのか?」
「それも心配なんだよね」
上の町からの鉱物供給は途絶えたが、それは下の町からの食料供給も同じことだ。一ヶ月以上も音信不通のなか、上の町のドワーフたちは食い繋ぐことができているのだろうか。
「荷物にある程度食料も入れていこう。万が一のこともある」
「そうだな。腹が減ってたら事情を聞くこともできないだろ」
どんな理由にせよ、飢えは良くない。幸い、俺たちはかなりの容量がある魔法鞄を持っているし、多少は食料も運べる。ビボルが、それならウチの在庫を持っていけと言ってくれた。
「ありがとう。助かるよ」
「いいんだ。お客さんも減ってて余ってたからね」
鉄鉱石の供給が途絶えたことで、鉄製品を作ることもできなくなった。となれば買い付けにくる商人たちも遠のく。町全体が閑散とした様子だったのは、間違いではなかった。
「上の町まではどうやって行けばいいんだい?」
「そんなの、トロッコに乗れば一発でしょ」
次の議論は上の町まで向かう方法だ。エレナは余裕の表情でトロッコを使うことを提案するが、ビボルがそれを否定した。
「申し訳ないけど、もう下の町に動かせるトロッコは残ってないよ」
「なんで!?」
「物資を送るために使ってたからね。いつもなら返ってくるんだけど、今は全然戻ってこなくて」
下の町も、上の町のドワーフたちが飢えることを心配していた。そのため、鉄鉱石の供給がなくとも、トロッコに食料を載せて送っていたのだ。しかし、トロッコの数にも限りがある。すでに全てのトロッコを使い果たし、上に物を運ぶ手段はなくなった。
「となると、山道を歩くしかないということですか」
シエラが浮かない表情で言う。ドワーフ以外には過酷な山の上層へ登るのは、シエラやエレナにとってはかなりの苦行だ。
「さっき、動かせるトロッコはないって言ってたわね」
どうにか他の方法を選べないかと逡巡していたエレナが、ふと顔を上げる。彼女の言葉にビボルは戸惑いつつも頷いた。
「それじゃあ、動かせないトロッコはあるってこと?」
「ええと、車輪が壊れてたり動力がないトロッコならあると思うけど」
ドグラ鉱山の急峻な斜面を登るにはかなりの力が必要だろう。トロッコといっても、何かしら特別な機構が付いているはずだ。山道は落石なども多く、そういった急所を破損するトロッコはどうしても出てしまうらしい。
そういったガラクタ同然のものなら、いくつか倉庫にあるはずだ。とビボルは言った。
「それなら、ちょっとはやりようがあるかもしれないわね」
そんな話を聞いたエレナは、何か妙案を思いついたらしい。キラリと目を光らせる彼女に、ラウルとシエラは怪訝な顔をしていた。




