第五話 見た目は三歳、中身は青年。注意しないと
侍女ジュリに先導される形で食堂へと案内されたラフィが食堂の扉の前でジュリが扉を開けるのを待つ。ジュリが扉の取っ手に手を掛けると「どうぞラフィ様」と扉を開けながらラフィを食堂の中へと導く。
ラフィは鷹揚に頷き食堂へと入ると、そこには二十人ほどが座れるであろう大きなテーブルが置かれており、その上座にはラフィの父親である『ナッフィ・フォン・ティグリア伯爵』が既に着座しており、その左手側には第一婦人である『シシリア・フォン・ティグリア第一婦人』が座っている。そしてその対面にはラフィの母親である『ラミリア・フォン・ティグリア第二婦人』が座っている。
ラフィは食堂に入るとまず父親であるナッフィに挨拶をする。
「おはようございます。父様」
「ああ、おはようラフィ。随分、遅かったようだが、やはり三歳でも自分の誕生日となると喜びも大きいのかな。フハハ」
「はい。目覚めた時に今日僕は三歳になったんだと思うとなんだか嬉しくなり、朝の準備もどこかおぼつかない様子でジュリに迷惑を掛けてしまいました」
「そ、そうか……ラフィ、三歳になったんだよな?」
「ええ、そうです。どこかおかしかったでしょうか?」
「いや、そうではない。三歳の子供とはこうだったかなと、ふと思ってしまっただけだ。他意はない」
「そ、そうですか。シシリア母様、ラミリア母様、おはようございます」
「ふふふ、ラフィ。本当に三歳になったばかりだけど、少し成長したのかしら。どこか大人っぽくなったように見えるわね」
「シシリア様、ラフィは三歳ですよ。そんな訳ありませんよ。ねえ、ラフィ」
「はい、母様」
「……」
「どうしました?」
「ん、やっぱり気のせいよね。おはようラフィ」
「はい!」
ラフィは昨日までの記憶をちょっと前に知ったばかりと言ってもいいだろう。ならば、三歳までラフィに備わっていた人格はどこに行ったのかと言えば、やはり記憶と同じ様にラフィに融合したのだろうが、前世の人格がどうも表に出て来ている様でラフィ自身も「注意しなければ」と自分を戒めるのだった。
「さて、多少遅くなったが、朝食を戴くとしよう。では、今日の糧に感謝を」
「「「今日の糧に感謝を」」」
無言で食事を済ませた後、ナッフィが口元をナプキンで拭いながらラフィに話しかける。
「ラフィ、お前も今日で三歳だ」
「はい!」
「私達からの贈り物は晩餐の後だ。それまで楽しみにしていなさい」
「はい!」
「それと、今日から庭に出ることを許可する」
「ホントですか!」
「これ、ラフィ。はしたないですよ」
「あ……ごめんなさい」
「よいよい、ラミリアよ。今までは屋敷の中でしか自由に過ごせなかったのだ。無理もなかろう。ラフィ、今まで窮屈な思いをさせてすまんな。だが、屋敷の外……門の外は五歳になるまでは引き続き我慢して欲しい」
「はい、父様。僕はお庭に出られるのが楽しみです」
「そうか……ふふふ」
今までラフィはこの屋敷の外に出ることはなかった。少し前にどうしてなのかとジュリに聞いたところ、やはり乳幼児の死亡率が高い為にある程度の免疫力を持つようになる五歳までは気が抜けないというのが実情のようだ。なので、ラフィも例外にもれることなく今日まで屋敷の中だけで過ごしてきた。だが、今日からは庭まではいいと許しが出たことでラフィの気分も高揚するというものだ。
食後に出されたお茶を急いで飲み干し、席を立とうとしたところでナッフィから待てと言われる。
「なんでしょうか?」
「まあ、そう急くでない。今は三歳だが五歳になる歳にはお前と同じ様に五歳になる貴族の子供達のお披露目会がある。だから、今日からその会に出ても恥ずかしくないようにある程度の行儀作法を学んで貰う。いいな」
「え……」
「返事は?」
「……はい」
「ふはは、まあ、そう固くなるな。礼儀作法と言っても所詮は子供のすることだ。それほど厳しくはないだろうから心配するな」
「はい!」
ナッフィの言葉にラフィは少し安堵するが、ラミリアは逆だったようだ。
「いいえ、例え五歳の子供であろうと伯爵家としておかしくないようにはするつもりですのでご心配なく」
「お、おうそうか。だが、余り厳しすぎて行きたくないとならないようほどほどにしてくれよ」
「はい、分かっております。旦那様」
「……」
ラフィは母であるラミリアの考えは分からなかったが、自分より上の兄姉達、つまりはシシリアの子供達に負けたくないと思っているのは間違いないのだろうと思った。そんなことを思っていても#&x566F;にも出す訳にもいかず、椅子から下りると側にいたジュリの手を掴み「行こう」と走り出す。
「あ、ラフィ様。待ってください! 失礼します」
ジュリはラフィに手を引っ張られながらもナッフィ達に一礼すると食堂から出て行く。
「ふぅ、ラフィは昨日と今日では随分、変わったように思えたが、気のせいだろうか」
「ふふふ、それは先程私が言いましてよ」
「そうか……なら、シシリアも「そんなことはありません!」……そうなのか?」
「ええ、相手は三歳児ですよ。一晩でそんなに変わるなんてありえません」
「そうか、まあ母であるラミリアが言うのであれば、そうなのだろうな」
「ええ、そうですとも」
ラフィが出て行った後の食堂でこんな話がされているとも知らずにラフィは庭を目指す。正直に言えば、あの場に留まっているとボロが出そうになったので、焦って出て来ただけなのだが、結果的にはよい方向に行ったと思いたいのだった。
さて、庭に出たはいいが、これといってしたいこともないラフィは、どうしてよいものかと悩んでしまう。そして、そんなラフィにジュリが後ろから声を掛ける。
「どうしましたラフィ様?」
「ねえ、ジュリ。庭に出たはいいけど、何をすればいいのかな?」
「ふふふ、それは難しい質問ですね。そうですね、例えばですが……ああいうお花を愛でるのはどうでしょうか」
「花……」
ジュリが指を差していたのは専属の庭師が世話をしている花壇に咲く花だった。
通常の三歳児なら初めて庭に出たことで興奮して「アレ何?」「これは何?」と質問攻めにするところだろうが、ラフィの場合は少し事情が違う。ラフィが「なんだろう?」と思った物は直ぐさまに『鑑定』され、その結果が眼前に広がるのだから。
試しにとラフィは『鑑定』を『鑑定』してみると次の様な説明文が表示された。
~鑑定スキル~
使用者の視界に捉えた事物に対し『世界の記憶』から検索された情報を表示するスキルである。対象物、または対象者に対し行った場合、使用者の鑑定スキルレベルが低い場合は望む結果は得られない。
「ハァ~世界の記憶ねぇ~」
「どうしましたラフィ様?」
「あ、いや。なんでもないよ。あ、そうだ! ねえ、ジュリは魔法は使えるの?」
「ふふふ、いきなりですね。ですが、私は特にそういったスキルは有していないので使えるのは生活魔法くらいですが……見たいのですか?」
「うん!」




