落ちる
「背負ったことあるのって、あんたと牛頭しかいなんだから。」
いったい何年前の話だ。
「だったら牛頭でいいだろ。」
「無理、重いし鈍臭いし。それに、ジョッキーは中等部からって決まってるし。」
「最後に、校長同士の賭けで、神組が勝ったらこの寮は高等部のものになるからね。」
そう言い残して、やつは帰っていった。
それから馬頭と会うことも無く、ダービー当日を迎えた。
「地獄、極楽、現世によるG3レース。登録順に、まずは天界から、ペガサスとユニコーンとケンタウロスが参戦。霊界からはシンボリルドルフ、トウカイテイオー、ミホノブルボン、ナリタブライアン、ディープインパクトといった名だたるGⅠ馬が揃いました。ジョッキーはそれぞれ中等部の天使と魔導師です。おっと、ここで一番人気の馬頭ちゃんの登場だ。以上9頭による勝負です。おや、馬頭選手のジョッキーの名前がありませんね。サプライズでしょうか。」
場内放送が流れる。掲示板をみると確かに一番票を集めているのは馬頭だ。
「パドックを各選手ゆっくりと回っていきます。霊馬といっても、普通の馬ですからね。注目は、天馬たちと馬頭ちゃんの対決です。」
「ハンデとして飛行は禁止となっていますからね。そうなると特殊能力を持つユニコーンが有利かもしれませんね。しかし、馬頭ちゃんは天界よりも広い地獄界を走りまわってますから、勝負はわかりませんね。」
天使のラッパが鳴り響いた。
「いよいよ、各選手ゲートインです。ケンタウロスが入るのを嫌がってますね。どうしたんでしょうか。」
「こちら、ゲート前。どうやらゲートが狭いとケンタウロス選手からクレームが入ったようです。ケンタウロスだけ枠外からの出走ということになりそうです。緊張のせいなのでしょうか、馬頭選手もしきりに首を振ってますね。」
ゲートが開いた。
「各馬一斉にスタート。霊馬たちが先頭にでてきました。どうやら逃げ切りの作戦のようですね。後方から天馬は様子見の展開。やや遅れて、馬頭ちゃん。なんだか様子がおかしい。どうしたんでしょ。二足歩行でジョッキーを背負ってというのはやはり空気抵抗が大きくて走りにくいのか。」
「馬頭、大丈夫か。」
やたら首を横に振る馬頭を見て、僕は心配になった。
「うるさい。お前の息がうなじに当たってくすぐったいんだ。」
まずい、このままでは末足の神組が優勝するだろう。
「わかった。息を止めておくから、思いっきり走れ。」
僕は、両手で口をふさいだ。
「わかった。」
馬頭はそう答えると、一気に加速した。
瞬間、僕の体は勢いよく後ろへのけぞった。
「落ちる。」
そして背中の痛みとともに僕の意識はここで途切れた。
気がついたのは、芝生の上だった。仰向けに転がっていた。
「もしかして、落ちたのか。」
馬頭は後ろ向きのままうなづいた。その背中は震えていた。
「僕のせいだ。すまん。寮を神組に取られるくらいなら、お前たちに使わせてやればよかったな。」
「本当か?」
馬頭が振り返った。その顔は満面の笑みだった。




