号外 イカ・ホシによるルポルタージュ (記録記事)
オリヴァーとロメリアが結婚して10年後くらいのお話です。
ルポルタージュ 《記録記事》 イカ・ホシ
☆年〇月×日
ここはジャンガリアン王国王都の北部中央にある王城。
さらにはその城中の宰相執務室の天井裏の秘密通路。
そっと天井の隙間から覗けば、宰相の引継ぎ手続きが今始まらんとしていた。
「父上、いえ、ここでは宰相閣下ですね。長年にわたる責務、本当にお疲れ様でした」
「ああ、これからはお前に任せる。オリヴァーしっかり頼んだぞ。儂は少し休ませてもらうとしよう」
「なんて言いつつ、相談役でお残りになるんですから、そんなに休む気もないのでしょう?」
「来年に予定された王太子殿下の戴冠式までは心配だからな」
「あの王太子殿下ですからね。でも、リリー王太子妃殿下が付いていれば大丈夫でしょう」
宰相が交代することになり、引継ぎの手続きが始まった。
親子による引継ぎになったため、やや砕けた雰囲気で始まった。
宰相執務室には現宰相のオーキッド・ラバンディン公爵と、新宰相となる息子のオリヴァー・ラバンディン。
そしてもう一人、王城の修繕を担うレオン・アングスティ侯爵が工具を入れた腰袋を下げ、部屋の窓の建付けを見ている。
「義父上、ご無沙汰しております」オリヴァーが窓辺を見て、義理の父にあたるアングスティ侯爵に挨拶をする。
「こちらこそ、ご無沙汰しております。娘のロメリアはご迷惑はおかけしておりませんかな」
「ロメリアは元気にしてます。間もなく臨月ですが、3人目ですので落ち着いておりますよ。この間は・・・」
「オリヴァー。ロメリアの話は尽きないだろうから、先に仕事を済ませてからだ」オーキッドによって引継ぎ手続きが始まった。
引き継ぐといっても、新たな宰相オリヴァー・ラバンディンは長く宰相補佐官を務めており、それほど時間をかけずとも、実務の引継ぎの手続きは問題ない。
大半の時間は補佐官では知り得ない国家機密の引継ぎに充てられる。
「それで、これがこの執務室の鍵だ。で、こっちが隠し金庫の。で、これは隠し扉だったかな。ほら」
ジャラジャラとした鍵の束を受け取るオリヴァー。
「なんだか、鍵の扱いがあんまり重要そうに見えませんが、大丈夫ですか?」
「ああ、それは一応鍵はかかるが、手練れであればすぐ外せる代物。ダミーだ」
「ダミーですか。・・・宰相閣下、内容的にもそろそろアングスティ侯爵には退室していただいたほうがよろしいのではないですか」
引継ぎが開始されても、尚部屋に残るアングスティ侯爵に対して声を控えめにして、オリヴァーはオーキッドに訴える。
「いや、かまわない」
現宰相オーキッドは自分の胸元から皮ひもを引っ張り出し、先端に括りつけられた一本の木の棒を見せた。角材で長さは手に収まるほどの物だ。
「これが全ての扉や引き出しの鍵になる」
「見た目はただの角棒ですね」
「ああ。これがなかなか優れものだ。全ての鍵になるんだが、それぞれ扉、あるいは引き出しによって差す鍵穴の場所、順番、左右どちらに回すかを間違えないようにしないと開け閉めができない。他にも押す場所や本の位置を動かすなど仕掛けがある。
全て覚えてもらう。説明は原理が解っている者からの方がいいだろう」
オーキッドが言い終わるのを待って、オリヴァーの背後に一人の人物が立った。
先ほどまで窓の建付けを見ていた、
「アングスティ侯爵?」
「私から仕組みについてお話します。
これからお話します内容は決して他に漏れぬよう、お気を付けください。
まず、鍵についての説明をさせていだきます。
そののち、隠し通路と外敵の侵入時における諸々の仕掛けについてお話させていただきます。
この件に関しましては、私どもの職務も含め、ここにおられる宰相閣下の他は国王陛下のみがご承知です」
それまでの人好きのする穏やかな表情はすでになく、シビアな表情のアングスティ侯爵がいた。
(お館様の本領発揮だ)
オリヴァーはこの時、アングスティ侯爵家の隠された使命を知ることになった。
アングスティ侯爵家が代々その任に付く王城修繕部。
普段は王城のガタついた扉や、噴水の詰まりを直したりする便利な修理屋さんだが、その実は王城のセキュリティを一手に担うのが本来の職務だった。
王城にめぐらされている隠し通路や隠し部屋などのメンテンナンスを行いつつ、王城への外敵の侵入や密談などを感知する役目にもついていた。
大方の説明が終わり、中休みとなり3人が卓を囲みお茶を飲む。
「アングスティ侯爵家がこのような重責を隠しておいでとは、恥ずかしながら想像しておりませんでした。己の未熟さを痛感しました。これから精進いたします」
「あ、いや。私どもは周囲に気取られぬよう動くことが基本です。もし、ご存じだったとすれば、こちらの落ち度です」
(そうだ、バレたら死あるのみ)
「ああ!もしかして、ロメリアもその任の一環として、学園在籍中にずっとカフェテリアを監視していたのですか?あんまり隠れてはいませんでしたが」
「我が一族、家の使用人全てが何かしらの任についてますが、ロメリアだけは何も知りません。いえ、知らないという態ですね」
「知らない?ではカフェテリアでの奇行、いえ、失礼。行動はどういう意味があったのでしょうか・・・」
やや困惑の表情のアングスティ侯爵は、ハンカチで顔を拭きながら話した。
「ロメリアは察してはおると思いますが、その手の話になると”知らぬが仏”、”君子危うきに近づかず”でしたかな。我々には分からないことを申しまして、一切関りを持ちませんでした。
なので、カフェテリアでの奇行は単なる趣味かと」
(お館様、奇行って言っちゃってますよ)
「そうですか。ロメリアらしいというか」オリヴァーは苦笑しながら頷く。
(ロメリア様には深いお考えがきっとあるんだ)
「それでアングスティ侯爵家は目立つ行動を控えてらっしゃったんですね。
でも一時はロメリアと王子が婚約して、ゆくゆくは王妃になる可能性もあったんですよね」
オリヴァーは紅茶を飲みながら尋ねた。
「いや~、あの時は参りました。国王陛下や前宰相にも我が家が表舞台に出るのは問題だと申し上げたのですが、当時は王妃の実父のチェスナット侯爵殿の力が絶大で。かといって私どもの役目を明かすのでは本末転倒というか。
結局、婚約白紙になるまでに3年以上もかかり、ロメリアにも苦労をかけました」
(そうだ、我らのお嬢様にあの仕打ち!)
「まさか、帝国側を動かしたんではないですよね」
「いえいえ。さすがに我が家にも帝国には伝手はそれほどないですよ。
ただチェスナット侯爵殿は案外口が軽いところがおありだったので、耳に入った情報をもとにこちらの要望を聞いていただいて円満に解決を図っていたところだったんですが。
まさか帝国側から王子殿下への婚約提案があり、さらにはその後破棄されるとは、全く世の中何が起こるかわかりません。
その結果が、今のロメリアの幸せに繋がるのですから。いや~、まるで小説みたいな話でしたな」
(お館様,核心つき過ぎです)
「そうそう、宰相様と我々の連絡係としてニック・ヤキが就きます。それからロメリアに付いているイカ・ホシも補佐的に就くことがあります。両名をご紹介しておきます」
お館様に呼ばれ、天井裏から俺とニックが姿を現した。
「よろしく頼むよ。君がウワサのイカ君か。ようやく対面できてうれしいよ。しかし、忍者みたいだな」
「はい、よろしくお願いいたします」
挨拶が終わり壁際まで移動したニックにイカがささやく。
「おい、ニック。ニンジャってなんだ?ロメリア様からも言われたことかあるんだが」
「俺も言われたことがあるが、よくは知らん。だが、ロメリア様は”ニン”って言葉に思い入れがあるみたいで、俺の名前はニックじゃなくて、初めはニンニンはどう?って言われたよ。
でもまだ他にも名をつける子どもがいることを知ったら、区別がつかないといけないからってニックの名をいただいたんだ」
「へえ、そうだったのか。まあ、お嬢様のことだから我々では想像もできない深いお考えがあってのことだろう」
二人の内輪話を漏れ聞いたオリヴァーは、冷静に、特段深いお考えはないだろうとの見解を示した。
*
同日の夕刻。
ラバンディン公爵家の屋根裏にある使用人控室には2日ぶりに顔を合わせた兄のイカと妹のイモがそれぞれの申し送りをしていた。
「兄さま、お疲れ様。どうだった?宰相閣下の引継ぎの様子は」
「滞りなく終わった。お館様がアングスティ侯爵家が城の防衛を一手に仕切っていることを、オリヴァー殿に明かした。
今後は宰相様にも報告の機会もあるから、俺とニックも顔合わせをした。君がウワサのイカ君かと言われた」
「そう。私も第一子のナターシャ様が誕生された際に乳母としてご挨拶した時に、ああ、あの早業のって言われたわ。フフ」
「その時のお前の子のメッシは、もう9歳になったか?我々のようにしっかりアングスティ家の皆様をお守りできる者に育てなければな」
「大丈夫よ。父親のニックがしっかり鍛えてるから」
「そうだな。だがちゃんと水分補給をして、適度に休憩を入れて無理はさせるなよ」
「アハハ。兄さま、心配しなくても大丈夫よ。もう私たちの時代のような訓練は誰もしてないわよ。ロメリアお嬢様が改革してくださったからね」
イカたちは孤児院で育った。
運動神経の良さをから兄妹ともにアングスティ侯爵家に引き取られ、訓練に参加することになった。
イカが6歳。イモが4歳の時だった。
訓練は他にも同じように孤児院から引き抜かれた子どもや使用人の子どももいた。
「あの頃はひどかったからな。教官たちはひたすらしごいて根性だの、忍耐だの、それしか言わんかったからなぁ」
「いつも訓練を見かねたロメリア様が、私たちがへばる前に差し入れを持ってきてくださったわね。
うれしかったわぁ」
「ああ、俺はあの炎天下で無駄に走らされていた時に、ロメリア様からいただいたレモン水の味は一生忘れないよ」
「兄さま、その話いつもするわね」
「いやだって、あの時もう頭はクラクラで意識飛ばしそうだったんだよ。ロメリア様が訓練を止めてくれなかったら死んでた。俺はもうその時に一生このお嬢様についていこうと心に決めた」
「確かに。ロメリア様のおかげで訓練内容が変わったものね。初めは貴族のお嬢様の気まぐれで差し入れをいただけたのかと思っていたわ」
「ロメリア様に連れられて来た弟君のフォーク様が、一緒に俺たちの訓練に参加されるようになってから、訓練内容がまともになった」
「そりゃあ、それまでと同じように休憩もなく、何時間も走らせたり、ひたすら2階の窓から飛び降りたりを繰り返して、将来のアングスティ侯爵家のご当主に何かあったら大変だからね。
ロメリア様がテラスでゆったりされている目の前の庭をフォーク様が走り回り、それを私たちが追いかけて、しばらくするとロメリア様が声をかけられて休憩する。このパターンが定着したものね」
「ロメリア様は我々の救いの神だからな。あの当時いた仲間はみんなロメリア様に名前をせがんだもんな。いただいた名前は俺の誇りだ。
懐かしいな、あの頃が。そのフォーク様もあと数年でアングスティ侯爵家をお継ぎになるのか」
「そうそう、兄さま。今日も任務の帰りに、街で新しいカフェ情報仕入れてきたんでしょ。どんなのだったの」
「今日はカフェ情報じゃなくて、ビーンズ商会の人気商品のヨウサンたっぷりスープってのを仕入れて、さっき厨房に渡してきた。
何でも、”リリー王太子妃殿下監修の妊婦さんにもおすすめの栄養満点のスープ”って説明に書いてあったから」
「それ、私も聞いたことあるわ。豆や野菜がたくさん入ったスープらしいわ。今のロメリアお様にぴったりね」
「ロメリア様と言えば、また新作の小説を書き始めたらしいわよ」
「あれ?先月も書き始めてなかったか。確か《王子様が常連客?!転生先で栄養士スキルを使い、飲食業界でてっぺんを取るつもりが国のてっぺんを取ることに!》だったか」
「ああ、それ、諸々の大人の事情でボツになったのよ。今度のはどうもクラフトン公爵家をモデルにするらしいわ。でもお子さまがお生まれになれば、しばらくは執筆は難しいかもしれないけどね」
「それにしても、オリヴァー殿はこれから宰相として苦労するんだろうな。あの見た目しか気にしない夢見がちな王太子殿下が国王になられるから」
「大丈夫でしょ。しっかり者で現実主義派のリリー王太子妃殿下がいるし、オリヴァー様も外では冷徹銀狼って言われるくらい一切の妥協を許さない仕事ぶりで有名だし」
「ロメリア様と過ごしている時とは別人のようだよな。たぶん、お屋敷での姿が本来なんだろうな」
「ロメリア様にかなり甘えているわよね。でもロメリア様も困った人ねーとか言いつつ、とても幸せそうだわ」
「ロメリア様が幸せそうに笑っておられるなら、それでいいか」
「そうね」
いつの間にか太陽は姿を隠し、辺りに明かりが灯りだした。
「それじゃ、またな。俺はこれから、在王国大使のレオパルド様邸宅で催される夜会に参加されるオリヴァー殿の警護に付くことになったから。ロメリア様を頼んだぞ」
「わかってるわよ。いってらっしゃい、気を付けて」
音もなく二人は姿を消し、使用人控室には静寂だけが残った。
以上 終わり
※ヨウサンたっぷりスープ=葉酸たっぷりスープ。”妊婦さんにおすすめ”なのは、あくまで作者(素人)のイメージです。
アングスティ家の爵位が統一されておりませんでした。侯爵家とします。
お詫びして訂正します。(アングスティ家愛が強いイカに激怒される案件)
ご指摘いただき、ありがとうございました。
活動報告にあとがきを載せました。よろしかったら覗いてみてください。
これまで読んでいただいて、ありがとうございました!