4 変わり者とロマンチストと潔癖王子
よろしくお願いします
※随時、改稿しています。お話の筋は変わっていません。
「私が再び王子殿下と婚約することは絶対にないですわ。
元々、皇女殿下とのお話がなったとしても、王子殿下と私の婚約はいずれ破棄されていたと思いますわ」
しばらくの沈黙の後、ロメリアは声を発した。
ジャンガリアン王国第一王子アドニスのかつての婚約者はロメリアだった。
帝国からの皇女との婚姻提案を受け、王子は10歳の時に結ばれたロメリアとの婚約を14歳になる前に白紙にされていた。
その後、帝国第五皇女と婚約し直したのだが、それも件の騒動で白紙となり、ここに来て第一王子のお妃選びは振り出しに戻った形だ。
ロメリアは3年もの間お妃教育を受けており、その後現在に至るまで新たな婚約を誰とも結んでいなかった。帝国の圧力で白紙にされた元婚約者であるロメリアに非もなく、再び婚約の話があってもおかしくはなかった。
*
そもそも、なぜ王家から自分に婚約の話が来たのか、ロメリアは不思議に思っていた。
爵位は高い方だが目立つ令嬢ではない。
前世の知識はあったものの、うまく使いこなせていないので、突出して能力が認められることはない。
見た目も劣っているわけではないが、決して目を引くような容姿でもない。
家族からすれば、ロメリアは小さな頃から聞き分けがよく、3つ離れた弟の面倒見もいい手のかからない子どもだった。
弟が使用人を相手に庭を駆け回るのを、自分は何もせず、ただ眺めているような生活を送っていた。
何事にも真面目でやや頑固な一面があったが、誰にも対等な態度で接するせいか、同世代の貴族のお友達よりも使用人や領民との話が盛り上がるような面も持ち合わせていた。
また、時々”郷に入れば郷に従え”などと、周りの者がわからない言葉を使い戸惑わせた。
実は、基本的にめんどくさがりで、前世の記憶から大人な対応がにじみ出ていただけなのだが、わがままも言わず、子どもらしさが少ないロメリアを、周りの大人たちが逆に心配するようになったくらいだった。
そんなロメリアも唯一、甘い物には目がないため、いつしか家の者たちはロメリアを喜ばそうと、常に甘い物を用意するようになっていった。
ロメリアの生家、アングスティ侯爵家は、古くから続く由緒ある家だ。だが他には特に目立つところがないということが特徴のような家だ。
アングスティ侯爵家は代々、王宮の修繕部を司っていた。決して花形の職場ではない。
ロメリアの父である現侯爵自身も、謙虚で実直に仕事をする真面目な人柄だった。
登城する際も貴族とは思えない軽装で、使用人と間違われることもしばしばあるほど。
実際、アングスティ侯爵家も王家からの打診にギリギリまで抵抗を試みた。
この時ばかりはいつも王宮の表にはほとんど姿を現さないアングスティ侯爵が、正装で国王陛下や宰相に謁見を申し出て、話し合いがもたれたという。
しかし、他に有力な高位令嬢もおらず、結局婚約の打診が覆ることはなかった。
つややかなこげ茶の髪は緩くカーブしてふわふわ、エメラルドのような目もクリっとして、小動物を思わせる可愛らしい顔立ち、なんとかなる!たぶん。頑張れ!と家族に言いくるめられ、ロメリアも婚約の打診を恐る恐る受け入れた。
*
自他共に認める、ごく普通の目立たないアングスティ侯爵家の一見普通の令嬢ロメリアに白羽の矢がたったのには理由があった。
お妃選びは、王妃が取り仕切って行われていた。というより、正確には当時権力を手に入れ栄華を極めていた王妃の実家チェスナット侯爵家の思惑を優先して行われた。
王妃の実父チェスナット侯爵は、一度覚えた贅沢な生活をこのまま長く手にしたいと考えた。
高位貴族で今の王家に特に大きな要望を求めず、さらに自分たちの立場を脅かさない、言わば扱いやすい家を当たっていき、たどり着いたのがアングスティ侯爵家のロメリアだった。
巧妙に他の有力令嬢を縁付かせたり、または候補令嬢の醜聞の噂を流したりとした裏工作も余念なく行われた結果だった。
だが、それも4年後の帝国の提案によって、夢幻となったのだった。
*
「王子殿下は元より、王族の皆様は美しいものがとてもお好きなんです」
「ん?美しいもの・・・ああ、そうかもなぁ」オリヴァーも思い当たるものがあるのか頷いた。
「お妃教育で、私では到底王族の一員になることは不可能だと痛感しましたわ」
苦笑するロメリアの手にはギュと力がこもっていた。
第一王子アドニスは、さらさらとなびく金髪。きらきらと輝く碧眼に、いつも笑みを浮かべた口元。すらりとした長身で手足は長く、さらには温和な性格。
絵本から飛び出しかのような王子として、妹のプリムローズ王女と並び国民から熱狂的な人気を集めていた。
そんな理想的な王子は美しいものが大好きだった。
普段使いの調度品から美術品はもちろん、いつまでも若く優雅な自身の母である王妃や可憐な妹など、とにかく美しいものに囲まれていることを好んだ。
小さなころから、一流品と呼ばれる品々に囲まれ、キラキラとした世界で生きてきた。
審美眼はいやでも鍛えられ、やがて美しくないものには価値を見出せなくなっていった。
自身の容姿すら念入りに整えさせ、やや潔癖な性格に育った。
ロメリアと婚約当初、王子は、まだ幼く丸顔でどちらかというと綺麗というより可愛らしいロメリアの見た目がお気に召してなかった。
王子は、二人だけでのお茶会は気詰まりなのか、度々、王妃や妹の王女を同席させていた。
ロメリアはその真面目な性格から周りに言われるがまま、お妃教育に励んだ。
だが、その努力の成果は王家にとってみれば、できて当たり前のことばかり。
王城に赴く際は、最上級に着飾り、懸命に取り繕うが、王家の方々の長い年月からくる生粋のキラキラとしたオーラとの差は歴然だ。
ロメリアに対する態度も何かにつけ厳しくなりがちだった。
*
「編集長、私の書く文字、どう思われます?」
「文字?ああ、読みやすくてきれいな字だと思うが。それがどうしたんだ?」
「私、お妃教育の一環で、王子殿下にお茶会後など頻繁にお手紙を書いていたんです。
ある時王子殿下がお茶会で、私の差し上げた手紙とプリムローズ殿下の手紙をわざわざ並べて、こうおっしゃったんです。
『君の書く文字には品位が足りない。見てごらん、ローズの書く字を。これが女性らしい品位ある美しい文字だ。もう少し努力したほうがいいよ』って」
当時の気持ちがこみ上げたのか俯くロメリアに、慌てるオリヴァーだった。
「その、そんなに落ち込むなよ。王子殿下だけの価値観で、ロメリア嬢を縛ることはないよ。
お、俺はちゃんと君のことを理解してるし、その、いいと思うよ、今のままで、充分」
「本当に、思います?」
「ああ!」「そうですよね!」食い気味に言葉をかぶせるロメリアはペンを握りしめていた。
「だいたい、人には向き不向きというものがあるんです。
私だって、私なりに努力したんですよ。
何人もの先生に教えていただきました。
ある先生は、いずれ王妃となる者は誰にでも公平で、慈悲深く、全てを包み込むような大きな心根を持たなければいけないとか。感情をいついかなる時もコントロールし、姿勢を崩さず、かつ、優雅に過ごさなければならないとか。この国の歴史、文化はもちろん、近隣諸国の歴史や政治事情も把握しつつも、国政には直接口を出さず、国王陛下を補佐するようにとか。
だいたい、10歳過ぎの私にそんなに押し付けられましても無理です!いえ、20歳過ぎの私でもきっと無理です!
私はただの前世の記憶を持った人間です!私は人間です。ロボットではありません。
皆様、理想の王妃様に夢を持ちすぎですっ!皆様の理想を私に押し付けられましても困ります!」
ゼイゼイ言いながらまくしたてるロメリア。
「・・何かの認証、なのか?あー、落ち込んでるんじゃなくて、怒ってる?」
思わずのけぞりつつ、確認するオリヴァー。
「王家の皆様はご一緒にお茶を飲んでいても、私の存在がないような感じでしたわ。
例えば、皆様しかわからない思い出話をして、笑ってらっしゃったとか、紅茶をご自分たちだけ高級銘柄に変えてたとか。
私には前世の記憶が薄っすらとでもありましたから、多少の事は大人な対応もできました。
けど、文字のことは何だかとてもショックでした。
それまでピンと張りつめていた糸がプツンと切れるような感覚でした。
それまでの積み重ねもあって、家族の支えがなかったら到底耐えられませんでした」
「そんな仕打ちには、辛くて耐えられないだろう」
「はい!怒りを抑え続けることに、もう耐えられそうにありませんでした。今でも思いだすだけで腹が立ちます。でも、耐えきれずに暴れだしそうになる度に、家族や家の者たちがそっとスイーツを差し出してくれたりして何とか過ごしていました。だから、帝国からの提案は私にとっては救いでもありました」
そこまでロメリアが話した瞬間、二人を隔てている机の上にマロンケーキと紅茶が並べられた。
紅茶からはゆらりと湯気が上がっている。
ロメリアは「わあ、ありがとうございます!」と言いながら、さっそくケーキを口に運んだ。
オリヴァーは茫然としたままだ。
「えっ、どこからケーキと紅茶が?なんで?」
「今、私の侍女のイモが用意してくれました。
早業ですよね。私も毎回感心しますわ。彼女と兄のイカのホシ兄妹はいつも私の為に動いてくれる、お付きの者たちですわ。
編集長の分もあります。お好きでしたよね、マロンケーキ。どうぞ。おいしいですわよ」
「侍女ってもう少し目に見える者だと思ってたよ…。今までどこにいた?。そして今、どこにいるんだ……。名前もホシ・イモとホシ・イカって。」
「二人の名前は私が付けさせてもらいました。
彼女たちは私の為に見守っていてくれたり、記事に載せる新しいスイーツやカフェ情報を探してきてくれたり、本当に助けてもらって、ありがたいことです」
すでにニコニコと上機嫌のロメリア。
「そうだな。甘い物は世界を救うよな。いい家族と使用人に恵まれたな……。大暴れする前に白紙になって良かった。そう思うと帝国の第五皇女殿下はいろいろ救ってくれたんだな」
しみじみつぶやくオリヴァーだった。
ちなみにオリヴァーがホシ兄妹と対面するまでに、この時から数年の時間を要することになる。
*
マロンケーキを食べ、紅茶を飲み干し、音もなくカップをソーサーに戻したロメリアは、オリヴァーの顔を正面から見つめた。
「それよりもよろしいのですか。
編集長、いえ、オリヴァー様は。・・・私が新たな婚約者で?」
オリヴァーもロメリアを見つめ返し、答えた。
「俺はロメリアで、いいわけじゃないよ」
「え?」
「ロメリアがいいんだよ」
*
王女との婚約が白紙となったオリヴァーは、焦っていた。
公爵家に釣り合う高位令嬢で適齢の、且つ婚約していない令嬢はロメリア以外ほぼいない。
しかし、間を置けば、今の婚約関係を破棄してでも公爵家と縁を繋ぎたいと考える家も出てくるかもしれない。
オリヴァーは即、父であるラバンディン公爵に、ロメリアに婚約を申し込みたいと訴えた。
いつもどんな乱雑な物事でも淡々と難なくこなす息子が、珍しく必死の形相で婚約申し込みの書面を持って、承認の署名を求めてきたのだ。
常には冷静沈着なラバンディン公爵だが、この時は狼狽えていた。
言われるまま深く考えるも間もなく承認のサインをしていた。
ラバンディン公爵は息子が満面の笑みで握手をした後、サインの入った書類を送る手配をする為、慌ただしく出て行ったドアをしばし見つめていた。彼はその時居合わせた補佐官に指摘され初めて、自分が久しぶりに口元が緩んでいたことに気が付いたという。
こうして隣国との事後会議帰国直後に、ラバンディン公爵家から、アングスティ侯爵家に婚約の申し入れがなされた。
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「来週にでもアングスティ侯爵家に正式に婚約のご挨拶に伺いたい。こちらからも連絡はするがご両親に予定を聞いておいてくれないか」
「・・はい。あの、これが事実上の”プロポーズの言葉”ということでしょうか」
ロメリアは照れたのか、ややうつむいた。
「ああ。・・いや。セリフ、場所、シチュエーションや小道具も全てを完璧にして、感動する一生もののプロポーズを考えて改めてするから、待っててよ」
そんなロメリアを見て、つられるように照れ出すオリヴァー。
しかし、そんなやや甘い空気は、直後のロメリアの言葉で霧散することになった。
「あなたは相変わらず、ロマンチストね。でも前世でもそんなこと言って、結局最後まで納得したプロポーズはなかったわよね・・・」
顔を上げたロメリアは照れていたわけではなさそうで、口調が変わり、どこか淋しそうな目をしていた。
「そうだっけ?ん?・・・って、前世でもって、ロメリアも記憶があるのか?!前世の俺たちのこと」
オリヴァーが急に立ち上がったせいで、座っていた椅子はその瞬間、音を立てて倒れた。
次回最終話です。
アングスティ家の爵位が統一されておりませんでした。侯爵家とします。
お詫びして訂正します。
指摘していただきありがとうございました。