2 ビーンズ商会と森のくまとクマのぬいぐるみと氷雪の貴公子
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ジャンガリアン王国では年に2度、王家主催の大規模な舞踏会が開かれ、国内の貴族たちが招かれる。
それが夏至祭と冬至祭の舞踏会だ。今回の夏至祭は王子の婚約白紙の直後でもあり、より一層国民の関心を集めていた。
そんな中行われた舞踏会で、会場内の人々の目がとある人物に集中した。
第一王子にエスコートされたピンクブロンドのその伯爵令嬢は、第一王子の髪色である金色に似た淡い黄色の生地に、無数の宝石を縫い込んだ刺繍を施したドレスを身に纏い、さらに王子の瞳を思わす青いサファイヤのアクセサリーを身に着けて舞踏会会場に現れた。それだけでなく、王子とダンスを立て続けに3曲踊ったのだ。
夫婦や婚約者以外で2曲以上続けて踊ることはまず見かけない社交界で。
彼女は約1年前に学園の新入生歓迎パーティで高位貴族の子息たちと次々と踊っていたその人だった。
当然、舞踏会会場は騒然となった。
*
自国の王子殿下の婚約白紙騒動から2ヶ月ちょっと。夏至祭の舞踏会が終わってから1ヶ月となる頃。
王立セントラル学園の校舎2階にある壁新聞部の部室で次回の壁新聞の編集会議は続く。
「しかし驚きましたわ、先月の夏至祭舞踏会でのリリー様!王子殿下との3曲連続のダンス!まるでご婚約が決まったかのような振る舞い。編集長、この事ご存じだったんですか?」
「いや、この舞踏会であんなにあからさまに殿下が動くとは思ってなかった。
確か、ストエスカ伯爵令嬢はロメリア嬢の数少ない友人だったんじゃないか?何か聞いてなかったのか」
「いえ、何も。友人といっても、私はたまにリリー様が立ち上げたビーンズ商会の新作のスイーツ試食会に招かれ、新作スイーツについて話すくらいなので。
本当にリリー様の商品への思い入れは凄まじいんです。この間はついに念願のドラヤキの開発に成功されて、試作品をいただきました。おいしかったです!」
「ドラヤキ?」
「はい。もともとはお茶会で、どら焼きを食べたいという私のつぶやきをリリー様が聞いて、開発を始められたそうなんです。今月発売して爆発的な売り上げを記録しているとか。
・・・私のつぶやきが流行を生むきっかけを作ったということは、ある意味、私はインフルエンサー!」
「リアルつぶやき!」
いや、ドラヤキを流行らせたのは明らかにストエスカ伯爵令嬢だろうと、思わず、オリヴァーは心の中で突っ込む。
だが、実際、ロメリアが壁新聞で紹介したスイーツの店やカフェが人気を博していることもあり、それ以上は口を慎むオリヴァーだった。
「ビーンズ商会か。確か立ち上げてからそれほどたってないのに急激に大きくなったな。
あまりに唐突に台頭してきたから俺も噂を聞いて、彼女と接触するため一度踊ったことがあるが、そつのない動作とウィットに富んだ会話からして頭の回転の早い人物だな。しかもかなりの美人だ」
「リリー様はストエスカ伯爵家の遠縁の男爵家から伯爵家の養子に入られて、まだ数年ほどですよね」
両親を事故で亡くし、行く場を失くしたリリーを、当初は行儀見習いとして受け入れたストエスカ伯爵家。
正式に養子としたきっかけは、ストエスカ伯爵夫人が視察先で体調不良で倒れた際に付き添っていたリリーが適格に看病した事からだったという。
「その後、リリー様の提案で食生活や生活習慣を改善した伯爵婦人、さらには伯爵様もかなり健康的になられたそうですわ。2年前に念願のご後継を儲けられたのもそのおかげだと周囲にお話しされてると母から聞きましたわ」
「ストエスカ伯爵令嬢は当時まだ子どもだったんだろう?伯爵夫妻は彼女にえらく信頼を寄せてるんだな」
「リリー様は話ぶりがとても理論的で熱心で、どこか不思議な魅力のある方ですからね」
「で、養子になってほどなく、商会を立ち上げて収益もあげている。今までにない独特な商品開発の数々と大人顔負けの商売方法。ポイントカードが貴族社会で受け入れられるとは意外だったな。
その商会名称が”ビーンズ”商会で、主に取り扱う商品がこの世界にはなかった味噌やしょうゆの大豆商品や小豆商品。これは明らかに・・、」
二人は同時につぶやいた。
「転生者だな」「無類の豆好きですわね」
可愛らしい豆のゆるキャラをあしらった、ビーンズ商会のゴールドポイントカードを取り出し、満足気にうなずいているロメリア。
「・・・」オリヴァーは何も言えず、軽く息をはいた。
リリー・ストエスカ。彼女もまた転生者だった。
*
オリヴァーは舞踏会での王子とストエスカ伯爵令嬢を思い返していた。
「そうそう、ストエスカ伯爵令嬢が舞踏会で着ていたドレス、覚えているか?」
「素晴らしいドレスでしたね。上質な布なのは遠目でもわかりましたわ。刺繍も緻密で縫い込まれた宝石も踊るたびに光を反射して美しかったです。リリー様にあつらえたかのようにお似合いでしたね」
「あつらえたんだよ、あのドレス。贈ったのは殿下だ。製作には軽く3ヶ月はかかる代物らしいぞ」
「ん?それでしたら、ドレスを発注したころはまだ、帝国の皇女殿下と婚約中だったのでは?」
「殿下は昨年度の新入生歓迎パーティでストエスカ伯爵令嬢に出会ってから、ずっとご執心だったからな。
もしかしたら、王子殿下は婚約お披露目会で隣国皇女様相手に婚約破棄を宣言しようと画策していたのではないか、と噂が出ている。ストエスカ伯爵令嬢と婚約するために。しかも国王陛下にも相談すらなく」
「ええっ!もしそんなことをしていたら国家間の問題に、いえ、下手をしたら戦争に発展しませんか?!」
「夏至祭のあと、隣国との事後交渉会議に参加する宰相に補佐官見習いとして俺も付いて行き、合間に帝国の皇太子殿下たちとも話をしたんだが、どうもその話、わりと前から帝国側は掴んでいたようだ。
物凄く穿った考え方をすると、第五皇女殿下は戦争を避けるためにわざとこの茶番を起こしたのではないかという気さえしてきた」
「では、皇女殿下は自らを犠牲にして我が国を救ってくださった?」
「皇太子殿下によると、いつもわがまま放題の皇女殿下があまりにあっさりと修道院に向かったらしい。
しかも赴いた修道院は改装が施され以前より立派になっていた。何でも半年ほど前に大口の寄付があったとか」
「タイミングが良いですね」
「帝国内では強引で傲慢な皇帝の求心力が少しずつ落ちてきているようだ。すでに皇城内は皇太子殿下が掌握しつつある。
今回の件は、皇女殿下なりの皇帝の外戚政策への反抗か、もしくは我が国の王子殿下への拒否反応か。
まあ、今更、真相は明らかにはならないだろう。誰も明らかにしようとも思わないだろうがな」
「そのような経緯で王子殿下とリリー様の婚約はこの先認められるのでしょうか」
「通常ならば周りから反対されるだろう。王子殿下にとっては、甘々な国王陛下たちより宰相である俺の父が一番の障害だろうな。父上は正統派の伝統を重んじるタイプで、筋の通らないことが大嫌いだ。今回のような独断的なお妃選びは嫌うはずだ」
「では、お二人は・・・」
「だが、まあ、たぶん大丈夫だ。
現状、野心家の高位貴族で未婚や婚約をしていない令嬢はほぼいないし、今から婚約を破棄させてまで名乗り出てもかなり遅れを取っている。
殿下の意志は固いし、それにストエスカ伯爵令嬢はかなりあざとい。陛下をはじめ周りの大物たちをすでにほとんど味方につけてる。王子よりも政の主導権を握るにふさわしいと噂されている。
父上も筋を通されれば闇雲には反対はしない。他の重鎮と同様に、ストエスカ伯爵令嬢のような美人に、”どうかご指導くださいませ”なんて上目遣いで頼られたら、最終的には了承するんじゃないか」
「美しいリリー様なら、そうなりますね」
深くうなずくロメリアの手にはゴールドポイントカードが強く握られたままだった。
*
舞踏会ではダンス後、王子が側近で乳兄弟でもあるブルームに呼ばれ、会場を後にした。
赴いたのは国王陛下と王妃殿下が控える部屋だった。重厚なドアが閉められ、中を窺うことはかなわなかった。
一方、舞踏会会場では一人残され、壁際に佇んでいたストエスカ伯爵令嬢だったが、ほどなくして大きな人影に隠される。会場の警護についていた騎士団に所属するルース・ストライフが彼女の前に立ったのだ。
会場内のざわめきがまた大きくなっだ。
ルースとリリーはつい数か月前まで婚約者同志でもあったのだ。
ルースの父は現騎士団長。
ストライフ伯爵家次男の彼はこの春、異例の若さで騎士団に入団を果たしていた。
もちろん騎士団長子息とはいえ、実力なくしては騎士団には入れない。
彼は恵まれた体とたゆまぬ努力で学園をスキップで卒業し,入団テストに合格したのだ。
常に眼光鋭く見るものを威圧する厳つい顔。さらにはストイックなまでに鍛え抜かれた体躯は大きく、彼と対面しただけで気弱なものなら泣き出してしまう程だ。
第一王子アドニスと帝国第五皇女フェレシアとの婚約が白紙なった直後、ルース・ストライフとリリー・ストエスカの婚約も破棄となっていた。
*
「ルースと言えば、少し前にかのリリー様と婚約破棄したばかりだから、会場であの二人が対面して何が始まるのかと周りはハラハラしたが、王子殿下の指示でただ護衛についただけだったな」
「ルース様とリリー様の婚約破棄は、王子殿下の婚約白紙とほぼ同時期でしたわね」
「そうだな。しかし婚約破棄の件、ルース当人はともかく、父親であの豪胆な騎士団長ならもう少し抵抗するかと思ったんだが、ストライフ伯爵家は、やけにあっさりと引いたな。
以前、ストライフ騎士団長殿が、息子は見た目が怖いから婚約者探しは苦労したが、ようやく決まったと父上と話されているのを聞いたんだが」
「ああ、それはルース様の意向も少なからず、あったからかと思いますわ」
「なんだ、何か知っていてるのか?」
「ここだけのお話ですけど、ルース様は小さくてかわいいものがお好きなんです」
「えっ、あの大柄で見た目が獰猛な熊みたいで、眉間にしわ寄せた顔がデフォルト、いつも周りを威圧するような鋭い眼光で、対峙した者すべてが泣き出すという伝説すらある、あの男が」
「私たちの仲間内では彼の呼び名は”森のくまさん”ですわ。
彼の幼馴染の令嬢が、私の友人のミレット様でして、彼女を介してお茶会にお招きしたこともありますわ」
「へえぇ。俺はロメリア嬢にお茶会にお招きされたことないのにルースは招いたのか」
オリヴァーの口元がややとがる。
「編集長はいつもお忙しいそうですから・・。
お茶会にお招きするのは、私のごくわずかな友人というか、ほぼ唯一の一番の友人ミレット様くらいですわ。彼女にとっての一番の友人は残念ながら、私ではありませんが。その時のお茶会もミレット様と3人、いえ4人でした」
ふと目をふせるロメリア。
「誰なんだ?その4人目。まさかストエスカ嬢?」
「いえ、サン・クリストバル・デ・ラス・カザス三世卿ですわ」
「サンクリストデ、バル、ザス、三世?」
「いえ、サン・クリストバル・デ・ラス・カザス三世卿ですわ」
「セリフをコピペした?!まあいいや。誰なんだ?我が国の貴族では聞きなれん名前だが」
「ミレット様が幼少期から大事にされている、”クマのぬいぐるみ”ですわ。あっ、ご本人の前で”ぬいぐるみ”などと言うと烈火の如く抗議を受けますのでお気をつけくださいね」
「ハートシード子爵家のミレット嬢というと、小柄で人見知りで前髪が長くて、いつもうつむきがちで、その瞳を見るとこができた者に何かいいことがあるという伝説すらあるご令嬢だろ?
その彼女が烈火の如く?・・キヲツケヨウ」
「もう少し落ち着いた頃にミレット様たちをお招きしてまたお茶会を開くつもりですから、その際は編集長もいらっしゃいます?」
「サンクリスト(以下略)も同席で?いや、ボク、とっても忙しいからご遠慮します」
目をそらすオリヴァーだった。
「で、小さいもの好きのルースとどう繋がるんだ?」
「ルース様は小さくてかわいいものがお好きなんですよ。ミレット様のような。
お二人はお屋敷でそれぞれウサギを飼育されてるそうです。よくお話が盛り上がってましたわ。
お二人はこれから婚約のお話も出てくるのではないかと、いえ、出てほしいと私は思いますわ」
ミレット様は無類の筋肉フェチですしねと、ひとりごちするロメリアだった。
「人は見かけだけじゃわからないってことか。ストエスカ伯爵令嬢は長身で快活でどちらかというと意識高い系美人だからなぁ。もともと婚約に乗り気でなかったルースにとっては、今回の婚約破棄の話は渡りに船だったのかもな。
ああ、つい最近ハートシード子爵令嬢も婚約破棄になったものな、殿下側近のブルームと」
「ええ。ブルーム様側からお断りを入れてきたとか。全てフレグラント子爵家の責として、かなりの賠償金も払われたとか。
ブルーム様といえば、舞踏会で開始早々アゼレア様をお誘いして踊ってらしたわ。
いつも控えめにしてらしたブルーム様にしては大胆な行動で少し驚きました」
*
クラフトン公爵令嬢アゼリアの婚約白紙が正式に発表となったと同時期にブルーム・フレグラントとミレット・ハートシードの婚約も破棄となった。
ブルームはフレグラント子爵家の次男として生まれた。
ブルームの母が、ブルームの数か月後に生まれた第一王子の乳母になったため、王子とは乳兄弟として育った。
ブルームは乳兄弟だから王家のそばにいられると揶揄されるのを嫌い、知識も剣術も人並み以上の努力を重ねた。やがて実力を認められ、現在では王子の側近として欠かせない存在となった。
彼は常に冷静で王子の後ろに影のように付き従う。キラキラとした金髪碧眼の第一王子と対照的に闇夜を彷彿とさせる黒髪にブルーの瞳で、二人の見た目はまさに光と影だ。
「ブルームは、何も殿下の側にいたいが為だけに努力して今の地位についたわけじゃないんだよ。なかなかな情熱家なんだ」
「何のために努力されたのですか?」
「愛しい幼馴染に少しでも近付くためだな」
「幼馴染というと王子殿下以外だとクラフトン公爵家のアゼレア様ですか。お二人はそんなに親しい感じには見えませんでいたけど。
どちらかというと、いつも言い争っているように見えましたが」
*
クラフトン公爵家は現王の妹が嫁ぎ、一人娘のアゼレアを儲けた。
王家の血筋を表すような金髪の綺麗な巻き髪。瞳は透き通るような水色。
アゼレアと王子はいとこ同士として幼少期から交流していた。
そして乳兄弟のブルームも一緒に過ごすことが多かった。
ブルームは、そこで見た目もさることながら自分の主張を決して曲げない意志の強いご令嬢に出会ったのだ。
のちに彼は、キラキラと輝く女神に見えた、と恥ずかしげなく語っている。
アゼレアは一人娘で、いずれ公爵家の跡を継ぐ立場でもある。
アゼレアは見た目が華やかなだけでなく、幼い頃から聡明で男女問わず憧れの的であった。
少しでも、気高く聡明な少女のそばにいたい。彼女に認められたい。
ブルームが必死になって自分を高めたモチベーションは、この幼少期から続くアゼレアへの初恋が根底にある。
「あいつはずっとクラフトン公爵令嬢に想いを寄せているようだ。だが身分差があるからと諦めようとして、でも諦められなかった、そんな感じだろう。
クラフトン公爵令嬢以外の令嬢には冷淡というか、全く眼中にないような奴だから。
かつての婚約者のハートシード子爵令嬢に対してもいかにも義理的なものだって聞いたことがある。
でも結構モテるんだよな、まあ、俺の次くらいに」
「ブルーム様は口を開くと辛辣な感じですが、黙っていると黒髪と対比して色白で、凛とした涼しげな顔立ちですし、誠実そうですからね。確か一部のご令嬢から”氷雪の貴公子”と呼ばれてますわ」
「俺もそういう二つ名で呼ばれることあるのかな」
「キレッキレの鬼編集長」
「それって個人の感想ですよね?えっ、そんな風に思ってたの?こんなに優しいのに」
「本当は”孤高の銀狼”です」
「わぁぁ・・、ほんとに呼ばれてるの?誰だよ、言い出した奴」
「じゃあ、”漆黒の銀狼””ツッコミ気質のロマンチスト”」
「じゃあって、今、作ってんの?漆黒の銀狼じゃあ結局何色なの?もう止めて。恥ずかしすぎて鳥肌立ってきた」
自分の両腕をさするオリヴァーに、目もくれず、物思いにふけるロメリア。
「アゼレア様の婚約白紙が、ブルーム様に大きな決断をさせたのですね」
身分差の恋ってせつないわ。・・・素敵!と言いながら、はあぁと息をはくロメリアだった。
この年に婚約白紙、または婚約破棄をしたのは彼らだけはない。
”孤高の銀狼漆黒ツッコミロマンチスト編集長”ことオリヴァー・ラバンディンもその一人だった。
コピペしたんだな?・・・しました、スミマセン。
サン・クリストバル・デ・ラス・カザスはメキシコにある都市名です。語呂で選びました。




