1 始まりの婚約破棄と壁新聞部創部
たくさんの作品の中から見つけていただきありがとうございます!
初投稿作品です。よろしくお願いします。
陽が傾き始め、窓からは昼間の暑さを落ち着かせるような風が入ってくる。
王都の一角にある、王立セントラル学園の校舎2階にある【壁新聞部】のプレートが掲げられた部室からは、ペンを走らせる音が聞こえてくる。
見出しは、[婚約破棄のドミノ倒し!]にしよう。
[数か月前の王家第一王子殿下と帝国第五皇女殿下との婚約破棄が、その後の数多の婚約破棄の連鎖のきっかけになるとは誰が考えただろうか。のちにいう”婚約破棄のドミノ倒し”である。
そして今回またも婚約破棄と新たな婚約が~]
その部屋で記事を書き進める記者部員のロメリアは一人、悦に入っていた。
次回の創刊一周年記念号の壁新聞は今までにないセンセーショナルな内容で注目を浴びること間違いなしだ!
ロメリアがニンマリしていると部屋のドアがノックされ、と同時に一人の銀髪の男が入ってきた。
「ごきげんよう、編集長。でもノックと同時にドアを開けてはノックがあまり意味をなしていませんわよ」
ロメリアの言葉に軽く片方の口端を上げ、ああ、すまんと気安い返事をし、編集長のプレートが置かれた席に座る男。
ちなみに壁新聞部の構成部員はこの二人だけである。
メンバーが揃い、次作の壁新聞の編集会議が始まった。
*
そもそもこの世界に壁新聞はなかった。
ロメリアが暇すぎて作り始めたのだ。
そう、前世の記憶を基に。
ロメリア・アングスティ。
彼女は転生者だった。
前世の記憶といっても朧気で日本という国で、どうやら結婚もしてまあまあな年まで生きたというレベル。
思い出す記憶は時系列もバラバラできっかけもなく断片的に思い出す。
前世の知識で何かの製造販売の事業を立ち上げるだとか、この世界の食文化に日本食ブームを巻き起こさせるというようなことはできない。
何よりやる気がない。
正統派めんどくさがりのロメリアだった。
この世界は東洋風というより、中世の西洋風な世界だ。
綺麗に並べられたケーキやクッキーを見て、ふと、この世界にあるのか知らないけど、たまにはどら焼き食べたいなあと思うくらいだ。思うだけで、何とかして手に入れようとか、作り出そうとか自分から行動することはない。
ロメリアがこの世界で貴族令嬢として生まれ、与えられた生活の中でおおらかな家族に囲まれ、全てを受け流して15年の歳月が過ぎた頃、行きついた結論は退屈だった。
それはそれでとても恵まれ幸せなことだが、やがて彼女は新しい刺激に飢えていった。
そうして、ようやく自ら動く意識が芽生えた。
もっと心がウキウキする刺激的な情報がほしい。
まず、手始めにお茶会での情報交換をした。
だが、致命的にロメリアには友人が少ない。
人見知りな性格のせいかしらと本人は考えているが、無自覚に薄っすらと混ざる前世の価値観からか会話がいまいちかみ合わない。どこか変わり者として彼女を周りから浮いた存在にさせていた。
限られたメンバーの中では入ってくる情報もすぐに底をついてしまう。
SNSもなくテレビもラジオもない。
本も古典的な冒険物や恋愛物など物語が主流。そのような本は幼いころから読んでいたため、粗方読み尽くした。
平民の間にはタブロイド紙があるようだが、うら若き少女が読みたい物ではない。
彼女が求めていたウキウキはもっと最新のスイーツやカフェなどが載ったタウン情報誌のようなものだ。
ないなら自分で調べればいいのか!
いや、貴族らしく調べさせればいいのか!
そして、そのウキウキ情報をみんなと共有すれば、もっと楽しくなるはず。
ロメリアはそうして調べ(させ)た情報をお茶会などで披露していたのだが。
彼女の周りのわずかな友人たちもまた友人が少ない。
情報は極々小さなコミュニティであっという間に消えていった。
これではせっかく情報を集めてくれた家の者にも申し訳ない。
一度は勇気をふり絞り、地位も高く才色兼備で学園内で影響力バツグンの、クラフトン公爵家令嬢アゼレアに最新カフェ情報を手紙として渡そうと試みた。
が、取り巻きの方々の不審そうな視線の圧に耐えられず、手紙を握りしめてすごすごと逃げ帰ろことになった。
だいたい高貴なご令嬢はカフェになどほぼ赴かない。
せいぜい、人を使いお菓子を取り寄せるか、個室のある行きつけの高級レストランに出かけるくらいだ。
ロメリアは下級貴族のご令嬢たちにも情報を渡してみた。こちらは概ね良好な反応だった。
だが手紙をそんなに何通も書けない。情報を知った令嬢が次々と情報を回してもらえばいいのだが、どうしても時間がかかってしまう。
ロメリアは満足感のなさに困惑した。
そう、この頃になるとロメリアの意識は、情報を得ることというよりも、むしろ手に入れた情報を周りにより広く早く伝達したいという薄っぺらなジャーナリズムの使命感に支配されていた。
学生の自分で今できる方法を考えた。
考え抜いた結果、たどり着いたのが壁新聞であった。
自分のひらめきに感動すら覚えた。
ロメリアが前世の知識の中で初めて且つ、唯一夢中にさせたのが壁新聞作りだった。
早速、前世の知識を総動員し、紙面を考えた。
前世スキルの使う方向性を間違えたパターンとも言える。
*
ジャンガリアン王国は大陸の東北部に位置する小さな王国。
その王都にある王立セントラル学園は主に15歳を迎えた貴族子息子女が通う学園だ。
18歳で成人として扱われるためプレ社交界という位置づけだ。
基本的に貴族のみだが、平民でも学園に見合う気品、作法など厳しい人物審査に合格し、高い入学金や授業料の支払いが可能なら入学できる。
授業内容は主に貴族としての立ち振る舞いや、将来、自領管理に必要な知識、そして人脈作りなどである。
通常3年間で修了だが、スキップで卒業する者や結婚などで中途退学する者も少なくはない。
この世界は秋から新しいシーズンが始まる。
壁新聞作りを思いついた頃、ロメリアは学園で初めてのシーズンを迎えていた。
この時期、自分を含め学園に不慣れな新入生も多い。最新カフェやスイーツ情報などだけでなく、どうせなら学園内のニュースもまとめて載せてみようとロメリアは考えた。
トップ記事は先月行われたばかりの今年度の入学式と新入生歓迎パーティについて。
学園内カフェテリア人気ランチベスト5も載せた。
最後には四コマまんがも右下に入れた。縦書きならば左上に配置したかったのだが、横書きなので仕方ない。
もちろん記事はデマや憶測は書けないので、きちんとパーティ実行委員会や参加者に取材し、カフェテリアではランチタイムにみんなが何を頼むのかじっと観察し集計した。
ちなみに周りの学園生から疑惑と戸惑いの目で見られていたことに、カフェテリアの片隅で必死に”正”を書いて数えていた本人だけが気が付いていない。
新入生歓迎パーティの取材では、新入生のピンクブロンドのとあるご令嬢が第一王子をはじめ、宰相の子息、騎士団長の子息、さらには隣国から留学中の皇子など学園で注目を集める面々とダンスを踊ったとして話題になっていた。準備からしてめんどくさそうで参加していなかったロメリアには、初めて聞く話だった。
こうして試行錯誤の末、形になった記念すべき壁新聞創刊号。
次に掲示許可を学園の生徒会に申請した。
学園の生徒会メンバーに壁新聞を見せ必死にプレゼンし、壁に掲示する許可印をもらえたロメリアは涙で顔をぐしゃぐしゃにして喜びに打ち震えた。
それを目の当たりにした生徒会メンバーは顔を固まらせて恐怖に打ち震えた。
この時、失笑しながら許可に賛同した当時の生徒会副会長こそが後に編集長となる男である。
ほぼ月一回のペースで発行するほど、ロメリアの壁新聞への情熱は本物だった。
壁新聞は毎回生徒会から掲示前に許可印をもらうのだが、2回目以降、生徒会副会長が内容について意見を言い始めた。
曰く、言葉使いがおかしい。文章が支離滅裂。
曰く、記事の内容が個人の興味あることのみで偏ってる。
曰く、四コマまんがのオチがない。等々。
言葉使いについてはロメリア本人にも多少自覚があった。ついつい前世の言葉を使ってしまうのだ。
記事の内容はもともと自分の興味のある情報を集めていたから、そりゃそうなる。
まんがのオチは心外だった。毎回自信作だ。
笑いの方向性の違いだろうとポジティブに捉えていた。
副会長は、そんな我が道を突っ走るロメリアを見かねて、自分が校正と編集をやってやると言い出した。
さらには生徒会副会長の権限と余りある能力を駆使して、あっという間に壁新聞部という部活動に昇格させ、自らが部長に収まった。
王立セントラル学園 壁新聞部 誕生の瞬間である。
ロメリアは、発案者は自分なのだから部長は私なのでは?と思ったものの、成績優秀で地位も容姿にも優れ、その手腕からも卒業後は次期宰相間違いなしと絶賛される男を相手に勝ち目はないと判断。何よりめんどくさそうだしと、大人しく従った。
編集長と呼ぶようにとの言葉が創部の挨拶だった。
こうして壁新聞部活動は公式のものとなり、学園での取材にも他の学園生が協力的・・・にはならないものの、猜疑的な目で見られることは幾分少なくなった。
*
壁新聞部創部から半年が過ぎた頃、その後に大きな影響を及ぼすことになる大きな出来事が起きた。
ジャンガリアン王国第一王子アドニスとロブイヤー帝国の第五皇女フェレシアとの婚約が白紙となったのだ。
のちに”始まりの婚約破棄”だとか、”正しい運命の為の婚約白紙”などといわれる出来事である。
季節は春から夏に変わろうとしていた。
*
ロブイヤー帝国といえば、現在大陸で一番の覇権をほしいままにしている大国だ。
皇帝はここ数年で強固な武力を背景に自分の子どもたちを駒として使い、縁戚外交で周りの国々を取り込んでいった。
帝国から見れば小国であるジャンガリアン王国をいずれは属国扱いにしようと、約一年前、第一王子と帝国第五皇女との婚姻を強引に求めてきたのだ。拒否すれば難癖をつけ戦争に持ち込まれ力づくで征服されるだろう、すでに征服されたいくつかの国々のように。
帝国側は王国の第一王子に当時すでに決まっていた自国の令嬢との婚約を破棄させた上で、第五皇女と婚約を強固に迫った。王国側も従うほかに現在の形での王国の継続はできないと判断し、王子と皇女の婚約は結ばれた。
王子が成人となる年に大々的に結婚式を挙げる予定だった。
そして、結婚式まであと2年程となったこの年の春に騒動は起きた。
結婚式に先立って婚約式という名のお披露目会を開くこととなり、第五皇女はジャンガリアン王国に向け帝都を出立した。
――はずだったのだが直後、護衛騎士と共に行方不明となったのだ。
これには両国ともに大騒ぎとなった。
ロブイヤー帝国皇帝が激怒したとの話が伝わり、帝国がジャンガリアン王国の反意として、これを理由に武力制圧を試みるのではとの緊張が走った。
だが皇女はあっけなく、思わぬ所で見つかった。
皇女と護衛騎士は帝都の高級宿でごく普通に滞在していた。
帝都から遠く離れた小国、それも田舎で何もないと言われるジャンガリアン王国に、高貴な身分である自分が嫁ぐことが我慢できず、自分の護衛騎士を半ば脅し、連れ出させたのだという。
自国というより帝都からすら出ていなかった皇女に対して、ジャンガリアン王国の陰謀説は成り立つ訳もない。
実際ロブイヤー帝国皇帝は激怒していた。政局を全く鑑みない愚かな娘である皇女に。
振り上げたこぶしの下ろしどころと、やっかいな皇女をなんとか避けたい両国の思惑が合致して、協議の結果、婚約は白紙とされた。
これで万事が解決・・・とはならなかった。
この婚約白紙をきっかけにジャンガリアン王国では、高位貴族の婚約白紙と破棄が続けざまに起きたのだ。
*
壁新聞部室は窓が開けられ、夕陽が綺麗に見える時間帯になってきていた。編集会議は進む。
新年度から生徒会会長となる壁新聞部の部長兼編集長は、顔にかかる銀色の長い髪を耳に掛けながら、優雅にロメリアの最新号の草稿を手に取り、机を挟み、向かいの席に座った。
「この皇女サマな、見つかった際、呑気にお茶してたらしいぞ。
連れ出したとされる護衛騎士はどえらいことに巻き込まれ、自分の行く末を悲観して顔面蒼白でガタガタ震えていたのに。
宿が用意したお茶の味が気に入らないからと騒ぎ、皇城にお気に入りを取りに行けと命令され困惑した宿主が城に知らせたのが発見のきっかけだ。その後、近衛騎士団に保護された」
「なかなかの性格にお育ちになられたのですね、皇女様は。確か僻地の修道院に行かれるとか」
「ああ、そうらしい。何でも見つかる直前に漸くアドニス王子殿下の姿絵を見たらしく、このくらいの美丈夫なら嫁いでも構わないわよと、のたまったとか何とか。
お迎えに行った近衛騎士団長もあまりの言い草に、いつもの冷静さを無くしそうだったって話だ」
「・・・。親の顔が見てみたいです。あっ、いえ、帝国の皇帝にはお目見えしたくはないですが。
そういえば、巻き込まれた護衛騎士はどうなったのですか?まさか・・・」
「その護衛騎士は、剣術の筋も良く、美形。近衛騎士の期待の新人で、ついでに皇女さまのお気に入りだったんだそうだ。
今回、完全に巻き込まれただけとは言え、さすがに処罰なしともいかず、西の国境の砦に左遷されたそうだ。
で、重圧から解放された笑顔全開の彼は、周りの女性陣を色めき立たせてるらしい」
「・・・そうですか。
いつも思うんですが、そういう内部事情をどうして知ってるですか?しかも他所の国の情報を」
「あー、まあ、いろいろ?帝国にも友人がいるし。皇太子殿下とか。ほら、俺、幼少期からあちこち移り住んでたし」
「羨ましいを通り越して、薄ら恐ろしい人脈ですね。今、聞いたことはどこまで記事に入れていいのかしら・・・。
ところでもちろんこのネタで進めていいですよね?次回号」
「ああ。ネタはまあいいが、この”婚約破棄のドミノ倒し”って見出しはボツだな。
この世界にドミノはない」
「ひえぇl」
瞬間、この日一番の衝撃がロメリアに走った。
「それに婚約”破棄”じゃなくて”白紙”になったんだし。
しかもここ1,2か月間の出来事なのに,”のちにいう婚約破棄のドミノ倒し”って誰が言い出したんだ?書き直しだな」
呆れ顔の編集長こと、宰相子息でもあるラバンディン公爵家嫡男オリヴァー。
そう、この男も転生者だった。
次話より登場人物がぐっと増えます。
引き続き読んでいただけるとうれしいです。
※作中に登場したロブイヤー帝国第五皇女フェレシアの短編のお話を書きました。
「前世を思い出し婚約破棄される前に修道院に逃げ出した悪役皇女の真実」N0495JB
こちらもよろしくお願いします